第65話:4章開幕【身バレ】黒銀ヒーロー、卒業アルバムから姉まで掘られる
Sランクへ昇格した結果、なぜか俺の卒業アルバムがネットへ流出した。
「意味がわからない」
ステラライブ、第三会議室。大型モニターの中では、今この瞬間も匿名掲示板が爆速で伸び続けている。
【黒銀ヒーロー正体考察・総合】
>黒瀬レイSランク昇格おめ
>で、結局こいつ黒銀だよな?
>今さら?
>弟スタッフ=黒瀬レイ=黒銀説、もうほぼ一本だろ
>体格も動きも一致してる
「一本にするな」
「最近は、あんまり隠せてなかった気もするけど」
隣で姉貴が首を傾げる。
「姉貴」
「はい」
「味方しろ」
「してるよ?」
「その顔で言うな」
完全に面白がっている。
向かいには操と海斗。少し離れてチーフ。なぜかセバスとルナまでいる。身バレ対策会議に執事と猫が必要な理由は、誰も説明してくれない。
『黒いの、人気者にゃ』
「嬉しくない」
「紅茶をどうぞ、救助者殿」
「喉を潤してる場合じゃない」
「では胃薬を」
「用意がいいな!」
紅茶だけ受け取った。胃薬はまだ早い。……たぶん。
その間にも、俺の社会的死亡は順調に進行していた。
>黒銀と弟スタッフの比較動画できてる
>肩幅ほぼ同じ
>歩幅も
>救助する時の身体の使い方まで同じじゃね?
>胸郭測定班まだ?
>胸から人を特定しようとするな
「最後のやつだけまともだ」
「以前より、胸郭は重要な識別要素でございました」
「セバス、黙れ」
「胸郭は嘘をつきません」
「指紋みたいに言うな」
「でも、今回は胸だけじゃないわね」
操がモニターを見たまま言った。
「胸だけであってたまるか」
「声、歩幅、戦闘時の重心移動。救助時の抱え方。黒瀬レイの活動記録と黒銀ヒーローの出現地点。それから――」
操が画面を送る。
>シャインレッド、前に黒銀へ玲司って言いかけてなかった?
>あった
>庭園の時のやつ
>黒瀬レイとシャインレッドって昔から知り合いらしいぞ
俺はゆっくり海斗を見た。
「海斗」
「待ってくれ! あれは事故だ!」
「名前を呼ぶなと何度言った」
「言い切ってないだろ!? 途中で止めた!」
「途中まで全国配信されたんだよ!」
「オレだって後から死ぬほど後悔したんだよ!」
頭を抱えた海斗が、それでも顔を上げた。
「……でも、問題そこだけじゃないんだ」
「何?」
「昨日から、オレの過去まで掘られてる。高校時代に一緒にいた奴がいないかって」
差し出されたスマートフォンには、俺と海斗が学生時代から知り合いだったと推測する書き込み。その下に、学校名へつながる断片的な情報。
そして、その先。
>これ卒アル?
>黒瀬っているぞ
>こいつじゃね?
一枚の写真が貼られていた。
今より少し細く、髪も短い。高校生だった頃の、見覚えしかない顔。
その下に、ご丁寧に名前まで載っている。
【黒瀬玲司】
「……おい」
スマートフォンを奪った。
>黒瀬玲司?
>弟スタッフに似てる
>似てるっていうか本人じゃね?
>年齢合う
>黒瀬レイの活動開始時期とも矛盾しない
「やめろ」
>耳の形一致してない?
>昔からガタイいいな
>今より細い
>まだ完成前
>完成って何だよ
「俺の成長記録を人体プラモデルみたいに扱うな!」
卒業アルバム。学校行事の写真。過去に公開されていた断片。一つ一つなら、大した情報じゃない。
だが、誰かが見つける。別の誰かが情報を足す。さらに別の誰かが比較画像を作る。それを何万人でやれば話は変わる。
匿名掲示板という名の人海戦術は、下手な調査会社より怖い。
>黒瀬玲司=弟スタッフはかなり濃い
>弟スタッフ=黒瀬レイもほぼ確定
>じゃあ黒銀は?
>そこまで来て別人だったら逆に怖い
「まだ確定してない」
「玲司」
姉貴が困ったように笑う。
「卒アルまで出たら、だいぶ厳しくない?」
「本人が認めてない。まだ推測だ」
「否定するの?」
「……」
「しないんだ」
「今は黙ってるだけだ」
「それ、世間では答え合わせ待ちって言うんじゃない?」
「誰が作ったんだ、その言葉」
背もたれへ沈む。
Sランク昇格。本来なら喜ばしい話だ。七年積み上げたものが認められた。その翌日に卒業アルバムを掘り返される予定は、どこにも入っていなかったが。
「玲司」
今度は操だった。
「何だ」
「……二学年上まで掘られ始めたわ」
「は?」
俺の二学年上。該当する人間は、この世に一人しかいない。
モニターが更新される。
>黒瀬玲司って姉いる?
>二個上らしい
>同じ学校じゃね?
>当時めちゃくちゃ美人な黒瀬先輩がいたって書き込みある
>文化祭の写真これ?
「止めろ」
「玲司、掲示板に言っても止まらないよ」
「わかってる!」
古い学校行事の写真が表示された。数人並んだ中央に、一人の女子生徒。
何年経っても見間違えようがない。
「……姉貴」
「わあ、懐かしい」
「感想を言ってる場合か!」
「これ高校の文化祭だ。制服若いね、私」
「高校生なんだから当たり前だろ!」
「遥香さん、昔から目立ってたからな……」
海斗が妙に小さい声で呟いた。
「海斗」
「何だよ!」
「何で目を逸らした」
「逸らしてない!」
操が無言で海斗を見る。何なんだ。今はそこを追及している場合じゃない。
掲示板がさらに進む。
>これ黒瀬玲司の姉?
