第79話:【避難宮検証】前回は救出した姉を、今回は自分から入れに行く
三日後。
「何で俺たちは、姉貴を自主的に王室避難宮へ入れようとしてるんだろうな」
「お前が予約したからだろ」
「正確には、予約候補日を表示させただけだ」
「そのあと第一候補を押したの誰だよ!」
「安全確認だ」
「出たよ!」
王室避難宮の白い扉の前で、海斗が頭を抱えている。少し離れた場所では、操が腕を組んでそのやり取りを眺めていた。
「でも、試す価値はあると思うわ」
「分かってる」
だから来た。
姉貴をようやく連れ帰ったあの夜、施設から一件の通知が届いた。
【姫君の次回療養予約を承ります】
即座に消すつもりだった。だが落ち着いて考えると、話が違ってくる。これから俺と操と海斗は、正式パーティとして三人で依頼を受ける機会が増える。そのたびに問題になるのが姉貴の護衛だ。操が護衛を続けてくれてはいるが、三人全員が出る仕事のたびに別の体制を一から組み直すのは、どう考えても効率が悪い。
もし王室避難宮に、姉貴本人の意思で入れて、本人の意思で出られて、外部と普通に連絡が取れて、そのうえセバスとルナまで一緒に入れるなら。話は変わる。
「黒瀬さん。予約時刻になりました。現時点で、周辺に異常はありません」
協会の立会い職員が、端末から顔を上げた。
「なお、今回はあくまで安全利用の可否確認です。異常を確認した場合は、その時点で検証を中止します」
「それでお願いします」
当然だ。便利だから使う。そのために危険を無視するつもりはない。
「玲司ー!」
振り向くと、ショルダーバッグを提げた姉貴が手を振っていた。隣には純白の燕尾服のセバス、足元には黒猫のルナ。
完全に、旅行へ行く人間の布陣だった。
「何でそんな楽しそうなんだよ」
「だって今日は捕まるんじゃなくて、自分から行くんでしょ?」
「避難施設の検証だ。遊びじゃない」
「分かってるよ」
「そのバッグ何だ」
「配信機材。配信できるか試すんでしょ?」
正論だった。
「あとお菓子も入ってる」
「何でだよ!」
「長時間避難する可能性もあるから」
「正論に混ぜるな!」
「姫様。現地でのお茶菓子は、わたくしが確認いたします」
「お前まで旅行気分になるな」
「安全な飲食環境の確認でございます」
「言い方だけ業務に寄せるな!」
『プリンがあるか確認するにゃ』
「お前は隠す気すらないな!」
とはいえ、この二人が姉貴と一緒に入れるかどうかは重要だ。俺たちが任務に出ている間、姉貴を一人きりで閉じ込めておくつもりはない。セバスがいれば生活面も護衛面も任せられるし、ルナもいる。普通の状況なら、かなり厚い布陣だ。
「じゃあ姉貴、一回確認するぞ。嫌なら今でも中止できる」
「分かってる」
「中で変だと思ったらすぐ連絡」
「分かってるって」
「通信が切れたら――」
「玲司」
操が横から口を挟んだ。
「過保護が施設からうつったままよ」
「これは普通の安全確認だ」
「施設もたぶん同じことを言うわ」
「一緒にするな」
姉貴がくすくす笑った。
「大丈夫。ちゃんと連絡するから」
「……ならいい」
「シスコン」
「安全確認だ」
「はいはい」
その瞬間、目の前の白い扉に、淡い金色の光が走った。
【予約時刻を確認】
【姫君の来訪を確認】
【保護区画を開放します】
重い音とともに扉が開いた。この前まで姉貴を頑として返さなかった施設が、今日は予約客を恭しく出迎えている。
「……なんか複雑だな。対応の差がすごい」
「前回は緊急保護だったからじゃない?」
「だからって、返さなくていい理由にはならない」
ぶつぶつ言っている間に、姉貴が一歩、中へ踏み込む。止められない。続いてセバス。問題なし。最後にルナが小さな足でとことこ続いて、やはり止められない。
【姫君の入宮を確認】
【同行者――受入可能】
「入れたな」
「入れたわね」
「……オレたちより簡単じゃない?」
海斗の一言に、俺は黙った。この前、俺たちは姉貴を返してもらうために審査まで受けた。セバスとルナは、歩いて入った。
「……納得いかない」
「目的が違うんだろ」
「分かってるけど納得いかない」
『黒いのは細かいにゃ』
「聞こえてるぞ!」
つまり、通信は生きている。予約入場、問題なし。同行者、問題なし。外部通信、問題なし。
*
『星の子のみんな、こんばんはー!』
約一時間後。俺たちは協会の確認室で、姉貴の配信を見ていた。
モニターに映っているのは、当然ながら生身の姉貴ではなく、いつもの星宮ハルカだ。ただし背景は白い石壁に金色の装飾、大きなアーチ窓。どう見ても一般家庭ではない。
>どこ?
