第94話:【世界規模の過保護】姉の誘拐犯、ついに全人類まで保護し始める
世界が安全になった。正確には、安全にされ始めた。
「……何だ、これ」
王室避難宮の床を、金色の光が走った。一本、二本、十本。数え切れないほどの光が、壁へ、天井へ、施設の奥へと広がっていく。
「玲司」
「ああ」
操が剣に手を添え、海斗も周囲を見回した。
「さっきまでこんなのなかったよな?」
「なかった」
姉貴の転移痕を追ったあと、俺たちは王室避難宮の入口付近まで戻ってきていた。消えかけていた金色の反応を協会が解析している、その最中だった。
【全保護機構への接続を確認】
「全?」
嫌な単語だ。
【保護対象を拡張します】
【対象――現代人類】
「は?」
海斗が固まった。俺も一瞬、言葉が出なかった。
「……現代人類?」
操が画面を睨みつける。
【完全保護計画を開始します】
三人で顔を見合わせた。
「姉貴の誘拐犯」
「ええ」
「思ってたより規模がでかいぞ」
「今さら!?」
海斗のツッコミと同時に、館内に警報音が響いた。
『黒瀬さん!』
通信から御影さんの声が飛んでくる。
『王室避難宮だけではありません! 複数の古代施設で同時に反応が――』
そこへ、別の声が割り込んだ。
『新宿第六ダンジョン、緊急報告! 探索中の五パーティが強制的に入口側へ転送されています!』
『第三訓練施設、全区画閉鎖!』
『協会管理下の古代術式が勝手に起動しました!』
『こちら第九ダンジョン! 危険区域への通路が全部塞がれています!』
次々に通信が重なる。
「落ち着いてください!」
御影さんの声が一段強くなった。
『まず負傷者の確認を! 強制転送された探索者の人数照合! 閉鎖区画に取り残された人間がいないか確認してください!』
さらに、別の報告が入る。
『国外の協会からも同様の報告が入っています!』
「……世界規模かよ」
海斗が呟いた。
そこへ、床がまた光った。
【危険職従事者を確認】
光っているのは、俺たち三人の足元だ。
「誰のこと?」
操が俺を見る。
「たぶん俺たち」
「探索者なんて危険職の代表だもんな」
【安全確保を開始します】
「嫌な予感しかしない」
海斗が一歩下がった。次の瞬間、壁から三脚の椅子が飛び出してきた。
「は?」
椅子は一脚ずつ、俺たちを追ってくる。
「座らせる気か!?」
【危険職従事者の不要な移動を制限します】
「不要じゃない!」
「操!」
「椅子を止めればいいのね」
剣が閃き、床を走った冷気が三脚まとめて凍らせた。
【移動支援設備の異常を確認】
「異常にしたのは操だけどな」
「黙って」
【代替安全措置へ移行します】
「まだあるの!?」
海斗が叫ぶ。今度は床から、白い壁がせり上がってきた。やたら分厚くて、やたら柔らかそうな壁だ。
「……クッション?」
海斗が指で押すと、ぶにっと沈んだ。
「何でクッションなんだよ!」
「ぶつかっても安全だからだろ」
「そこまで安全にする必要ある!?」
壁はゆっくりと、俺たちを押してくる。向かう先には、大きく光る文字が浮かんでいた。
【安全待機区画】
「俺たちを押し込む気だ」
「分かりやすいわね」
「感心してる場合じゃねえ!」
その時、別の通路から悲鳴が聞こえた。
「きゃっ!?」
俺は即座にそちらを見る。協会の調査スタッフだった。白いクッション壁が左右から出て、三人の職員をまとめて廊下の奥へ運んでいる。
「黒瀬さん!」
「怪我は!?」
「ありません! でも出られません!」
【非戦闘職員の安全区域への退避を実施中】
「むしろ安全に運ばれてる!」
海斗が頭を抱えた。
「助けるぞ」
「何から!?」
「安全から」
「意味分かんねえ!」
「俺もだ!」
走り出す俺たちの進路を、クッション壁が塞いでくる。
「操!」
「任せて!」
冷気が床を走り、壁の可動部が凍って動きが鈍った。その隙間へ身体を滑り込ませる。
「海斗、後ろ!」
「分かってる!」
赤い結界が展開され、背後から迫っていた別の保護壁を受け止めた。
「長くは無理だぞ!」
「十分!」
職員三人に追いつく。
「こっちへ!」
「でもシステムが!」
「自分の足で移動できるなら、そっちの方が早い!」
【危険行動を確認】
「歩くだけだ!」
【転倒の可能性があります】
「人類を何だと思ってる!」
職員を一人ずつ隙間から出していく。最後の一人が抜けた瞬間、壁が閉じた。廊下の向こう、誰もいない安全待機区画へ、白いクッションだけが満足そうに戻っていく。
「……何なんだよ、これ」
海斗が呆然と呟いた。
「世界規模の過保護」
操が剣を鞘へ戻す。
「姉貴の相手、想像以上に面倒だな」
「その感想で済ませるなよ!」
通信がまた鳴った。
『黒瀬さん! 状況更新です!』
「はい」
『各地とも、現時点で大規模な殺傷反応は確認されていません』
「やっぱりか」
『ただし――』
御影さんの声が硬くなる。
『危険と判定された行動が、片っ端から制限されています』
そこへ、報告が続いた。
『ダンジョンへの新規入場を拒否!』
『探索者が安全区画へ強制誘導されています!』
『一部施設で武装の持ち込みを拒否!』
『移動経路そのものを閉鎖されています!』
死人を出すためじゃない。怪我をさせるためでもない。逆だ。徹底的に、怪我をさせない。
