第58話:【赤の反抗】シャインレッド、庭園塔の真実を曲げる事務所に逆らう
『後衛だったシャインレッドは――本物の危機を前に、ついに覚醒する』
「止めてください」
海斗の声で、映像が止まった。
画面の中では、黒銀ヒーローと操が庭園中央へ走り出し、その直後に海斗が結界を張っている。切り取って並べれば、確かに三人そろって前へ突っ込んだように見えなくもない。
実際のあいつは、その瞬間も後ろにいた。スタッフの退路を守っていた。
映像が次のテロップへ切り替わる。
【後方支援を捨て、仲間と肩を並べた赤き英雄!】
「だから、止めてください」
今度ははっきり言った。
場所は海斗の所属事務所。庭園型封印塔事件の映像利用と、今後のシャインレッド企画を決める会議だ。俺は安全監修、操は技術協力、姉貴とチーフはステラライブ側。そして。
「救助者殿。紅茶でございます」
「お前も来たのか」
「姫様の会議でございますので」
さらに姉貴の膝には黒猫が一匹。
『眠いにゃ』
「お前は寝てろ」
本当に目を閉じた。自由な猫だ。
「白鳥」
事務所担当者が困り顔で海斗を見る。
「言いたいことはわかる。ただ、これはドキュメンタリーじゃない。プロモーション映像だ」
「だからって、起きたことを逆にするのは違うでしょう」
「逆、とまでは言っていないよ」
「オレ、前に出ました?」
「……」
「黒銀ヒーローと五月雨が前に出て、オレは後ろに残った。スタッフをまとめて、出口を守って、結界で道を残した」
海斗がモニターを指す。いつもの大声じゃない。静かで、だからよく通った。
「この映像だと、それが全部なかったことになってます」
「しかし、視聴者に伝わりやすい成長物語は必要だ」
「成長ならしてます」
即答だった。
「前に出られるようになったんじゃない。……後ろにいることを、逃げだと思わなくなったんです」
誰も口を挟まなかった。
「オレは後ろにいたから、みんなを守れた。それを前へ出た話に変えたら、あそこでオレがやったこと、全部違うことになる」
俺が言わせたわけじゃない。操でもない。
「白鳥くん」
別の担当者が資料を開いた。
「でも、シャインレッドはヒーロー企画なんだ。赤は、やはり前へ出た方が絵になる」
「また色か」
思わず口が動いた。
「黒瀬さん」
「前にも言いましたが、色で戦闘配置を決めないでください」
「ですが、一般的なヒーロー像として――」
「探索者の配置に一般的なヒーロー像を持ち込まないでください」
「筋肉質な体格もあります」
「筋肉で決めるな」
「炎も派手です」
「属性で決めるな」
「何より、赤ですから」
「戻るな!」
結局そこへ帰ってくる。
「玲司」
海斗が横を見た。
「オレら、筋肉だけで人生誤解されすぎじゃない?」
「一緒にするな」
「お前も胸で色々決めつけられてるだろ!」
「胸の話をするな」
「救助者殿の胸郭でしたら――」
「セバスも入るな!」
嫌な被害者同盟が結成されかけている。
操が資料を一枚、テーブルへ滑らせた。
「感情論にする必要はないわ」
比較リハーサルの結果と、庭園型封印塔事件での行動記録。
【白鳥海斗・後方支援記録】
・複数結界による退路維持
・撮影スタッフおよび協会職員の人数確認
・庭園変形時の経路固定
・猫型魔獣の非殺傷誘導
・前衛二名への遠隔防御支援
「訓練でも実戦でも、同じ結果が出ている。白鳥を前へ出すより、後ろへ置いた方が現場全体の生存率が上がる」
「生存率まで断定できるデータですか?」
「少なくとも、前衛配置時より保護対象と本人への被弾が減ることは実証済みよ」
事務所側が黙る。
「それに」
姉貴が口を開いた。
「配信者としても、今の編集はもったいないと思います」
「もったいない、とは」
姉貴は映像を巻き戻し、海斗が後方から複数の結界を展開する場面で止めた。
「こっちの方が、格好いいです」
「遥香さん!?」
海斗の声だけ急に一段上がった。
「白鳥。会議中よ」
「わかってる!」
「前へ走る人だけがヒーローなら、役割が一種類しかなくなっちゃいますよね」
姉貴は気づかずに続ける。
「でもこの映像なら、『後ろにいても誰かを守れる』って伝えられます。安全啓発企画としても、そっちの方が意味があると思う」
そして、海斗を見た。
「私は、本当の海斗くんをそのまま見せた方がいいと思います」
「……はい」
「また敬語になったな」
「玲司!」
「事実だ」
「今は黙っててくれ!」
操が小さく息を吐いた。何なんだ、またこの流れか。
「では」
俺は持参した資料を開いた。
「安全監修として、正式に意見を出します」
視線が集まる。
