第69話:【指名依頼】正式パーティ初仕事、今日は誰も変身しない
三人パーティを正式に公表してから、数日後。
俺たちは探索者協会本部の会議室で、初めて三人そろって指名依頼の説明を受けていた。
ちなみに姉貴は今日はステラライブで収録だ。ダンジョンへ入る予定もなく、セバスも付き添っている。操が護衛を放り出して俺たちの仕事へ来たわけではない。
討伐依頼ではない。危険区域の攻略でもない。協会の現地調査班に同行し、予定された調査を終えるまで護衛する。
依頼書を一通り確認した俺は、思わず口にした。
「普通の仕事だな」
「お前が言うと不安なんだけど」
「今回は本当に普通だ」
「二回言う方が怪しいわね」
なぜ俺が信用されていないのか分からない。
「黒瀬さん」
「はい」
「白鳥さんと五月雨さんの反応が正常です」
「御影さんまでそっちなんですか」
「過去の実績を参照しただけです」
「何の実績ですか」
「普通の仕事と言って、本当に普通に終わった回数を数えましょうか?」
「やめましょう」
嫌な統計を作るな。
御影さんは俺の抗議を無視して、テーブルの上へ依頼書を置いた。
「今回お願いするのは、現地調査班の護衛です。協会職員四名を指定区域まで同行させ、調査終了後に全員を連れて帰ってください」
内容は単純だった。
指定区域での魔力濃度測定。通路と足場の安全確認。数か所への観測用センサー設置。
魔獣が出れば護衛の俺たちが対処するが、討伐自体が主目的ではない。
強敵の討伐でもなければ、古代施設の調査でもない。
姉貴もいない。
姫もいない。
塔もいない。
赤と黒の強制口上もない。
今のところ、本当に普通の仕事だった。
「いいな」
「何が?」
「今日は誰も変身しない」
俺が言うと、海斗も深く頷いた。
「強制口上もない」
「密着スーツもない」
「左右対称のポーズもない」
「終了演出もない」
「二人とも、仕事の安全基準がおかしくなっているわよ」
操が冷静に指摘した。
分かっている。
だが俺と海斗にとっては重要だ。
普通の服でダンジョンへ入り、普通に依頼を終え、普通に帰る。
探索者として七年活動してきた俺が、そんな当たり前のことへ感動する日が来るとは思わなかった。
「では、こちらへ署名をお願いします」
御影さんに言われ、俺は依頼書へ目を落とした。
【受注パーティ】
【代表者:黒瀬玲司】
【構成員:五月雨操/白鳥海斗】
【パーティ名: 】
「……」
空いている。
綺麗に空いている。
隣から海斗が覗き込んできた。
「これ埋める必要あるのか?」
「三人組でいいだろ」
「そのまますぎるだろ!」
「分かりやすい」
「正式名称みたいに言わないで」
操からも却下された。
「じゃあ何にするんだ」
「オレに振るなよ。昨日ネットで見た候補、ろくなのなかったぞ」
「見るな」
「気になるだろ! 『黒銀氷赤』とか『信号機パーティ』とか!」
「二つ目は色が足りてないだろ」
「そこ!?」
「あと、『参勤交代がいるから江戸組』」
「誰だ参勤交代」
「お前だ」
「過去を掘り返すなァ!」
海斗が頭を抱えた。
操は少し考えてから、御影さんを見る。
「未登録では駄目なんですか?」
「問題ありません。パーティ名は必須項目ではありませんので」
「じゃあ未登録で」
「決断だけ速い!」
俺は空欄のまま署名した。
名前など後でいい。
今は仕事ができれば十分だ。
御影さんも何も言わずに書類を回収した。
「承りました。では、パーティ名未登録で処理します」
「その言い方だと、俺たちの名前が『未登録』みたいですね」
「登録しますか?」
「しません」
「本当に決断だけ速いな、お前!」
こうして、正式三人パーティの初仕事は、パーティ名なしで始まった。
*
ダンジョンへ入って三十分。
俺たちの仕事は、驚くほど順調だった。
「前方、一体」
「私が行くわ」
操が短く告げ、そのまま前へ出る。
岩陰から姿を現した四足の魔獣が飛びかかるより早く、銀色の剣閃が走った。
一撃。
それで終わりだ。
「周辺反応なし。そのまま進める」
「了解」
俺は足元と前方の分岐を確認しながら、背後へ声を飛ばした。
「次の測定地点まで百五十メートル。右側の床、少し魔力が偏ってます。機材は左寄りで」
「分かりました」
調査職員たちが大型ケースの位置を変える。
俺は先へ視線を戻した。
前に操。
中央付近に俺。
その後ろに調査班。
最後尾寄りに海斗。
高校時代と大きくは変わらない配置だ。
だが、同じではない。
操はAランクの前衛として、俺が注意を向ける前に危険を消す。
