第84話:【秘密称号】ずっとシークレットだった操の称号、まさかの《ヒーロー見ぃつけた♡》
地図と、目の前の景色が合っていない。
「……本当に違うな」
端末の画面には、まっすぐ奥へ伸びる一本道。実際の目の前には、左右へ分かれる分岐。何度見比べても、どちらかが嘘をついている。
「第五区画までは一致してたんだけどな」
「位置情報もずれてるわ。私たちの現在地、地図上だと壁の中よ」
「オレ、壁抜けできる能力は持ってないぞ」
「俺もない」
「私もよ」
「じゃあ地図が悪い」
「分かってるわよ」
操が端末を仕舞い、自分の目を信じるほうを選んで歩き出す。その背中を追いながら、俺はまた余計なことを考えていた。
今の操。姉貴に言わされてから、妙に意識するようになった。強い。判断が早い。前を任せられる。真面目で、料理ができて、意外とよく笑って、怒ると怖い。
自分で並べておいて、最後だけ毛色が違う。
「玲司。さっきから何なの?」
「何が」
「見てるでしょう」
「……前を」
「私は前にいるけど?」
「だから前だろ」
「そういう意味じゃないわよ」
後ろで海斗がぶふっと息を漏らした。
「何だよ」
「いや。頑張ってんなと思って」
「何を」
「そこから自分で考えろ」
「またそれかよ」
「二人とも」
操が足を止めて、肩越しにこちらを振り返った。
「仕事中よ」
「はい」
「すみません」
俺と海斗の声が綺麗に重なる。操は小さくため息をついて、また前を向いた。
「……玲司。今また何か考えたでしょう」
「何も」
「そう」
危なかった。怒ると怖い、は本人には言わないほうがよさそうだ。
*
最初の救助対象は、第六区画であっさり見つかった。
「誰か!」
声が響いた瞬間、三人同時に走り出す。曲がり角の先で、壁際に座り込んだ探索者と、その肩を支えるもう一人。そして二人の手前に、魔獣が四体。
「操!」
「分かってる!」
操が加速し、剣を抜きざま一体目へ踏み込む。その瞬間、横の亀裂から五体目が飛び出した。
考えるより先に、身体が動いていた。操の腕を掴んで引き寄せる。爪が、ついさっきまで操の頭があった空間を裂いて抜けた。
「危ないだろ!」
「見えてたわよ!」
「なら避けろよ!」
「避けるところだったの!」
「間に合ってなかったらどうする!」
「間に合ってたわ!」
「おい! 痴話喧嘩なら後にしてくれ!」
「してない!」
「してないわよ!」
「そこだけ綺麗に揃えるな!」
海斗の叫びと同時に赤い結界が張られ、再び突っ込んできた先頭が正面から弾かれた。
「来るぞ!」
「だから、分かってるって!」
操が俺の手を振りほどいて前へ出た。一閃で一体目、返す剣で二体目。床を走った氷が三体目の脚を止め、跳びかかってきた四体目の爪は、身体を沈めてやり過ごす。振り抜かれた剣に弾かれて、魔獣が壁に叩きつけられた。
最後に亀裂から出てきた一体を海斗の結界で勢いを殺し、操は剣を下ろしてこちらを向いた。
「……ほら。大丈夫でしょう?」
「ああ」
「なら任せて」
「……悪かった」
「分かればいいわ」
操が強いことも、状況を見て自分で判断できることも、俺が誰よりよく知っている。知っているのに、さっきは身体が先に動いた。今までなら、あそこで手は出していない。
たぶん、意識しすぎている。
「はいはい、反省会は後! 今オレたち救助中!」
「分かってる」
「ごめんなさい」
ふと見ると、壁際の探索者二人がぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
「すみません、お待たせしました」
「い、いえ……」
肩を貸していたほうが、少しだけ笑った。
「仲、いいんですね」
「違います」
「違わないけど今は違います」
「玲司!?」
「何だよ。仲悪くはないだろ」
「そういう話じゃない!」
「もういいから救助しようぜ!」
海斗が頭を抱えた。
*
二人を第六区画の入口まで誘導し、待機していた協会の救助班へ引き渡す。残りは三人。最後に確認された位置は第七区画付近だ。
奥へ戻る途中、操が歩調を緩めて俺の横へ並んだ。
「さっきのことだけど。私は大丈夫よ」
「分かってる」
「本当に?」
「操が強いのは知ってる。でも、本当に危なかったら止める」
「それは好きにすれば?」
「いいのか」
