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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第73話:【大規模救助】氷姫が二分で道を作るので、俺は人を拾ってきます

 安全な道が、一本もなかった。


 地図上にあるのは、取り残された人間と、別々に動くサーモンワイバーンの群れ。


 北側避難路は塞がれた。


 東側にも流入。


 別の候補にも魔獣反応。


 一か所ずつ潰していたら、絶対に間に合わない。


「……なら」


 俺は地図を拡大した。


「ここだ」


 指したのは、第五区画から中央退避路へつながる連絡通路。


 現在は通行不能表示。


 崩落しているわけじゃない。サーモンワイバーンの小集団が入り込み、通路そのものを塞いでいる。


「ここを通せれば、第五区画と第二退避路の人間を、同じ安全側へ流せる」


 海斗が横から地図を覗き込む。


「でも十体以上いるぞ」


「ああ」


「しかも通路狭いわよ」


 操も表示を確認する。


「だからいい」


 二人が同時に俺を見た。


「操」


「何?」


「ここを開けろ」


 通路を指す。


「二分」


「三分でいい」


「二分で終わるわ」


「頼む」


 それだけ言って、俺は地図を閉じた。


「え?」


 海斗が声を上げる。


「玲司、もう行くの?」


「ああ」


「確認しなくていいのか?」


「何を」


「五月雨が終わるまで――」


「終わる」


 俺は走り出した。


 後ろを見る必要はない。


 操が二分と言った。


 なら、二分で開く。


「海斗!」


「お、おう!」


「第二退避路側を頼む。俺は第五区画を拾う!」


「了解!」


 海斗も反対方向へ駆けていく。


 その背中越しに。


「ほんと、昔からそういうところだけは変わらないわね」


 操の声が聞こえた。


 次の瞬間。


 背後から、冷気が通路を駆け抜けていった。


        *


 操は氷を使う。


 世間で「氷姫」なんて呼ばれているくらいだから、それ自体は昔から知っている。


 ただ、俺と組んでいる時は、床を広く凍らせる使い方をほとんどしなかった。


 理由は単純だ。


 俺が転ぶから。


 高校時代。


 操が床を凍らせる。


 俺が踏む。


 滑る。


 海斗が笑う。


 操が怒る。


 何度か繰り返した結果、俺が近くにいる時の広範囲凍結は、ほぼ封印された。


 だから。


 操が一人で戦う時、あいつが氷をどう使うのか。


 俺は、意外なほど知らなかった。


        *


 この時、操が何をしていたのか。


 俺が知ったのは、あとで探索用カメラの映像を見返した時だった。


 映像の中で、操は一人、連絡通路の中央に立っていた。


「さて」


 剣を構える。


 その先には、十体を超えるサーモンワイバーン。


>氷姫一人で残った

>十体以上いるぞ

>黒銀もう行ったの?

>任せ方が雑じゃない?


 操は、コメントなど一度も見ていない。


「二分」


 小さく呟く。


 足元から、白い冷気が広がった。


>え、氷使えるの!?

>そこから!?

