第50話:【本職発覚】赤いヒーロー、前に出るより守りが上手い
『それでは続いて――シャインレッドの能力実演です!』
司会の声と同時に、ステージ中央の床が割れて人型の標的がせり上がってきた。画面の中の男から、すっと笑いが消える。ついさっきまで全国に参勤交代と焼き芋を届けていた顔とは思えない。
>切り替わった
>顔つき変わったな
>本職モード?
>江戸から帰ってきた
>もう江戸は忘れてやれ
最後のやつだけは全面的に同意する。俺も忘れたい。本人はもっと忘れたいはずだ。
『まずはシャインレッド最大の魅力! 炎を拳へ集中させた、迫力の近接戦闘をご覧ください!』
「……最大の魅力?」
「玲司?」
「いや」
最大ではない。できないわけじゃないが、あいつの武器はそこじゃない。
画面の中で海斗が前へ出る。右拳へ炎が集まり、赤い光が肘まで這い上がって、拳の周りで火の粉が弾けた。
「綺麗」
姉貴が感心する。
「能力そのものはね」操が付け加えた。「問題は使い方」
海斗が踏み込んだ。速い。一般人の目には十分すぎるほどだし、Aランクとして見ても遅くはない。炎をまとった拳が標的の腹へ突き刺さり、鈍い音がして人型が大きく揺れる。
>つよ
>普通にAランク
>火力あるじゃん
>見た目通り前衛じゃね?
>さっきとの落差すごい
「格好いいじゃん。玲司、何が駄目なの?」
「遅い」
「え?」
「私もそう思う」
画面を見たまま操が言う。姉貴が俺と操を交互に見た。
「今のが? どこが」
「身体じゃない」
海斗は次の準備に入りながら、視線を標的から外していた。カメラ。スタッフ。床を這うケーブル。後方の機材。全部拾っている。
「判断が遅いんだ。前だけ見てろって配置なのに、あいつは後ろが気になってる」
「……あ」
司会者にはわからない。視聴者にもたぶん伝わらない。だが昔から一緒に潜っていた人間には、嫌になるほど見える。海斗は誰がどこにいて、退路がどこに空いていて、どこに異常があるかを常に視界へ入れていたい男だ。今はその情報の大半が、自分の背中側へ押しやられている。
「高校の頃と同じね」操が言った。「白鳥は正面だけ見ている時より、周りを見渡している時の方が判断が速い」
「でも前衛なら前を見るのが普通じゃない?」
「だから配置が違うんだよ」
海斗が悪いんじゃない。無理に前へ置いている方がおかしい。
画面ではスタッフが何か指示を出していた。胸を張れ。拳を上げろ。カメラへ身体を向けろ。海斗が律儀に従う。
「……何をさせたいんだ」
「ヒーローらしい決め構えじゃない?」
「戦わせたいのか撮りたいのか、どっちかにしろ」
「両方でしょ?」
「両立してない」
証明するように、海斗の視線がまた一瞬だけ後ろへ流れた。カメラマンが立ち位置を変えたせいだ。その分、踏み込みが遅れる。二発目の炎の拳。威力は確かにある。だが、やっぱり噛み合っていない。
>強いけどなんか固い?
>最初の一発の方がよかった
>カメラ気にしてる?
>ポーズ大変そう
>近接専門ではなさそうだな
「視聴者も気づき始めたね」
「そりゃ何万人も見てればな」
司会者だけが軽快に進行を続ける。
『では次に、実戦を想定した防御からの反撃です!』
ステージ端の実演用ランチャーが起動音を上げた。訓練用の低威力魔力弾を撃ち、海斗が正面で防いで、そのまま距離を詰める。台本上はそういう流れらしい。安全確認ランプが点灯し、海斗が構える。スタッフが合図の手を上げ――。
その手が下りるより先に。
パンッ!
