第88話:【交際報告】姉に彼女ができたと報告したら、十秒で義妹扱いされた
「ただいま」
「おかえりー!」
王室避難宮へ戻った瞬間、姉貴の声が飛んできた。広い居間のソファから立ち上がって、ぱたぱたとこっちへ走ってくる。
「三人とも無事!?」
「ああ」
「問題ありません」
「オレも無事です!」
「よかったぁ……」
姉貴が胸元へ手を当てて、大きく息を吐いた。その後ろから、セバスが静かに歩いてくる。
「お帰りなさいませ、救助者殿。操様、海斗様」
「ただいま、セバス」
「ただいま戻りました」
「お邪魔します」
『黒いの、遅いにゃ』
足元から声がした。いつの間にか俺の横まで来ていたルナが、金色の目で見上げている。
「悪かったな」
『姫様が待ってたにゃ』
「ルナも待ってた?」
姉貴が聞く。
『ルナは姫様といたにゃ』
「それ待ってたんじゃないの?」
『違うにゃ』
「何が違うんだよ」
黒い尻尾が一度だけ揺れた。答える気はないらしい。
「本当に、みんな無事でよかった」
姉貴が笑う。その姉貴を、海斗がじっと見ていた。
「海斗」
「ん?」
「どうした」
「何でもねえよ」
「そうか?」
「そうだよ!」
何で声が大きくなるんだ。
「海斗くん?」
「はい!」
今度は声が高くなった。
「本当に怪我ない?」
「全然! オレは後ろ守ってたんで!」
「後ろだって危ないでしょ?」
「まあ、そうなんですけど」
海斗が頭を掻く。
「でも、ちゃんと全員守れました」
「うん。海斗くんなら大丈夫だと思ってた」
「…………」
海斗が固まった。耳まで赤い。
「海斗」
「何だよ」
「顔赤いぞ」
「お前は黙ってろ!」
「何でだよ!」
操が小さく息を吐いた。
「玲司。今は放っておいてあげなさい」
「何で」
「いいから」
「……分かったよ」
よく分からない。
「それより」
姉貴が俺たち三人を順番に見た。
「今日の任務、どうだったの?」
「全員救助できた」
「うん」
「魔獣も処理した」
「うん」
「地図がおかしくなった」
「それは聞いた」
「操に特殊職業がついた」
「それも聞いた」
「もう聞いてんの!?」
「協会から連絡きたよ?」
早い。
「《アイスプリンセス》だっけ?」
「……ええ」
操がわずかに顔をしかめる。
「可愛い!」
「ありがとうございます」
「衣装も可愛いんでしょ?」
「…………」
「操ちゃん?」
「遥香さん。映像が残っていても、見ないでください」
「えー」
「見ないでください」
「はい……」
『ルナも見るにゃ』
「ルナ」
『見るにゃ』
「駄目」
『……けちにゃ』
「誰がけちよ」
操がため息をつく。姉貴は楽しそうに笑っていた。
「とりあえず座ろうよ。疲れたでしょ?」
「紅茶をご用意いたします」
「ありがとう、セバス」
手伝おうと腰を浮かせると、セバスがこちらを見た。
「救助者殿。本日はお座りくださいませ」
「いや、俺も――」
「お座りくださいませ」
「……分かったよ」
笑顔なのに逆らえない。
*
紅茶と軽い菓子が並ぶ。姉貴の膝にはルナ。俺の隣に操。向かいに海斗。セバスは少し離れた場所に控えている。
「それで?」
姉貴が紅茶を一口飲んだ。
「何だよ」
「他には?」
「他?」
「報告」
「地図の異常なら――」
「そっちじゃなくて」
姉貴が俺を見る。次に操。また俺。
「…………」
「…………」
何だよ。
「玲司」
「何だ」
「本当に分からないの?」
「だから何が」
姉貴がため息をついた。
「操ちゃん。私から聞いていい?」
「……いえ」
操がカップを置いた。
「私から言います」
操が俺を見る。目が合った。
「玲司。私からでいい?」
「ああ」
操が姉貴へ向き直る。
「遥香さん。私と玲司」
一度、言葉を切った。
「もう一度、付き合うことになりました」
姉貴が止まった。
「…………」
「遥香さん?」
「姉貴?」
「やったあああああああああ!」
