第70話:【依頼完了】普通に仕事して普通に帰れた。最高だ
暗がりから飛び出してきたのは、想定どおり七体だった。
四足型。体高は俺の腰ほど。灰色の硬い毛皮に覆われ、前脚の爪だけが不自然に長い。
強くはない。
少なくとも、俺たち三人にとっては。
「右、三体」
「任せる。俺は左を見る」
「ええ」
それだけで操が動いた。
剣を抜いたまま一歩踏み込み、一番前の魔獣が跳ぶより早く懐へ入る。
一閃。
先頭が崩れ、その後ろの二体が進路を変えた。
操は追わない。
調査班へ向かう進路だけを潰し、右側の壁際へ押し込む。
俺は左から来る四体へ向かった。
倒すだけなら簡単だ。
問題は、その後ろに人がいる。
戦闘職ではない調査職員が四人。
魔力濃度測定器。
観測センサー。
持ち帰る必要のある記録端末。
全部まとめて無傷で帰す。
それが今日の仕事だ。
「一体、中央へ抜ける!」
操の声と同時に、正面から魔獣が飛び込んできた。
「見えてる」
頭をかわし、横腹へ拳を入れる。
吹き飛ばさない。
後方へ飛ばせば意味がない。
進行方向を横へずらし、壁際へ転がす。
そのまま二体目の前脚を払い、三体目の突進を肩で受け流した。
「操、そっち一体流れる」
「問題ないわ」
氷をまとった刃が通路を走った。
足元だけが凍りつき、魔獣の動きが止まる。
操はその横をすり抜けた別の一体を斬り伏せ、俺の方を見もしない。
こっちも見る必要はない。
互いに、自分が見る範囲だけ見ていれば足りる。
「残り三」
「こっち二」
「じゃあ俺が一体か」
「数え方が雑ね」
「倒した数を競ってないからな」
今日の目的は討伐数でも、戦闘時間でもない。
一体も後ろへ通さない。
それだけだ。
次の魔獣が俺へ飛びかかる。
半歩ずれる。
爪が空を切る。
俺は首元を掴み、その勢いのまま床へ落とした。
鈍い音。
動きが止まる。
最後の一体へ視線を向けたところで、操の剣が先に届いた。
「終わり」
「早いな」
「あなたが一体遊ばせていたからでしょう」
「遊んでない。後ろへ飛ばさないようにしてた」
「はいはい」
操が剣を払う。
そこで初めて、後方から大きな衝撃音が響いた。
――ドンッ!
反射的に、視線が動きかけた。
だが、振り返らない。
海斗の結界の魔力反応は消えていない。
乱れてもいない。
なら問題ない。
「海斗」
前を向いたまま呼ぶ。
少し離れた場所から、すぐに声が返った。
「問題なし!」
「了解」
それで終わりだ。
俺は倒れた魔獣の状態を確認し、周囲へ感知を広げた。
新しい反応はない。
操も剣を納める。
「前方、問題なし」
「こっちもない」
そこで、ようやく俺は後ろへ戻った。
調査班の周囲には、半透明の結界が展開されていた。
職員四人。
全員立っている。
機材も倒れていない。
ただし、通路脇の壁には大きなへこみができていた。
「何があった」
「前の七体とは別に、一体、枝道から来た」
海斗が親指で壁を示した。
「結界にぶつかったあと、火炎で横へ押し出した」
「それであの音か」
「機材に当てるよりいいだろ」
「正解」
「軽いな! もうちょっと褒めろよ!」
「仕事だろ」
「お前、さっきまで普通の仕事に感動してたじゃねえか!」
それとこれは別だ。
「白鳥さん」
調査職員の一人が、まだ展開されている結界を見上げた。
「前を手伝わなくてよかったんですか?」
「え?」
「黒瀬さんと五月雨さん、七体相手だったので……」
海斗は一瞬だけきょとんとした。
それから、前方にいる俺と操を見る。
「別に」
答えは早かった。
「オレがここを離れたら、あいつらが前だけ見て戦えないんで」
調査職員が黙る。
海斗は少し照れたように鼻を掻いた。
「前はあいつらの仕事です。こっちはオレの仕事なんで」
「……なるほど」
「それに、七体くらいなら」
