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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第89話:【姫君指定】 知らない誰かが姉を保護したがっている。まず名乗れ

操とまた付き合うことになった。三人全員が、よく分からない格好に変身できるようになった。姉貴への交際報告も済ませた。海斗については……まあ、本人が頑張ればいい。


 ここ最近の俺の人生にしては珍しく、いくつかの問題がまとめて一区切りついたわけだ。だったらそろそろ、普通の探索者生活に戻ってもいいんじゃないか。


 そんなことを考えた俺が馬鹿だった。


 スマートフォンに出た差出人は、探索者協会の御影千鶴。本文は一行きりだ。


【至急、協会まで来てください】


 ろくな用事じゃない。七年間の付き合いが、そう告げていた。


   ◇ ◇ ◇


「黒瀬さん。落ち着いて聞いてください」


「その前置きで落ち着けたこと、一度もないんですが」


 探索者協会の会議室で正面に座る御影さんは、今日も表情がほとんど動かない。俺の右に操、左に海斗。大型モニターには王室避難宮から通信をつないだ姉貴が映っていて、その後ろにセバスとルナが控えている。壁際には見覚えのない協会職員が三人、端末に流れ続ける文字列を黙々と追っていた。どう見ても普通の会議じゃない。


「昨夜、協会の封印管理区画で異常な接続反応が確認されました。古代施設の管理系統に対して、外部から何らかの要求が送られてきています」


「外部って、誰ですか」


「分かっていません」


「開始三十秒で不明が出ましたね」


「事実ですので」


 御影さんは眉ひとつ動かさない。その横で解析担当の職員が別のモニターを操作し、術式らしい図形と意味の分からない文字列が次々に切り替わっていった。


「今回が最初ではありません。これまでにも複数回、同様の接続は確認されています」


「俺たちは聞いてませんけど」


「管理情報の閲覧や照会に近いもので、個人へ直接影響するものではありませんでした。協会内で解析と追跡を続けていたところです。便宜上、外部要求と呼んでいます」


 操がモニターから目を離さないまま口を開く。


「今回は違うのね」


「はい」


「どう違うの」


「現在解析中です。昨夜から復号を続けていますが、これまでの要求より情報量が多い」


「今もやってるのかよ」


 海斗が思わず聞き返した。


 つまり、呼ばれた時点で御影さんにも全部が分かっていたわけじゃない。何が来ているのか分からないまま、こっちも一緒に待つ羽目になっている。嫌な感じだ。


『それで、私まで呼ばれたの?』


 姉貴が首を傾げる。


「念のためです。今回の要求には、特定の個人を示していると思われる情報が含まれています」


「誰ですか」


「まだ確定していません」


 その時、壁際から声が飛んだ。


「対象情報の復号、通りました!」


「表示を」


 中央モニターが切り替わる。一瞬だけ古代文字らしきものが並び、その下に解析済みの表示が出た。


【対象個体:黒瀬遥香】


「……は?」


 自分の声だった。隣で海斗が息を呑み、操の表情も変わる。モニターの向こうでは、姉貴が自分の顔を指さしていた。


『私?』


「……はい。対象は黒瀬遥香さんで間違いありません」


 御影さんの声も、さっきより少しだけ硬い。


「何で姉貴が」


「それを今、解析しています」


「要求元は」


「特定できていません」


「目的は」


「まだ――」


「次、出ます!」


 解析担当の声が割り込み、画面に二行目が足された。


【認定資格:姫君】


「……姫君」


 嫌な単語だ。封印塔、試練施設、王室避難宮と、姉貴の特殊職業《捕らわれのプリンセス》に反応する古代施設は、揃いも揃って姉貴をそう呼んできた。


「特殊職業との関連は」


「可能性は高いですが、断定はできません」


「でも、姉貴が姫君扱いされてるのは確かだ」


 外から、正体不明の何かが姉貴を知っている。しかも「姫君」だと認識している。背中が嫌な方向に冷えた。


「要求種別も出ます」


 三行目が表示される。


【要求種別:保護移管】


 会議室が静まった。


「……保護、移管?」


 海斗が読み上げる。


『何それ』


 姉貴にも心当たりはないらしい。御影さんが解析担当へ視線を投げた。


「意味は」


「照合中です」


「待ってください」


 画面から目を離さないまま、俺は言った。保護。移管。古代施設。姫君。単語を頭の中で並べ直しているうちに、ひとつ引っかかった。


「御影さん、これ、姉貴を別の場所へ移す要求じゃないですか」


 全員の視線が集まる。


「根拠は?」


 操に訊かれて、俺は画面を指した。


「王室避難宮です。あそこでも、姉貴を帰す時に『引渡』とか『同行者』とか、本人を保護対象として扱う処理があった。古代施設の理屈で、保護対象を別の管理先に渡すなら、移管って言葉が出てもおかしくない」


