第72話:【救助要請】変身するのは二人なのに、登場演出は三人です
「全員、救助へ切り替える」
俺が端末を閉じた直後。
三人の間にあった軽さが消えた。
「現在確認できている救難信号は二か所」
操が地図を開く。
「通信不安定が二組。異常反応はそれ以上ね」
「ああ」
「どこから行く?」
海斗の声も、もう笑っていない。
俺は地図を見る。
一番近い救難信号は右前方。
直線距離なら百八十メートルほどだが、途中にサーモンワイバーンの反応が複数ある。
「まず一番近いところを拾う。そこから退避地点へ乗せる」
「了解」
「操、前いけるか?」
「当然」
操が剣を抜いた。
その瞬間。
俺の端末から、切れかけていた音声が復帰した。
『――聞こえますか!?』
若い女の声。
息が荒い。
背後で、何かが壁へぶつかる音が響いている。
『こっち、協会の調査補助スタッフです! もう一人のスタッフと、探索者二名が一緒です! 一人怪我してて……!』
「現在地は」
『第三分岐の先、小休止区画です!』
救難信号と一致する。
『サーモンワイバーンが、また来て――』
咆哮。
通信越しでもわかるほど近い。
『誰か、助けて!』
「……来るな」
【救助要請を確認】
「来るな!」
【救助対象を確認】
【能力《ヒーロー見参》――発動】
「今じゃなくていい!」
黄金色の光が、足元から噴き上がった。
一瞬で全身を呑み込み、探索装備を塗り替えていく。
暗い黒を基調に、銀のラインが走る全身密着型のスーツ。
腰には、見慣れすぎて見たくもないベルト。
そして――。
「うおっ!?」
隣でも黄金色の光が爆発した。
海斗だ。
「オレも!?」
「救助要請だからな!」
「その理屈だと今後ずっと一緒じゃねえか!」
「俺に言うな!」
光が海斗の全身を走り抜ける。
赤を基調に、黒と金のライン。
《シャインレッド》の称号装備。
一秒前まで普通の探索者だった二人が、黒銀と赤へ変わった。
「……玲司」
「言うな」
「まだ何も言ってない!」
「この後どうなるか知ってる!」
救助要請。
二人同時の変身。
嫌な予感じゃない。
確定演出だ。
【複数ヒーローの同時展開を確認】
「ほら来た!」
「やっぱり!?」
【二者専用登場演出を開始します】
「開始するな!」
「今、人が待ってるんだぞ!」
身体が止まった。
右足が勝手に半歩前へ出る。
肩が回り、腕が上がる。
隣では海斗も同じように身体を持っていかれていた。
「玲司! これ、前にもやったやつ!」
「回数で認識するな!」
「一回やったから身体が覚えてる!」
「忘れろそんなもん!」
「能力が忘れさせてくれねえ!」
俺たちの身体が、吸い寄せられるように背中合わせになる。
「やめろ!」
「近い近い近い!」
肩が触れる。
そこから、ほぼ同時に回転。
俺が右。
海斗が左。
中央へ突き出された拳がぴたりと重なり、外側の腕は斜め上。
左右対称。
以前経験したせいで、何一つ迷いなく完成した。
「完成度上がってないか!?」
「二回目だからな!」
「慣れたくなかった!」
「俺だってだ!」
その横を、操が無言で通り抜けようとした。
「先に行くわよ」
「頼む!」
「オレたちはあと数秒かかる!」
「情けない報告をするな!」
操が俺たちの横を抜け――。
【正式パーティを確認】
「……え?」
操が振り返る。
【構成員:三名】
「待て」
【登場演出との整合性を確認】
「確認しなくていい!」
【パーティメンバーを演出対象へ追加します】
「追加!?」
操の眉が動いた。
「……私も?」
「逃げろ操!」
「もう遅い!」
操の身体が、すっ、と横へ滑った。
「……は?」
本人は一歩も動かしていない。
なのに見えない何かに位置を調整され、俺と海斗の少し後方――ちょうど二人の間から顔が見える場所へ収められる。
「何でそこなんだ!」
「記念写真じゃねえんだぞ!」
【前衛メンバーを確認】
「やめろ」
【武装状態を演出へ反映します】
「玲司」
「俺に聞くな!」
操の右腕が勝手に上がった。
剣が斜め下へ構えられ、左足が半歩前へ出る。
黒銀と赤の二人を背後から支える、第三の戦士みたいな完璧な位置だった。
三人とも固まる。
黒銀。
赤。
そして一人だけ、いつもの探索装備。
「一人だけ扱い雑じゃないか?」
「そこ!?」
操が即座に俺を見る。
「変身させられるよりマシでしょう!」