「海斗」
「何だ?」
「余計なこと言うな」
「何で!?」
「調査班の人が基準を誤解する」
「確かに、七体は普通ではないと思います」
職員から即座に訂正された。
「ほら」
「お前が言うな!」
俺は周囲を再確認する。
戦闘は終わった。
だが、依頼は終わっていない。
「怪我は?」
「ありません」
「他の三人も?」
「大丈夫です」
「機材確認をお願いします。衝撃を受けてなくても、測定値に異常が出る可能性があります」
「はい」
調査職員たちがすぐにケースを開く。
海斗は結界を維持したまま、後方の枝道を確認している。
操は前方へ数歩進み、倒した魔獣の奥を見た。
「玲司」
「どうした」
「この先、予定地点まで反応なし」
「分かった」
俺は地図を開いた。
ここで引き返す必要はない。
予定外の魔獣が出た。
だから何だ。
危険度は管理できている。
護衛対象に負傷なし。
機材もまだ使用可能。
退路も維持できている。
なら、仕事を続ければいい。
「測定器、異常ありません」
「センサーも大丈夫です」
「じゃあ続行します」
職員の一人が少し驚いた。
「続けるんですか?」
「そのために来ましたから」
「でも、さっき予定外の魔獣が」
「全部処理しました」
「……そうですけど」
「退路も生きてます。前方の反応もない。危険が増えたら中止しますが、今のところ中止する理由はありません」
調査職員が俺を見る。
少しして、頷いた。
「分かりました」
「海斗」
「後ろはそのまま見る」
「頼む」
「了解」
「操」
「前ね」
「頼む」
「ええ」
俺たちは再び歩き出した。
予定外はあった。
だが、それで仕事が壊れるわけじゃない。
*
三つ目の測定地点。
異常なし。
四つ目のセンサー設置地点。
小型魔獣が一体だけ現れたが、操が近づく前に逃げた。
五つ目の通路確認。
床の一部に亀裂があり、予定していた運搬経路を二メートルほど左へずらした。
最後の魔力濃度測定。
規定時間まで計測を続け、記録を保存。
「測定終了です」
調査職員が端末を確認する。
「全指定地点、完了しました」
「機材は?」
「重大な損傷なし。全部持ち帰れます」
「怪我人」
「ゼロです」
「帰還経路」
俺が聞くと、後ろから海斗が答えた。
「問題なし。後方に新しい反応もない。帰還経路も維持できてる」
前方では操が剣を鞘へ納める。
「こちらも問題ないわ」
「じゃあ帰りましょう」
それだけだった。本当に、それだけだった。
強敵はいない。
巨大な古代施設も出ない。
姉貴が姫扱いされて消えたりもしない。
俺も黒銀の密着スーツになっていない。
海斗も赤い密着スーツになっていない。
誰も名乗っていない。
誰もポーズを取っていない。
誰もレディと言っていない。
調査職員は全員無傷。
機材も無事。
調査も全部終わった。
俺はダンジョンの出口を見上げた。
「……こういうのでいいんだよ」
「分かる」
隣で海斗が、心の底から頷いた。
「普通に入って」
「ああ」
「普通に仕事して」
「ああ」
「普通に帰る」
「ああ」
「最高だな」
「最高だ」
「二人とも普通の仕事で感動しすぎよ」
操だけが冷静だった。
「お前には分からない」
「何がよ」
「変身しないで仕事を終える喜びが」
「私は普段から変身しないもの」
「勝者の言葉だ」
「勝者って何!?」
海斗が食いついた。
「操、お前ずるくないか!? 同じパーティなのに!」
「知らないわよ」
「何でオレたちだけ密着するんだよ!」
「私に聞かないで」
「玲司!」
「俺にも聞くな」
「誰に聞けばいいんだよ!」
能力システムだろう。
俺も聞きたい。
できることなら苦情窓口を教えてほしい。
そんなものがあるなら七年間分まとめて送る。
俺たちは、普通にダンジョンから帰還した。
*