>操の配信見てる奴には常識だぞ

>だから氷姫なんだよw

>黒銀側から来た視聴者か

>剣だけの人だと思ってた


 白い霜が床を這い、通路の奥へ伸びていく。


 ただ凍らせているわけじゃない。


 操は通路全体を見ていた。


 床。


 壁。


 魔獣の位置。


 翼を広げる余裕。


 互いの間隔。


 一体目が飛び出した。


 操は正面から斬らない。


 床を凍らせる。


 踏み込んだ前脚が滑る。


 体勢が崩れた。


 その横を、二体目が抜けようとする。


 剣の腹で翼を叩く。


 進路が変わる。


 二体がぶつかる。


「そこ」


 冷気が走った。


 足元だけが凍る。


 止まった。


 一閃。


 一体。


 返す刃でもう一体。


 奥から三体。


 狭い通路では、翼を十分に広げられない。


 操は、その狭さごと利用した。


 中央を凍らせる。


 右側だけを残す。


 魔獣が右へ寄る。


 そこへ剣。


 一体倒れる。


 死骸が通路を塞がないよう、蹴って壁際へ寄せる。


 次。


 次。


 倒すたびに、通路が広がっていく。


>これ討伐じゃなくて工事だ

>氷で動線作ってる

>一体ずつ位置ずらしてるのか

>救助ルート確保が目的だから死骸まで寄せてる

>これが氷姫の本領です

>黒銀民がざわついてて草


 操は強い。


 それは昔から知っている。


 だが、映像を見て初めてわかった。


 ただ強いだけじゃない。


 今どこを空ければ人間が通れるのか。何を残し、何を止め、どこへ追い込むのか。


 全部、救助のために使っていた。


 しかも、俺と一緒に戦っている時とは、使い方がまるで違う。


 俺が前後を走り回らない。


 だから床そのものを、自分の武器にできる。


 最後の三体が、同時に前へ出た。


 操は一歩だけ後ろへ下がる。


 剣を振った。


 床へ、一直線に氷が走る。


 先頭の一体が止まる。


 後続がぶつかる。


 密集。


 その瞬間。


「終わり」


 三度、刃が閃いた。


 通路に、静寂が戻る。


 操は剣を払った。


 魔獣を拘束している壁際の氷だけを残し、避難者が通る中央部分の凍結を、順に解除していく。


【連絡通路・魔獣反応消失】


【通行可能】


 経過時間。


 一分四十七秒。


>二分切った

>宣言守った

>氷姫かっけえ

>道できた

>黒銀民、これが五月雨操です

>知らなかった人は操の過去配信見てこい


 どうやら操の配信を普段から見ている連中にとっては、珍しくもないらしい。


 俺にとっても、氷を使えること自体は今さらだ。


 ただ。


 こんな使い方をする操を見たのは、たぶんこの映像が初めてだった。


 理由はやっぱり、俺が転ぶからで。


 ……いや、本当にそれだけか?


