第51話:【赤い後衛】見た目は前衛なのに本職は魔法使い
翌日、ステラライブ第三会議室。
『シャインレッド――ここに、参勤交代!』
「止めてくれェ!」
大型モニターの中で爽やかに江戸へ旅立つ自分を見て、白鳥海斗が机を叩いた。遅い。もう全国が見たあとだ。
>初手江戸
>爽やか大名
>参勤交代レッド
『今日は江戸には行きません!』
「そこまで流す必要ある!?」
「検証だからな」
「玲司、お前絶対楽しんでるだろ!」
「少し」
「認めた!」
部屋にいるのは俺、海斗、姉貴、操、チーフ。そして誰も呼んでいないのに紅茶を配り終えたセバス。名目は昨日のお披露目配信を踏まえたシャインレッド企画の映像分析会だ。名目は。
「玲司ィ! もういいだろ!」
「まだ焼き芋が残ってる」
「残さなくていいだろ!?」
『人を苦しめる悪を、必ず焼き芋にします!』
「ああああああ!」
親友の黒歴史上映会である。ちなみにリモコンは俺が握っている。
「昨日は飯を奢ろうかとも思ったんだ」
「おお、さすが親友!」
「今はちょっと面白い」
「親友ゥ!」
さすがに再生を止めてやると、海斗はテーブルへ突っ伏した。
「……配信って怖いな」
「今さらか」
「お前、妙に実感こもってるよな」
「一般論だ」
「その一般論、最近やけに具体的じゃないか?」
こいつは変なところだけ鋭い。危ない。
「では、本題に入りましょうか」
チーフの助け舟がありがたかった。画面が切り替わる。昨日の能力実演、炎を拳へ集中させた海斗が前衛位置から標的へ踏み込む場面だ。
「まずここ」
操が映像を止めた。
「白鳥、自分の目を見て」
「オレ?」
拡大された画面の中で、正面を向いているはずの海斗の視線が、わずかに右へ流れていた。
「……カメラ見てる?」
「正確にはその横のスタッフ」
操が数コマずつ送る。スタッフ、後方の照明、床のケーブル。海斗の目が順番に全部拾っていく。そしてスタッフが一歩動いた瞬間、踏み込みが一拍だけ止まった。
「ここで判断が遅れてる」
「マジか。そんな見てた?」
「無意識でしょうね」
「お前は昔からそうだ」
俺が言うと、海斗がこっちを向く。
「前だけ見て戦えって言われると、後ろが気になって確認する。確認するたびに一拍遅れる。逆に全員を視界へ入れてる時は速い」
「……言われてみれば」
操が映像を進めた。実演機材が合図より早く暴発した瞬間。
『伏せて!』
一枚。二枚。三枚。ほぼ同時に結界が咲く。
海斗が眉を寄せた。
「……オレ、こんな動いてた?」
「本人が一番驚くな」
「あの時は必死だったんだよ!」
「だから本職なのよ」
操が三枚を順番に停止させ、拡大していく。
「一枚目は飛来物を止める高強度。二枚目はスタッフを受け止めるために強度を落として、人体に負担が出にくい形。三枚目はさらに薄くして、照明スタンドの落下方向だけ変えてる。角度も厚みも全部違うのに、使った魔力は必要最低限」
「……そこまで変えてたのか、オレ」
「自分の能力でしょう」
「感覚でやってたから!」
「それができるからAランクなんだろ」
「玲司に言われると腹立つ!」
「褒めてるぞ」
「もっと褒めてる顔でやれよ!」
「面倒だな」
実際、昔からそうだった。敵を止めるなら硬く、味方を受けるなら柔らかく、崩れた足場を支えるだけなら必要な分だけ。魔力は有限だから、無駄に使えば最後の一人を守れなくなる――そんなことを、高校生のくせに一人だけ気にしていた男だ。
「玲司」
「何だ」
「今、オレのこと結構褒めてただろ」
「気のせいだ」
「絶対褒めてた!」
「幻聴だ」
「何年お前の顔見てると思ってんだ!」
「そういうところだけ察しがいいな」
チーフが画面を切り替えた。昨日の配信に寄せられた視聴者反応が、実演の前後で並んでいる。
【前衛実演時】炎が派手/見た目が格好いい/動きが少し硬い/カメラを気にしている?
