第52話:【安全啓発コラボ】黒銀人気に便乗して、赤いヒーロー企画が始まる
翌日、ステラライブ第三会議室。
長机の上には企画書、協会資料、安全管理表。そして。
「救助者殿。紅茶でございます」
「ありがとう」
この部屋で唯一、まったくぶれないものが置かれた。問題は、それ以外の全部である。
「では、合同企画会議を始めます」
チーフの声で空気が引き締まる。ステラライブからチーフと姉貴。探索者側に俺と操。シャインレッド側は海斗と事務所の担当者が二名。そして。
「よろしくお願いします」
探索者協会ランク審査課、御影千鶴。この部屋で一番、俺が帰りづらくなる人だ。
「御影さん」
「何でしょう」
「今から急用を思い出した場合は?」
「審査です」
「まだ何も言ってない」
「黒瀬さんが席を立つ理由は、大体その程度ですので」
「俺の扱いに慣れすぎでは?」
「七年目です」
「数字で殴るな」
「玲司、諦めろ」
隣で海斗が小声を寄越す。
「御影さんに勝ったことある?」
「ない」
「即答なんだ」
「お前もそのうちわかる」
「怖いこと言うなよ!」
御影さんは俺たちを完全に無視して、正面のモニターへ資料を出した。
【安全啓発コラボレーション企画】
出演候補:星宮ハルカ/シャインレッド
探索者監修:五月雨操/黒瀬レイ
特別協力候補:正体非公開の黒銀ヒーロー
昨日の案から役割が整理され、操は監修へ移り、俺は黒瀬レイ名義でしっかり刻まれていた。
「最後の一行、消してください」
「私に言われても困ります」
「協会権限で」
「ありません」
「作ってください」
「もっとありません」
即死だった。
「まず、黒瀬さんのSランク昇格正式審査について、今回の参加者へ必要な範囲だけ説明します」
「必要ですか」
「必要です」
「ですよね」
知ってた。画面が切り替わる。
【今回の実地評価における確認項目】
・複数の参加者に対する安全管理
・能力、適性を踏まえた役割配置
・緊急時の中止判断
・退避経路の確保
・現場情報の整理
・関係者への説明および合意形成
「合意形成?」
海斗が最後の行を指差した。
「黒瀬さん一人が正しい配置を理解していても意味がありません。本人と関係組織へ説明し、実行できる形まで落とし込む必要があります」
「……つまり、海斗を後ろへ置いて俺だけ満足するなと」
「簡単に言えば」
「簡単に言われた」
敵を殴れと言われた方が百倍楽だ。
「なお、監修として参加された場合、その過程も評価対象です」
「過程まで? 結果だけ見ません?」
「見ません」
「御影さん」
「審査です」
「まだ何も言ってない!」
先回りが早すぎる。
「では、企画内容へ移りましょうか」
苦笑しながらチーフが進行を引き戻した。表示されたのは【初心者向けダンジョン安全啓発コラボ】【ヒーローから学ぶ、安全なダンジョン探索】。
「ここまではいい」と俺は言った。「問題は次だな」
【実演内容案】
・シャインレッドによる前衛戦闘
・炎をまとった正面突破
・敵役を撃破後、後方の星宮ハルカを救出
・黒銀ヒーローとの前衛連携案も検討
「全部駄目です」
反射で出た。海斗の事務所担当者が、困ったように笑う。
「黒瀬さん、安全面はもちろん配慮します。ただ、シャインレッドというキャラクターの魅力もありまして」
「キャラクター以前に、本人の適性が後衛です」
「先日の配信でも、前衛戦闘自体はこなせていましたよね」
「できることと、向いていることは別です」
「そこなんですよ」
担当者が企画書をめくった。
「視聴者がヒーローへ求める絵は、やはり前なんです。赤いスーツ、炎、鍛えた身体。そして正面から敵へ立ち向かう。何より今、一番話題の黒銀ヒーローが前へ出るタイプでしょう。黒銀が前なら、対になる赤も前。その方がわかりやすい」
海斗が微妙な顔でそれを聞いている。
「色で戦闘配置を決めるな」
「いえ、色だけではありません。白鳥は身体も仕上がっていますし」
「筋肉で戦闘配置を決めるな」
「炎も使えます」
「属性で戦闘配置を決めるな」
「何より王道ヒーローですから」
「雰囲気で戦闘配置を決めるな!」
「玲司、全部潰したな」
「全部理由になってないからだ!」
厄介なのは、この担当者に悪意がない点だった。たぶん本気で格好いいシャインレッドを作ろうとしている。商品として見るなら、赤と炎と筋肉はわかりやすい。探索者として見るなら、そのどれ一つ、前へ置く理由にならない。
「前回の映像を見れば明確よ」
