↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/102

第55話:【庭園防衛戦】赤い後衛、くしゃみをしながら退路を守る

【庭園防衛機能――起動】


 表示と同時に、庭が動いた。


「海斗! 出口!」


「見てる!」


 整然と並んでいた生け垣が、いっせいに地面を滑り出す。右から左へ、前から後ろへ。白い石畳まで組み変わり、数秒前まで見えていた出口が緑の壁に飲まれて消えた。


「うわ、迷路になった!」


 庭園中央から姉貴の声が飛ぶ。


「実況してる場合か!」


「だって本当に迷路だよ!」


「知ってる!」


 東屋へ続く道の中央に、黒豹ほどに膨れ上がったルナが立った。艶のある黒い毛並みに、金色の目。猫だった時の面影は、確かに残っている。残ってはいるが、サイズが致命的に違う。


『帰るにゃ』


 声だけは、そのままだった。


「姉貴を返せ」


『駄目にゃ』


「本人が帰ると言ってる」


『姫様は休養中にゃ』


「休養中の本人が帰りたいって言ってるんだよ!」


『疲れている者は、自分が疲れていることを正しく判断できないにゃ』


「ブラック企業の上司みたいな理屈を使うな!」


「玲司、それ逆じゃない?」


「今はどっちでもいい!」


 言い終える前に、足元から蔓が伸びた。


「玲司、右!」


 操の声で横へ跳ぶ。蔓は俺を捕まえにこない。俺の進む先へ回り込んで、壁になった。


 そして。


 ぽすっ。


「何だ!?」


 横合いから巨大な白いクッションが飛んできた。避ける。もう一つ。避ける。三つ目。


「何で俺だけ狙う!」


『黒いのは落ち着きが足りないにゃ』


「誰が黒いのだ!」


 四つ目が、俺の腰を的確に押した。


「うおっ」


 背後にはいつの間にかソファがあり、俺は完璧な姿勢で着席させられていた。


「……」


「玲司」


 操がこちらを見る。


「似合ってるわ」


「助けろ!」


「怪我はなさそうね」


「尊厳が重傷だ!」


 この庭園は、俺たちを殺す気がまったくない。蔓、生け垣、クッション。傷つけずに姫から遠ざける、過剰なほど丁寧な排除だ。だからといって、大人しく排除されてやる理由もない。


「操!」


「わかってる」


 剣が鞘を出る音。生け垣の隙間から、小型の猫型魔獣が次々と染み出してきた。一匹、三匹、六匹、十匹。


「多いな」


「でも、殺気は薄い」


 一斉に飛びかかってきた群れを、操は斬らない。剣の腹で一匹の進路を逸らし、身を捻って二匹目をかわし、そのまま蔓だけを切り落とす。


「敵というより、追い出すための誘導ね」


「ああ」


 猫たちも爪を立てていない。頭で、肩で、腰で、こちらを庭園の外へ押し出そうとしてくる。


「なら傷つけるな」


「そのつもりよ」


 操が踏み込み、蔓の根元だけを断つ。猫は避ける。クッションは――。


 ばふっ。


「……」


 顔面に直撃していた。


「操?」


「問題ないわ」


 片手で白いのをどかす。


「今のは記憶から消して」


「善処する」


「絶対覚えてる返事ね」


「俺もソファに座らされた。引き分けだ」


「それならいいわ」


「いいのかよ」


「玲司!」


 海斗の声で振り返る。


「猫が来た!」


「見ればわかる!」


「違う、こっちいっぱい来た!」


 五匹ほどが海斗へ向かっていた。


「かわ――」


「おい」


「いや待て! このサイズなら普通にかわいいだろ!」


「戦闘中だぞ!」


「わかってる!」


 わかってると言いながら、口元が完全に緩んでいた。十年以上つるんでいて、初めて知る情報だ。


「お前、猫好きなのか」


「好きだけど!?」


「初耳だ」


「言う機会なかっただろ!」


 一匹が足元へ擦り寄る。


「おお……」


「触るなよ」


「ちょっとだけ」


「触るな」


「一回だけ」


「海斗」


「わかってるって!」


 しゃがみかけた海斗の顔めがけて、猫型魔獣が飛びついた。ふわりと毛が舞う。


 海斗の鼻が、ひくついた。


「……へ」


「海斗?」


「へっ――くしゅん!」


 盛大なくしゃみ。


 同時に、バンッ、と半透明の壁が完璧な角度で展開し、猫五匹をまとめて、ぽよん、と受け止めた。


「……」


「……」


 海斗が鼻を押さえる。


「今の見た?」


「見た」


「結界は完璧だったな」


「そこ!?」


「くしゃみしながら張れるんだな、お前」


「オレも今知ったよ!」


 また一匹寄ってくる。


「へっくしゅん!」


 二枚目。角度、正確。


「玲司!」


「近づくな」


「言われなくても無理!」


「後ろへ下がれ」


「猫から!?」


『赤いの。前へ出ると邪魔にゃ』


「猫にまで言われた!?」


「違う」


 俺は出口側を見た。庭園は今も広がり続けている。退避中の撮影スタッフ、協会職員、放置された機材。生け垣の動きに合わせて、その全部が細かく分断され始めていた。


「前は俺と操で見る」


 俺の視線を追って、海斗の顔つきが変わる。


「お前は後ろだ」


「……了解」


 説明は要らなかった。海斗はもう身を翻している。


「スタッフ全員、オレの後ろ! 機材は置いていい、人から動いて!」


 よく通る声だ。生け垣が出口を噛み潰そうと迫る。


「そこ閉じるな!」


 結界が緑の隙間へ食い込み、通路を固定した。


「御影さん、人数!」


「協会職員四名、撮影スタッフ七名。全員確認しています」


「了解!」


 右から蔓。


「へっくしゅん!」


 三枚目。くしゃみは情けない。結界だけは完璧だった。


「何でそこだけ精度が落ちないんだ」


「オレが聞きたい!」


 鼻をすすりながら、海斗は結界を置いていく。一枚は出口、一枚はスタッフ、一枚は機材の転倒防止。さらに低温の炎を地面へ細く走らせ、猫型魔獣の前へ線を引いた。焼くための火じゃない。行き先を変えるだけの火だ。