        *


 もちろん、その時の俺は、そんな映像を見ていない。


 第五区画へ向かって、ただ走っていた。


 操と別れて、二分も経たない頃。


 端末の表示が更新された。


【連絡通路・魔獣反応消失】


【通行可能】


「……本当に二分切ったのか」


 直後。


 通信が入る。


『玲司』


「聞こえてる」


『開いたわ』


「知ってる」


『……見てないでしょう』


「見てない」


『じゃあ何で知ってるのよ』


「二分って言っただろ」


 一瞬。


 通信の向こうで、操が黙った。


『……そう』


「第五区画の三人を連れて戻る。第二退避路側も、そっちへ流す」


『了解』


「操」


『何?』


「そのまま道を維持してくれ」


『任せなさい』


 通信が切れた。


 あとで映像を見返して知った。


 その時の操は、ほんの少しだけ笑っていた。


        *


「こっちです!」


 第五区画。


 救難信号の位置まで来ると、すぐに声が飛んできた。


 探索者が三人。


 うち一人が、腕を押さえている。


 壁際に身を寄せ、サーモンワイバーン二体を牽制していた。


「黒銀!」


「怪我人は?」


「一人! 左腕です!」


「歩けますか!」


「歩けます!」


「なら全員、俺の後ろへ!」


 俺は足を止めない。


 一体目が突っ込んでくる。


 拳を合わせる。


 正面から受けない。


 頭部を横へ流す。


 壁へ叩きつける。


 二体目。


 翼を掴む。


 投げる。


 倒す必要はない。


 追ってこられなければ、それでいい。


「行きます!」


 三人を連れて走る。


「どこへ!?」


「中央連絡通路!」


「そこ、塞がってるはずじゃ――」


「もう開いてます」


「え?」


「操が開けました」


 説明はそれだけ。


 足を止める時間はない。


 通路を曲がる。


 前方から魔力反応。


 三。


「止まって!」


 三人を壁際へ寄せる。


 一体目。


 俺が踏み込む。


 腹へ拳。


 浮いた。


 二体目へぶつかる。


 三体目が翼を広げる。


 黒銀スーツの脚力で、一気に距離を詰める。


 顎を蹴り上げる。


 通路中央から排除。


「進んで!」


「はい!」


 また走る。


 途中、協会から通信が入った。


『黒瀬さん、状況共有します』


「お願いします」


『サーモンワイバーン群について、過去記録との照合が取れました』


 走りながら聞く。


『先日、生息域深部にいた大型個体が、協会の正式許可下で討伐されています』


「大型個体?」


『はい。討伐自体は正式な案件で、手順にも問題はありません』


 なら、今それを責めても意味はない。


「続けてください」


『通常であれば、大型個体を失った後、群れは一時的に活動を弱め、規模を縮小すると予測されていました』


「今回は違った」


『はい』


 通信の向こうで、資料をめくる音がした。


『残存個体が複数の小集団へ再編。優位個体が不在となったことで、小集団同士の競合が発生している可能性があります』


「縄張り争いか」


『近いです。各集団が普段より攻撃的になり、別々の通路へ押し出されていると見られます』


 だから散っている。


 一群じゃない。


 小さな群れが、それぞれ別方向へ動いている。


「予測できなかった?」


『これまで同種では確認されていない反応です。協会側の想定不足です』


「責任の話は後でいいです」


 今必要なのは、原因追及じゃない。


「現在の群れ位置を更新してください」


『すでに送っています』


「助かります」


 通信を切る。


 端末を見る。


 赤い反応。


 まだ多い。


 だが。


 その中央に一本。


 青い線が伸びていた。


【中央連絡通路:通行可能】


 操が作った道だ。


「もう少しです!」


 三人を連れて走る。


 角を曲がる。


 白く凍った壁面。


 壁際へ寄せられた魔獣。


 そして、中央だけが綺麗に空いている。


「……これ全部、五月雨さんが?」


「そうです」


「一人で?」


「そうです」


「何分で?」


「二分」


「二分!?」


「正確には知りません」


 この時の俺は、本当に知らなかった。


 あとで映像を見て、一分四十七秒だったと知った。


「玲司!」


 前方。


 操がいる。


「三人!」


「見えてるわ!」


「一人、左腕負傷!」


「通路中央、そのまま!」


 操が剣を振る。


 奥から接近していた一体のサーモンワイバーン。


 その前脚の下だけに、薄く氷が走った。


 足を取られ、巨体が横へ流れる。


 俺たちは、その横を抜けた。


 ……俺が通る場所は、凍っていない。


 昔は何度か巻き込まれたが、今はそこまで雑じゃないらしい。


「そのまま一時退避地点へ!」


 三人を協会職員へ引き渡す。


【第五区画・救助対象三名を確認】


 また一つ、救難信号が消えた。


「次」


 息を整えている暇はない。


 端末を見る。


 第二退避路。


 海斗が誘導していた複数の探索者とスタッフが、こちらへ移動を始めている。


「海斗、状況は」


『こっちは八人! 負傷者なし!』


「そのまま中央連絡通路へ」


『了解! あと二分くらい!』


「操」


「わかってるわ」


 操はすでに反対側を向いていた。


「ここは通さない」


「ああ」


 俺は地図を見る。


 別の救難信号。


 通信が不安定になっている二組。


 まだ拾えていない。


「俺は次へ行く」


 操は振り返らないまま言った。


「行って」


「ああ」


 それだけ。


 俺も、振り返らなかった。


        *


 そこからは、ひたすら拾った。


 二人。


 三人。


 協会スタッフ一人。


 別の探索者パーティ四人。


 取り残された場所へ行く。


 怪我を確認する。


 動けるなら走らせる。


 動けなければ支える。


 前へ流す。


 操が作った一本の道へ、集める。


 そこから先は、協会側と海斗が受け取る。


 魔獣は倒せる。


 でも、全部倒す必要はない。


 止める。


 逸らす。


 道から外す。


 今必要なのは、それだけだ。


>黒銀ずっと人拾ってる

>戦闘より救助優先してるの徹底してんな

>氷姫の通路が完全に救助の幹線になってる

>三人パーティの意味わかった


 コメントを見る余裕は、ほとんどなかった。


 ただ。


 最後の一文だけは、少しだけ目に残った。


 三人で組んだ意味。


 昨日までは、言葉で説明した。


 今日は。


 たぶん、言葉よりわかりやすい。


 操が道を作る。


 俺が拾う。


 海斗が後ろへ流す。


 一人で全部やるより、ずっと速い。


「玲司!」


 操から通信。


「何だ」


『海斗たちが来る!』


「人数は」


『八人。協会スタッフ込み』


「了解」


 地図を見る。


 海斗の位置。


 中央連絡通路へ接近。


 その後ろに八人。


 さらに。


「……待て」


 赤い反応。


 一つ。


 二つ。


 違う。


 多い。


 今までの小集団より、明らかに大きい。


「操」


『見えてる』


 進行方向。


 海斗たちの後方。


 赤い反応が、一つの塊になっていく。


 偶然じゃない。


 散っていた小集団が、同じ方向へ寄り始めている。


「海斗!」


『聞こえてる!』


 返事はすぐに来た。


「後ろから大きいのが来る!」


『何体!?』


 表示が更新される。


 十。


 十五。


 さらに増える。


「……二十近い」


『マジか』


 海斗の後ろには八人。


 さらにその先の退避側には、別の避難者たちがいる。


 そして今。


 これまでで最大の魔獣反応が、そこへ向かっていた。


「……海斗」


 俺は走っていた足を止める。


 次の救難地点とは、逆。


 海斗のいる方向へ、身体を向けた。

 

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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