第64話:3章完結【Sランク昇格】正体非公開なのに、だいたいバレている
翌日、探索者協会本部。
ガラス張りのロビーを抜けると、いつもより空気が張っている気がした。気のせいだと思いたい。
「おはようございます、黒瀬さん。逃げずに来ましたね」
「俺を何だと思ってるんですか」
「昨日、通知を二度無視した人です」
「既読記録まで見てるんですか」
「業務です」
「嫌な業務だな」
御影千鶴。高校時代から俺を担当している協会職員で、今回のSランク昇格審査でも窓口を務めている。無表情で淡々としているくせに、こちらの逃げ道だけは的確に潰してくる人だ。
「では、こちらへ。……その前に」
「何ですか」
「今日は密着スーツではないんですね」
「帰ります」
「冗談です」
「あなたが冗談を言うと、本当に怖いんですよ」
通されたのは、いつもの面談室より少し広い会議室だった。長テーブル、事務椅子、壁掛けモニター。飾り気は何一つない。
「思ったより普通ですね」
「ランクが上がっても、椅子は椅子です」
「安心しました」
どこかに変な王座でも据えてあったら、その場で回れ右をするところだった。冗談ではなく、本気で。
御影さんがタブレットを操作する。
【探索者登録名:黒瀬レイ】
【現在ランク:A】
【Sランク昇格正式審査】
【審査結果――適格】
「黒瀬さん。このたび、探索者・黒瀬レイをSランク探索者として正式認定します」
【探索者ランク】
【A → S】
「おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
思ったより、静かだった。何も光らない。口上もない。身体が勝手に動き出すこともない。ただ画面の文字が切り替わっただけで、拍子抜けするくらい何も変わらなかった。
「普通ですね」
「何がですか」
「最近、重要なことが起きるたびに余計な演出が付いてくるので。昇格でも変身するのかと」
「しません」
「よかった」
「何を経験したら、そこを心配するようになるんですか」
「聞かないでください」
御影さんが資料を開いた。
【戦闘能力】【救助判断】【危険予測】【退路確保】【役割分担】【現場情報管理】【二次被害防止】
「昇格の理由は、単純な戦闘能力ではありません」
「でしょうね。火力だけなら、俺より上はいくらでもいます」
「その認識も、評価対象です」
画面が切り替わり、庭園型封印塔での現場配置図が表示された。俺、操、海斗。三つの光点が、それぞれの持ち場を示している。
「特に評価が高かったのは、仲間へ任せたことです。五月雨さんへ前衛、白鳥さんへ後方と退路と現場全体の安全管理。星宮ハルカさんからは遠隔で情報を取り、協会職員には人数確認と避難誘導を任せた」
「姉貴に任せたのも、評価に入るんですか」
「当然です。現場外の情報源を適切に使うことも、指揮判断の一つですから」
本人がこれを聞いたら、得意げな顔で三日は語り続けるだろう。想像するだけで胃が重くなる。
「高ランク探索者に必要なのは、一人で何でもこなせることではありません。現場の力を把握し、適切な場所へ配置し、任せた相手の判断を信じること」
海斗の顔が浮かんだ。後ろは任せた――そう言ったきり、俺は一度も振り返らなかった。振り返らなくてよかったのは、あいつがそこにいたからだ。
「そして、全員を生きて帰す」
【人的被害】
【重傷者:0】
【死亡者:0】
「これが、今回の最高評価です」
その二つの数字が、他のどんな戦績よりも重く画面に居座っていた。
「……俺らしいですね」
「高校時代から、討伐結果より帰還人数を先に確認していましたから」
「覚えてないな」
「私は記録しています」
「怖い」
「業務です」
出た。
「庭園型封印塔を完全破壊しなかった判断も、評価されています。再封印の余地を残し、必要な機能だけを停止した」
「壊す方が楽でしたけどね」
「楽な方法と、適切な方法は違います」
「はい」
タブレットが静かに閉じられる。
「以上を総合し、Sランク認定となりました」
Dランクだった頃には、ずいぶん遠くに見えた場所だ。そこへ届いた理由が、一人で強くなったからではないというのは――我ながら、妙にしっくりくる。
