第61話:【ダブル見参】王宮庭園で、筋肉の主張が二倍になる
【特殊称号『シャインレッド』を付与します】
「……は?」
海斗が固まる。俺も固まった。
特殊称号。シャインレッド。名前だけは死ぬほど聞き覚えがあるのに、意味がまるで違う。
「玲司」
「何だ」
「オレ、今なんか変なの見えてる」
「奇遇だな。俺にも見えてる」
「これ、事務所のやつじゃないよな?」
「事務所が人の脳内へ表示を出せるなら今すぐ辞めろ」
「怖すぎるだろ!」
ピコン。
【称号装備を生成します】
「待て」
「何それ!?」
声が重なった。
「海斗、動くな!」
「無理無理無理! 絶対嫌なやつだろこれ!」
「俺もそう思う!」
「じゃあ止めてくれよ!」
「俺に止められると思うか!?」
「先輩だろ!?」
「何の先輩だ!」
「こういう謎ヒーロー演出の!」
「嬉しくない!」
逃げようとした海斗の足元から、赤い光が噴き上がった。
「うおおおおお!?」
事務所製のスーツを光が飲み込む。赤、黒、金。三色が身体を駆け上がり、元のスーツが一秒で消えた。崩れかけた王宮庭園。舞い上がる花びら。辛うじて残っていた噴水が、なぜかこの瞬間だけ勢いよく吹き上がる。
「何で背景まで仕事してるんだよ!」
「玲司、止め方!」
「ない!」
「即答するな!」
「俺は能力が変わってから、この手の演出とずっと戦って負け続けてる!」
「絶望しかないだろ、それ!」
光が収束した。
「……」
「……」
俺は黙った。海斗も黙った。操まで黙った。
『おおー』
通信機の向こうで、姉貴だけが感心している。
『海斗くん、格好いい!』
「遥香さん!?」
背筋が音を立てて伸びた。
「そこだけ元気になるな」
「今はいいだろ!」
「よくない。まず自分を見ろ」
「え?」
海斗が自分を見下ろす。赤を基調に、黒と金のラインが走る全身スーツ。構造は――嫌になるほど見覚えがあった。首元まで覆い、肩、胸、腹、腰、脚。一切の妥協なく身体の線を拾っている。
「……玲司」
「言うな」
「これ、お前と同じじゃない?」
「言うな」
「いや同じだよな!? ラインが全部出てる!」
「知ってる!」
「何で後衛なのに胸が主張してんの!?」
「俺に聞くな!」
海斗が両腕で胸元を隠そうとする。無駄だ。胸を隠せば腹が出る。腹を隠せば肩が出る。腰を捻れば脚まで余計に目立つ。全部隠したいなら地面に伏せるしかない。
「玲司、助けてくれ!」
「俺を見ろ」
「……」
黒銀の密着スーツ。ほぼ同じ構造。被害者歴、数年。
「……ごめん」
「謝るな」
「今までちょっと面白いと思ってた」
「お前」
「本当にごめん!」
「後で殴る」
「反省してるって!」
操が俺たちを交互に見た。
「並ぶと、かなりわかりやすいわね」
「何がだ」
「構造がほぼ同じ。玲司が黒銀、白鳥が赤。……胸郭も二倍」
「そこを見るな!」
「五月雨!?」
被害者が増えただけで、救いはなかった。
『赤いのも黒いのも』
別室のルナまで割り込んでくる。
『庭園の飾りとしては合格にゃ』
「飾りじゃない!」
「オレも!?」
『筋肉が二つ並ぶと豪華にゃ』
「猫にまで言われた!」
「海斗。慣れろ」
「無理だろ!」
「俺も無理だ」
「じゃあ言うなよ!」
ピコン。
【称号装備・同期完了】
【救助者との連携を確認】
「……」
「玲司、何で黙った」
「嫌な予感がする」
「具体的には?」
「今まで一人分だった被害が、二人分になる予感」
「やめてくれ!」
【二者専用登場演出を開始します】
「ほら来た!」
「専用って何だよ!?」
「俺に聞くな!」
【位置補正を開始】
「位置まで!?」
「海斗、踏ん張れ!」
「踏ん張ってどうにかなるのか!?」
「ならない!」
「なんで言った!?」
身体が勝手に動いた。俺が右へ、海斗が左へ。庭園中央、生き残った撮影カメラの真正面へ。
「待て待て待て! オレ今カメラど真ん中なんだけど!」
「俺もだ!」
「逃げられない!?」
「足が動かん!」
右足が勝手に半歩前へ。海斗の左足も同時に。俺の右腕が胸の前を横切り、海斗の左腕が鏡合わせに動く。
「やめろ」
「玲司?」
「これ絶対、長いやつだ」
「長いって何が――」
二人の身体が同時に外側へ開いた。俺は右斜め前、海斗は左斜め前。互いの背中が触れる。
「背中合わせ!?」