「でも完全に『普通の仲間もいます』って配置だぞ!」
「言うな!」
海斗が吹き出しかける。
「黒、赤、その後ろに普通の探索者」
「海斗」
「はい」
「あとで凍らせるわ」
「すみませんでした!」
次の瞬間。
背後で黄金色の光が弾けた。
「まだあるのか!?」
俺と海斗の足元から黄金色の光柱が立ち上がる。
操の足元だけには、淡い白光が一本走った。
「何よこれ!」
「色まで分けられた!」
「私だけ変身してないことを強調しないで!」
救助者が待っている。
一秒でも早く行くべきだ。
それなのに、俺たちは通路の真ん中で完璧な登場画を作らされている。
最悪だ。
しかも、こういう時に限って絵だけなら異様に格好いい。
俺の口が勝手に開いた。
〝黒銀の救助者――〟
「始まった!」
〝ヒーロー見参!〟
右腕が決まる。
続いて海斗。
〝赤き守護者――〟
「また一字も噛まねえ!」
〝シャインレッド、参上!〟
「今それ気にするところか!?」
「普段なら絶対どっか間違えるんだぞ!」
「知ってる!」
俺と海斗の身体が同時に動く。
内側の拳が中央で重なり、外側の腕が斜め上へ。
左右対称。
完璧。
操だけが、その二人の間で剣を構えさせられている。
「……私は何も言わなくていいのね?」
「それだけは良かったと思え!」
「微妙に腹が立つわね」
「なんでだよ!」
そして。
俺と海斗の顔が同時に正面へ向いた。
「あ」
「玲司」
「来るぞ」
「やっぱり?」
二人の口が、一字もずれずに開く。
〝二つの光――ここに見参!〟
黄金色の光が、通路いっぱいに炸裂した。
救助要請発生から、数十秒。
助けを待っている人間がいる状況で、俺たちは信じられないほど完成度の高いヒーロー登場シーンをやり切った。
「……」
「……」
「……」
先に口を開いたのは操だった。
「終わった?」
「ああ」
「たぶん」
「なら行くわよ」
何事もなかったように歩き出す。
「切り替え早いな!?」
「私、台詞なかったもの」
「被害が軽い側の余裕!」
「二人とも早く来なさい。救助対象が待ってるわ」
「正論で殴るな!」
少し離れた場所から、複数の咆哮が重なった。
空気が変わる。
俺たちの表情も、一瞬で変わった。
「操、前を開けろ」
「分かったわ」
「海斗。後ろを頼む」
「任せろ!」
三人同時に走り出した――その瞬間。
足元に、三人分の黄金色の魔法陣が展開した。
「え?」
「おい、まだ何かあるのか!?」
「今度は何よ!」
【登場演出完了】
【救助エリアへの強制転送を開始します】
「強制転送!?」
「最初からそれをやれ!」
「文句を言ってる暇はないわ!」
光が一気に膨れ上がった。
視界が黄金色に染まり、床の感触が消える。
次の瞬間。
足の裏へ硬い床の感触が戻った。
崩れた壁。
散乱した瓦礫。
その向こうに小休止区画。
「百八十メートル飛ばしたのかよ……!」
「便利すぎるだろ!」
「だったら口上の前に飛ばしてほしかったわね」
「本当にそれ!」
【救助エリアへの到着を確認】
【救助行動を開始してください】
「命令するな!」
だが、文句はそこまでだった。
入口前に三体のサーモンワイバーン。
奥には四人。
探索者が二人。
協会の調査補助スタッフが二人。
一人の探索者が前へ立ち、盾で魔獣を押さえている。
もう一人は壁際で足を押さえていた。
立てていない。
「操!」
「行くわ!」
俺が言い切る前に、操が飛び出した。
一体目の翼へ剣を当てる。
斬り抜かず、向きを変える。
魔獣の身体が横へ流れ、二体目へぶつかった。
「下がって!」
操の声が区画へ響く。
盾を持っていた探索者が即座に後退した。
「こっちは任せなさい!」
「はい!」
「海斗!」
「後ろは通さない!」
赤い魔力が俺たちの背後へ広がり、通路いっぱいに薄い防御結界が展開される。
さらにその向こうへ炎が走り、近づいてきたサーモンワイバーンの足を止めた。
前は操。
後ろは海斗。
俺は救助対象だけを見る。
「怪我は?」
「足です!」
座り込んだ探索者。
右足首が大きく腫れている。
意識あり。
出血は少ない。
「立てますか?」
「体重をかけると無理です」
「わかりました。肩につかまってください」
「え、でも――」
「早く」
「はい!」
身体を支えて立たせる。
足は着かせない。
「残り三人、自力で移動できますか」
