第83話:【姉に相談】元カノとの関係を相談したら「私は義妹なら歓迎」と言われた
三人揃って長時間の任務へ出る時、姉貴の避難先はもう決まっている。王室避難宮だ。
「じゃあ姉貴、行ってくる。何かあったら連絡しろ」
「うん、いってらっしゃい」
「勝手に外へ出るなよ」
「避難しに来てるのに!?」
「姉貴だから言ってる」
「どういう意味!?」
ソファの上で抗議する姉貴の膝で、黒猫姿のルナが尻尾をゆらりと揺らした。
『黒いのは心配しすぎにゃ』
「誰のせいで心配性になったと思ってる」
『ルナじゃないにゃ』
「それはそう」
『姫様はルナが見るにゃ』
「頼む」
その横で、純白の燕尾服のセバスが静かに腰を折った。
「姫様のことは、わたくしどもにお任せくださいませ、救助者殿」
「ああ、頼む」
セバスがいて、ルナもいる。施設の安全性は前回の検証で確認済みで、姉貴自身の意思で出入りもできる。ここなら任せられる、と素直に思えるようになったことが、我ながら一番の進歩かもしれない。
「玲司、そろそろ行くわよ」
「オレも装備の最終確認したいし、出ようぜ」
入口のほうで、操が剣帯を締め直し、海斗が端末で時間を見ている。
「遥香さん、行ってきます!」
「うん。海斗くんも気をつけてね」
「はい!」
返事がいい。俺と喋っていた時より、明らかに声が一段明るい。まあ、こいつは大体いつも元気だが。
「白鳥」
「何だよ」
「何でもないわ」
「絶対何かあるだろ!? その顔で『何でもない』は無理あるって!」
操と海斗が何やら揉めているのを、姉貴はにこにこ眺めている。何なんだ。
「操ちゃんも気をつけてね。玲司が無茶しそうになったら止めてね」
「分かりました」
「何で俺の管理を操に頼むんだよ」
「必要だから?」
「必要ですね」
「操まで!?」
振り向いた拍子に、操と目が合った。その瞬間、昨日の蕎麦屋の声が耳の奥で蘇る。
――昔の私じゃなくて、今の私をどう思ってるのか。
「……何?」
「いや」
「また?」
「悪い」
操は小さく息を吐いた。
「ちゃんと考えてる?」
「考えてる」
「そう」
それだけ言って、操が扉へ向かう。俺も後を追おうとしたところで、背中に声がかかった。
「玲司、ちょっと残って」
「今?」
「今」
嫌な予感しかしない。姉貴はソファから身を乗り出し、なぜか操のほうへ手を挙げた。
「操ちゃん、玲司ちょっと借りていい?」
「何で操に許可取るんだよ!」
「どうぞ」
「操も許可するな!」
「じゃあ外で待ってるわ」
「オレも装備確認しとく」
海斗が扉の前で振り返り、真顔で親指を立てた。
「玲司、頑張れ」
「何を!?」
「そこから自分で考えろ!」
「またそれかよ!」
捨て台詞を残して海斗が逃げ、扉が閉まった。
「座ったら?」
姉貴がソファの隣をぽんぽんと叩く。俺は黙って向かいの椅子を引いた。
「昔は隣に座ってくれたのに」
「何年前の話だ」
「反抗期?」
「二十三だぞ」
「長い反抗期だねえ」
音もなくセバスが現れ、俺の前にティーカップを置いた。
「どうぞ。ごゆっくり」
「すぐ出るからな」
「承知しております」
本当か。カップからは淹れたての紅茶の湯気が立っている。
「それで?」
「何が」
「操ちゃん。昨日から二人とも変だよ?」
「分かるのか」
「分かるよ。お姉ちゃんだから」
「万能ワードにするな」
言う必要があるのか一瞬迷って、やめた。高校の頃のことは、どのみち姉貴も知っている。
「昨日、操に聞かれた。俺たちっていつ別れたのかって」
「…………え?」
カップへ伸びかけていた姉貴の手が、宙で止まった。
「玲司たち、いつ別れたの?」
「だから、それが分からない」
「えっ」
「別れようって言った記憶がない」
「操ちゃんからは?」