【結界展開後】判断が速い/守りが本物/安心感がある/後衛の方がいい/この人に後ろを任せたい
「最後のやつ、すごく多かったんだって」
姉貴が指で示す。
「『この人に後ろを任せたい』」
海斗は画面を見たまま、少しだけ黙った。
「……それ、嬉しいな」
「でしょ? 私も昨日見てて思ったよ。海斗くん、後ろでみんなを守ってる時の方が格好よかった」
海斗が止まった。本当に一瞬。
「白鳥?」
「え!? あ、いや、ありがとうございます、遥香さん!」
「なんで急に敬語になった」
「玲司は黙ってろ!」
「褒められただけだろ」
「そうだけど!」
姉貴は不思議そうに首を傾げている。操は海斗を一度だけ見て、何も言わずに資料へ視線を戻した。
何だ、今の間は。
「見てる側も安心できるんだと思うよ」
姉貴は気にせず続ける。
「前で敵を倒す人が格好いいって思う人もいるけど、後ろで逃げ道を作ってくれる人が格好いいって思う人もいるから」
「……はい」
「また敬語」
「玲司! 今は黙っててくれ!」
「理不尽だな」
まあいい。嬉しそうなので放っておく。
「身体の方も無駄じゃないぞ」
俺はモニターへ視線を戻した。
「身体?」
「三枚同時に展開したあと、姿勢が一ミリも崩れてないだろ。結界は魔力だけで維持するもんじゃない。集中力も呼吸も姿勢も要る。複数方向へ意識を割るなら、土台が安定してないと話にならん」
つまり、と続けようとして、嫌な予感がした。手遅れだった。
「……オレの筋肉、後衛用だったのか?」
「その言い方は違う」
「後衛筋?」
「やめろ」
「退路確保筋!」
「もっとやめろ」
姉貴がスマートフォンを構える。
「配信タイトルに使えそう。【検証】Aランク探索者の退路確保筋を測ってみた」
「何を測るんだよ!」
「胸囲?」
「最悪の流れになった」
振り向くと、セバスはすでに紙へペンを走らせていた。
【後衛救助者所作・総合評価】
「作るな」
「防御姿勢、九十六点」
「聞いてない」
「周辺把握、九十八点」
「そこはまともだな」
「後衛胸郭、九十三点」
「後衛胸郭って何だ!?」
海斗が立ち上がった。
「玲司! お前何点だよ!」
「聞くな!」
「救助者殿は百二点でございます」
「上限を守れ!」
「勝った……いや負けた!? これどっちだ!?」
「俺にもわからん!」
「基準値を超えた胸郭は、もはや数字へ収まりませぬ」
「収めろ!」
紅茶が静かに注がれる。この執事に人間の筋肉を採点させてはいけない。学習した。
「ともかく」
チーフが咳払いをした。
「昨日の結果を受けて、シャインレッドの運用は改めて検討したい。少なくともステラライブとしては、後衛方向が安全だと考えているよ」
海斗の顔が明るくなる。だがチーフは続けた。
「ただし、白鳥くんの所属事務所との調整は必要になる」
「……ですよね」
「昨日の配信だけで全部が決まったわけじゃないからね」
「わかってます」
昨日までのこいつなら、ここで無理に笑って話を終わらせていた。
「でも、オレもちゃんと言います」
「何を?」
「前に出るのが嫌だからじゃなくて、後ろの方がちゃんと守れるって」
チーフが頷く。俺は何も言わなかった。昨日俺が渡したのは役割の話だけで、その先を決めるのは海斗自身だ。
「さて」
チーフが資料を閉じた。
「白鳥くんの件はひとまずここまでかな」
終わった。俺は椅子を引いた。
「黒瀬くん」
「何ですか」
「今度は君の番だよ」
「帰ります」
「座って」
「嫌です」
「玲司?」
姉貴までこっちを見た。逃げ道が消える。
「昨日、協会から連絡が来てたでしょう?」
覚えていたか。集団幻聴で押し切るには証人が多すぎた。
「何の話だ?」
海斗が首を傾げる。隠す話ではない。黒銀ヒーローの正体とは別の、探索者・黒瀬レイとしての正式な手続きだ。
「Sランクの正式審査だ」
会議室が一瞬、静かになった。
「……は? お前、Sランク受けるの!?」
「声がでかい」
「そこじゃないだろ! いつ決まった!?」
「少し前から審査対象にはなってた」
