第63話:【パーティ加入】赤い後衛、独立初日に親友から誘われる
「玲司。個人事業主って、何から始めればいい?」
「まず領収書を捨てるな」
「初手がヒーローじゃない!」
「現実だ」
庭園型封印塔の再起動事件から数日後、黒瀬家のリビング。テーブルの向かいで海斗が睨んでいるのは、赤いヒーローの台本ではなく――
【個人活動移行に伴う確認事項】
という、夢の欠片もない書類だった。
「もっとあるだろ! 新しい門出とか、活動方針とか!」
「口座。契約書。帳簿。税金」
「最後の敵が強い!」
「逃げるな」
「ダンジョンなら戦えるんだよ!」
甘えるな。俺は数年、領収書と税金から一度も逃げずに生きている。
『赤いの、うるさいにゃ』
姉貴の膝で丸くなったルナが片目を開けた。
「独立したばっかりなんだから優しくしてくれよ!」
『猫に経理はないにゃ』
「勝ち組!」
「猫に負けるな」
セバスが紅茶を置く。
「白鳥殿。独立のお祝いでございます」
「ありがとう、セバスさん!」
「なお、こちらの紅茶代を必要経費として扱えるかにつきましては――」
「俺に聞くな」
「先生役を途中で降りるなよ!」
事務所との契約整理は、大筋で片がついたらしい。前衛型シャインレッドの活動は終了。今後はフリーの探索者として、自分で仕事を選ぶ。再起動した演出機材の件は、協会が調査中だ。
「揉めなかったのか」
「全然、ではないけどな。現場スタッフには謝られたよ。比較した時から、後ろの方が合ってると思ってたって」
「なら最初に言え」
「それな!」
「お前が言うな」
海斗が苦笑した。
「辞める理由もちゃんと言った」
「何て」
「前に出たくないからじゃない。オレが一番守れる場所を、自分で選びたいからですって」
一度、自分の手を見る。
「あと、安全の約束を守れない相手とは、探索者として仕事できませんって」
「……そうか」
「おう」
喧嘩して飛び出したわけじゃない。譲れない線を、自分で引いただけだ。それでいい。
「玲司。今ちょっと褒めた?」
「幻聴だ」
「何年お前の顔見てると思ってんだ!」
「そういうところだけ察しがいいな」
「やっぱり褒めてた!」
「それで、今後はどうするの」
操が口を挟む。
「待ってました!」
海斗が鞄から取り出したのは、白地に赤い文字の名刺だった。
【シャインレッド】
【後衛支援・退路確保・防御結界専門】
「どうだ!」
「二行目がヒーローとは思えないほど実務的だな」
「いいだろ!?」
「適性には合ってるわ」
操が覗き込む。
「火炎支援も入れれば?」
「あ」
「忘れてたのか」
『前へ出ません、と書いておくにゃ』
「名刺に弱点を書くな!」
『長所にゃ』
「後衛専門で十分伝わる」
セバスが名刺を受け取った。
「名刺所作、七十八点でございます」
「名刺にも点数つくの!?」
「残る二十二点は、胸郭情報の記載が――」
「載せるな」
被害者として全力で止めた。
「でも、いいね」
姉貴が名刺を手に取る。
「海斗くんらしい。後ろから守る赤、私は格好いいと思うよ」
「……ありがとうございます」
声の高さが一瞬で整った。
「変わったな、声」
「変わってない!」
「昔からね」
「五月雨まで何なんだよ!」
姉貴だけが不思議そうに首を傾げている。
シャインレッド。最初は他人から押しつけられた名前だった。今は、後ろから全員を守るために、こいつ自身が選び直した名前だ。
「それで」
俺は名刺をテーブルへ戻した。
「本当に一人でやるのか」
「ん?」
「事務所を離れた後だ」
「ああ。しばらくフリーで仕事受けながら、自分に合うやり方を探す。後衛が必要なら呼んでくれよ」
「……」
「玲司?」
少し考えた。海斗は高校の頃からずっと、俺たちの後ろにいた。今回も同じだ。違ったのは、俺が一度も振り返らなかったこと。
「海斗」
「おう」
「だったら、俺たちとパーティ組まないか」