「ない」
「喧嘩した?」
「してない」
「嫌いになった?」
「なってない」
「じゃあ何で別れたの?」
「だから分からないんだよ!」
『黒いの、うるさいにゃ』
「……ごめん」
膝の上のルナに叱られた。見れば姉貴は口元を手で覆っている。
「笑うなよ」
「まだ笑ってないよ」
「目が笑ってる」
「だって、玲司たちらしいなって。大事なところだけ、二人とも言葉にしてないところ」
否定できなかった。紅茶に口をつけて、間を埋める。
「卒業して、三人とも別々になっただろ。操とも会わなくなって、連絡も減った。だから自然に終わったんだと思ってた。操も同じだったらしい」
「そっか」
「それで、昔付き合ってたから今も恋人だなんて言うつもりはない、って言われた。今の俺が今の操をどう思ってるのか、考えてほしいって」
姉貴は少しの間、何も言わなかった。
「……そっか」
「何だよ」
「ううん」
「何だよ、その顔」
「それは操ちゃんに聞いて」
「姉貴までそれか」
「だって、操ちゃんの気持ちでしょう? 私が勝手に答えることじゃないよ」
さっきまでのからかう調子が、すっと消えていた。こういう時の姉貴は、本当に余計なことを言わない。
「だから、考えるのは玲司。……じゃあ聞くけど、今の操ちゃんってどんな人?」
「何だその質問」
「いいから」
昨日から、ずっと考えていることだ。
「強い。判断が早い。無理なら無理って言う。前を任せられる」
「探索者の評価ばっかりだね」
「探索者だからな」
「ダンジョンの外では?」
ダンジョンの外。少し考えてから、指を折る。
「真面目。料理ができる。意外と笑う。怒ると怖い」
「最後いる?」
「大事だろ」
「あとは?」
「姉貴と仲がいい。姉貴が変なことしたら止めてくれる」
「途中から私の話になってない!?」
「操の話だろ」
「そうだけど!」
むくれかけた姉貴は、けれどすぐに表情を緩めた。
「ちゃんと見てるじゃん。今言ったの、高校の頃の操ちゃんじゃないでしょう?」
「……ああ」
「今、一緒にいる操ちゃんだよね。じゃあ、あとはそれをどう思ってるかだ」
「そこが分からないんだよ」
「考えるしかないね」
「海斗と同じこと言うな」
「海斗くん、いいこと言うね」
「本人に言ってやれ。喜ぶぞ」
「そうかな?」
姉貴は首を傾げて、それから思い出したように手を叩いた。
「あ、私はね。私は、操ちゃんが義妹なら歓迎だよ」
「…………」
「玲司?」
「待て。今どこまで飛んだ?」
「どこって?」
「義妹」
「操ちゃんが玲司と結婚したら、私の義妹でしょう?」
「結婚!?」
「声大きいよ!」
「姉貴が変なこと言うからだろ!」
『黒いの、うるさいにゃ』
「俺だけ!?」
『姫様もうるさいにゃ』
「ほら、同罪!」
「何で嬉しそうなんだよ!」
その間もセバスは何事もないような顔で、俺のカップに紅茶を注ぎ足している。止めろよ。あと注ぐな、すぐ出るって言っただろ。
「だって、操ちゃんのことは昔から知ってるし。私のこともいっぱい助けてくれるし。強いし、綺麗だし、優しいし」
「……うん」
「玲司の扱いも上手だし」
「最後いらないだろ」
「大事だよ。私より玲司を止められる時あるもん」
「ない」
「ある」
「ない」
『どっちでもいいにゃ』
「ルナ!」
今度は姉貴が叱られた。こほん、と咳払いをして、姉貴は膝の上で両手を揃える。
「とにかく。私は操ちゃんが義妹になったら嬉しい。でも、それと玲司がどうするかは別だからね。操ちゃんがどう思ってるかは操ちゃんの気持ちだし、玲司の気持ちは玲司にしか分からないし。そこは二人でちゃんと話して」
「……分かってる」
「お姉ちゃんは、義妹になってくれたら嬉しいってだけ」
「最後にまた戻すなよ」
「大事だから」