操がタブレットを操作すると、画面が二分割された。左は前衛位置で炎を拳へ集める海斗。右は飛来物へ三枚の結界を同時展開し、スタッフと機材を守った海斗。
「前衛時は、白鳥が後方を確認するたびに判断が遅れている」
「遅れると言っても、ほんの僅かですよね?」
「その僅かで人が死ぬのが探索者です」
操の声は一ミリも上がらない。
「右では飛来物、スタッフ、機材、足元のケーブルまで同時に見ている。視野を殺さない配置だから」
「それは防御時の話では?」
「後衛だから防御しかできないわけじゃない」
俺が引き取った。
「海斗は炎も後ろから使える」
「それな!」
海斗が身を乗り出す。
「煙の流れ変えたり、敵の進路切ったり、味方の足元照らしたりもできます!」
「できます、じゃなくて普段からやってるだろ」
「そうだけど!」
「なぜ自分の能力を新発表みたいに言う」
「今オレのターンだったから!」
「会議にターン制を持ち込むな」
「ですが、配信企画としては地味になりませんか」
担当者が食い下がる。
「ならないと思います」
姉貴が顔を上げた。資料を眺めていた目が、企画を考える配信者の目に切り替わっている。
「むしろ、そこを企画の中心にしませんか」
「と、いいますと」
「ダンジョンの安全啓発ですよね。だったら『勇気を出して前へ進もう』だけだと、危ないと思うんです」
姉貴はモニターを見たまま続けた。
「怖い時に止まること。危ないと思ったら、ちゃんと下がること。……前へ出ない勇気もあるって、伝えたいです」
会議室が少し静かになった。悔しいが、切り口としてはかなりいい。
「初心者の人って『せっかくここまで来たんだから』で無理しちゃうと思うんです」
「あるな」
「玲司も言ってたでしょ。コメント欄は責任取らないって」
「……言ったな」
「盛り上がってても、危ないと思ったらやめる。仲間が止めたら聞く。一人で無理しない」
姉貴が海斗を見る。
「シャインレッドが後ろからみんなを守るなら、すごく伝えやすいと思う」
「はい! それ、すごくいいと思います、遥香さん!」
返事の速度と発音が急に良くなった。
「なんで急にアナウンサーになった」
「玲司は黙ってろ!」
「三分前まで『それな!』だっただろ」
「会議中だぞ!」
「今も会議中だ」
「白鳥」
操が淡々と呼んだ。
「何だよ」
「昔から変わらないわね」
「五月雨!?」
「何が?」
姉貴だけが首を傾げる。
「何でもないわ」
「そこで終わるの!?」
「会議中でしょう」
「オレにだけ厳しくない!?」
操はもう資料へ視線を戻している。俺にも意味はよくわからないので放っておいた。
「企画としては十分成立しますね」
チーフが新しい案を書き込んでいく。
【企画テーマ】危険を見抜く/無理をしない/適切な役割を選ぶ/前へ出る勇気/下がる勇気/仲間へ任せる勇気
「最後の項目、俺に向けてません?」
「偶然だよ」
「チーフ、目を逸らさないでください」
絶対に御影さんの審査項目と混ぜている。
「加えて、シャインレッドさんの前衛と後衛を比較すれば、自分に合った役割を選ぶ大切さも説明できます」
「それです!」
担当者が食いついた。嫌な食いつき方だった。
「比較をするなら――一度、前衛配置も実際に試してみませんか」
やっぱり来た。
「前回は生配信でしたし、機材トラブルもありました。十分に準備した状態なら、前衛でも問題ない可能性があります。もちろん本番ではなく、リハーサルとして。安全な環境で一度だけ比較して、その結果で前か後ろかを判断する。公平ではないでしょうか」
理屈は通っている。結論ありきで前へ突っ込ませるよりはるかにマシだし、事務所を納得させるなら、言葉より数字と映像の方が早い。
御影さんを見る。
「私を見ても答えは出ません」
「審査官としてどう思います?」
「黒瀬さんが判断してください」
「一番嫌な返しが来た」
「評価対象ですので」
俺は腕を組んだ。
「海斗」
「おう」
「お前は」
海斗が少し考えて、言った。
「……やってみたい」
意外だった。
「前へ出たいのか」
「違う。オレが後ろの方がやりやすいのは、もうわかってる」
「なら」
「でも、事務所が納得してないままだと、また同じ話するだろ。昨日は玲司と五月雨が、オレは後ろだって言ってくれた」
一度、区切る。
「今度は、オレ自身がちゃんと見せたい」
昨日までなら、周りが代わりに反論して終わっていた場面だ。
「わかった」
「玲司?」
「比較する」
事務所側の表情が明るくなる。