「御影さん」
『はい』
「救助任務は?」
数秒の沈黙があった。
『一部で支障が出始めています』
やっぱり、そうなる。
『危険区域へ向かう行動そのものを、保護機構が妨害しています。現在対応中の案件については、既存の協会部隊で迂回経路を――』
「分かりました」
危険な場所へ行かせない。それだけなら、聞こえはいい。でも、危険な場所には、誰かを助けるために行かなきゃならない時もある。
「……姉貴が嫌がってたのは、これか」
「何が?」
海斗がこちらを見る。
「本人がどうしたいかより、安全を優先する」
操が小さく息を吐いた。
「全人類相手にやり始めたのね」
「ああ」
目の前では、協会スタッフが安全待機区画から出ようとして、扉に拒否されていた。
【現在の区画が最も安全です】
「ここから仕事できないんですけど!」
【不要な移動を推奨しません】
「必要です!」
【安全を優先します】
「会話が成立してない!」
……姉貴。お前、今こんなのと一緒にいるのか。
いや、たぶん。既に向こうを振り回してる気もする。姉貴だし。
『黒瀬さん』
御影さんの声の調子が変わった。
『もう一つ、重要な変化があります』
「何ですか?」
『先ほどまで断片的だった古代施設同士の接続反応が、一斉起動によって可視化されています』
足元を見ると、金色の線があった。さっきまでは王室避難宮の中だけだったのに、今は何本もの線が、施設の奥へ集まっている。
「全部繋がったから」
『はい。そのため、指示の流れを逆に追えます』
俺の意識が切り替わった。
「発信元は」
『正確な位置情報には変換できません。ただし――』
少し間が空く。
『王室避難宮から、同じ接続先へ向かう経路を一本、固定できそうです』
「姉貴の転移先?」
『可能性は高いです』
「行きます」
『まだ接続は不安定です』
「安定させてください」
『そのために今、解析班が総動員されています』
「お願いします」
返事をして、すぐに周囲を見回した。協会スタッフ、閉じる通路、動く保護壁、世界中から入ってくる異常報告。一つずつ俺が処理できる数じゃない。そもそも、俺がする必要もない。
「御影さん」
『はい』
「外の対応、任せていいですか」
一瞬、通信が静かになった。
『もちろんです』
即答だった。
『こちらは協会の仕事です。黒瀬さんたちは、黒瀬遥香さんへの経路確保を』
「了解です」
それでいい。全部、俺がやる必要はない。
「操」
「前ね」
「頼む」
「海斗」
「後ろと退路だろ」
「ああ」
海斗が笑った。
「今さら確認することでもねえな」
「一応だ」
「はいはい」
三人で奥を見る。そこへ、足音が近づいてきた。
「救助者殿」
セバスだった。いつもの落ち着いた顔で、その肩には小さな黒猫姿のルナが乗っている。
「セバス」
「王室避難宮の奥に、先ほどまで存在しなかった反応がございます」
「扉か?」
「正確には」
セバスが一礼した。
「道でございます」
「道?」
「にゃ」
ルナが奥を向く。
「姫様の匂い、ちょっとするにゃ」
三人の視線が揃った。
「案内してくれ」
「承知いたしました」
走り出す。途中で、また表示が出た。
【危険区域への接近を確認】
壁が閉じる。
「操!」
「遅い!」
剣閃が走り、可動部が凍る。突破した。
【安全区画へお戻りください】
今度は床が光る。
「海斗!」
「踏むなよ!」
赤い結界が床の上に並び、その上を蹴って進んでいく。
「またオレの結界を足場に!」
「便利だからな!」
「褒めても許さねえ!」
奥へ、さらに奥へ。前の調査でも開かなかった壁に、金色の線が集中していた。セバスが足を止める。
「こちらです」
白い壁だ。見た目には何もない。けれど俺には見える。壁の奥で、巨大な魔力の流れが、王室避難宮から遥か先へ伸びている。今までで一番強い。
『黒瀬さん!』
御影さんの声が入った。
『接続経路、固定します!』
壁が光った。
【全保護機構接続中】
【上位保護領域との同期を確認】
ゴゴゴゴ――と音を立てて、白い壁が左右へ開いていく。その先には、金色の光で満たされた、見たことのない通路が続いていた。今までとは違う。奥が見えない。
【警告】
【上位保護領域への接近を確認】
【危険行動です】
「知るか」
俺は一歩、前へ出た。
【侵入を推奨しません】
「行く」
【安全を保証できません】
そこで、少しだけ笑ってしまった。
「やっと話が合ったな」
「何が?」
操が隣に並ぶ。
「ここから先は危険らしい」
「それが?」
「姉貴がいるなら、行く理由として十分だ」
反対側に、海斗が並んだ。
「オレも行く」
「知ってる」
「即答すんなよ」
「帰れって言っても来るだろ」
「当たり前だ」
操も小さく笑う。
「私には聞かないの?」
「聞く必要あるか?」
「ないわね」
前に操、後ろに海斗、中央に俺。いつもの位置だ。
金色の通路の奥で、何かが動いた。
【最終警告】
【これより先、安全は保証されません】
「だから」
俺は一歩、踏み込んだ。
「それを決めるのは、そっちじゃない」
姉貴への道が、ようやく開いた。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