「大丈夫です!」
「走らなくていい。俺から離れないでください」
前方で金属音。
操の剣がサーモンワイバーンの爪を弾く。
一体が横へ回ろうとする。
「操、右!」
「見えてる!」
冷気が走る。
壁際へ抜けようとした魔獣の翼が一瞬固まり、その隙に刃が入った。
「前、開いたわ!」
「行く!」
負傷者を支えたまま進む。
調査補助スタッフ二人が続く。
もう一人の探索者が最後尾へつこうとした。
「前へ」
「でも後ろが!」
「海斗がいる」
俺は振り返らない。
「任せてください」
一瞬の沈黙。
「……はい!」
足音が前へ移る。
その直後。
背後から衝撃音が響いた。
それでも振り向かない。
「おいおい!」
海斗の声が飛ぶ。
「そんな雑に信頼されると燃えるんだけど!」
「燃えるのは魔獣の前だけにしろ!」
「わかってるよ!」
赤い炎が左右へ走る。
サーモンワイバーンを狭い通路の中央へ集め、そこへ結界。
追撃を止める。
「後ろ、維持できる!」
「そのまま頼む!」
「任せろ!」
前では操が次の角を確認している。
後ろでは海斗が退路を守る。
俺は負傷者の歩幅だけを見る。
「あと少しです」
「すみません……」
「謝らなくていい」
【第三分岐・救助対象四名を確認】
まだ終わりじゃない。
協会指定の一時退避地点まで運ぶ。
*
「四名、到着!」
協会指定の一時退避地点にいた職員が人数を確認する。
「負傷者一名! 右足首、歩行困難。意識清明!」
「了解しました!」
医療担当が駆け寄る。
俺は負傷者を引き渡した。
「残り三人も一度確認を」
「はい!」
ここまで来れば、ひとまず安全だ。
一組目。
救助完了。
>一組目助かった
>ダブル見参からの救助は温度差で風邪ひく
>強制転送できるなら最初にやれw
>氷姫だけ生身で決めポーズさせられてたの草
>三人の役割わかりやすすぎる
>氷姫が前開けて黒銀が拾って赤が後ろ止めてる
>昨日説明してた通りじゃん
探索用カメラ経由の配信コメントが視界の端を流れていた。
今は返さない。
端末を開く。
「次」
「第五区画」
操が地図を指す。
「ここが近いわ」
「ああ。次の救難信号は三人」
「第二退避路にも反応増えてるぞ」
海斗が別の表示を開く。
「こっちは協会スタッフが誘導に入ってる」
「なら第五を先に拾う」
現在地から第五区画へ行き、そのまま北側の避難通路へ抜ける。
そこで協会側へ引き渡す。
まだ間に合う。
「行くぞ」
「ああ!」
「ええ」
走り出そうとした、その時。
三人の端末が同時に警告音を鳴らした。
【緊急経路情報更新】
「何だ?」
地図を見る。
予定していた北側避難通路。
青だった経路が黄色へ変わり――赤へ。
【サーモンワイバーン複数個体の流入を確認】
「避難路に?」
海斗が眉を寄せる。
「何体?」
操が聞く。
一群。
さらに別方向から、もう一群。
さっきまで安全だった通路へ向かっている。
「まずいな」
海斗の声が低くなる。
「あそこ、他の避難者も通るぞ」
「ああ」
このまま第五区画の三人を拾っても、北へ流せば群れとぶつかる。
「避難路を変える」
「どこへ?」
地図を拡大する。
「東側の連絡通路なら――」
【異常魔力反応を更新】
「……待て」
東側へ、新しい赤い反応が二つ灯った。
「こっちもかよ……」
「別ルートは?」
操に言われ、地図をずらす。
南の第二退避路には別群。
西へ戻る経路にも反応。
一つ潰せば終わる状況じゃない。
俺たちが北を止めている間に、東か南が塞がる。
その直後。
【第五区画・通信状態悪化】
操が表示を見る。
「こっちも時間がないわ」
「ああ」
さっきまでは、三人で役割を分ければ救えた。
だが今は、複数の場所で同時に状況が崩れている。
海斗が第二退避路を指す。
「玲司。ここも、このままだと接触する」
協会スタッフが誘導中の避難者。
その進行方向へ、赤い反応が近づいている。
「玲司」
操が俺を見る。
「……討伐だけじゃ間に合わない」
「ああ」
地図には、取り残された人間。
避難中の人間。
複数方向から流れ込むサーモンワイバーン。
安全だった道が、次々と消えていく。
その間をつなぐ。
安全な道だけがなかった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