「早い」
操の声が低くなった。予定された正面じゃない。わずかに右へ逸れている。低威力とはいえ訓練用だ。顔にまともに入れば怪我をする。そしてその延長線上には、カメラを調整しているスタッフがいた。
「スタッフ!」
姉貴が腰を浮かせる。
『伏せて!』
海斗の声が響いた。速い。さっきまでとは比べものにならない。
右手が動く。一枚目。半透明の結界が魔力弾の前へ割り込み、真正面から受け止めた。同時に左手が上がる。二枚目。驚いて身体を引いたスタッフの背後へ、薄くしなる結界が滑り込む。弾けた魔力の衝撃で脇の照明スタンドが傾いた瞬間には、海斗はもうそっちを見ていた。三枚目。柔らかく湾曲した壁がスタンドを受け止め、倒れる向きだけをずらす。そのまま自分は一歩下がり、結界へ体重を預けかけたスタッフの腕を掴んだ。
『大丈夫ですか!?』
『は、はい!』
『そのまま動かないで、足元ケーブルあります!』
スタッフを立たせたまま、海斗の首が回る。
『カメラ一回止めて! ランチャーも電源切ってください! 他に怪我した人いませんか!』
一瞬だった。炎の拳を構えていた時にあった迷いが、一つもない。カンペもない。決めポーズもない。カメラ目線もない。ただ、全員を見ている。
「……速い」
姉貴が呟いた。
「あれが海斗だ」
自分でもわかるくらい、声が少し弾んでいた。誇らしい。たぶん、そういう感情でいいんだと思う。昔からこいつはそうだ。前へ行けと言えば迷う。だが、誰かが危ない時に迷ったことは一度もない。
「三枚ね」
操が画面へ身を乗り出した。
「全部性質を変えてる。一枚目は硬く、二枚目は人間を傷つけない強度、三枚目は機材の軌道修正だけ。無駄がないわ」
「昔から細かいんだよ、あいつは」
「褒めてる?」
姉貴がにやりと俺を見る。
「一般論だ」
「海斗くんの話だよね?」
「一般的な海斗論だ」
「限定されてるじゃん」
コメント欄はもう止まらない。
>今何枚出した?
>三枚だろ
>結界はっや
>照明まで止めてる
>しかも人の方だけ柔らかくしてない?
>いや最初からAランクだよ!
>前衛より明らかに動きいいだろ
>守り本職?
>赤いの普通に強いじゃん
空気が変わった。さっきまで「面白い新人ヒーロー」を見ていた目が、完全に探索者を見る目になっている。
司会者は少し遅れて状況に追いついたらしい。
『え、えー……まず、スタッフに怪我はありません! 機材にも大きな破損はありません!』
>よかった
>ナイス判断
>シャインレッドGJ
>これ普通に事故対応のお手本では
>前じゃなくて後ろに置けよ
最後のやつ。その通りだ。
『白鳥さん! 今の結界は……?』
思わず本名で呼んでいた。海斗はまだ周囲を確認している。
『あ、はい!』
『三枚、同時に出しました?』
『そうです』
『かなり速かったですが……』
『オレの本職なんで』
一切噛まなかった。俺は少し笑った。
「台本がない方が喋れるじゃねえか」
「本当にそうね」
操の口元もわずかに緩む。
『本職、というと?』
『結界です。あと退路作ったり、周り見たり。炎も使いますけど、前で殴るより、味方が動きやすいように使うことの方が多いです』
『では、先ほどの近接戦闘もできますが、本来は……』
『後ろですね! 正直、前にいるより後ろの方がやりやすいです!』
即答だった。
「言ったな。ついに本人が配信で言った」
「昨日まで悩んでたのにね」
姉貴は笑っていなかった。名乗り事故を見ていた時とは、明らかに顔が違う。
「……今の海斗くん、格好よかったね」
「ああ」
「前にいた時も格好よかったけど、今の方が……安心する」
「安心?」
「うん。この人が後ろにいてくれたら大丈夫、って思える」
姉貴は視聴者の感情を読むのが上手い。だから今のもたぶん配信者としての言葉なんだろう。事実、コメント欄も同じ方向へ流れていた。
>わかる
>守られる側からしたら安心感すごい
>後衛ヒーローありじゃん
>赤=前衛じゃなくていいだろ
>逃げ道作ってくれるヒーロー助かる
>こういうAランクもいるんだな
海斗もそれを読んだらしい。目を丸くして、少しだけ動きが止まった。
『シャインレッドとしては、今後どんなヒーローを目指していきたいですか?』
海斗の視線が反射的にカンペへ飛ぶ。スタッフが慌てて新しい紙を用意しようとした。だが海斗は、首を振った。