「今後、白鳥海斗を前衛固定で運用する案には反対します。比較リハーサルと実際の事件、両方で結果が出ている。前衛で戦えないわけじゃない。ただ、本人の能力を生かせない」
「黒瀬さんは、白鳥の活動方針そのものへ口を出すおつもりですか」
「活動方針はそちらと本人で決めてください」
そこは俺の仕事じゃない。
「俺が止めるのは、安全を損なう配置です。格好よく見せるために本人の視界と判断力を削るなら、安全監修として認めません」
「ですが、白鳥自身は――」
「オレも嫌です」
海斗が言った。もう、誰かに代わってもらわなかった。
「オレは、前に出る赤になりたいわけじゃないです」
会議室が静かになる。
「シャインレッドって名前は、嫌いじゃないです。最初は正直、恥ずかしかったですけど」
「参勤交代したからな」
「玲司!」
「焼き芋も」
「今じゃないだろ!」
空気が少し緩んだ。海斗も一度笑って、それからまた前を向く。
「でも、この名前でやるなら」
赤い表紙を指で叩いた。
「オレは、後ろから守る赤でやりたいです」
言い切った。事務所側は、すぐには答えなかった。
「……わかりました」
やがて責任者が口を開く。
「映像案については再検討します」
「前衛路線も?」
「それも含めて、です」
曖昧だ。海斗もわかっている顔をしていた。それでも。
「お願いします」
今日はそれ以上押さなかった。
『話を聞かないにゃ』
姉貴の膝から声がして、全員がそちらを見る。黒猫は目を閉じたままだ。
『赤いのより話を聞かないにゃ』
「オレより!?」
「ルナ、寝てなさい」
『寝ながら聞いてるにゃ』
「器用ね」
「そこ評価するのか」
セバスが一枚の紙を差し出した。
「なお、白鳥殿の庭園内後衛所作は九十八点でございました」
「今出す!?」
「減点二点は?」
姉貴が身を乗り出す。
「猫型魔獣への接近によるくしゃみでございます」
「それ能力関係ないだろ!」
『自業自得にゃ』
「猫側が言うな!」
腰を浮かせかけた海斗が、そのまま座り直した。
「もう近づかないからな!」
『別に呼んでないにゃ』
「なんか腹立つ!」
張り詰めていた空気が、ようやく緩む。だが、まだ終わりではない。
「黒瀬さん」
チーフがこちらを見た。
「協会から来ていた件も、ここで共有した方がいいんじゃないかな」
「……ですね」
忘れたかったが、忘れさせてもらえなかった。俺はタブレットを操作する。
【探索者協会・庭園型封印塔調査計画】
「先日の塔は、現在協会管理下で封鎖されています」
庭園が消えた後も残った、あの小型の黒い塔。第2章のものとは別施設として扱われている。正式名称は不明。今は便宜上、庭園型封印塔。
「動いてないんだよな?」
海斗が聞く。
「今はな」
「今は、って言い方怖くない?」
「断定できないものを断定する方が怖い」
「それな」
「軽く同意するな」
資料を次のページへ送る。
【調査参加予定】
・探索者協会調査班
・黒瀬レイ
・五月雨操
・白鳥海斗
「オレも?」
「前回の当事者だからな。それと、俺のSランク実地評価も兼ねる」
「また審査!?」
「俺が言いたい」
御影さんの説明では、調査そのものは通常の協会業務だ。事故を仕込んで試すわけじゃない。封鎖施設の確認、残留魔力の調査、退避計画、役割分担、異常発生時の中止判断。その中で俺の判断が評価される。
「ハルカさんは?」
担当者が尋ねた。
「現地へは行かせません」
即答した。
「えっ」
姉貴がこっちを見る。
「何だ」
「私、当事者なんだけど」
「だからだ。姉貴が現地へ行ったら、塔が何に反応するかわからない」
特殊職業の詳細をここで説明する必要はない。過去の事実だけで足りる。
「前回、塔はハルカさんを中心に庭園を展開した。安全調査へ同じ条件を持ち込む必要はありません」
「……正論」
「リモート参加だ」
「はーい」
不満そうな顔はしたが、素直に引いた。
「ステラライブとしても賛成です」
チーフが頷く。
「ハルカさんには遠隔で記録整理と情報共有を担当してもらいます」
「任せて!」
「現地へ方向音痴で乱入するなよ」
「しないよ!」
「念のためだ」
「信用して!」
「地図に関しては無理だ」
「そこは私も反論できない!」
と、担当者がまた資料をめくった。
「この調査ですが、映像撮影は可能でしょうか」
嫌な方向へ戻ってきた。
「何のためです」
「安全啓発企画の続編です。協会が実際にどんな安全確認を行うかを伝えられれば、社会的な意義もある」
理由自体は悪くない。
「協会へ申請してください。俺だけでは決められません」
「では、申請します」
「前衛演出は?」