「本当に危なかったら、でしょう?」
「ああ」
「ならね」
操が前を向く。口元が、少しだけ緩んでいた気がした。今度は見すぎないように、俺も前を向く。
「……何?」
「見てない」
「まだ何も言ってないわよ」
墓穴だった。後ろから、押し殺した笑い声が聞こえる。
「海斗」
「オレ何も言ってねえって!」
*
第七区画へ入ってすぐ、足元が震えた。三人同時に足を止める。
「……来る」
操の声から温度が消えた。曲がり角の向こうに、魔力反応がいくつも湧き上がる。一、二、五――まだ増える。
「十以上いるぞ」
「救助対象は」
「この先だ」
引き返すという選択肢は、最初からない。
「――助けて!」
奥から声が届いた瞬間、身体の奥で何かが切り替わる感覚があった。
【救助要請を確認】
「あ」
「来たな」
「来た」
海斗と顔を見合わせる。お互い、ものすごく嫌な顔をしていた。
「二人とも?」
操が振り返るのとほぼ同時に、黒銀と赤の光が俺たちの身体を包み込んだ。
「嫌だ」
「オレもだよ!」
抗議は光に呑まれて消えた。身体が勝手に一歩前へ出て、海斗と左右対称の位置で止まる。
〝二つの光――ここに見参!〟
〝闇を裂く黒銀!〟
〝希望を灯す赤光!〟
〝救いを求める声ある限り――!〟
〝我ら、ここにあり!〟
隣で海斗の目が完全に死んでいる。たぶん俺も同じ目をしている。拳が勝手に持ち上がり、海斗の拳と打ち合わされた。
決めポーズで停止。静寂。
「……終わった?」
「終わった」
「たぶん」
「じゃあ行くわよ」
「感想ないのか」
「毎回言う必要ある?」
「それもそうだな」
「慣れるなよ玲司!」
「慣れてない!」
言い合っている間に、通路の奥から魔獣の群れが押し寄せてきた。海斗の結界が展開し、先頭が弾かれる。
「操!」
「行くわ!」
操が前へ出て、俺が続く。操の剣が脚を払った一体を、そのまま殴り飛ばす。右から来た二体目は操の氷に足を取られて転倒し、後続は海斗の結界が塞いだ。
「三秒!」
「十分!」
操が踏み込んで三体目を斬り伏せる。速い。問題ない。
その左から、別の一体が飛び込んだ。
また身体が動きかけた。
「玲司!」
操の声で、止まった。一瞬だけ迷って――任せる。
操は半歩だけ身体をずらした。爪が空を切り、返した剣の下で魔獣が崩れ落ちる。
「ほら。任せて」
「……分かった」
それからは、もう言葉はいらなかった。俺が正面へ踏み込み、操が止め、俺が崩し、海斗が逃げ道を塞ぐ。一体、二体、三体と数が減り、残った数体が奥へ退いていく。
「追うわ」
「頼む」
走っていく操の背中を見送っていると、隣で海斗が結界を維持したまま言った。
「今のは偉かったな、玲司」
「何が」
「そこから自分で考えろ」
「便利に使うな!」
「いい言葉だろ?」
「お前が考えるのを放棄してるだけだろ!」
「バレたか!」
「仕事しろ!」
「してるよ! 今まさに結界張ってるよ!」
*
残った魔獣を処理した先で、救助対象の三人が見つかった。全員無事。一人が足を軽く痛めているが、自力で歩ける。
「海斗、三人頼めるか」
「任せろ。第六区画まで戻れば救助班と合流できる」
「操は」
「私は残るわ」
この先にも異常な魔力反応があり、地図のずれも止まっていない。救助者を安全圏へ送る海斗と、残って原因を確認する俺と操。それが一番早い。
「じゃあ行ってくる。二人とも無茶すんなよ」
「お前に言われたくない」
「玲司に言ったんだけど!?」
「私には?」
「五月雨は玲司を止めてくれ!」
「分かったわ」
「何で即答するんだよ」
「必要だから」
「オレは信じてるからな、五月雨!」
「何をだよ!」
救助者の一人が小さく吹き出した。緊張が少しでも抜けたなら何よりだ。海斗が三人を連れて戻っていき、その背中が角の向こうへ消えるまで見送る。
「俺たちも行くか」
「ええ」
第八区画へ続くはずの通路は、やはり端末の表示と噛み合わない。海斗がいなくなった途端、足音が二つになって、通路がやけに静かになった。
「……玲司」
「何だ」
「近くない?」
「そうか?」
「そうよ」
言われて足元を見る。確かに近い。肩が触れるほどではないが、いつもより半歩ぶん操の側へ寄っていた。
「悪い」
「別に嫌とは言ってないけど」
「じゃあいいのか」
「何でそうなるのよ」
「離れたほうがいいか」
