第87話:【トリプル見参】黒! 赤! 氷姫!――三人目まで強制変身の被害者になりました
「……来た」
通路の向こうから、赤い光が一直線に走ってくる。
「待たせた!」
赤・黒・金のシャインレッドが、俺たちの前で急停止した。海斗の視線が俺へ、操へ、そしてもう一度操へ戻る。
「…………」
「何よ」
「いや」
白と氷青の戦闘スーツ、銀のライン、胸元と腰のフリル、銀白のティアラ。海斗はそれを頭のてっぺんから爪先まで一往復眺めて、しみじみと頷いた。
「改めて見ると、すげえな。プリンセス感」
「斬るわよ」
「感想言っただけだろ!?」
「海斗、今はやめとけ」
「お前のせいだろ!?」
「俺のせいじゃない!」
「ヒーロー側保護意識!」
「勝手に参照されたんだよ!」
「二人とも」
操が剣を握り直した。
「仕事」
「はい」
「悪い」
俺と海斗の声が重なる。端末を開くと、海斗が横から覗き込んで、画面の奥を指でなぞった。
「この先が最後だ。救難反応は四人。魔獣は最低でも十五、奥にもまだいる。通路がまた変わって、救助班はここまで入れない」
「救助対象の状態は」
「全員意識あり。二人は自力で動ける。一人軽傷、一人は動けない」
地図上には存在しない大空間。その奥に救難反応が四つ、周囲を敵性反応がぐるりと囲んでいる。
「操、先頼めるか」
「ええ」
「海斗、退路と四人を頼む」
「任せろ」
それだけで済む。操が前、俺が動き、海斗が後ろを守る。やることは何も変わらない。変わったのは、黒と赤と氷青――三人揃って変な格好になったことくらいだ。
「……行くか」
「ああ!」
「ええ」
三人で走り出した。
*
最後の区画へ飛び込んだ瞬間、奥から声が響いた。
「助けて!」
同時に、身体の奥で、ものすごく覚えのある嫌な感覚がした。足が止まる。隣で海斗も止まった。
「玲司」
「言うな」
「オレ、まだ何も言ってねえ」
「顔が言ってる」
「……玲司。これ、私も?」
「……たぶん」
「そう」
操の顔が死んだ。
【救助要請を確認】
【三名の適合者を確認】
「三名って言った」
「言ったな」
「聞こえたわ」
【パーティ構成を照合】
【ブラックシルバー】
【シャインレッド】
【アイスプリンセス】
「やめろ」
【三者同時展開へ移行します】
「やめろ!」
黒銀、赤、氷青。三色の光が一気に広がった。
「待って!」
「何でオレまでまた光ってんだよ!」
「俺に聞くな!」
身体が勝手に動く。俺が中央、海斗が右、操が左。そこまではいい。問題は距離だった。
「近い!」
「私に言わないで!」
操の肩が、俺の腕にほとんど触れる位置まで強制的に寄せられている。一方で右側からは悲鳴が上がった。
「ちょっと待て! オレだけ一歩遠くない!?」
「知らん!」
【トリプルフォーメーションを最適化しました】
「余計な最適化をするな!」
光がさらに強まり、右腕が勝手に持ち上がる。
「来るぞ!」
「何が!?」
「口上!」
「知ってるわよ!」
息を吸う。吸いたくないのに、身体が勝手に準備を始める。
〝闇を裂き、希望への道を切り拓く――黒銀の勇者!〟
「待て、こんなの知らない!」
抗議もむなしく、身体が無駄に格好よく一歩前へ出た。
〝黒瀬レイ――ブラックシルバー!〟
「何で変わってるんだよ!」
「玲司だけじゃない!」
海斗の身体が外側を向き、赤い光が大きな弧を描く。
〝炎をまとい、仲間の明日を守り抜く――紅き盟友!〟
「待て!」
〝白鳥海斗――シャインレッド!〟
「何でオレだけ盟友なんだよ!」
「そこ気にするのか!?」
「オレだってヒーローだろ!」
「私は姫なのだけれど!?」
「俺を中心に喧嘩するな!」
「システムが中心にしたんだろ!」
「俺が決めたんじゃない!」
氷青の光が舞い、操の身体が勝手に半歩前へ出る。
〝凍てつく刃に想いを宿し、愛しき英雄の隣に立つ――氷雪の姫君!〟
三人とも、黙った。
〝五月雨操――アイスプリンセス!〟
完璧な発音だった。最悪だ。
操がゆっくり俺を見る。
「……愛しき英雄?」
「待て」
「玲司」
「待てって」
「今の『愛しき英雄』って誰?」
「俺に聞くな!」
「あなた以外にいるの?」
「分かってるなら聞くな!」
「やっぱり玲司なんじゃねえか!」
「海斗は黙ってろ!」
「オレは盟友だからな!」
「そこを引きずるな!」
【最終フォーメーションへ移行します】
「まだあるの!?」