海斗が固まった。姉貴も、操も、なぜかセバスまで止まる。
「何で全員止まるんだよ」
「いや」
海斗が俺を見る。
「お前から言うと思わなくて」
「嫌ならいい」
「早い早い早い!」
「なら何だ」
「驚いただけだって! もう少し誘った側らしく粘れよ!」
「面倒だな」
「扱い!」
「私は?」
操が紅茶を置いた。
「今さらだろ。姉貴の護衛でほぼ毎回来るし、何か起きれば普通に前へ出る。書類を出してないだけで、もう半分パーティだ」
「半分なの?」
「雑すぎない!?」
気にしているのは海斗だけだった。
「今のところ困ってないもの」
「五月雨、強いな……」
俺は少し身を乗り出して、姉貴に聞こえない距離まで顔を寄せた。
「姉貴とも一緒だぞ」
「――っ!?」
肩が跳ねた。わかりやすい。
「な、何で今それ言うんだよ!」
「いや?」
「いや、じゃないだろ!」
慌てて姉貴の方を見る。
「どうしたの?」
「何でもないです!」
「ほら、三割丁寧になった」
「なってない!」
「なってるわね」
「五月雨!」
「昔から」
「だから何が!?」
「本当に何の話?」
「姉貴は知らなくていい」
「気になる!」
海斗が耳まで赤くしたまま俺を睨む。
「玲司。あとで覚えてろよ」
「加入前から仲間割れするな」
「誰のせいだよ!」
少し笑って、俺は改めて海斗を見た。
「それに」
「……何だよ」
「お前が後ろにいると、俺は前を見て動ける」
海斗が黙る。
「庭園でもそうだった。今までは、自分で全部見ようとしてた。でも、お前が後ろにいるなら」
一度、言葉を切る。
「俺は前だけ見て走れる」
冗談を探していた顔から、笑いが消えた。
「だから誘ってる」
「……そっか」
「ああ」
やがて、海斗の口元が緩む。
「玲司がそんなこと言うんだな」
「やっぱりなしにするか」
「だから早いって! 嬉しいんだよ!」
「……そうか」
まずい。妙に真面目な空気になった。俺は紅茶へ手を伸ばす。
「まあ、どうせこの先もろくでもないものに巻き込まれる」
「否定できないな」
「塔」
「うん」
「姫」
「うん」
「密着スーツ」
「嫌だ」
「ダブル口上」
「もっと嫌だ」
「終了時の友情確認」
「思い出させるなよ!」
「だから」
紅茶を一口飲む。
「どうせ地獄を味わうなら、一人より二人一緒の方がマシだろ」
「……それ、照れ隠し?」
「違う」
「今の流れで!?」
「地獄対策だ」
「絶対照れ隠しだろ!」
「違う」
「二回言った!」
「うるさい」
海斗が笑って、手を差し出した。
「わかった。入るよ、パーティ」
「……そうか」
「おう」
高校時代、何度も背中を任せた。一度、別々の道へ進んだ。今度は俺の方から手を伸ばす番だ。
握った。
「よろしく、海斗」
「任せろ、玲司」
いつもの返事だ。それが、少しだけ頼もしく聞こえた。
『赤いの、家族になったにゃ?』
「違う!」
「ルナ、それは違う!」
声が完全に重なった。
『息ぴったりにゃ』
「やめろ!」
「二度とその評価するな!」
昨日の地獄が脳裏をよぎる。
「パーティ連携所作、九十六点でございます」
「採点するな!」
「減点は?」
「聞くな海斗!」
「白鳥殿が姫様の名を聞かれた際、姿勢制御へ僅かな乱れが」
「セバスさん!?」
「お前まで気づいてるのかよ!」
「海斗くん、私の名前で何かあった?」
「ないです!」
また丁寧になった。
「あるな」
「玲司!」
パーティ加入初日にして、すでに騒がしい。
*
その直後、全員のスマートフォンがほぼ同時に震えた。
「何だ?」
「チーフから」
【要確認】
【黒銀ヒーロー関連のネット上の憶測について】
俺は無言で画面を伏せた。
「見なかったことにする」
「見なさい」
操が即答し、姉貴がリンクを開く。
「玲司、これ結構まずいかも」
【考察】黒銀ヒーロー=星宮ハルカの弟スタッフ説、かなり濃厚?
