第53話:【前衛適性ゼロ】赤いヒーロー、前に出されて普通に失敗する
「白鳥さん、もう半歩前へお願いします!」
「はい!」
「あ、少し右です! カメラ正面を意識してください!」
「こうですか!?」
「マントが隠れてます!」
「敵じゃなくてカメラと戦ってない!?」
開始三分。シャインレッドは、まだ模擬魔獣の一体も殴っていない。
「帰っていいか?」
「黒瀬さんは安全監修です」
隣で御影さんが、当然のように俺の逃走経路を塞ぐ。
「加えて、Sランク正式審査の評価対象です」
「二重に塞ぐな」
「審査です」
「便利だな、その言葉」
協会が管理する第五模擬ダンジョン。今日ここでやるのは、安全啓発企画の比較リハーサルだ。海斗は自分の本職を理解しているし、俺も操も知っている。理解していないのは、前衛路線をまだ手放せない事務所と撮影側だけ。だから今日は、言葉ではなく結果を見せる。
「玲司!」
赤いスーツの海斗が振り返った。
「本当にここでいいんだよな!?」
「事務所が希望した前衛位置だ」
「そうだけど!」
「失敗していいからな」
「始まる前から失敗を許可するな!」
「そのためのリハーサルだ」
設備出力は最低値、安全装置は二重、スタッフは戦闘区画の外。俺が手を上げれば全部止まる。誰も怪我をしないなら、失敗はいくらでもしていい。
「普通にやれ」
「普通にやって失敗したらオレの傷が深いんだけど!?」
「情緒は担当外だ」
「親友ォ!」
それより気になるのは、肩から垂れている赤い布だった。
「海斗。それ、要るか?」
「オレも聞いた!」
「飛ばないだろ、お前」
「『王道の赤いヒーローにはマントが必要です』って!」
「何になびかせるんだ」
「送風機!」
「用意したのかよ」
撮影区画の外を見ると、本当に大型送風機が鎮座していた。安全啓発企画の会場である。
「これ、安全啓発だよな?」
「オレにもわからなくなってきた!」
安全区画では姉貴、操、チーフ、事務所担当者、撮影スタッフが待機している。そして。
「救助者殿。紅茶でございます」
「何でいる」
「姫様のご休憩に備えております」
「模擬ダンジョンへティーセットを持ち込むな」
「安全区画でございますので」
「そこだけ完璧に守るな」
「では、前衛配置の比較試験を開始します」
御影さんの声で、海斗の顔つきが変わった。前方に模擬魔獣三体、左右に魔力射出装置、後方には保護対象役の姉貴と撮影機材。
「白鳥さん、指定ラインへ」
「了解!」
海斗が前へ出る。正面に敵。背中に姉貴、スタッフ、機材、退路。こいつが一番見たいものが、まとめて視界の外へ消えた。
「第一試験、模擬魔獣への近接対応。……開始」
右拳へ炎。踏み込み。一体目、撃破。二体目へ向かう直前、海斗の首が背後へ回る。
「一拍遅い」
操が呟いた。それでも二体目は落とす。三体目へ向き直った、その瞬間。
ばさっ。
「うおっ!?」
マントが訓練用の岩へ引っかかった。
【被弾判定】
海斗が、無言で自分のマントを見る。
「いらないわね」
「それな!」
「試験中に同意するな」
「絶対こいつのせいだろ!」
「半分はな」
「残りは!?」
「配置」
「知ってる!」
【前衛配置・第一試験】撃破二体/被弾一回/後方確認二回/動作停止三回
「それでも二体は倒せていますね」
事務所担当者が言った。
「Aランクですから」
俺は答える。
「前衛ができないわけじゃない。ただ、できることは前へ置く理由になりません」
第二試験。正面の敵へ対応しながら、後方の保護対象へ飛ぶ訓練弾を防ぐ。
「開始」
正面へ炎。右後方から訓練弾。振り返って結界。その隙に模擬魔獣が距離を詰める。二発目は左後方。
「全部背中側なんだよ!」
「前衛だからな」
「オレの仕事増やしてるだけじゃん!」
三発目は左右同時。二枚で止めた。止めた分、正面が空く。
【被弾判定】