>背景すご
>王宮?
>また姫になってる?
>玲司呼ぶ?
>救助要請いる?
『違います! 今日は捕まってません!』
>今日は
>今日は?
>言い方
>じゃあ何でそこにいるの
『予約して来ました!』
コメント欄が、一瞬止まった。
>予約???
>予約できるの!?
>自主的に姫になってて草
>避難宮ってホテルだった?
>王室避難宮、予約サイトどこ?
『一般予約はできません!』
「当たり前だ!」
モニターに向かって叫んでから気づいた。当然、姉貴には聞こえていない。
「何で配信にツッコんでんだよ」
「反射だ」
「弟だなあ」
「違う」
「何が違うんだ?」
無視した。
映像、問題なし。音声、問題なし。遅延も普段と大差ない。少なくとも、外部と完全に遮断される施設ではないらしい。
『今日はですね、今後の安全対策のために、この場所から普通に配信できるか試してます!』
>安全対策で王宮
>基準がおかしい
>でも玲司が安心しそう
>弟が三人分くらい安心しそう
「三人分は余計だ」
「一人分は認めるのね」
隣で操が、表情を変えずに拾った。
「一般論だ。家族が安全なら安心するだろ」
「はいはい」
『ちなみに、今日はセバスも一緒です』
画面の端から、当然のようにセバスが現れて優雅に一礼した。
『姫様のお茶をご用意しております』
「いつからいた!?」
「最初から画面の端にいたぞ? 気づかなかったのか」
「配信を見てた」
「集中しすぎだろ」
>セバスいるなら安心
>避難先に専属執事ついてくるの強い
>もはや別荘
>玲司より快適そう
「玲司より快適って何だ」
「そこ拾うのか?」
『ルナもいるよー』
カメラが少し下を向く。星宮ハルカの隣、ソファの上で黒猫が丸くなっていた。
『いるにゃ』
そこで、ふと引っかかった。
「……何でルナとセバスは、普通に映ってるんだ」
「そこ?」
「姉貴は星宮ハルカの姿になってるのに、二人だけ普通に映ってるだろ」
「言われてみればそうだな」
「ステラライブの技術力、やっぱりおかしいだろ」
『企業秘密でーす』
「聞こえてるのかよ!」
>ルナ様!
>セバスまで認識されてるの草
>ステラライブの技術班どうなってんだ
>姫+執事+猫
>避難とは
>玲司いらなくない?
>弟の役目なくなってて草
「誰だ今、俺いらないって言ったやつ!」
「コメント拾うなって!」
海斗に肩を掴まれた。
「流れてきたんだよ!」
「流せ!」
落ち着け。俺はSランク探索者だ。匿名コメントと戦うのは仕事じゃない。
『玲司は必要だよ』
画面の中の姉貴が、何でもないことのように言った。
『でも、玲司たちが仕事してる間に、私が安全な場所にいられるなら、その方がいいでしょ? 私だって、みんなにちゃんと仕事してほしいしね』
コメントの流れが、少しだけ緩やかになる。俺は何も言わなかった。操も、海斗も、少しだけ黙った。
『それにここ、プリン美味しいし』
「台無し!」
俺と海斗の声が重なり、操だけが静かに額へ手を当てた。
『姫様。本日は抹茶でございます』
『やった!』
>結局プリン
>知ってた
>避難宮評価:プリン◎
>弟の心配よりプリン
「違うだろ!」
「お前どっち側なんだよ!」
結局、配信は最後まで何の問題もなく終わった。配信利用、問題なし。
*
「じゃあ、最後ね」
配信終了後、通信端末越しに姉貴の声がした。
「本当に大丈夫か?」
『入る前にも聞いたよ』
「今は出る前だ」
『同じくらい大丈夫』
今回、一番重要な確認だ。本人の意思で帰れるか。これができなければ意味がない。配信ができても、セバスとルナが一緒でも、毎回俺たち三人が迎えに来ないと出られないなら、標準の避難先には使えない。
確認室のモニターの中で、姉貴が白い回廊の中央に立つ。少し後ろにセバス、その足元にルナ。姉貴は一度だけ息を整えた。前回ほど、緊張した顔はしていない。
『姫君として命じます。本日の保護を終了してください』
施設の光が、淡く揺れた。
【姫君の意思――確認】
『私は帰ります』
【保護終了命令――確認】