>普通に美人
>待って
>この人どっかで見たことある気がする
>星宮ハルカじゃね?
「やめろ」
>年齢合う
>声も似てる気がする
>弟スタッフがハルカと距離近い理由これ?
>つまり黒瀬遥香=星宮ハルカ?
「終わった」
「玲司!」
「俺じゃない。姉貴が終わった」
「言い方!」
姉貴が頬を膨らませる。だが、次に流れ出した反応は、俺の想像と少し方向が違った。
>いや本人めっちゃ美人じゃん
>リアル姫じゃん
>アバターより強くない?
>古代施設、見る目だけはあった
「……」
「……」
姉貴が俺を見る。俺も姉貴を見る。
「玲司」
「言うな」
「リアル姫だって」
「喜ぶな! 身バレしてるんだぞ!」
「でも美人って」
「そこじゃない!」
「古代施設、見る目あったって」
「古代施設を褒めるな!」
この女、顔を褒められた部分だけ普通に受け取っている。
「姉貴。危機感」
「あるよ?」
「その顔で?」
「身バレは困るけど、美人って言われたのは嬉しいよ」
「感情を分業するな!」
「合理的ね」
操が真顔で頷いた。
「操まで援護するな!」
「顔への評価と、情報流出の危険性は別問題よ」
「正論で姉貴を守るな」
と、なぜか海斗が突然むせた。
「海斗?」
「何でもない!」
「さっきからお前おかしくないか」
「玲司は今そこ気にしなくていい!」
「何でお前が決めるんだ」
「――はい。そこまでです」
チーフの声で、空気が切り替わった。
全員が口を閉じる。タブレットが操作され、掲示板が消えて、代わりにステラライブ側で整理した報告が表示された。
「ここまでは、まだ笑える範囲です」
俺の本名。姉貴の本名。昔の写真。その程度なら、もう出てしまった。
「問題はこちらです。現在、住所や生活圏を推測する投稿が増えています」
画面が切り替わる。具体的な住所そのものではない。過去の学校、利用した店、目撃情報らしき書き込み。真偽不明のものまで含めて、点が増え始めている。
「まったく無関係な場所や人物まで候補にされています。ただ、数が増えれば、偶然正しい情報へ届く可能性もあります」
「削除は」
「進めています。法務も動いていますし、各サービスへ要請も出しました。ただ、一度拡散したものを完全に消すのは難しい」
姉貴の顔から、さっきまでの表情が消えていた。
画面には、俺と関係があるのではないかと推測され始めた人物や場所が並んでいる。今はまだ浅い。操や海斗の私生活までは届いていない。
このまま続けば、時間の問題だ。
「玲司」
操が呼んだ。
「ああ」
わかっている。
俺だけならよかった。胸板を測られようが、歩幅を比べられようが、卒アルを晒されようが、最悪、俺が恥ずかしいだけで済む。
だが、もう俺だけの話じゃない。姉貴の本名と顔が出た。この先にあるのは住所、生活圏、ステラライブ、操、海斗。昔関わった人間まで、どこへ伸びるかわからない。
机の上のスマートフォンが震えた。御影さんだ。
「はい」
『状況は把握しています。協会から黒瀬レイの登録情報や非公開情報を外部へ提供することはありません』
「ありがとうございます」
『ただし、公開情報同士を第三者が照合することまでは止められません』
「……ですよね」
『今後の対応について、本人の意向を確認したいです』
俺はモニターへ目を戻した。
>黒瀬玲司でほぼ確定?
>本人から何か言わないかな
>姉まで掘るのはやりすぎだろ
>住所特定はさすがにやめとけ
>本人が話すまで待とうぜ
止めようとしている人がいる。面白がっているだけの人もいる。悪意なんてなく、答えを知りたいだけの人間もいるだろう。
だが、ネットに一つの意思なんてない。一人が止まっても、別の誰かが続きを探す。
「玲司?」
姉貴の声がした。
俺は一度、息を吐く。
ずっと隠してきた。探索者であること。黒瀬レイであること。黒銀ヒーローであること。姉貴に心配をかけたくなかったし、あの密着スーツを俺だと知られたくなかった。何より、目立ちたくなかった。
だから黙っていた。
でも、黙っていれば守れる段階は、もう過ぎている。俺が何も言わないから、空白を埋めようとして周りまで掘られている。
どこまでが事実で、どこから先へは踏み込んでほしくないのか。その線くらい、自分で引くべきだ。
「チーフ」
「はい」
「配信、借りられますか」
姉貴が目を見開いた。海斗もこちらを見る。
「玲司、お前まさか……」
「このまま黙ってても終わらない」
「でも、顔も名前も出るぞ」
「もう出てる」
「黒銀のことも?」
そこだけは、少し詰まった。
「……話す」
「本当にいいの?」
姉貴が俺を見る。
「よくはない」
「よくないんだ」
「正体を公表するのと、あのスーツを好きになるのは別問題だ」
海斗が小さく吹き出した。
「そこは変わらないんだな」
「変わるか」
俺は御影さんにも聞こえるよう、スマートフォンを机の中央へ置いた。
何を公開するか。どこまで説明するか。何を絶対に出さないか。住所も、生活圏も、姉貴たちの私生活も。そこから先は、俺が線を引く。
「俺について出す情報は、俺が決めます」
チーフが静かに頷く。御影さんも、電話の向こうで何も言わずに続きを待っている。
黒銀ヒーローとして、何度も全国に映った。強制的に名乗らされて、レディと言わされて、密着スーツまで晒された。それでも、自分からカメラの前へ出ようと思ったことは一度もない。
だから今度は、俺が決める。
「俺から話します」
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