「海斗、退路!」
「今!?」
「保護対象の右後方!」
「見えねえって!」
それでも一度振り返り、姉貴の後ろへ結界を伸ばして道を作る。できないわけじゃない。ただ、言われてから確認して、確認したぶん正面が抜ける。おまけに炎を拳へ握り込んでいるせいで、本来なら中距離から自由に振れる火まで、殴れる距離まで縮んでいた。前へ置いた結果、視野と能力を同時に削っている。
「中止」
俺が手を上げると、設備が即座に沈黙した。
「もうですか?」
担当者が振り返る。
「十分です」
「もう少し続ければ――」
「どこまで我慢できるかを測る試験じゃありません」
正面対応もできる。結界も張れる。ただ、この配置だと全部が同時に処理できない。
「本人の長所を潰しているかどうかを見る比較です」
戻ってきた海斗が、担当者へ向き直った。
「前にいると、後ろが気になるんです。遥香さんも、スタッフも、カメラも、退路も。見えないから、確認しないと動けない」
一度、息を継ぐ。
「できないわけじゃないです。でも、これがオレの一番強い使い方だとは思いません」
昨日までは俺か操が言っていた台詞を、今日は本人が言った。
「では後衛配置へ移行します」
「マントも!?」
「比較ですので」
「外してくれよ!」
「王道ヒーローには必要なんだろ」
「玲司ぃ!」
「海斗、半歩下がれ」
「ここ?」
「ああ。細かい指示はしない」
正面と左右と後方、全部が同じ視界に入る位置。それだけで足りる。
「見えてるものを守れ」
「了解」
「後衛配置、開始します」
三体が動いた瞬間、海斗はもう動いていた。一枚目で敵の進路を塞ぎ、二枚目で訓練弾を止め、三枚目を足元へ滑らせて回り込みを逸らす。同時に、拳へ握り込まなかった炎が中距離から真っ直ぐ走った。
【命中】
【命中】
「右、追加!」
「見えてる!」
結界。左の一体へ炎。上から落ちてきた軽量ブロックを四枚目で受け流す。
「……速い」
撮影スタッフから声が漏れた。俺と操には見慣れた動きだ。これが海斗だ。
正面を押さえたまま、海斗が後方へ薄い一枚を伸ばした。
「今のは?」
「遥香さんの退路!」
「誰が指示した」
「誰も!」
「なら続けろ」
「おう!」
保護対象、スタッフ、機材、退路。必要な順に、必要な分だけ処理していく。二方向の弾を同時に止め、返す手で炎、傾いた訓練用カメラ台まで結界で戻した。
「撮影的にも……」
モニターを見ていたカメラマンが、独り言のように言う。
「後ろの方が、画面に動きがありますね」
「え?」
「前衛だと白鳥さん一人を追う絵になるんです。今は結界も炎も複数方向へ動くし、誰を守ってるのかが画面で伝わる」
隣のスタッフも頷いた。撮影側からそう言われると強い。前へ立たせた方がヒーローらしい、という最後の理屈まで崩れ始めている。
【試験終了】
結界が消える。
「結果ください!」
「お前が一番元気だな」
「わかってても数字は気になるだろ!」
御影さんが比較結果を表示した。
【前衛配置】被弾二回/保護対象への対応に遅延/火炎命中率七十八パーセント/周辺確認による動作停止複数回/退路確保は指示後
【後衛配置】被弾なし/保護対象への被弾なし/火炎命中率九十八パーセント/動作停止なし/複数対象を同時保護/退路確保は開始十三秒後に自主実施
「……えぐいな」
海斗が苦笑した。
「体感ではわかってたけど、数字にするとここまで出るのか」
「前衛でも戦えないわけじゃない」
操が淡々と言う。
「でも、後衛なら同じ白鳥が、もっと多くのものを守れる」
「……はい」
「ここまで明確に差が出るとは思っていませんでした」
担当者が結果表を見つめる。
「だから比較したんです」
俺は後衛側の数字を指した。
「海斗が前へ出たくないから後ろを選んでるわけじゃない。後ろにいる方が、こいつは強い」