「つまり」


 海斗の表情が険しくなる。


「遥香さんをどこかへ寄越せってことか?」


「たぶん」


『ちょっと待って』


 姉貴が両手を上げた。


『それ、全然嬉しくない保護なんだけど』


「俺もそう思う」


「解析結果、出ました」


 職員の声に、全員がそちらを向く。


「黒瀬さんの推測とほぼ一致します。対象となる姫君の保護先を、要求元側へ変更する処理とみられます。現代的な表現にすると――」


 一拍置いて、職員は続けた。


「身柄の引き渡し要求に近いです」


『嫌です!』


「早いな」


『早くていいでしょ!?』


「それはそうだ」


 俺も嫌だ。ものすごく嫌だ。


「移管先は」


「不明です」


「目的は」


「不明です」


「要求元は」


「不明です」


『不明しかないよ!?』


 姉貴のツッコミが会議室に響く。


「だからこそ、協会として受諾する理由はありません」


 御影さんの言葉に、俺は少しだけ身を乗り出した。


「そこは絶対でお願いします」


「当然です」


 ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。ほんの少しだ。状況は何ひとつ解決していない。


「姉貴」


『なに?』


「避難宮から出るな」


『出る予定ないよ』


「知らない通知が出ても押すな」


『私を何だと思ってるの?』


「よく分からないボタンを押して照明を全部星空にした人」


『綺麗だったからいいでしょ!』


「よくない」


 姉貴が口を尖らせて、ぼそっと言う。


『シスコン』


「危機管理だ」


「この状況でも言うのね」


 操が冷静に刺してきた。


「今こそ危機管理だろ」


「シスコンを否定する材料にはなってないぞ」


 海斗まで余計な口を挟んでくる。


「お前は黙ってろ」


「何でオレ!?」


「今は姉貴の話だ」


「だからオレも心配してるんだろ!」


「俺が心配している」


「知ってるよ!」


 何だ、その返事は。横目で見ると、海斗は冗談の欠片もない顔で、モニターの姉貴を見ていた。


 ……まあいい。今はそこじゃない。


 御影さんが画面へ視線を戻す。


「問題があります」


「まだあるんですか」


「要求が終了していません。情報を読み取るだけの要求なら、接続を遮断すれば終わります。しかし今回は――」


「応答処理、確認しました」


 解析担当がまた声を上げた。


「表示を」


 画面が切り替わる。


【保護移管要求】


【対象:黒瀬遥香】


【認定資格:姫君】


【応答待機中】


『返事待ってるの?』


「そのようです」


「選択肢は」


「確認します」


 職員が端末を叩くと、すぐに表示が増えた。


【受諾】


【拒否】


「拒否で」


「玲司」


 操に止められた。


「何だ」


「あなたが決めることじゃないでしょう」


 口を閉じる。……そうだった。姉貴を守りたいから拒否する。俺の中ではもう決まっている。でも、対象は姉貴だ。決めるのは俺じゃない。


「姉貴」


『拒否』


「早いな」


『だから、早くていいの!』


 姉貴は少しむっとした顔をして、それから真面目な声で続けた。


『知らない人に保護してもらうつもりはないよ。今いる王室避難宮だって、最初は勝手に連れてこられたけど、今は私が使うって決めて使ってる』


 姉貴が周囲をぐるりと見回す。


『安全なのはありがたいよ。でも、どこで暮らすとか、どこへ行くとかまで、知らない誰かに決められるのは嫌』


 そうだ。検証した。安全性も確認した。本人の意思で入れて、本人の意思で帰れる。だから俺も、あそこを姉貴の避難先として認めたんだ。


「俺も同意だ」


「私も」


「オレもです」


 操も海斗も迷わなかった。御影さんが頷く。


「協会としても同じ判断です」


 端末へ手を伸ばし、御影さんは条件を一つずつ並べていった。


「要求元不明。移管先不明。目的不明。安全性も確認できない。そして何より、本人が拒否しています」


 確認表示が出る。


【保護移管要求への応答】


【拒否】


「拒否します」