「ただし、条件はこっちで決めます」
俺はノートPCを開いて指を走らせた。
【安全条件】
・模擬敵のみ使用
・訓練用魔力出力を最低値へ固定
・炎使用範囲を明示
・安全装置の二重化
・緊急停止担当を二名配置
・戦闘エリア内スタッフ立入禁止
・カメラ移動範囲を制限
・退避経路を二方向確保
「カメラは原則固定。動かすなら外周だけ。海斗の背後を横切る位置には絶対に置かない」
「退避経路、二本なんだな」
海斗が画面を覗いた。
「七本はいらない」
「高校の話まだ擦る!?」
「七本作ったお前が悪い」
「安全第一だったんだよ!」
「出口が多ければ安全とは限らん」
「知ってる! 当時さんざん言われた!」
「なら成長しろ」
「Aランクまで成長しただろ!」
「そこは否定してない」
俺は続けて項目を足す。
【即時中止条件】
・安全装置の異常
・模擬設備の出力変動
・予定外の魔力反応
・参加者の視界不良
・スタッフの配置逸脱
・安全監修者が危険と判断した場合
「監修者の判断だけで中止できるんですか」
担当者が最後の一行を指す。
「できます」
「かなり強い条件ですね」
「安全啓発企画ですから」
俺は担当者を見た。
「安全を宣伝する現場で、安全より撮影を優先するなら、企画自体やる意味がない」
担当者が黙る。チーフが頷いた。
「ステラライブ側も、その条件でお願いします」
「協会としても異論ありません」
御影さんが淡々と続けた。
「むしろ、中止判断をためらうようであれば評価を下げます」
「俺の逃げ道まで塞ぐ必要あります?」
「審査です」
「便利な言葉だな、それ!」
海斗が吹き出す。
「玲司、もう諦めろって」
「誰のせいでこうなってると思ってる」
「オレ?」
「半分くらい」
「半分も!?」
「残り半分は姉貴だ」
「私!?」
「特殊イベント発生率を考えろ」
「今回は普通のリハーサルだよ!」
「姉貴がそう言うと不安になる」
「ひどい!」
セバスが静かに紅茶を注ぎ足した。
「救助者殿。濃いめにいたしました」
「ありがとう。……会議中、一番信用できるのが紅茶になってきたな」
「光栄でございます」
「褒めてない」
俺は資料をまとめる。
「場所は?」
「協会監修の第五模擬ダンジョンです」
「設備記録」
「事前に共有します」
「過去の異常履歴」
「現時点で特記事項はありません」
「魔力設備」
「通常運用範囲です」
「全部ください」
「もちろんです」
「玲司」
海斗が引いた顔をしていた。
「リハ一回にそこまで見るの?」
「見る」
「全部?」
「全部」
「高校の時のお前より面倒になってない?」
「成長したと言え」
「安全方向に面倒くさく成長してる!」
「褒め言葉として受け取っておく」
「でも、私は安心するよ」
姉貴が笑った。
「玲司がそこまで確認してくれるなら」
「……仕事だからな」
「はいはい」
何だ、その顔は。
「それじゃあ、明日の比較リハーサルで」
チーフが資料を閉じる。
「前衛配置と後衛配置、両方試す。結果を見て本番の構成を決めましょう」
「我々としても、シャインレッドの可能性をきちんと確認したいと思います」
担当者が満足そうに頷いた。可能性。言葉自体は悪くない。ただ、前へ出ることだけが可能性ではない。
俺は海斗を見た。
「明日、失敗するかもしれないぞ」
「いきなり不吉!」
「前衛配置ならな」
「もう少しオブラートに包め!」
「必要ない。失敗する可能性があるから比較するんだろ」
「まあ……そうだけど」
「だから」
安全条件の一覧を閉じる。
「失敗することまで含めて、安全に終わらせる」
海斗が一瞬黙って、それから笑った。
「……それな」
「明日は前で、それ言う余裕もなくなるかもな」
「今ちょっと格好よかったのに最後に刺すなよ!」
「お前相手だからな」
「親友ゥ!」
会議室に笑いが起きる。その中で一人、御影さんだけが俺の資料を見ながら何かを書き込んでいた。
「何書いてるんです」
「審査記録です」
「見せてください」
「駄目です」
「俺のですよね?」
「審査中ですので」
「怖いな!」
明日、安全な模擬環境で、海斗を前へ置く。前と後ろ、どちらがこいつを生かすのかを、感情ではなく結果で示す。
答えはもうわかっている。わかっているからこそ、失敗しても誰も傷つけずに終わらせる。それが明日の、俺の役割だ。
――そう思っていた時期が、俺にもあった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