「うるさっ!」
姉貴が勢いよく立ち上がり、そのまま操の隣へ回り込む。
「操ちゃん!」
「は、はい」
「おめでとう!」
「ありがとうございます」
「義妹!」
「早いです」
「私は義妹なら歓迎!」
「姉貴!」
前に言っていた。本当に言いやがった。
「だって操ちゃんだよ!?」
「知ってるよ!」
「料理できる!」
「できるな」
「強い!」
「強い」
「優しい!」
「そうだな」
「玲司の扱いにも慣れてる!」
「最後どういう意味だよ!」
「すごく大事!」
「何でだよ!」
姉貴が操の両手を握った。
「操ちゃん。玲司をよろしくお願いします」
「姉貴!」
「はい」
「操も受けるな!」
操が笑った。
「よろしくお願いします」
「何をだよ!」
向かいから海斗の笑い声がする。
「玲司、諦めろ」
「何でお前までそっちなんだよ」
「どう見てもお前以外、全員そっち側だろ」
「セバス」
「誠におめでとうございます、救助者殿」
「セバスまで!」
『めでたいにゃ』
姉貴の膝の上で、ルナが言った。
「お前、意味分かってるか」
『姫様が喜んでるにゃ』
「……なら、まあいいか」
『当然にゃ』
「何でお前が偉そうなんだよ」
ルナはもう興味を失ったらしく、丸くなった。姉貴が満足そうに操の手を離す。
「よかったぁ」
その声だけ、少し柔らかかった。
「何が」
「玲司、最近楽しそうだったから。操ちゃんと海斗くんと、また三人で組むようになってから」
「ああ」
「だから、よかったなって。操ちゃんとも、ちゃんと戻れたし」
「……そうだな」
自覚はなかった。操を見る。目が合って、操が少し笑った。俺も口元が緩む。
「まあ」
姉貴がカップを持ち上げた。
「私は操ちゃんが義妹なら大歓迎なので」
「まだ言うのかよ」
「大事なことだから」
「気が早いだろ」
「玲司はどうなの?」
「何が」
「操ちゃん」
「俺の彼女だろ」
言ってから、静かになった。
姉貴。操。海斗。三人とも俺を見ている。
「何だよ」
「玲司」
操が口元を押さえた。
「今、自分で言ったわね」
「何を」
「彼女」
「…………」
言った。
「いや、彼女だろ」
「そうね」
「じゃあいいだろ」
「いいわよ」
操が笑う。姉貴が両手で顔を覆った。
「今度は何だよ」
「玲司が……普通に彼女って言った……」
「言うだろ!」
「成長したねぇ……」
「何目線だよ!」
「姉」
「そのままだった!」
海斗が腹を抱えて笑っている。
「笑うな! お前だって――」
言いかけて、止まった。
海斗。姉貴。もう一度、海斗。
「…………」
「何だよ」
「いや」
「何だよ、その顔!」
さっき、姉貴に声をかけられただけで耳まで赤くなっていた。姉貴と話す時だけ、妙に声が上ずる。
昔から、海斗が姉貴に憧れていたのは知っている。でも、今のこれは、たぶんそれだけじゃない。
隣の操を見る。操が、ほんの少しだけ眉を上げた。
……マジか。
「海斗。お前、姉貴のこと――」
「玲司」
操の声。
「そこまで」
「…………」
操を見て、それから海斗を見る。
「ああ」
「何だよ!」
「何でもねえよ」
「絶対何か分かった顔してるだろ!」
「してない」
「してる!」
「気のせいだ」
「玲司、お前!」
「二人ともどうしたの?」
姉貴が首を傾げた。
「何でもない」
「何でもないです!」
俺と海斗の声が重なる。
「そう?」
「ああ」
「はい!」
姉貴はまだ不思議そうな顔をしている。気づいてない。たぶん。
昔から海斗が姉貴に憧れていたのは知っていた。でも、今のこれは、たぶんそれだけじゃない。
「何だよ」
「いや」
「だから何だよ!」
「何でもねえって」
「その顔やめろ!」
操が紅茶を飲みながら、少し笑っていた。
*
セバスが夕食まで用意してくれて、結局そのまま全員で食べた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でございました」