「帰りたい」
「ここ玲司の家だよ」
逃げ場がなかった。
>弟スタッフ消えた直後に黒銀出てきてない?
>白鳥も黒銀に玲司って言いかけてなかった?
>弟スタッフと黒銀、動き似すぎじゃね?
「海斗」
「はい」
「秘密を守るとは」
「守る気はある!」
「気だけで音声は止まらないんだよ」
「ごめん!」
スクロールすると、もう一つ並んでいた。
【別説:黒銀ヒーロー=Aランク探索者・黒瀬レイ説】
>黒銀と黒瀬レイ、救助現場が妙に被る
>弟スタッフも探索知識ありすぎ
>黒瀬レイ=黒銀=弟スタッフ?
>三人一人説
「三人一人説って何だ」
「そのままだろ」
「納得するな」
まだ全部、推測だ。俺のフルネームも、姉貴の本名も、戸籍上の関係も、黒瀬レイと黒銀の同一性も、確定したものは一つもない。
「チーフからは?」
「現時点では憶測の範囲。危険な特定行為は監視を強化するって」
「なら反応しない」
「答え合わせになるものね」
操が頷いた。
「海斗。今後は特に気をつけろ。俺の名前」
「言わない!」
「能力」
「言わない!」
「姉貴との関係」
「言わない!」
「密着スーツの感想」
「それは言わせてくれよ!」
「駄目だ」
「被害者の声だぞ!?」
秘密を共有する仲間が増えた。同時に、秘密を守る難易度も上がった。世の中はうまくできていない。
「今日は海斗くんの独立とパーティ加入のお祝いなんだから」
姉貴が名刺を海斗へ戻す。
「改めて、独立おめでとう」
「ありがとうございます!」
「これからも、後ろから守る赤で頑張ってね」
「はい!」
「それから三人とも、仲良くね」
「幼稚園児みたいに言うな」
「大事だよ?」
「オレは仲良くするぞ!」
「お前が一番騒ぐだろ」
「何で!?」
海斗が笑い、操も少しだけ口元を緩める。
昔と同じ三人。ただし、昔の続きではない。一度それぞれ別の道を歩いて、自分の役割を選び直して、もう一度組むと決めた。今度は、俺自身の意思で。
そこで、俺のスマートフォンだけが震えた。
探索者協会、御影千鶴。【重要】。
「嫌な予感しかしない」
「開けろよ」
「近い」
「パーティだろ?」
「個人情報まで共有するとは言ってない」
通知を開く。
【黒瀬レイ様】
【Sランク探索者昇格審査について】
【正式認定の審査結果が確定しました】
「……」
俺は無言でスマートフォンを伏せた。
「玲司?」
「見なかったことにする」
「また!?」
伏せた画面が、追撃で震える。
【明日、探索者協会へお越しください】
【正式認定についてご説明します】
「ちょうどいいじゃん」
海斗が覗き込んできた。
「何が」
「明日、協会行くんだろ」
「ああ」
「なら」
海斗が俺と操を順番に指差す。
「パーティ登録も相談しようぜ」
「気が早い」
「もう決めただろ」
「……まあ」
「よっしゃ!」
「声がでかい」
翌日。Sランクの結果を聞きに行くついでに、俺たちが協会へ報告することが、もう一つ増えた。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