探索者協会本部へ戻り、依頼完了報告を提出する。
御影さんは報告書を一通り確認したあと、淡々と読み上げた。
「調査職員四名、負傷なし」
「はい」
「調査機材、重大損失なし」
「はい」
「指定地点、全調査項目完了」
「はい」
「帰還経路も最後まで維持」
「はい」
御影さんが書類から顔を上げた。
「問題ありません。依頼完了です」
終わった。
本当に普通に終わった。
「黒瀬さん」
「何ですか」
「嬉しそうですね」
「気のせいです」
「口元が緩んでいます」
「普通に仕事が終わっただけです」
「それで嬉しいのでは?」
「……」
「当たりですね」
「業務に関係あります?」
「ありません」
「なら触れないでください」
御影さんは小さく頷き、次の書類を差し出した。
「では、こちらもお願いします」
「何ですか」
「依頼実績の登録確認です」
俺は紙を見る。
【受注パーティ名: 】
「またか」
「まただな」
海斗が横から覗き込む。
「今後、三人への指名依頼が増える場合は、パーティ名の登録も検討してください」
「保留で」
「早い!」
「でしょうね」
操まで納得している。
「候補くらい考えないか?」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「お前が言う候補だから嫌だ」
「信用なさすぎない!?」
「参勤交代を生み出した実績がある」
「台本の読み間違いをパーティ名選びに持ち込むな!」
その日の夕方。
俺たち三人がそろって協会へ戻ったところを見られていたらしく、正式パーティの初仕事らしいという話がネットにも少し流れていた。
>黒銀氷赤、普通に仕事してたらしい
>信号機パーティ初依頼成功
>参勤交代いるから江戸組でいいだろ
>氷姫だけ色じゃなくて属性なの草
>そもそも正式名まだないぞ
「最後のやつだけ正しい」
「その一個上を消せ!」
海斗が俺のスマートフォンを指差した。
「何で江戸組が残ってるんだよ!」
「知らん」
「玲司、お前『参勤交代』で検索しただろ!」
「してない」
「表示順がおかしい!」
「偶然だ」
「目を見ろ!」
俺はスマートフォンを伏せた。
「玲司」
操が静かに言う。
「何だ」
「口元、笑ってるわよ」
「笑ってない」
「笑ってるだろ!」
「うるさい」
初仕事は終わった。
派手な事件はなかった。
誰かを劇的に救ったわけでもない。
ただ、頼まれた人間を全員無傷で連れて帰り、頼まれた仕事を全部終えた。
それでいい。
たぶん、こういう仕事を積み重ねていくのが、本来のパーティなんだろう。
*
数日後。
俺たちは、次のダンジョン案件へ向かっていた。
「今度こそ、本当に普通に終わるだろ」
「それ、前回も言ってたよな?」
「前回は普通に終わった」
「途中で七体来たぞ」
「全員無傷。機材無事。調査完了」
「結果だけ見て普通判定するなよ!」
「一応、普通には終わったわね」
「操まで玲司側!?」
俺は依頼資料を開いた。
【依頼区分:通常】
「ほら」
「何が!?」
「協会も通常って言ってる」
「その一行だけで安心するな!」
さらに下を見る。
【想定危険度:通常範囲】
「二回書いてある」
「回数の問題じゃねえ!」
「白鳥、諦めなさい」
「操まで順応し始めた!?」
俺は満足して資料を閉じた。
通常のダンジョン。
通常の依頼。
想定危険度も通常範囲。
ここまで通常が揃えば、さすがに今度は何も起きない。
「……玲司」
「何だ」
「今、お前が一番言っちゃいけないこと考えてない?」
「考えてない」
「絶対考えた!」
失礼な。
俺はただ――。
今度こそ、普通に仕事をして、普通に帰りたいだけである。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