「猫は焼くなよ!」


「焼かないよ!」


「焼き芋の前科がある」


「前科じゃない!」


 炎を嫌った猫たちが向きを変え、その先に置かれた結界でさらに曲げられ、勝手にスタッフから遠ざかっていく。


「……上手いわね」


 操が前を向いたまま言った。


「ああ」


 リハーサルじゃない。事前の配置図もない。庭園そのものが動き続けている。それでも、あいつは自分の立つ場所を一度も迷わなかった。


「海斗! そこ任せる!」


「おう!」


 それで足りる。俺は前へ向き直った。


 操が猫の間を抜け、生け垣の根元へ剣を差し込む。


「ここ」


 斬る。金色の光が一瞬散り、その一帯だけが動きを止めた。


「術式の継ぎ目か」


「たぶん。全部切ればいいわけじゃない」


「道だけ作れるか」


「やってみる」


「頼む」


 前へ出た操の背中を追おうとした瞬間、視界から黒が消えた。


 速い。


「操!」


「見えてる!」


 爪を剣で受ける。金属音ではなく、硬い結界同士がぶつかったような鈍い音がして、操の身体が半歩押し下げられた。


『帰るにゃ』


「ハルカさんを返してからね」


『姫様は休むにゃ』


「本人の希望を聞きなさい」


『姫様は疲れてるにゃ』


「八時間寝たそうよ」


『足りないにゃ』


「厳しいな、お前!」


 二撃目が来る前に、横から入った。拳を出す。当てない。進路だけ潰す。ルナは空中で身体を捻り、俺の肩を蹴って距離を取った。


 軽い――いや、違う。自分から衝撃を逃がしている。捕まえるのは相当面倒そうだ。


『黒いの』


「さっきから何なんだ、その呼び方」


 金色の目が、まっすぐ俺を見た。


『やっぱり、黒いのにゃ』


「何がやっぱりなんだよ」


 横で操が、わずかに目を細める。海斗は後方でスタッフをさばいていて、聞こえていない。助かった。


「セバス」


「はい」


「こいつ、何を知ってる」


「存じません」


「お前と同じ古い施設の管理者だろ」


「別塔でございますので」


「役に立たない!」


「誠に遺憾でございます」


 そう答えるセバスは、なぜか猫型魔獣の群れのど真ん中を平然と横切っていた。片手にティーポットを提げて。


「……何してる」


「姫様の紅茶のおかわりを」


「今!?」


「冷めてしまいますので」


「戦闘中だぞ!」


「給仕中でございます」


『紅茶係は通っていいにゃ』


「通すな!」


「ありがとうございます」


「礼を言うな!」


 蔓も猫も一切手を出さないまま、セバスは東屋へ吸い込まれていった。


「別塔でも、給仕は共通業務でございます」


「そんな古代共通規格いらない!」


 もっとも、あいつがこの塔を止められるわけでもない。


 俺は庭園の魔力を追った。生け垣、石畳、東屋、中央の小型塔。全部が一本の流れで繋がっている。ただ、前の塔とは狙いが違う。上へ登らせるための試練じゃない。この庭ごと、姉貴を外へ出さないための壁だ。


「セバス! 読める表示はないか!」


 東屋から返事が飛ぶ。


「少々お待ちを」


「紅茶より先に見ろ!」


「同時進行でございます」


「器用だな!」


 数秒。


「ございました。姫君休養規定」


 嫌な名前だ。


「内容!」


「姫君の心身が十分に回復するまで、庭園は外敵を排除し、休養を継続する――と」


「終了条件は!」


「休養完了判定でございます」


「誰が判定する!」


「庭園側かと」


「本人じゃないのかよ!」


「玲司!」


 姉貴が東屋から身を乗り出した。


「私、もう十分休んだよ!」


『駄目にゃ』


「ルナちゃん、帰りたいって本人が言ってるんだけど!」


『ちゃんはいらないにゃ』


「そこじゃなくて!」


『姫様は疲労で判断能力が落ちてるにゃ』


「落ちてないよ!」


『疲労している者はみんなそう言うにゃ』


「話が通じない!」


 ついに姉貴が頭を抱えた。


「玲司! 助けて!」


 その一言で、空気が変わった。


 胸の奥で、何かが起き上がる。


 ピコン。


 世界一聞きたくない電子音。


(待て)


【救助要請を確認】


(まだ待て)


 庭園中央の小型塔が、金色に灯った。


【姫君の救助意思を確認】

【救助者候補を検出】


「……おい」


 塔から伸びた黄金の光が、庭を横切って、まっすぐ俺を捕まえる。


 ルナの金色の目が細くなった。


『やっぱり黒いのにゃ』


「何がだ!」


【救助者候補――認定】


 嫌な音が重なる。淡い光が、俺の身体を包み始めた。


「玲司?」


 後方から、海斗の声。


 まずい。今日、この場所で、あいつの目の前で。


(今ここでかよ!?)


【救助条件成立】

【ヒーロー見参――発動します】


(待てえええええええ!)

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。