「二回言うな。まだ何も決まってないからな」
「分かってるよ」
そう言いながら、姉貴はずっと笑っている。
操がどう思っているのか、姉貴は一言も言わなかった。でも、何も知らずにあそこまで言うだろうか。……いや、姉貴なら言いかねない。操のことが好きで、俺たちが昔付き合っていたことを知っている。それだけで十分に言う人だ。
結局、本人と話さなければ何も分からない。
「難しい顔してる」
「考えてるからな」
「偉い」
「子供扱いするな」
「みんなに『自分で考えろ』って言われてるんでしょう?」
「海斗だけだよ」
「じゃあ私で二人目。頑張って、そこから自分で考えて」
「姉貴まで!?」
『黒いの、そろそろ時間にゃ』
ルナの言葉に端末を見て、血の気が引いた。まずい。
「行ってくる。セバス、頼む」
「お任せくださいませ、救助者殿」
扉へ向かう俺の背中に、姉貴の声が追いかけてくる。
「いってらっしゃい。操ちゃんにもよろしくね。未来の義妹に」
「姉貴!」
「冗談だよ!」
『半分くらい本気にゃ』
「ルナ!」
扉を閉めた。最後までうるさい。
*
「遅い」
外へ出た瞬間に言われた。
「悪い」
「七分」
「計ってたのか」
「集合時間があるもの」
「まあまあ。オレ、待ってる間に装備確認二周したから」
「二周する必要あったか?」
「暇だったんだよ!」
海斗が肩を寄せてきて、声を潜める。
「で? 遥香さんと何話してたんだ?」
「言わない」
「気になるだろ!」
「白鳥、行くわよ」
「五月雨は気にならないの!?」
「遥香さんと玲司の話でしょう? ならいいわ」
操はあっさり歩き出した。俺もその横に並ぶ。
今の操。そう思った途端、また横顔を見ていた。
「何?」
「いや」
「また? さっきから見すぎなのよ」
「……悪い」
「謝らなくていいけど」
操は前を向いたまま、少しだけ歩く速度を落とした。
「ちゃんと考えてる?」
「ああ」
「そう」
それ以上は聞かれなかった。聞かれないからこそ、ちゃんと考えないと駄目なんだと思う。
「操」
「何?」
「任務が終わったら……いや。その時に言う」
「そう」
操も、それ以上は聞かなかった。
「なあ!」
後ろから、海斗が首を突っ込んでくる。
「オレもその会話に参加していい!? 三人で歩いてんのにオレだけ完全に背景なんだけど!」
「白鳥が後ろを歩いてるからでしょう」
「お前らが横に並んだからだよ!」
「じゃあ隣に来れば」
「そういう問題じゃねえ!」
「面倒くさいな」
「玲司にだけは言われたくねえ!」
文句を言いながら、海斗が俺の反対側へ並んだ。三人。いつもの形だ。
*
ダンジョンの入口では、協会職員が端末を抱えて待っていた。
「約四十分前から、第五から第八区画で、内部地図と実際の通路構造に不一致が発生しています。区画内の一般探索者十一名のうち、連絡が取れているのは六名。残る五名が未確認です」
「最後の位置は」
「第七区画付近ですが、位置情報にもずれが出ていて、正確な場所は特定できていません」
地図が信用できない。そのうえで、五人の行方が分からない。
「優先順位は」
「人命最優先です。異常の原因調査は後回しで構いません」
「了解」
隣で操が剣の留め具を確かめ、海斗が端末を閉じた。
「行くぞ」
「ええ」
「おう!」
操が前、海斗が後ろ、俺はその間。いつもの並びで入口へ踏み込む。
今の操を、俺はどう思っているのか。昨日より見えているものは、少しだけ増えた。それでも、答えはまだ出ていない。
だったら、まずは仕事だ。五人全員を連れて帰る。
そのあとで、今度こそちゃんと向き合う。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