三人の身体が同時に動いた。中央で黒銀と氷青の光が絡み合い、その外側を、赤い光が大きく包み込む。
「おい! 何でオレが二人を祝福する光みたいになってるんだよ!」
「知らん!」
「システムにも分かることが、玲司には分からなかったのね」
「今それ言うな!」
「何が分からなかったんだよ!」
「海斗も今は黙ってろ!」
三人の視線が、勝手に前へ揃う。
〝黒き勇者!〟
〝紅き盟友!〟
「まだ盟友!」
「諦めろ!」
〝氷雪の姫君!〟
「もう好きにして」
「操が諦めた!」
〝勇者と盟友、そして気高き姫君――三つの運命が今、ひとつに!〟
「勝手に運命をまとめるな!」
〝悪を砕き、希望を救う――〟
腕も、視線も、立ち位置も、三人分が寸分の狂いなく揃う。嫌になるくらい格好いい。
〝――トリプル見参ッ!!〟
三色の光が爆発した。
「何で全部作り直したァァァァァァ!!」
三人分の絶叫が、最後の区画に響き渡った。
静寂。
奥にいる救助対象の四人が、こっちを見ている。十五体以上の魔獣も、揃ってこっちを見ている。
「……玲司。帰りたい」
「俺も」
「オレも」
操が、剣を握る手に力を込めた。
「終わらせましょう」
「ああ」
「全力でな!」
恥ずかしいものはもう全部出た。あとは戦うしかない。
*
「操、前!」
「ええ!」
氷青が走る。先頭へ躍り出た操に、三体の魔獣が同時に飛びかかった。剣が振るわれ、床と壁から氷が伸びる。一体目の脚、二体目の腕、三体目の進路。三体が、同時に止まった。
「開いたわ!」
その隙間を抜けて奥へ走る。男性が二人、女性が一人、子供が一人。動けない男性の脚が、崩れた瓦礫の下に挟まれていた。
「救助に来ました。少し離れてください!」
瓦礫に手をかけて持ち上げる。
「今です!」
女性が男性の脚を引き抜いた、ほぼ同時に。
「海斗!」
「任せろ!」
赤い結界が救助者の周囲へ展開し、横から突っ込んできた魔獣が正面からぶつかって跳ね返る。
「ここから先は通さねえぞ!」
海斗は前へ出ない。救助者の横に残って、結界を張り続ける。それでいい。
結界にぶつかった魔獣の脚を操が凍らせ、俺が踏み込んで拳で吹き飛ばす。
「右から五!」
「三秒止める!」
赤い壁が通路を塞ぎ、五体が一斉に激突した。
「十分!」
氷青の光が広がって、五体の足元をまとめて凍りつかせる。操が走って一体、二体、三体。俺も割って入って四体目。
「玲司、左!」
「見えてる!」
五体目が崩れた。
「まだ来るぞ!」
海斗の声に端末を見ると、奥から新しい反応が湧き上がっていた。
「多いわね」
「止められるか」
「誰に聞いてるの?」
剣を構えた操の口元が、少しだけ上がっていた。聞くまでもなかった。
「頼む」
「任せて」
操が前へ出て、俺は救助者のもとへ戻る。動けない男性の腕を肩に回して、背中へ担ぎ上げた。
「す、すみません」
「謝らなくて大丈夫です。歩ける方は、あの赤い結界から出ないでください! 海斗、退路は」
「確保してる! 入口まで一本道!」
「操!」
「あと十秒!」
「分かった!」
十秒なら、十秒で終わる。
「移動します!」
救助者を連れて入口へ向かう。最後尾は海斗で、赤い結界が背後をまるごと守っている。
「七!」
背後で氷が弾ける。
「六!」
剣が走る。
「五!」
魔獣が倒れる。
「四!」
「数える必要ある!?」
「操が十秒って言っただろ!」
「律儀ね!」
「今さら!?」
「三!」
最後の一体が跳んだ。操が半歩ずれる。
「二!」
剣を返す。
「一!」
氷青の光の中で、巨体が崩れ落ちた。
「終わり!」
「ぴったり!」
「何で嬉しそうなんだよ玲司!」
「海斗、前見ろ!」
「オレ後ろだよ!」
救助者の間から、小さな笑い声が漏れた。子供も笑っている。よし。
操が前、俺が救助者の横、海斗が後ろ。色は変わった。格好も変わった。強制口上は最悪になった。それでも、やっていることは同じだ。前を任せる。真ん中で拾う。後ろを守る。誰か一人が全部やる必要はなくて、それぞれが自分の場所にいる。
*
「救助者四名、確認!」
「医療班、お願いします!」
最後の一人が安全区画へ入った。動けなかった男性はすぐに担架へ移され、残る三人も医療班の確認を受けていく。
「全員、生命に危険なし!」
その声を聞いた瞬間、肩からどっと力が抜けた。
「終わったー……」
海斗がずるずると壁にもたれる。
「お疲れ」
