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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第74話:【後衛】赤いヒーロー、前より後ろの方が忙しい

 俺は足を止めた。


 次の救難地点とは逆。


 海斗のいる方向へ、身体を向ける。


 地図の後方に集まる赤い反応。


 二十近いサーモンワイバーン。


 その先には、海斗が誘導している八人。


 さらに奥の安全区画には、先に避難した探索者や協会スタッフ。


 姉貴たち配信班もいる。


「操」


『何?』


「ここを頼む。俺は一度――」


『玲司!』


 海斗の声が割り込んだ。


「何だ」


『戻ってくるな!』


 足が止まる。


「海斗」


『聞こえなかったか!? 戻ってくるな!』


「後ろに二十近い!」


『知ってる!』


 通信の向こうで衝撃音。


 続けて、サーモンワイバーンの咆哮。


『だから何だよ!』


「避難者がいる!」


『それも知ってる!』


 海斗の声は大きい。


 だが、焦ってはいなかった。


『ここはオレが守る!』


 短く。


 はっきりと。


『お前はまだ前に残ってる奴を拾ってこい!』


「……」


 地図を見る。


 後ろ。


 海斗。


 前。


 まだ通信が戻っていない探索者たち。


 以前の俺なら戻った。


 自分の目で後方を確認してから、また前へ向かったはずだ。


 でも。


 今は海斗がいる。


 高校時代から、ずっと後ろを守ってきた男がいる。


「……任せた」


『おう!』


 俺は身体の向きを戻した。


 海斗の方へは行かない。


「操。次の救難地点で合流」


『了解』


 走る。


 後ろは見なかった。


        *


 だから、この時の海斗を俺は自分の目では見ていない。


 何をして、どうやって二十近い群れを止めていたのか。


 それを知ったのは、あとで探索用カメラの映像を見返した時だった。


 そこに映っていたのは――。


「全員、結界の内側へ!」


 赤いヒーローだった。


 協会指定の安全区画。


 すでに二十人近い探索者とスタッフが集まっている。


 その一番外側に、海斗が立っていた。


 赤い密着スーツ。


 背中のマント。


 これまで散々本人が文句を言ってきた、いかにも前へ飛び出していきそうな姿。


 でも。


 海斗は一歩も前へ出なかった。


「動ける人は奥! 怪我してる人を先に座らせて!」


「はい!」


「協会スタッフは人数確認! まだ移動中の組がいるなら教えてくれ!」


「確認します!」


 海斗の前。


 通路の向こうから、サーモンワイバーンの群れが迫る。


 十。


 十五。


 二十。


 さらに後方にも反応。


「白鳥さん!」


 協会職員が叫ぶ。


「結界、間に合いますか!?」


「間に合わせる!」


 海斗が両手を広げた。


 赤い魔力が走る。


 一枚目。


 通路を塞ぐ、厚い防御結界。


 その後ろ。


 二枚目。


 さらに三枚目。


 一定の間隔を空けて、赤い光の壁が重なっていく。


>多層結界

>一枚で止める気じゃないのか

>壊される前提で距離取ってる

>赤、後ろだとこんな動きするのか


 先頭のサーモンワイバーンが一枚目へ激突した。


 衝撃。


 結界が大きく揺れる。


「一枚目、来た!」


 海斗は動かない。


 二体目。


 三体目。


 次々と結界へぶつかる。


 正面から全部受ければ、いずれ割れる。


 だから。


「左!」


 海斗が腕を振った。


 結界の左側だけが一瞬薄くなる。


 同時に、右側の床へ炎が走った。


 熱を嫌ったサーモンワイバーンが左へ寄る。


 密集。


「そこ!」


 今度は左側へ炎。


 直接焼くためじゃない。


 前へ進ませない。


 群れの向きを変える。


 狭い通路で互いをぶつける。


 一枚目の結界へ集中していた圧が散った。


「よし!」


 海斗が笑う。


「前に出なくても、やれるじゃん!」


 誰に向けた言葉なのかはわからない。


 ただ、あとで映像を見た俺には。


 昔の自分へ言っているように聞こえた。


 赤いヒーローなら前へ出る。


 火炎を撃つ。


 敵を倒す。


 派手に勝つ。


 高校時代の海斗は、そんな戦い方にこだわっていた時期があった。


 でも今。


 海斗の後ろには、守る人間がいる。


「一枚目、下げる!」


 限界が近づいた結界を自分から解除。


 魔獣が前へ流れる。


 十メートル。


 そこで二枚目。


 激突。


 一枚目を無理に維持して割られるより、自分で解除して次へ受け渡す。


 時間を稼ぐ。


 距離を使う。


「誘導班! 奥の通路は!?」


「まだ使えます!」


「煙は!?」


「少し流れ込んでます!」


「了解!」


 海斗の火炎が天井近くを走った。


 熱と魔力圧で、通路へ入りかけていた煙を押し返す。


 視界を確保。


 呼吸経路を守る。


 前の魔獣を倒すだけじゃない。


 避難者が後ろにいるから必要になることを、全部やっていた。


>これが後衛か

>火が攻撃以外に使われまくってる

>結界・誘導・煙処理・退路維持

>赤、前より後ろの方が忙しくない?