「やめろ、友情を身体で表現するな!」
「オレに言うなよ!」
さらに俺の左拳と海斗の右拳が、胸の前で。
ごつん。
「拳まで合わせるの!?」
「誰が考えたんだ、この演出!」
俺の右腕が天へ。海斗の左腕も天へ。外へ伸ばした腕、胸元で重なった拳、黒銀と赤の左右対称。しかも身体を捻らされているせいで、密着スーツが全身の筋肉をこれでもかと拾っている。
「……」
操がこちらを見た。
「言うな」
「まだ何も言ってないわ」
「目が言ってる!」
『玲司、海斗くん、すごいよ。ポスターみたい』
「褒めないでくれ!」
「遥香さん、ありがとうございます!」
「お前は喜ぶな!」
「格好いいって言ってくれたぞ!?」
「今の状況を見ろ!」
『確かに、よくできてるにゃ。黒と赤で左右対称にゃ』
「見ればわかる!」
『胸も左右対称にゃ』
「そこは確認するな!」
「玲司、オレまで恥ずかしくなってきたんだけど!」
「遅い!」
ピコン。
【登場口上を開始します】
「まだあるの!?」
「海斗、口を閉じろ!」
「閉じてるって――」
開いた。俺の意思など最初から数えられていない。嫌になるほどよく通る、低く甘い声が庭園へ響く。
〝闇夜を切り裂き、助けを求める声へ駆ける――〟
(やめろ!)
〝黒銀の光!〟
(自己紹介を色で壮大にするな!)
間髪入れず、海斗の口も開く。
〝退路を照らし、仲間の背を最後まで守る――〟
そこで一瞬だけ、口上が途切れた。
「何でオレ、こんなに綺麗に言えてるの!?」
「途中で正気に戻るな!」
〝灼熱の赤!〟
「まだ続くのかよ!?」
続いた。背中合わせから同時に振り返り、二人の拳が正面で交差する。X字。その中心で、俺たちの顔が無駄に近い。
「近い!」
「オレも思った!」
「離れろ!」
「無理だって!」
口が同時に開く。
〝前は救う!〟
(何でそこ一緒なんだよ!)
〝後ろは守る!〟
(俺の口まで後ろ担当を宣言するな!)
〝誰一人、帰る道から取りこぼさない!〟
「いいこと言ってるのが腹立つ!」
「玲司、今、口上中!」
「お前が先に喋っただろ!」
二人の拳が外へ流れ、同時に片膝を落として上半身を斜めに捻る。胸郭の主張、最大。
「やめろ、その角度は駄目だ!」
「何で!?」
「あとで映像を見ればわかる!」
「見たくないよ!」
俺の口が開く。
〝黒銀の救助者――〟
(嫌だ!)
〝ヒーロー見参!〟
続けて海斗。
〝赤き守護者――〟
「オレにも二つ名ついてる!?」
〝シャインレッド、参上!〟
「まだポーズ変わるの!?」
「俺に聞くな!」
俺が右足を前へ、海斗が左足を前へ。肩が触れる距離で横に並び、外側の腕がそれぞれ天を指す。内側は俺の右拳と海斗の左拳が、胸元中央で交差。黒銀と赤の完全左右対称。背後で噴水、足元から花びら、さらに黒銀と赤の光が二本、俺たちを縁取って空へ伸びた。
「……」
「……」
最悪だった。何が最悪かというと、絵だけなら異様に格好いいことだ。
「玲司」
「喋るな」
「まだ何も言ってない」
「格好いいと思い始めてる顔をしてる」
「ちょっとだけ!」
「裏切るな!」
そして、二人の顔が同時にカメラを向いた。
「待て」
「玲司?」
「これ絶対、最後に何か言うぞ」
「まさか――」
完璧に、同時に開いた。
〝二つの光――ここに見参!〟
噴水が今日で一番高く噴き上がる。赤、銀、金。三色の光が王宮庭園を照らし、花びらが舞い、なぜか風まで吹いた。
左右対称の決めポーズ。無駄に完成された背景。そして、一字もずれなかった専用口上。
完璧だった。何もかも、完璧だった。
「……」
「……」
その姿勢のまま、俺たちは固まっていた。
やがて、海斗の腕が震え出す。
「玲司」
「何だ」
「オレさ、参勤交代しなかった」
「そうだな」
「焼き芋にもならなかった」
「そうだな」
「一字も間違えなかった」
「そうだな」
海斗の顔が、ゆっくり絶望に染まっていく。
「何でこんな時だけ完璧なんだよおおおおおおおお!」
崩れかけた王宮庭園に、本物になった赤いヒーローの絶叫が響き渡った。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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