「お前、人背負って走ってたよな。何でそんな普通なんだよ」
「疲れてるよ」
「見えねえ!」
「玲司はそういうところあるわね」
「操まで言うか」
操が剣を下ろした。まだアイスプリンセスの姿のままで、ティアラもフリルもそのまま残っている。
「……何? また見てる」
「見てた」
「今度は認めるのね」
「ああ。似合ってると思って」
操が、少しだけ目を丸くした。
「戦闘も問題なさそうだし」
「そっち?」
「え?」
「何でもないわ」
「何だよ」
「自分で考えて」
「まだそれ続くのか!?」
横で海斗が吹き出した。
「玲司、お前マジで頑張れ」
「何をだよ!」
「あのっ!」
三人で振り向く。さっき救助した女の子が、医療班の職員と一緒に立っていた。
「ありがとう! 三人とも、すっごく格好よかった!」
思わず、操を見た。操も、俺を見ていた。
少し前、別の子供に言われた言葉を思い出す。黒いヒーローと赤いヒーロー。操は、探索者。
あの時操が何を気にしていたのか、今なら分かる。ヒーローになりたかったわけじゃない。俺たちと同じ名前が欲しかったわけでもない。ただ、自分の場所が欲しかった。
俺の隣に。
「ありがとう」
操が女の子へ向き直って、笑った。いつもの操の笑顔だった。
「赤い人も格好よかった!」
「おう! ありがとな!」
「盟友だけどな」
「玲司!」
「引きずってるのかと思って」
「引きずってるよ! オレだってヒーローなのに!」
「十分ヒーローだろ」
海斗が、ぴたりと止まった。
「……何だよ急に」
「別に」
「気持ち悪っ」
「褒めたのに!?」
女の子が笑って、操も笑って、俺も少し笑った。これでいい。そう思った、その時。
ピコン。
三人同時に黙った。
「玲司」
「言うな」
「オレも嫌な予感する」
「私もよ」
【救助対象の安全を確認】
【任務完了】
「終わっただろ」
【トリプル見参――終了演出へ移行します】
「終われよ!」
黒銀、赤、氷青。三色の光が、再び俺たちを包み込む。
「何で最後まであるんだよ!」
「初回だからじゃない!?」
「初回って何よ!」
身体が勝手に動いて、また俺が中央、操が左、海斗が右。
「またこの並び!? オレまた遠いんだけど!」
「そこはもう諦めろ!」
俺の腕が上がり、操の剣が胸元へ掲げられ、海斗が外側を向く。
「来るわよ!」
「何が!?」
「分かってるでしょう!」
〝悪は砕け、希望はここに!〟
「だから悪じゃなくて魔獣!」
「そこ!?」
〝救いし命に、明日への光を!〟
「長い!」
〝黒き勇者!〟
「もういい!」
〝紅き盟友!〟
「やっぱり盟友!」
〝氷雪の姫君!〟
「慣れたくないわね、これ」
三色の光が、さらに強くなる。
〝勇者と姫、その絆は永遠に――!〟
「永遠!?」
操がこちらを見た。
「玲司」
「俺を見るな!」
「オレは!?」
〝そして盟友と共に――!〟
「付け足された!」
「海斗!」
「嬉しくねえよ!」
三人の身体が同時に前を向く。まだ何かある。嫌な予感しかしない。
〝三つの光、使命を果たし――〟
〝――ここに凱旋ッ!!〟
三色の光が、盛大に弾けた。
「凱旋ってどこに!?」
三人の声が、綺麗に揃った。
光がほどけていく。黒銀が消え、赤が消え、氷青が消える。バイザーも、スーツも、ティアラも全部なくなって、残ったのはいつもの格好の三人だった。
海斗が自分の服を見下ろした。
「……オレら、今から徒歩で帰るんだけど」
「ああ」
「凱旋?」
「徒歩でね」
「言うなよ五月雨!」
「事実でしょう」
「急に恥ずかしくなってきた!」
「今さら?」
「今さらだよ!」
頭を抱える海斗の横で、操が笑った。俺も、少しだけ笑った。
「……帰るか」
「ええ」
「飯食おうぜ。オレもう腹減った」
「お前、さっきまで紅き盟友だったのにな」
「二度と言うな!」
「明日にはネットに――」
「やめろおおおおお!」
海斗の叫びが通路に反響して、操がまた笑う。
三人で出口へ向かって歩き出す。前を歩く操。隣でまだ文句を言っている海斗。俺はその間を歩く。
黒でも、赤でも、氷青でもない。いつもの三人だ。それでいい。
次に誰かが助けを求めたら、たぶん、また三人で行く。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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