操へ任せた。海斗へ任せた。姉貴から情報をもらった。それで、全員が生きて帰った。
悪くない。むしろ、これ以上ないくらい上出来だと思う。
「それと、公表についてです」
「嫌な予感がする」
「公表するのは――」
【探索者・黒瀬レイ】
【Sランク昇格】
「ここまでです」
「本名は」
「非公開」
「顔、住所、家族関係」
「すべて非公開」
「黒銀ヒーローとの関係は」
「協会からは公表しません」
「助かります」
「ただし、黒瀬さんが現場で『姉貴』と叫ぶところまでは、止められません」
「緊急時なんですよ」
「非常に特徴的です」
「わかってます」
姉貴が危ない時に、澄まし顔で「星宮さん」と呼べる自信は、正直まったくない。
「白鳥さんもですね」
「海斗は厳しく教育します」
「昨日も、名前を呼びかけていました」
「厳しく教育します」
二回言った。
「では、認定については以上です。質問は」
「一つあります。パーティについて」
御影さんの指が、タブレットの上でぴたりと止まった。
「昨日、海斗を誘いました」
「……」
「今、間がありましたよね」
「続けてください」
「操も姉貴の護衛でほぼ一緒に動いてます。だから」
改めて、口に出す。
「俺、操、海斗の三人でパーティを組もうと思っています」
「正式に?」
「そのつもりです」
「黒瀬さんから提案したんですか」
「そこ、重要ですか」
「少し」
「俺からです」
「そうですか」
「何ですか、その顔」
「成長したな、と」
「親戚ですか」
「高校時代から担当していますので」
「それを言われると弱いんですよ……」
「五月雨さんと白鳥さん、双方の意思は」
「確認済みです」
「では、必要な手続きを案内します」
画面に、三人分の登録情報が横並びで表示された。
【黒瀬レイ:Sランク】
【五月雨操:Aランク】
【白鳥海斗:Aランク】
「……協会としても、歓迎します」
「珍しく素直ですね」
「非常に扱いやすい編成ですので」
「言い方」
「褒めています」
御影さんは平然と続ける。
「Sランク一名、Aランク二名。しかも、単に高ランクを並べただけではありません。五月雨さんは前衛での制圧。白鳥さんは後衛からの防御、火炎支援、退路確保。黒瀬さんは、その間を動いて救助と状況判断を行う」
庭園での配置図が、並んで表示される。
「役割が競合していません。三人とも、自分の得意な場所を持っています」
「確かに」
「特に、Sランクになった黒瀬さんが、信頼できるAランク二名と継続的に組む意思を示したことは、協会としても助かります」
「俺、そんなに心配されてたんですか」
「一人で危険区域へ入る癖のある探索者は、ランクが上がるほど心配になります」
「……心当たりはあります」
「素直で結構です」
「つまり?」
「かなりありがたいです。黒瀬さんが自分から固定パーティを作ると言い出したことも含めて」
「最後の一言はいらないでしょう」
「そこが一番安心した部分です」
「保護者ですか」
「高校時代から担当していますので」
「否定しないんですね」
御影さんが画面を切り替えた。
「ただ、昔の三人に戻る、という認識ではないですよね」
少し考える。頭の中で、高校時代の三人と、今の三人を並べてみる。
「違います」
「では?」
「昔は、操が前、俺が中、海斗が後ろでした。配置自体は今も大きく変わりません。……でも今は、それぞれが自分でそこを選んでる」
操は自分の強さを知っている。海斗は、後ろから守ることを自分のヒーロー像にした。誰かに割り振られた場所じゃない。
「俺も、一人で全部抱える必要はないとわかりました。だから、昔に戻るっていうより」
一度、言葉を切る。
「今の三人でもう一回、組み直す感じです」
言ってから、案外悪くない言い方だったなと自分で思った。
「……なるほど。いい回答です」
「審査、終わったんですよね」
「終わっています」
「なら採点しないでください」
「職業病です」
そのまま、御影さんは淡々と続けた。
「パーティ名は?」
「まだ決めてません」
「シャイン黒銀三銃士」
「却下」
「冗談です」
「今日どうしたんですか」
「Sランク昇格祝いです」
「やめた方がいいですよ」
「失礼ですね」