「それな! オレ、ずっとそれ言ってたからな!?」
「今それを言うと台無しになる」
「なんで!?」
「説得力は数字に任せろ」
「本人にも喋らせろよ!」
「このあと喋る」
「あるの!?」
「安全啓発用コメント」
「聞いてない!」
「資料に書いてある」
「玲司の資料、文字が多いんだよ!」
「国語を鍛えろ」
「今その話する!?」
「お前には一生する」
「参勤交代は忘れろォ!」
担当者が苦笑して、企画書を閉じた。
「前衛演出を完全に外すかは上層部との相談になります。ただ、実演の中心を後衛支援へ変更する根拠としては十分です」
全部片付いたわけじゃない。それでも、感情論ではなく数字と映像で答えが出た。
「では、安全啓発用コメントをお願いします」
海斗へ渡された紙には三行だけ。
【自分に合った役割を選ぶ】
【危険な時は無理に前へ出ない】
【仲間と退路を確認する】
「自分の言葉でお願いします」
海斗がカメラへ向き直る。
「オレ、前に出るのが得意じゃないです」
一言目からそれだった。
「Aランクでもそうです。前で戦えるけど、そこで一番強いとは限らない。オレの場合は、少し後ろにいた方が敵も仲間も逃げ道も見える。だから、そっちを選びます」
今日も一度も噛まない。
「ダンジョンで大事なのは、前に出ることじゃなくて、自分が何をできるかだと思います。危ないと思ったら下がっていいし、得意な人がいるなら任せてもいい」
一拍。
「前に出ないことを、恥ずかしいと思わなくていいです」
「はい、OKです!」
「よっしゃ!」
「普通に喋れるじゃねえか」
「そこ拾う!?」
「名乗りがないと強いな、お前」
「玲司!」
セバスが採点表へペンを走らせた。
「白鳥殿。本日の安全啓発口上、九十八点でございます」
「おお!」
「参勤交代を回避された点も、高く評価いたしました」
「やっぱりそこ見てた! もう江戸には行かないからな!」
「今日は?」
「今後もだよ!」
御影さんは俺たちを完全に無視して、審査用タブレットへ何かを書き込んでいた。
「何を書いてるんです」
「評価記録です」
「見せてもらえます?」
「駄目です」
「またですか」
「審査中です」
「便利だな、それ」
「少なくとも、黒瀬さんが答えを押しつけなかった点は確認しました」
「……」
「安全条件を設定して比較し、結果を本人と関係者へ共有した。正しい判断ができることと、必要な相手へ理解させることは別です。Sランクには両方要ります」
反論はできなかった。現場は、俺一人が正しいだけでは一ミリも動かない。
「玲司!」
海斗が肩を叩いてくる。
「なんか評価されてるぞ!」
「声がでかい」
「Sランクいけるんじゃない?」
「まだ審査中だ」
「御影さんの言い方うつってる!」
「お前も国語力が上がれば次が見えるぞ」
「オレもうAランクなんだが!?」
「まず参上を読め」
「一回だろ!」
「全国でな」
「傷口を開くな!」
今日のリハーサルは成功だ。前衛運用の問題は、誰の目にも見える形で残った。海斗は自分の仕事をして、俺は安全に失敗できる場所を作った。あとはこの結果を企画へ反映させればいい。
少なくとも、この時の俺たちは、そう思っていた。
*
全員が撤収し、照明の落ちた第五模擬ダンジョン。
一台だけ動いたままの機器確認用カメラ。その画面の隅へ、するりと黒猫が入り込んだ。艶のある黒い毛並みと、金色の目。
黒猫は、さっきまで遥香が立っていた場所を、じっと見つめている。
やがて前足が床へ触れた。淡い金色の光が滲み、後に残ったのは小さな塔の紋章。
以前現れた塔とは、形が違う。
金色の目が一度だけ細められ、次の瞬間、そこには何もいなかった。
その映像を見ている者は、まだ誰もいない。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