『これ、自分で言っていいですか?』
『もちろんです!』
少しだけ間が空いた。海斗がカメラを見る。今度は格好をつけるためじゃない。
『オレ、ヒーローって前に立つ人だと思ってました』
静かな声だった。
『敵の前に出て、強いやつ倒して。それができるから格好いいんだって。事務所にも赤なら前だって言われて、オレもAランクなんだから、それくらいできないと駄目なのかなって』
昨日ジムで聞いた言葉が重なる。前へ出るのが怖いなんて、逃げてるみたいだ――そう言った男が、今、全国に向けて喋っている。
海斗は一度、さっき守ったスタッフたちを見た。それから笑った。
『でも今、全員見えてたんですよ』
スタッフ。カメラ。機材。客席。
『誰がどこにいて、どこが危なくて、どこへ逃がせばいいか。前にいた時より、ずっとわかった。だったらオレ――』
息を吸う。
『前に出るより、後ろから全員を守れる赤になりたいです』
言い切った。まっすぐに。台本がないから、噛まない。
>いいじゃん
>それでいい
>後衛ヒーローかっこいいぞ
>前だけがヒーローじゃない
>シャインレッド普通に好きになった
>この人に後ろ任せたい
「言えるじゃねえか」
「自分の言葉ならね」操が答える。「玲司が昨日言ったこと、ちゃんと届いてたみたい」
「俺は役割の話をしただけだ」
「それで十分だったんじゃない?」
姉貴が言う。画面の中の海斗は、さっきよりずっと自然に笑っていた。
そこで司会者がコメント欄を見て吹き出す。
『後衛ヒーロー、大好評ですよ!』
『本当ですか!?』
>本当
>お前は後ろにいろ
>褒めてるからな?
>後ろにいてくださいお願いします
>結界レッド
>退路確保レッド
『退路確保レッドはちょっと嫌です!』
「拾うな海斗」
最後まで全部拾う男だった。まあ、それもこいつらしい。
セバスが静かに採点表へペンを走らせる。
「防御所作、九十六点。周辺把握、九十八点。救助者としての姿勢――」
「急にまともだな」
「胸郭、九十三点」
「戻すな!」
姉貴が吹き出し、操が目を逸らした。
「何で最後に胸へ帰ってくるんだよ!」
「基礎でございますので」
「何の基礎だ!」
その時、姉貴のスマートフォンが震えた。
「あ、チーフから」
「嫌な予感しかしない」
「まだ何も読んでないよ?」
「経験則だ」
姉貴が画面を開く。数秒。目が輝いた。
駄目だ。その顔は駄目だ。
「玲司」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「姉貴がその顔をした時は大体ろくでもない」
「見て見て!」
「嫌だ」
問答無用でスマートフォンを突きつけられた。
【ステラライブ 企画共有】
【安全啓発コラボレーション企画・出演候補】
・星宮ハルカ
・五月雨操
・シャインレッド
・正体非公開の黒銀ヒーロー
「断る」
「早い!」
「黒銀の欄を消せ」
「まだ出演候補だよ?」
「候補から消せ」
「でもさ、すごく相性いいと思わない? 黒銀ヒーローは前へ飛び込んで直接助ける」
姉貴が指を折る。
「シャインレッドは後ろからみんなを守る。二人で安全啓発したら、すごくわかりやすいよ」
反論しようとして、少しだけ止まった。役割としては、確かに噛み合う。俺が前へ出て、海斗が後ろを守る。高校時代から、形そのものは何も変わっていない。
「玲司?」
「……企画として噛み合うことと、俺が出ることは別問題だ」
「お」
「何だ」
「そこは否定しないんだ」
「国語力を海斗に分けてこい」
「なんで!?」
操が横から画面を覗き込む。
「安全啓発なら、役割比較としてはわかりやすいわね」
「操」
「私は事実を言ってるだけ」
「味方がいない」
「わたくしがおります」
「セバスは絶対こっち側じゃない」
「救助者殿と赤き救助者殿の合同所作採点、心より楽しみにしております」
「ほら敵だ!」
画面の中では、海斗がスタッフたちへ深々と頭を下げていた。さっきよりずっと自然な笑顔で。赤いヒーロー。後ろから守るヒーロー。それ自体は、悪くないと思う。
思うのに。
【黒銀ヒーロー×シャインレッド】
【二つの「守る」を学ぶ、ダンジョン安全啓発企画】
「……なんで俺まで巻き込まれるんだよ」
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