前回は、ここから外部安全、護衛適格、帰還経路と、確認がいくつも挟まった。
今回は。
【予約利用の終了を確認】
【退出経路を開放します】
三人同時に黙った。
「……早くない? あの審査は何だったんだよ」
「緊急保護と、本人が予約した利用では扱いが違うんでしょうね」
操の推測が、一番しっくりきた。少なくとも、結果ははっきりしている。
入口へ駆けつけると、ちょうど扉が開いたところだった。姉貴が自分の足で歩いて出てくる。その後ろからセバス、さらにルナ。止められない。椅子も飛んでこない。荷物も取り上げられない。姉貴は自分のショルダーバッグを、自分で提げている。
「玲司。出られたよ。迎えに来てもらわなくても」
「……ああ」
そこが一番大きい。俺たちがダンジョンの奥にいても、姉貴は自分の意思で出てこられる。
「これなら使える?」
答える前に、目で確認する。体調、問題なし。荷物、問題なし。通信、問題なし。セバス、いつも通り。ルナは。
『腹が減ったにゃ』
いつも通りだった。
「……使えるな」
口に出すと、思っていたより重みがあった。これなら、俺と操と海斗の三人全員で仕事に出られる。姉貴を一人にしなくていいし、操だけを護衛に残す必要もない。誰かを無理に呼ぶ必要もなく、姉貴も配信を止めなくて済む。
「本日の検証結果は、協会側でも安全運用資料として整理します」
立会い職員が端末を閉じた。
「少なくとも今回の範囲では、予約入場、外部通信、同行者の受入れ、本人意思による退出に問題はありませんでした。今後、黒瀬さん、五月雨さん、白鳥さんの三名が同時に探索任務へ入る際、黒瀬遥香さんの一時避難先として利用する運用は可能だと考えます」
「姉貴は?」
「いいよ」
即答だった。
「配信できるし、セバスもルナもいるし、プリンあるし」
「最後のは条件から外せ」
「大事だよ!」
『重要にゃ』
「増えるな!」
セバスだけが、静かに頷いた。
「姫様の安全確保につきましては、わたくしも異存ございません」
「頼む」
「承知いたしました、救助者殿」
「これで、三人で動きやすくなるわね」
操が言うと、海斗がにやりと笑った。
「今度は遥香さんが気になって、途中で帰るなよ?」
「帰らん。姉貴はここにいて、セバスとルナもいる。なら、仕事中はこっちの仕事を見る」
言ってから、少し妙な感じがした。
以前なら、安全だと分かっていても、自分の目で確かめないと落ち着かなかった。今は、操に前を、海斗に後ろを任せられる。姉貴のことも、セバスとルナに任せられる。
全部、自分でやる必要はない。
「……何だよ」
海斗がこっちを見ていた。
「いや」
「ニヤつくな」
「ニヤついてねえよ!」
「口元」
「お前までそれ言うのか!」
「玲司。少しだけ笑ってるわよ」
「笑ってない!」
「笑ってるよ」
「お前ら!」
人が真面目に今後の安全運用を考えている時に、何なんだ。
そこへ、姉貴の端末が軽やかな音を立てた。
「あ、避難宮から」
「今度は何だよ」
【本日のご利用ありがとうございました】
「そこは普通だな」
【次回予約時の姫君用デザートを選択してください】
「普通じゃなかった!」
「玲司、見て! 抹茶プリンある!」
「選ぶな!」
「季節の果物ゼリーもあるよ!」
「避難先をスイーツビュッフェにするな!」
『黒いの。次はプリンにゃ』
「お前まで予約するな!」
姉貴が笑い、操も笑い、海斗に至っては腹を抱えている。
俺は姉貴の端末に並ぶデザート一覧を眺めた。安全確認済み。通信可能。セバスとルナ同行可能。本人の意思で退出可能。そして、プリン付き。
「……最後の条件、本当に必要か?」
「必要!」
『必要にゃ』
「二対一で決めるな!」
こうして、俺たち三人が同時に探索任務へ出る時は、王室避難宮を姉貴の標準避難先として使うことが決まった。
そんな、とんでもなく豪華な安全対策が、我が家の通常運用に加わることになった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