 御影さんが実行すると、画面が消えた。


 会議室に静けさが落ちる。一秒、二秒、三秒。何も起きない。


『……終わった?』


 姉貴が小声で訊いた。


「接続反応、低下。要求表示、消失しました」


「再送、なし」


 海斗が長い息を吐く。


「何だったんだよ……」


「まだ分からないわ」


 操は気を抜いていない。俺も同じだ。終わったようには見える。でも、相手が誰かも、何のために姉貴を欲しがったのかも分からない。何も分からないまま、要求だけが消えた。


『じゃあ、私はこのまま避難宮にいればいい?』


「はい。念のため、本日はそのまま待機してください」


『はーい』


「セバス」


『お任せくださいませ、救助者殿』


 画面の向こうで、セバスが優雅に一礼する。


『姫様の安全につきましては、このセバスティアンが――』


「分かった。頼む」


『……承知いたしました』


「何だ、その間」


『いえ』


 セバスが胸に手を当てた。


『救助者殿から素直に頼られる日が参ろうとは』


「感動するところじゃない」


『記念日として――』


「するな」


『もう記録したにゃ』


「ルナ!」


『黒いのが人を頼った記念日にゃ』


「消せ!」


『永久保存にゃ』


「何でお前まで操みたいなことするんだ!」


「私を巻き込まないで」


 操が即答する。口元が少しだけ笑っていた。


「ほら、終わったなら帰ろうぜ」


 海斗が椅子を引いて立ち上がる。


「オレ、腹減った」


「お前は切り替えが早すぎる」


「何も起きなかったならいいだろ」


「それはそうだが」


 本当に一瞬だけ、空気が緩んだ。


 その時だった。


「……待ってください」


 壁際の解析担当の一人が、端末を見たまま固まっていた。御影さんが振り返る。


「どうしました」


「接続反応が……消えていません」


 海斗の動きが止まり、操も立ち上がる。


「要求は拒否したんじゃないの?」


「拒否処理は完了しています」


「なら、何が残ってる」


 俺が解析画面を睨むと、職員が答えた。


「別の処理です。新しい応答が返ってきました」


 俺も立ち上がる。


「表示してください」


「黒瀬さん」


「御影さん」


 一瞬だけ目が合った。御影さんが頷く。


「出してください」


 画面が切り替わる。古代文字が並び、解析が進むにつれて、一行ずつ現代語に置き換わっていく。


【保護移管要求】


【応答:拒否】


 そこまでは分かる。問題は次だ。


【現行保護権限による移管拒否を確認】


「……何だ、それ」


 現行保護権限。協会のことか。王室避難宮か。それとも、別の何かか。


「続きます」


 解析担当の声が硬い。


【姫君本人による拒否意思を確認】


 息を止めた。姉貴本人が嫌だと言ったことまで、向こうは認識している。なら終われ。それで終わりだ。


 だが、次の一行が出た。


【姫君の安全確保を最優先】


「待て」


 今までとは違う。こちらの拒否も、姉貴の意思も、向こうは理解している。そのうえで――。


 最後の一行が画面に浮かんだ。


【代替保護手続へ移行します】


『……玲司』


 姉貴の声から、さっきまでの軽さが消えていた。


「姉貴。そこから動くな」


『うん』


「セバス、ルナ。姉貴から離れるな」


『承知いたしました』


『分かったにゃ』


「御影さん」


「全管理区画へ警戒指示を出します」


「操、海斗」


「ええ」


「ああ」


 二人とも、もう立っていた。


 画面の文字は消えない。


【代替保護手続へ移行します】


 誰が頼んだ。誰が許可した。姉貴は嫌だと言った。協会も拒否した。向こうはそれを理解したうえで、安全を理由に保護を続けようとしている。本人の意思より、自分たちが正しいと思う安全を優先して。


 俺は表示を睨みつけた。


 ――それはもう、保護じゃないだろ。

お読みいただきありがとうございます!

毎日7:10と19:40の2話更新です。

続きもお楽しみに!

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