第85話:【復縁】俺は今でも操が好きらしい――なお本人に言うまでが長すぎた
【特殊称号】
【ヒーロー見ぃつけた♡】
「…………」
「…………」
しばらく、どちらも何も言えなかった。画面を見る。もう一度見る。何度見ても一文字も変わらない。
しかも、ハート付きだ。
「玲司」
「俺を見るな」
「まだ何も言ってないわよ」
「絶対俺のせいだろ、それ」
「私もそう思う」
「やっぱり!?」
操の視線が、画面と俺の顔を往復している。完全に疑われている。
「言っとくけど、俺が名前つけたわけじゃないからな」
「分かってるわよ」
「ならその目をやめてくれ」
「どの目?」
「俺が夜中に考えたみたいな目」
「そこまでは思ってないわ」
「『そこまでは』!?」
操が小さく吹き出した。ひどい。ただ、扉の光を見ていた時よりは、ずっと表情が柔らかい。
「……これ、消せないのか」
「称号だから無理じゃない?」
「嫌なのか」
「名前はちょっと」
「分かる」
「玲司の気持ちが、少し分かったわ」
「だろ?」
思わず深く頷いていた。ようやく、被害者の気持ちを分かってくれる人間が一人増えた。
「でも、少しだけね」
「俺は強制的に名乗らされるんだけど」
「それは大変ね」
「急に他人事になるなよ」
操がまた笑う。その横顔につい目をやったところで――ピコン。空気をまるで読まない電子音が鳴った。
「まだあるの?」
「らしいな」
【特殊称号詳細を開示します】
【派生元:《ヒーロー見参》】
そこまでは、さっき分かった。問題は次の行だった。
【適性区分:姫/プリンセス】
操が固まった。
「操」
「待って。今、整理してるから」
「……ああ」
操の親指が、端末の縁をゆっくりとなぞる。もう一度表示を読み直して、それからようやく顔を上げた。
「私、姫側だったの?」
「……そう書いてあるな」
「何で?」
「俺に聞くなよ」
「《ヒーロー見参》から派生してるのよ?」
「俺だって初耳なんだよ!」
「じゃあ誰に聞けばいいのよ!」
「システム!」
「答えてくれるなら苦労してないわ!」
「だよな!」
操が額を押さえ、俺はもう一度画面を覗き込む。
「……氷姫って呼ばれてるからじゃないか」
「そんな雑な理由ある?」
「称号名を見てから言ってくれ」
二人で黙って、もう一度その一行を見た。
【ヒーロー見ぃつけた♡】
「……ありそうね」
「だろ?」
「嫌な説得力があるわ」
操は小さく息を吐いて、また画面へ視線を落とした。今度は、称号名ではなく【姫/プリンセス】の文字のほうを見ている。
「でも……そっか。私、ヒーロー側じゃなかったのね。最初から」
声が、少しだけ柔らかかった。
「別だっただけなのね」
その一言で、ようやく俺の中でも線がつながった。救助したあの男の子。黒いヒーローと赤いヒーロー。俺と海斗が並んでいて、その横に操がいた。操の様子がおかしくなったのは、あの時からだ。
「操。あの子に言われたこと、気にしてたのか」
端末をなぞっていた指が止まった。
「俺と海斗だけ、ヒーローって呼ばれたこと」
「……少しね」
「やっぱりヒーローになりたかったのか」
「違うわよ」
「じゃあ、何だったんだ」
操はすぐには答えなかった。画面を消して、端末を両手で包むように持ち直す。
「笑わない?」
「笑わない」
「本当に?」
「笑わないって」
しばらく目が合って、先に逸らしたのは操のほうだった。
「……白鳥が、羨ましかったの」
「海斗が?」
予想していなかった名前だった。
「玲司の《ヒーロー見参》が、白鳥を仲間として認めたでしょう」
「《シャインレッド》のことか。でも、操だって仲間だろ」
「分かってるわ」
即答だった。端末を握る指に、少しだけ力がこもる。
「玲司が私を信頼してることも分かってる。前を任せてくれることも、背中を預けてくれることも。遥香さんの護衛まで任せてくれてる。……だから、馬鹿みたいな話なのよ」
「馬鹿じゃないだろ」