「聞いてない!」
「言ってないからな」
「親友だぞ!?」
「今言った」
「そういう問題!?」
「玲司、すごいじゃん!」
姉貴の目が輝いている。
「まだ受けるだけだ。通ったわけじゃない」
「救助者殿」
「セバス、胸の話なら帰れ」
「S級胸郭の誕生も間近でございますな」
「帰れ!」
話した瞬間から後悔していた。想定内だ。
「正式審査って、何を見るの? 火力?」
姉貴に聞かれて、俺は協会から届いた資料を開いて机へ置いた。
【Sランク昇格正式審査・主な評価項目】
・救助判断
・複数人への役割分担
・退避誘導
・複数救助対象への対応
・現場情報の整理および管理
海斗が覗き込む。
「戦闘力だけじゃないんだな」
「当然でしょう」操が言った。「Sランクに求められるのは一人で敵を倒す力じゃない。現場全体を動かせるかどうか」
「玲司それ得意じゃん」
「簡単に言うな」
「でも高校の時、撤退決めるの大体お前だったろ。操が前で止めて、オレが後ろ閉じて、『ここまで』って言うのが玲司」
「お前が撤退路を七本作った時は困ったけどな」
「選べる方が安全だろ!」
「多すぎると迷うんだよ」
「それ高校でも言われた!」
操が小さく息を吐く。
「変わってないわね」
「どっちが」
「二人とも」
操が前、俺が中、海斗が後ろ。あの頃の三人が、今は全員Aランクだ。そして俺は、そのさらに上を審査されようとしている。実感はない。
「玲司なら大丈夫だろ」
海斗があっさり言った。
「何を根拠に」
「昔からやってたから。配置決めて、危なくなったら撤退させて、怪我人が出たら一番先に走ってただろ。なら今さらじゃん」
「審査はそんな簡単じゃない」
「知ってる。でも、やってること自体はお前じゃん」
俺は返事の代わりにスマートフォンを伏せた。
「それで、例の安全啓発企画なんだけどね」
チーフが口を開く。
「協会から少し話が来ている」
「嫌な予感がします」
「最近そればっかりだね」
「当たるから困るんですよ」
言った端から、伏せたスマートフォンが震えた。
【探索者協会・御影千鶴】
「玲司?」
「見なかったことにする」
「まだ開いてもいないでしょう」
「御影さんのメッセージで喜べたことが一度もない」
「失礼ね」
「本人がいないからいいんだ」
開く。
【Sランク昇格正式審査について】
【実地評価候補案件の確認】
【現在協議中の安全啓発コラボレーション企画について、黒瀬レイ氏が安全監修として参加する場合、正式審査における実地評価案件の一つとして扱うことを検討しています】
「……」
俺は再びスマートフォンを伏せた。
「どうしたの?」
「見なかったことにする」
「二回目だよ」
「今度こそ成功させる」
「無理でしょう」
操に手を出され、仕方なく画面を渡す。海斗が横から覗き込んで、二度読んだ。
「……オレの企画が、お前のSランク審査になるのか?」
「監修として参加した場合な」
「おお!」
「喜ぶな」
「だってすごくない!?」
「俺は別の実地評価でもいい」
「逃げた」
「逃げてない。選択肢の比較だ」
操が顔を上げた。
「あなた、昨日白鳥に何て言ったか覚えてる?」
「その話を持ち出すな」
「役割でしょう」
「やめろ」
「海斗くんの配置に一番口を出してるの、玲司だよね」
「安全装置も確認されるでしょうね」チーフ。
「撤退経路も見るわ」操。
「救助者殿でございますので」セバス。
「囲むな!」
海斗が吹き出した。
「玲司! オレに『役割だ』って言った本人が、一番役割から逃げてるじゃん!」
「うるさい!」
「それな!」
「そこで使うな!」
スマートフォンがもう一度震える。御影さんからの追記だった。
【詳細は次回合同会議にて説明します】
安全啓発企画。シャインレッド。Sランク正式審査。三本の線が、誰かの手で丁寧に結び直された音がした。
全員が納得顔で頷いている。
この部屋で、俺だけが一ミリも嬉しくなかった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