「それを私に聞くの?」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「自分で考えなさい」
「操までそれ言うのか!?」
操が、ふっと笑った。
「白鳥の気持ちが分かったわ」
「分からなくていい」
「今日それ禁止にしないか」
「嫌よ」
即答だった。とりあえず、近すぎると言われたので半歩空ける。すると今度は、操がちらりとこちらを見た。
「……何だよ」
「別に」
「何だよ」
「何でもないわ」
正解が分からない。
ただ、操の顔を見る回数が増えたことだけは自覚していた。昨日までだって見ていたはずなのに、今は一つ一つが妙に目につく。剣を握っている時の横顔。考え込む時、少しだけ眉を寄せる癖。笑うと、ほんのわずかに目尻が下がること。
「……また見てる」
「悪い」
「だから、謝らなくていいって言ってるでしょう。……もう」
操がぷいと前を向いた。その耳が、少し赤い。ダンジョンの中はむしろ涼しいはずだが。
「操」
「何?」
「暑いのか。耳、赤いけど」
操の足が、一瞬だけ止まった。
「玲司」
「何だ」
「黙って歩いて」
「何で!?」
「いいから!」
怒られた。やっぱり難しい。
*
第八区画の奥に、あるはずのない扉があった。
端末の上ではただの壁だ。実際には古びた両開きの扉が嵌まっていて、その周囲だけ、壁の材質まで違う。現在のダンジョン設備とは、明らかに時代が噛み合っていなかった。
「協会に送る」
「お願い」
映像と座標を送信して数秒、通信機から職員の声が返ってくる。
「黒瀬さん、映像を確認しました。……該当する構造物の登録はありません。こちらの保管記録にもです」
「開けても?」
「待ってください、現在解析を――」
その時、扉の表面を光が走った。
反射的に一歩前へ出る。隣で操も剣を構えた。扉の中心から、古い紋様がじわじわと広がっていく。
「これ……」
「知ってるの?」
「似たのを見たことがある」
封印塔。まったく同じではない。それでも、今のダンジョン設備に使われている術式とは根本から別物で、ずっと古い。それだけは分かる。
「黒瀬さん、五月雨さん、扉から離れてください」
「了解」
操と同時に後ろへ下がる。光がさらに強くなる。だが、攻撃は来なかった。扉も開かない。
代わりに、ピコン、と小さな電子音が鳴った。
「……何?」
「俺じゃない」
ポケットの端末は静かなままだ。もう一度、ピコン。操が自分の端末を取り出すと、探索者協会公式アプリの通知が表示されていた。
画面を開いた操の指が、止まった。
「操?」
「……称号欄」
顔を上げた操の表情が、さっきまでとまるで違っていた。
「シークレット表示が、消えてる」
横から画面を覗き込む。操のプロフィールの称号欄、ずっと中身が伏せられていた項目だ。俺も何度か見たことがある。本人にも詳細が分からず、協会でも開示できない、ずっとシークレットのままだった称号。
その伏せ字が、消えていた。
【秘匿条件の一部解除を確認】
「条件?」
「何の?」
「分からん」
【特殊称号情報を更新します】
二人で黙って画面を見つめる。操がこの称号を持っていること自体は、前から分かっていた。けれど名前も、意味も、どうして操に与えられたのかも、何ひとつ分からないままだった。
それが今、開こうとしている。
【関連特殊職業を照合中】
たった数秒が、やけに長い。
【照合完了】
【派生元特殊職業】
【《ヒーロー見参》】
操がゆっくりと俺を見た。俺も操を見た。
「玲司」
「ちょっと待て」
「まだ何も言ってないわよ」
「嫌な予感がする」
「奇遇ね。私もよ」
俺の《ヒーロー見参》と、操のシークレット称号。今まで何の関係があるのかも分からなかった二つが、画面の上で一本の線につながってしまった。
「何で俺なんだよ……」
「私に聞かないで」
「怖い」
「私もよ」
「開くのやめるか」
「ここまで来て?」
「……だよな」
操が細く息を吐いて、画面に向き直る。俺も覚悟を決めて覗き込んだ。
【特殊称号情報を開示します】
伏せられていた欄に、一文字ずつ、称号名が浮かび上がる。
【特殊称号】
【ヒーロー見ぃつけた♡】
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