姉貴と操はまだテーブルで話している。ルナは姉貴の膝の上。俺が水を取りに立つと、後ろから海斗がついてきた。
「玲司。ちょっと来い」
「何で」
「いいから」
居間から少し離れた廊下で、海斗が振り返る。
「お前、さっき何に気づいた」
「何の話だ」
「とぼけんな!」
「声でかい」
「誰のせいだよ!」
「海斗」
「何だよ」
「姉貴には言わないから安心しろ」
「…………」
海斗が固まった。
「お前」
「やっぱりそうなんだな」
「カマかけたのかよ!?」
「いや。今ので確信した」
「玲司ぃ……!」
「悪い」
「全然悪いと思ってねえだろ!」
「思ってるって」
「顔が思ってねえ!」
海斗が頭を抱えた。
「最悪だ……よりによってお前にバレた……」
「操は知ってるぞ」
「知ってるよ!」
「知ってるのかよ」
「五月雨にはとっくにバレてる!」
「俺だけ?」
「お前だけ!」
「マジか」
「マジだよ!」
そうだったのか。
「……で?」
「何が」
「何か言うことあるだろ」
「何で俺が」
「お前の姉ちゃんだぞ!」
「姉貴は姉貴だろ」
「そうだけど!」
海斗が落ち着きなく頭を掻く。珍しい。少し考えてから、口を開いた。
「まあ、お前ならいいけど」
「…………」
海斗が止まった。
「何が?」
「別に」
「お前それ分かって言ってるだろ!」
「さあな。姉貴が決めることだから、俺が口出すことじゃない」
「……ああ」
「でも」
海斗を見る。高校の頃から一緒にやってきた。前へ出るだけが強さじゃない。誰かを逃がすために後ろへ残れる。自分が目立たなくても、必要な場所を守れる。今日だってそうだった。
「お前なら信用できる。それだけ」
海斗が黙った。しばらくして、片手で顔を覆う。
「お前さ」
「何だよ」
「それ、めちゃくちゃ重いからな」
「そうか?」
「お前のシスコン度で言われると重いんだよ!」
「何だそれ」
「最大級だよ!」
「知らん」
「自覚しろ!」
「俺が決める話じゃないって言っただろ」
「分かってるよ! そういう話じゃねえ!」
海斗が大きく息を吐いた。それから、ぼそりと言う。
「……ありがとな」
「おう」
「でも、遥香さんには言うなよ」
「分かってる」
「絶対だぞ」
「しつこい」
「お前さっき言いかけただろ!」
「あれは悪かった」
「本当に頼むからな!」
「分かったって」
居間へ戻る。
「何話してたの?」
「何でもない」
「男同士の秘密です!」
「何それ」
姉貴が笑い、海斗も笑った。さっきより、少しだけすっきりした顔をしている。
姉貴、操、海斗、俺。紅茶を淹れ直しているセバスと、姉貴の膝で丸くなっているルナ。いつもより少し多くて、少し騒がしい。
操が俺の隣にいる。海斗が姉貴の近くにいる。
こういうのも、悪くないと思った。
*
同じ頃。探索者協会、封印管理区画。
無人の監視室で、一つの通知が点灯した。
【外部閲覧要求を検知】
以前にも確認されたものと同系統。権限不明。要求元不明。経路不明。これまでは、ただ情報を求めるだけだった。
【対象情報を照合中】
【関連情報を抽出】
封印塔。古代術式。特殊職業。記録が次々と並んでいく。
【対象情報を確認】
【黒瀬遥香】
表示が消える。
数秒後、新しい通知が点灯した。
【外部要求を検知】
閲覧ではない。これまでとは、違う。
【対象を確認】
【黒瀬遥香】
【要求種別――】
そこで、表示が途切れた。
監視室に、警告音だけが残る。
何が要求されたのか。誰が要求したのか。まだ、何も分からない。
ただ、何かが黒瀬遥香へ向けて、動き始めていた。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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