第57話:【秘密共有】俺は、ジム友を仲間として選ぶ
「海斗。話がある」
「おう」
カメラのない控室。配信終了は確認済み。収録機材なし、スタッフも退室済み。向かい合って座っているのは俺と海斗だけだ。
三秒黙っていられない男が、今日は黙って待っている。終わったら俺から話す。そう言ったのは俺だ。
「さっきの黒銀ヒーロー」
「うん」
「俺だ」
一秒。二秒。三秒。
「やっぱりかああああああ!」
「声がでかい!」
「だってそうだろ!? 途中から完全に玲司だったじゃん!」
「完全にって何だ」
「踏み込み! 指示! 五月雨との連携! あとオレへの雑な扱い!」
「最後は関係ないだろ!」
「一番確信したところだぞ!」
「親友の判別方法として最悪だな!」
海斗が頭を抱えた。
「いや待て。マジで? 本当にお前?」
「そう言ってる」
「ヒーロー見参ニキ?」
「その呼び方はやめろ」
「達者でなレディ?」
「やめろ」
「喉仏ミュート?」
「帰るぞ」
「待て待て待て、今からだろ!」
勢いよく身を乗り出してくる。
「じゃあ、あの名乗りもお前!?」
「俺だ」
「決め台詞も!?」
「俺だ」
「お姫様抱っこも!?」
「俺だよ!」
「マジか……」
海斗が椅子に沈み、両手で顔を覆った。
「お前、あんなことしてたのか……」
「その同情が一番効く」
「いや、だって玲司だぞ!? 人前であんな長い口上、一番やりたくないタイプじゃん! しかも全国配信で! 身体ぴっちりで!」
「黙れ」
「ごめん」
本気で謝るな。余計につらい。
「正確には」
俺は息を吐いた。
「好きでやってるわけじゃない」
「え?」
「今の俺の能力名は《ヒーロー見参》だ」
海斗の顔つきが変わる。
「卒業後に能力が変わったのは知ってるだろ」
「ああ。中身までは聞いてなかったけど」
「これが変化後だ。黒銀の姿になる。身体強化。救助対象の感知。そこまではいい」
「そこまでは」
「名乗り、ポーズ、決め台詞。場合によっては技名と救助方法まで、勝手にやらされる」
「……勝手に?」
「本人の意思に反して、な。止めようとしても止まらない」
海斗が黙った。
「笑うなら笑え」
「笑えるか!」
思っていたより強い声が返ってきた。
「それ、ずっと全国で強制公開処刑されてたってことだろ!?」
「言い方」
「合ってるだろ!?」
「だいたい合ってる」
「最悪じゃん!」
「だから隠してた」
「そりゃ隠すわ! オレでも隠す!」
「お前なら三日で喋るだろ」
「……三日は守れるってことだよな」
「短い」
「一週間!」
「交渉するな」
「じゃなくて!」
海斗が机へ両手をついた。
「なんで言わなかったんだ、って話じゃないんだよ。こんなの言いたくないに決まってるだろ! オレなんて参勤交代一回であれだけ死にたかったのに!」
「焼き芋もあるぞ」
「今は援護しろよ!」
「事実だ」
「二個あった!」
比較にはならないと思うが、こいつなりに本気で理解しようとしているらしい。
「でも」
海斗の声が落ちた。
「なんで今、話したんだ?」
そこか。
俺は一度黙った。動く生け垣。猫型魔獣。スタッフ。姉貴。操。そして、そこを任せると言ったきり、俺は一度も振り返らなかった。
「今日、お前に後ろを任せただろ」
「おう」
「昔も任せてた。でも、あの頃とは違う」
高校を出て、能力が変わって、三人は別々の道へ進んだ。それから俺は、能力も正体も必要以上に隠してきた。自分だけで処理する方が楽だったからだ。
「さっき俺が前だけ見て動けたのは、お前が後ろにいたからだ。スタッフも退路も、後ろから来る猫も、一度も確認しなかった」
「猫はオレに効いたけどな」
「くしゃみだけだろ」
「結構つらかったぞ!?」
「結界は完璧だった」
「そこ褒めるの!?」
「事実だ」
もう一度、息を吐く。
「背中を任せておいて、秘密だけ隠したままなのは違うと思った。お前だから話した」
言ってから、妙に恥ずかしくなった。何なんだ、この会話。
「何か言え」
「いや」
「何だ」
「玲司が急に友達みたいなこと言うから」
「友達だろ」
「それな!」
「声がでかい」
海斗が笑った。いつもの顔だ。
「わかった。秘密な」
自分の胸を軽く叩く。
「誰にも言わない」
「事務所にもだ」
「言うわけないだろ」
「配信中は特に気をつけろ」
「……」
「何だ、その顔は」
「さっき普通に玲司って呼びかけたなと思って」
「言いかけたな」
「遥香さんも」
「言いかけた」
「五月雨も」
「言いかけた」
「全員危なくない!?」
「お前に言われたくない」
「オレ、今日まで知らなかった側だからな!?」
海斗が額を押さえた。
「待って。じゃあ遥香さんも知ってる?」
「ああ」
「五月雨も?」
「ああ」
「セバスさんは?」
「たぶん最初から」
「何で!?」
「俺もよくわからん」
「オレだけ!?」
「御影さんも知ってる」
「増えた!」
「協会の一部も」
「全然秘密じゃないじゃん!」
「世間には秘密だ!」
「身内が多すぎるんだよ!」
その時、控室の扉が開いた。
「話、終わった?」
姉貴。後ろに操とセバス。さらに足元から、
『終わったにゃ?』
「お前まで来たのか」
『黒いの、やっと言ったにゃ』
海斗がゆっくり俺を見る。
「……こいつも知ってたの?」
「らしい」