「当たり前だろ!」


 海斗がコメントへ返す。


「後ろ全部見るんだからな!」


 二枚目の結界へ亀裂。


「白鳥さん!」


「まだ大丈夫!」


 海斗が右腕を上げる。


 炎が半円を描く。


 サーモンワイバーン三体が進路を変えた。


 中央へ集める。


 そのまま二枚目を解除。


「三枚目!」


 赤い壁。


 衝突。


 また時間を作る。


 一体も安全区画へ通していない。


 海斗自身は、まだ一体も倒していない。


 それでよかった。


「海斗くん!」


 映像の端から、姉貴の声が飛んだ。


 安全区画のさらに奥。


 配信スタッフと一緒に避難者の誘導を手伝っている。


「次の人たち来たよ!」


「何人ですか!」


「六人! 一人、肩を借りてる!」


「奥の医療班へ!」


「わかった!」


 新たな避難者が入る。


 海斗が一瞬だけ後ろを確認する。


「遥香さんも下がっててください!」


「うん!」


 姉貴が迷わず頷いた。


「海斗くんに任せる」


「……はい!」


 一瞬だけ。


 海斗の声が硬くなった。


 俺はあとで映像を見返しても、何が問題なのかわからなかった。


 ただ。


 海斗はすぐ前へ向き直った。


「よし!」


 頬を叩く。


「絶対通さねえぞ!」


 三枚目へ群れが殺到する。


 さらに後ろから数体。


 数は増えている。


 海斗が前へ出て、一体ずつ倒した方が早い相手もいたはずだ。


 Aランク探索者だ。


 前衛として戦えないわけじゃない。


 それでも。


 出ない。


 ここを離れれば、結界の管理が落ちる。


 群れの進路制御が崩れる。


 避難者の後方が空く。


 だから。


「来いよ!」


 海斗はその場から動かない。


「オレはここだ!」


 赤い魔力が、さらに広がった。


        *


 もちろん、その時の俺はそんな映像を見ていない。


 次の救難地点へ向かって走っていた。


 海斗が何枚の結界を張ったのかも。


 どうやって群れを誘導しているのかも。


 姉貴と何を話したのかも知らない。


 俺に見えていたのは、端末へ送られてくる情報だけだった。


【後方安全区画・防御結界維持】


【避難者二十六名】


【負傷者三名】


【魔獣侵入:ゼロ】


 十分だ。


 海斗がいる。


 なら後ろを見る必要はない。


「玲司!」


 前方から操が走ってくる。


「状況は」


「次の救難信号、ここから北西」


「ああ」


 並んで走る。


 俺の端末に救難位置が点滅している。


 通信不安定になっていた探索者パーティ。


 最後に確認されたのは四人。


「後ろは?」


 操が聞く。


「海斗がいる」


「そう」


 それだけだった。


 操も振り返らない。


 俺たちは前へ進む。


 角を曲がる。


 サーモンワイバーン二体。


「俺が右」


「左ね」


 同時に動く。


 俺は一体の頭部を掴み、壁とは逆へ投げる。


 通路を塞がない位置。


 操の剣がもう一体の翼を斬る。


「行くぞ」


「ええ」


 倒し切るのを待たない。


 次。


 また次。


 救難地点へ近づく。


『黒瀬さん!』


 協会から通信。


「どうしました」


『後方の白鳥さん側、最大群の足止めに成功しています!』


「了解」


『後方へ応援を回せます!』


 端末を見る。


【魔獣侵入:ゼロ】


 変わっていない。


「回せる人員がいるなら、前の救難地点を優先してください。後方は海斗が維持しています」


『しかし、二十体規模です!』


「海斗が守っています」


 一瞬。


 通信の向こうが静かになる。


『……了解しました。前方救助へ回します!』


「お願いします」


 通信が切れる。


 操が横で少しだけ笑った。


「何だ」


「別に」


「言え」


「本当に戻らないのね」


「あいつが戻るなと言ったからな」


「そう」


 操は前を見る。


「成長したじゃない」


「誰が」


「二人ともよ」


「海斗はともかく、俺までか」


「前のあなたなら戻ってたわ」


 否定できない。


 自分で確認しないと気が済まなかった。


 誰かに任せた結果、何か起きることを怖がっていた。


 でも、それでは一人で全部やるのと変わらない。


「……そうかもな」


「素直ね」


「今は時間がない」


「あとで撤回しないでよ」


「検討する」


「撤回する気じゃない」


 少しだけ。


 いつもの空気が戻る。


 だが。


 前方から大きな音が響いた。


 ドンッ――!


 地面が揺れる。


「止まれ!」


 俺たちは同時に足を止めた。


 さらにもう一度。


 岩が砕ける。


 天井から砂埃が降る。


「崩落?」


「近い」


 走る。


 最後の救難信号まで、あと少し。


 角を曲がった。


「……まずい」


 その先に、通路はなかった。


 天井から落ちた大量の岩と、砕けた壁材。


 端から端まで、完全に道を塞いでいる。


 人が通れる隙間はない。


「玲司」


 操の声が低くなる。


 俺は端末を見る。


【救難信号:継続中】


【発信地点:崩落区画の先】


「……まだいる」


「ええ」


 道は消えた。


 それでも。


 救難信号だけは、瓦礫の向こうで点滅し続けていた。

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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