海斗は調査班から離れすぎず、通路後方と左右の枝道を見ながら、いつでも結界を張れる位置を取っている。
そして俺は、前だけを見ていない。
通路。
足場。
魔力の流れ。
退路。
調査班の歩行速度。
機材の重量。
職員の呼吸。
必要な情報を拾いながら、三人の位置を調整する。
「黒瀬さん」
後ろから調査職員の一人に呼ばれた。
「何ですか?」
「あの……失礼だったらすみません」
「はい」
「Sランクの黒瀬さんが、一番戦わないんですね」
その言葉に、俺は少しだけ考えた。
確かに、ここまで俺は魔獣を一体しか倒していない。
操はすでに数体処理しているし、海斗も後方から来た小型魔獣を火炎で追い払っている。
戦闘回数だけなら、俺が一番少ない。
「俺が戦わなくて済むなら、その方が安全です」
「え?」
「俺が前で戦っている間、全体を見る人間が一人減りますから」
俺は分岐の先を確認しながら続ける。
「倒す必要があるなら操が倒します。後ろから来たら海斗が止める。俺まで同じことをする必要はないです」
「必要なら私が倒すわ」
少し前を歩いていた操が、振り返りもせず言った。
「後ろはオレが見てます」
海斗も当然のように続ける。
「だから俺は空いてるところを見ます」
調査職員が、俺たち三人を順番に見た。
「……役割が、はっきりしてるんですね」
「昔からこんな感じです」
「昔より雑になったけどな!」
「慣れたと言え」
「指示が『右』『左』『任せた』くらいになってるだろ!」
「通じてるじゃない」
「操まで!?」
通じるなら問題ない。
長い作戦会議をしなければ動けない関係より、ずっと安全だ。
さらに十分ほど進み、予定されていた二つ目の測定地点へ到着した。
「ここです。周囲確認します」
調査班が機材を下ろす間に、操が前方、海斗が後方へ散る。
俺は壁際へ設置予定のセンサー位置と、そこから入口までの退路を確認した。
「黒瀬さん、測定開始して大丈夫ですか?」
「三分なら。何かあれば止めます」
「分かりました」
測定器が起動し、低い電子音が通路へ響く。
その間にも、俺は周囲の魔力を追う。
異常なし。
前方も問題ない。
後方へ視線を向けると、海斗と目が合った。
あいつが親指を立てる。
俺も小さく頷き、前へ視線を戻した。
「測定終了しました」
「次へ行きましょう」
三つ目の地点へ向かう。
ここまでは本当に何も起きていない。
魔獣はいる。
危険な足場もある。
魔力の乱れも少しある。
だが、全部ダンジョンなら普通に存在する範囲だ。
「なあ玲司」
「何だ」
「普通だな」
「だから言っただろ」
「このまま最後まで行けるか?」
「行ける」
「言い切った」
「仕事なんだから当然だ」
「玲司」
操が俺を呼んだ。
声の温度が少し下がっている。
俺も同時に気づいていた。
「止まってください」
後ろの調査班へ手を上げる。
全員がすぐに足を止めた。
「どうしました?」
「前に反応があります」
事前資料に記載されていない魔力反応。
一つではない。
弱い。
少なくとも、俺たち三人にとって強敵と呼ぶようなものではない。
問題は位置だった。
進行方向。
しかも、こちらへ向かって動いている。
「……四」
「五よ」
操が訂正する。
俺も感知範囲を広げた。
「奥にもう二体。七だな」
「普通の数じゃなくなってない!?」
海斗の声が後ろから飛んでくる。
俺は周囲の地形を確認する。
左の枝道は狭い。
右へ回れば安全だが、調査予定地点から大きく外れる。
調査職員が俺の地図を覗き込んだ。
「迂回しますか?」
「いえ」
首を振る。
「調査地点はこの先です。俺と操が前を空けます」
操はもう剣へ手をかけていた。
説明はいらない。
俺は一度だけ後ろへ振り向く。
海斗と目が合った。
「海斗、調査班を頼む」
「任せろ」
それだけだった。
俺は前へ向き直る。
そこから先は、一度も振り返らなかった。
海斗へ任せた。
なら、俺が見るのは前だ。
「行くぞ、操」
「ええ」
俺たちは並んで通路の奥へ進む。
足音が近づいてきた。
一つ。
二つ。
三つ。
さらに奥から重なり、硬い地面を叩く音が増えていく。
「玲司!」
後方から海斗の声が飛んだ。
「普通の仕事って言ったよな!?」
「普通の範囲だ!」
「七体来てるけど!?」
「強敵じゃない!」
「そういう意味じゃねえ!」
隣で操が静かに剣を抜いた。
「なら、普通に片づけましょう」
前方の暗がりで、いくつもの目が光った。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