「まだ何も言ってないわよ」
「でも、操が気にしてたんだろ」
「……そうね」
操の視線が、誰もいない通路のほうへ流れた。さっき海斗が救助者を連れて戻っていった方向だ。
「黒と赤が並んでるのを見て、思ったの。私は、玲司にとって何なんだろうって」
返事ができなかった。操がこちらへ向き直る。今度は逃げずに、真っすぐに。
「海斗は、玲司の力からも隣に立つ仲間として認められた。……私は?」
端末を持つ手が、ゆっくりと下がる。
「仲間なのか。昔の恋人なのか。相棒なのか。それとも――」
そこで一度、言葉を切って、息を吸った。
「今の玲司にとって、私は何なんだろうって」
すぐには答えられなかった。
答えがないわけじゃない。今まで、ちゃんと考えてこなかっただけだ。操は操。それで済ませてきた。前を任せる。背中を預ける。姉貴を任せる。何かあれば頼る。危険な場所へだって行かせられる。操なら大丈夫だと思えるから。
「……何言ってんだ」
「え?」
「俺が一番前を任せてるの、操だろ」
操が瞬きをした。
「高校の頃から、とかじゃなくてな。今だよ。今の俺が一番前を任せられるのは、操だ。背中も預けられる。姉貴だって任せてる。俺にとって一番大事な家族を、だぞ」
「それは……」
操の目が、わずかに揺れた。
口にしてみると、自分がどれだけ操を信頼しているのか、嫌でも分かる。でも、それだけじゃない。海斗のことだって信頼している。背中も命も預けられる。なのに、操とは何かが違う。
昨日から、操の顔ばかり見ている。いや、たぶん昨日からじゃない。気づいたのが昨日だっただけだ。横顔。笑った時の目元。怒った顔。赤くなった耳。距離が半歩近いだけで気になって、危ないと思った瞬間、信頼しているはずなのに身体が先に動く。
「操」
「何?」
「俺、お前に怪我してほしくない」
「……ええ」
「失いたくない」
操が息を止めた。その顔を見たら、もう誤魔化す気にはなれなかった。
「でも、後ろにいてほしいわけじゃない。操のほうが向いてるなら、前を任せる。それは今までと変わらない。ただ、本当に危なかったら止める」
「そこも変わらないのね」
「変える必要あるか」
操は少し考えて、首を横に振った。
「ないわ。私だって、玲司が本当に危なかったら止めるもの」
「じゃあ同じだ」
守りたい。失いたくない。でも、守られるだけでいてほしいわけじゃない。だったら、俺が操にいてほしい場所は一つしかなかった。
「隣にいてほしい」
言ってから、その意味が遅れて自分の中へ落ちてきた。
「あ」
「……今?」
「今」
「今、気づいたの?」
「たぶん」
「遅い」
「悪い」
「謝るところじゃないでしょう」
操がふいと顔を逸らす。耳が赤い。今度は聞かない。たぶん、暑いわけじゃない。俺の顔も、似たようなことになっている気がする。
ダンジョンの奥、正体不明の扉の前で、何をやっているんだと思う。それでも、今言わなかったら、また誤魔化す気がした。
「操。この前の、俺たちいつ別れたんだって話」
「ええ」
「俺は自然に終わったと思ってた。操は別れたつもりがなかった。でも、それだけで今も恋人ってことにはならない」
「そうね」
高校の頃の続きだから、じゃない。もう一度会って、一緒に戦って、今の操を見て。その上で、俺がどうしたいのか。
もう、分かっている。
「今の気持ちで言う」
操は黙った。急かしもせず、ただ待っている。その目から逸らしたくないと思った。
「俺は、今でも操が好きだ」
思っていたより、普通に声が出た。強制口上でもない。能力に言わされたわけでもない。自分の意思で、操に言った。
操は何も言わない。一秒、二秒。急に不安になってくる。
「……操?」
「待って。今、ちょっと……」
操は一度うつむいて、口元を手で押さえた。それから、もう一度顔を上げる。
「嬉しいから」
今度は、俺が黙る番だった。
操が笑っていた。いつもの、少し呆れたような笑い方じゃない。肩からすっと力が抜けたような顔だった。