海斗が警戒した顔で聞く。
「先ほど、再検討すると申し上げました」
「……わかりました」
その日の会議は、そこで終わった。
*
夕方、ステラライブへ戻った俺の端末に、御影さんから連絡が入った。
【庭園型封印塔・安全調査】
【映像記録について、条件付きで許可】
「早いな」
「何が?」
横から海斗が覗き込む。事務所の会議を終えて、そのままついてきていた。
「調査撮影の許可だ」
「マジで通ったの?」
「条件付きだ」
【撮影スタッフは指定区画のみ】
【封鎖線内への一般スタッフ立入禁止】
【配信者・星宮ハルカはリモート参加】
【調査優先。撮影都合による作業変更は禁止】
【演出用魔力装置・発煙装置・火炎演出機材の持込禁止】
「最後の、めちゃくちゃ具体的じゃない?」
「俺が事前意見に書いた」
「お前か!」
「当然だろ」
あの塔が何に反応するかは誰にもわからない。わざわざ魔力を撒く機材を近づける理由はない。
「巨大ロゴは?」
「物理式なら指定区画の外」
「残したの!?」
「安全ならロゴに罪はない」
「昨日まで嫌がってただろ!」
「危険とダサさは分けて考えろ」
「ダサいとは思ってるんだな!?」
「赤い炎の中から巨大な『SHINE RED』がせり上がるんだぞ」
「オレもダサいと思ってる!」
「意見が一致したな」
「そこで親友になるな!」
そこへ、海斗の事務所から最新版の撮影計画が届いた。
【庭園型封印塔・安全調査撮影計画 改訂版】
前衛突撃演出、削除。火炎演出、削除。発煙、削除。
「おお。珍しく全部消えたな」
「珍しくって言うなよ」
「事実だ」
海斗も安心したように息を吐く。
最後のページ。
【持込予定機材】
・固定カメラ
・遠隔カメラ
・照明機材
・音声収録機材
・ヒーロー演出補助装置
指が止まった。
「玲司?」
「この最後の、何だ」
「ヒーロー演出補助装置?」
「何を補助する」
「オレに聞くなよ!」
説明欄を開く。【シャインレッド企画用・視覚演出機材】【通常時は非起動】【撮影区画外での設置のみ】。
「魔力式か?」
「書いてない」
「型番は」
海斗が指で追う。記載なし。
「何で型番だけない」
「……怪しい?」
「嫌いな書類だ」
「その表現、初めて聞いた」
俺はその場で返信を打った。
【装置詳細の提出まで持込承認不可】
「仕事早いな」
「安全監修だからな」
「玲司が味方でよかったわ、オレ」
「今さらか」
「高校の時は書類まで守ってくれなかったぞ」
「高校生に企業案件はない」
「それな!」
数分後、追加資料が届く。
【追加資料:ヒーロー演出補助装置】
【用途:ロゴ・光・炎色等の視覚投影】
【方式:魔力投影式】
【制御方式:微弱魔力信号による遠隔制御】
「駄目だ」
「早っ! まだ全部読んでないだろ」
「読む必要がない」
「そこまで?」
「塔が何に反応するかわからない状態で、魔力信号を出す装置を近づける理由がどこにある」
「使わなければ大丈夫じゃないの?」
「駄目だ。現地へ持ち込ませない」
「そこまで禁止するんだな」
「安全調査に不要なものを運び込んで、危険だけ増やしてどうする」
「……それな」
「お前まで軽く言うな」
返信を打つ。
【ヒーロー演出補助装置について】
【魔力信号を使用する機材のため、庭園型封印塔付近への持込を禁止します】
【撮影計画から除外してください】
ほどなく、返事が来た。
【承知いたしました】
【ヒーロー演出補助装置は持込対象から除外します】
「……よし」
海斗が息を吐く。
「これなら普通に終わりそうだな」
「そう願いたい」
「そこは言い切ってくれよ!」
「相手は一度、勝手に庭を生やした塔だぞ」
「生やしたのは塔だけどな」
「だから怖いんだよ」
「それな」
協会管理下の封鎖された塔。最小限のスタッフ。姉貴はリモート。魔力を使う演出機材は持込そのものを禁止。確認できるものは、全部確認した。
これで大丈夫だ。
少なくとも、俺が確認した書類の上では。
*
同時刻。シャインレッド所属事務所。
一台の端末に、機材の管理画面が表示されている。
【ヒーロー演出補助装置】
【安全監修提出計画:持込対象外】
【現地搬入設定:有効】
【遠隔起動予約:有効】
黒瀬玲司へ提出された計画では、持ち込み禁止。
だが管理設定の中には、現地搬入と遠隔起動の二項目が、削除されないまま残っていた。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
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