『最初からわかってたにゃ。同じ魔力にゃ』
「そんな簡単に!?」
「俺にも刺さるからやめろ」
何年も守ってきた秘密を、猫に一秒で抜かれている。納得はしていない。
「でも、玲司」
姉貴が少し笑った。
「自分から言ったんだね」
「ああ」
「そっか」
それ以上は何も言わない。操も俺を見る。
「意外と早かったわね」
「何が」
「あなたが自分から話すまで」
「……悪いか」
「逆」
それだけだった。居心地が悪い。
「何なんだ、この空気」
「玲司が成長した空気?」
「姉貴」
「はい」
「やめろ」
「照れてる」
「帰るぞ」
「逃げた」
「帰宅だ!」
海斗が吹き出した。
「変わんねえな、お前。安心した」
「何にだ」
「黒銀ヒーローになっても玲司だった。……でも、黒銀の時ちょっと声格好いいよな」
「補正だ」
「おお」
「感心するな」
「もう一回聞かせて。『助けを呼ぶ声が――』」
「言うな!」
「そこからだったよな!?」
「再現するな!」
「海斗」
操が真顔で割り込んだ。
「右腕の角度が違うわ。玲司はもう少し肩を開く」
「五月雨!? 指導するな! 黒銀ポーズ研究してるの!?」
「多少」
「多少じゃないぞ、こいつは」
「玲司?」
「何でもない」
十三冊については黙っておく。秘密共有にも限度がある。
『ところで』
姉貴の足元からルナが口を挟んだ。
『帰るにゃ』
「そうだな」
『姫様の家へ』
「……は?」
俺は黒猫を見下ろした。
「お前は協会の管理対象だろ」
「ルナ殿」
セバスが視線を落とす。
「庭園型封印塔は、これより協会の管理下へ置かれます。塔へお戻りになりますか?」
金色の目が、ゆっくり姉貴を向いた。
『庭園は眠ったにゃ』
「……眠った?」
『今は起こさなくていいにゃ』
停止した、とは言わない。嫌な言い方をする。
『それより、ルナは姫様についていくにゃ』
「来るな」
『姫様が家で休むと言ったにゃ』
「言ったけど」
『なら、ルナが家で姫様を休ませるにゃ』
「来るな!」
『行くにゃ』
「俺の家だぞ!」
「玲司」
姉貴がしゃがみ込み、黒猫を抱き上げた。
「かわいいよ?」
「論点が弱い!」
「でもセバスもいるし」
「その前例が問題なんだよ!」
「わたくしは正式に姫様へお仕えしております」
『紅茶係にゃ』
「専属執事でございます」
『紅茶係』
「専属執事」
『紅茶』
「執事」
「張り合うな!」
嫌な予感しかしない。
「そもそもルナ、お前は何ができるんだ」
『姫様の膝を守るにゃ』
「範囲が狭い!」
「重要でございます」
「セバスは黙れ!」
「玲司」
海斗が肩を震わせている。
「何だ」
「お前ん家、昔もっと普通だったよな? 高校の時、普通にゲームしてたじゃん」
「言うな」
「今、姫と執事と喋る猫がいるぞ」
「現実を突きつけるな!」
『赤いのも来ればいいにゃ』
「オレ!?」
「増やすな!」
姉貴が笑い、操まで口元を隠した。
「もう好きにしろ……」
『許可されたにゃ』
「してない!」
そこで、海斗のスマートフォンが震えた。
「ん?」
画面を見た顔から、笑いが消えた。
「どうした」
「事務所から」
少し迷って、こちらへ画面を向ける。
【庭園塔事件・シャインレッド映像展開案】
【後衛専門だったシャインレッドが、本物の危機を前に覚醒!】
【仲間を守るため、ついに前線へ!】
【黒銀ヒーローと肩を並べた、赤き前衛ヒーロー誕生!】
誰も何も言わなかった。
俺は今日の海斗を思い出す。スタッフを後ろへ集め、出口を守り、結界で生け垣を止め、猫型魔獣を一匹も傷つけずに逃がした。最後まで、こいつは後ろにいた。
「映像も来てる」
短い編集案が再生される。俺と操が前へ出る場面。その直後に、海斗が結界を張る場面。前後を切ってつないであるせいで、まるで海斗が俺たちを追って前線へ飛び込んだように見える。
「……違うな」
俺が言い終える前に。
「違う」
海斗が止めた。大きな声じゃない。それでも、はっきりしていた。
「オレは、前に出てない。後ろにいた」
画面を見たまま続ける。
「ずっと後ろにいたから、スタッフを守れたんだ」
スマートフォンを伏せる。前に出るのが怖いなんて逃げてるみたいだ――そう言っていた男が、自分の口で言った。
「これ、違うって言ってくる」
「今からか」
「今から」
「明日でもいいぞ」
「嫌だ」
即答だった。
「今日のことを、違う話にされたくない」
操が静かに頷く。姉貴も口を挟まない。
「一人で行けるか」
「誰に言ってんだよ。Aランクだぞ、オレ」
「前衛じゃないけどな」
「それな!」
笑って、海斗は一度だけこっちを見た。
「オレは前に出る赤じゃない。後ろから守る方が、オレは強い。……そう言ってくる」
もう、俺が渡してやる言葉じゃない。こいつが自分で見つけた答えだ。
「行ってこい」
「おう!」
扉へ向かった海斗が、途中で足を止めた。
「玲司」
「何だ」
「秘密、ありがとな」
「礼を言うことか」
「言わせろよ。……今度は、そっちも守る」
それだけ言って、海斗は出ていった。
閉まった扉をしばらく眺める。秘密を一つ手放したのに、何かを失った感じがまるでしない。
むしろ、後ろに一人、増えた気がした。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