「私はずっと好きよ」
「……ずっと?」
「ずっと」
「高校からか」
「そうよ」
「マジで?」
「そこで驚くの?」
操の眉が寄る。けれど、口元はまだ笑っていた。
「だって、何年――」
「数えなくていい」
「はい」
「本当にもう……」
操が笑って、俺もつられて笑った。胸の奥にずっと引っかかっていたものが、ようやく収まるべき場所へ収まった気がする。
ただ、一つだけ、ちゃんとしておきたかった。
「操。好きってことは分かった。でも、それだけで今から恋人ってことにもならないだろ」
操が目を丸くした。
「……そこはちゃんと確認するのね」
「操が自分で言ったんだろ。昔別れてなかったとしても、それだけで今も恋人じゃないって」
「そうね」
「だから」
好きだと言った時より、なぜかこっちのほうが緊張した。
「今の俺と、付き合ってくれないか」
操はすぐには答えなかった。端末を持ったまま、一歩だけ近づいてくる。さっき近すぎると言われた距離より、まだ近い。
「玲司。私たち今、任務中なのよ」
「知ってる」
「ダンジョンの奥」
「ああ」
「未知の扉の前」
「……ああ」
「告白する場所としては最低ね」
「それは本当に悪い」
「ふふっ」
笑ってから、操は俺を見上げた。
「でも、玲司らしいわ」
「褒めてるのか」
「半分くらい」
「半分かよ。……で、返事は」
「急かさないで」
「悪い」
操が小さく息を吐く。目は逸らさない。俺も逸らさなかった。
「よろしくお願いします」
「……はい」
一瞬、二人して止まった。
「何で敬語なの?」
「操もだろ」
「つられたのよ」
「俺も」
また笑われた。でも、悪くない。
高校時代に戻ったわけじゃない。何年も離れて、もう一度会って、一緒に戦って、今の操を知った。その上で、今の俺たちがもう一度選んだ。それだけの話だ。
ピコン。
空気を読まない電子音が、また響いた。
「……玲司」
「俺じゃない」
「私でもないわ」
操が端末を持ち上げ、俺も自分の端末を取り出す。二つの画面に、同じ表示が浮かんでいた。
【対象関係性の確定を確認】
操がゆっくりと顔を上げた。
「見てたの?」
「システムに聞いてくれ」
「最悪なんだけど」
「奇遇だな。俺もそう思う」
ピコン。表示が増える。
【特殊称号との適合を確認】
【特殊職業付与条件を満たしました】
「特殊職業?」
操の顔から照れが消え、一瞬で探索者の顔へ戻った。
「操か」
「たぶん」
「何でだ」
「私に聞かないで」
「俺じゃないよな?」
「さっきの流れで玲司だったら怖いわよ」
「確かに」
操が詳細を開こうと画面に指を伸ばした、その瞬間。足元が大きく揺れた。
操が剣を抜き、俺も扉のほうへ向き直る。さっきまで何もなかったはずの扉の向こうに、巨大な魔力反応が膨れ上がっていく。一つ、二つ――まだ増える。
耳元の通信機から、海斗の声が飛び込んできた。
「玲司! 五月雨! そっちで何した!? こっちの地図まで変わったぞ!」
「俺たちは何もしてない!」
「本当に!?」
「何で疑うんだよ!」
「お前ら二人を残した直後だからだよ!」
「それは関係ない!」
隣で操が、こほんと小さく咳払いをした。
「玲司。今は仕事」
「ああ」
操が前へ出る。さっきまでと同じ、俺より一歩前。剣を構えた背中が、ほんの少しだけこちらを振り返った。
「任せていい?」
答えはもう決まっている。守りたい。失いたくない。でも、後ろへ下げたいわけじゃない。
「ああ。前、頼む」
「任せて」
操が笑った。
好きな女性で、守りたい相手で、背中を預けられる相棒で、隣で戦ってほしい人。どれか一つじゃない。全部、操だ。
「行くわよ、玲司」
「ああ」
操の隣へ並ぶ。扉の向こうから、咆哮が響いた。
二人で、前へ踏み出す。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