海斗がいたら全力で採用しそうなのが、余計に腹立たしい。
「名前は三人で考えます」
「承知しました」
そこで、もう一つ思い出した。
「御影さん。塔の調査は」
それまでの軽いやり取りの温度が、すっと下がった。モニターに二つの塔が並ぶ。以前消滅した封印塔と、今回残った庭園型封印塔。
「この二つは別個体です。同一施設の再生や変形ではありません」
「やっぱりですか」
「ただし、内部術式の断片に共通する形式が確認されています」
「同じ系列ってことですか」
「可能性はあります」
「誰が作ったかは」
「不明です」
「総数は」
「把握できていません」
「他にもある可能性は」
「否定できません」
「塔同士の接続は」
「現時点では確認できていません」
「わからないことだらけですね」
「だから調べます」
この人らしい返事だった。
「庭園型の本来の機能は?」
「姫君の休養、保護、外敵排除。この三点が中心だった可能性が高いです。正常動作だったかは、まだ調査中ですが」
「ルナに聞いても?」
「彼女が知る範囲は、あの庭園型封印塔に限られると考えています」
「ですよね」
セバスもルナも、万能な解説役じゃない。それぞれ、自分がいた場所を知っているだけだ。
「新しい塔が出た時の初動手順を、作っておきたいんですが」
「すでに作成を始めています」
「早い」
「二件ありますから」
避難距離。周辺封鎖。不用意な接近禁止。未知の紋章と魔力信号への干渉禁止。
「姉貴を近づけない」
「最優先項目です」
「太字で」
「すでに太字です」
「助かります」
もっとも、こちらが近づかなくても、向こうから飛び込んでくるのがあの人なのだが。
「では、今度こそ以上です。Sランク認定、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「パーティについても、申請が届き次第処理します」
立ち上がり、扉へ向かう。
「あ、黒瀬さん」
「まだあります?」
「Sランクになっても」
御影さんの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「今まで通り、全員連れて帰ってください」
俺は少しだけ笑った。
「そのつもりです」
*
協会本部を出た時には、通知がうんざりするほど溜まっていた。
【探索者・黒瀬レイ、Sランクへ正式昇格】
海斗から【おめでとう!!!!!】。操から【おめでとう】。姉貴から【玲司いいいいいい!! Sランクおめでとおおおおお!!】。
「姉貴が一番うるさい」
その姉貴を上回る勢いで、海斗が連投してくる。
【パーティの件聞いた!?】
【手続き何いる!?】
【オレ今日でも行けるぞ!】
【落ち着け】
三秒。
【無理!】
知ってた。
操からも届く。
【パーティ登録、必要なものがわかったら送って】
【あと海斗を落ち着かせて】
高校時代から、こういうところは何一つ変わらない。それでいい。むしろ、変わらずにいてくれてありがたい。
ランクはAからSへ変わった。立場もこれから変わるんだろう。それでも、やることは変わらない。
誰かが助けを求めたら、俺はそこへ行く。操が前を開いて、海斗が後ろを守る。そして、全員で帰る。
たったそれだけのことを、これからも続けていくだけだ。
*
同日深夜。探索者協会、封印管理区画。
庭園型封印塔は、幾重もの封鎖設備に護られ、灯りの落ちた区画の奥で静かに眠っていた。魔力値、正常。封印状態、正常。内部活動、検出なし。何もかもが、平穏を示す数値だけを並べている。
ただ一つだけ、管理システムの深部に、見慣れない記録が残っていた。
【外部閲覧要求:一件】
【対象:庭園型封印塔・管理記録】
【要求権限:識別不能】
【処理:未成立】
閲覧なし。書き換えなし。侵入は成立せず。要求元、不明。経路、不明。二度目の要求もない。
まるで、中身を盗むことではなく――そこにその塔が在ることだけを、外側からそっと確かめたように。
【要求元――照合不能】
黒い塔は、何も答えない。
ただ静かに。
遠いどこかの何者かに、その存在だけを、知られていた。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




