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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第49話:【シャインレッド始動】赤いヒーロー、初手で江戸へ行く

 配信開始まで、あと二十分。


 スマートフォンが震えた。


【白鳥海斗】


 嫌な予感しかしない。出ないという選択肢もあったが、昨日あれだけ名乗り練習に付き合わされた手前、無視するのも寝覚めが悪かった。


「何だ」


『玲司! 最終確認!』


 開口一番、音量がおかしい。


「切るぞ」


『待て待て待て! オレ今、めちゃくちゃ緊張してんの!』


「知るか」


『親友だろ!?』


「緊張を分けるな」


『一個だけ! 一個だけ確認させてくれ!』


「言え」


『最後、参上だよな!?』


「参勤交代だ」


『違うだろ!』


「わかってるなら聞くな」


『心を落ち着けたくて電話したのに、なんで本番前に罠を置くんだよ!』


「俺にかけた時点で人選ミスだ」


『くっ……いいか、今日は絶対に間違えないからな!』


「昨日も聞いた」


『対策済み! 台本の「参上」に赤丸つけた!』


「余計に意識するぞ」


『声に出して五十回練習した!』


「もう危ういな」


『大丈夫だって! 参上参上参上参上参上――』


「意味が消える前にやめろ」


『絶対に見ろよ玲司! あと――』


 そこで、海斗の声が急に一段下がった。


『……遥香さんも、見る?』


「家にいるからな。たぶん見る」


『そっか』


「何だ」


『いや! 何でもない! じゃあな!』


 通話が切れた。俺はしばらく画面を見下ろしてから、行き場のない一言を落とした。


「……最後だけ声量を落とすな。気持ち悪い」


「誰が?」


「いつからいた」


 顔を上げると、ソファの姉貴がにやにやしていた。


「参勤交代のあたりから」


「ほぼ最初じゃねえか」


「海斗くん、緊張してるんだ」


「昨日からずっとな」


「頑張ってほしいね」


「江戸に行かなければな」


「まだ引きずってる」


 姉貴の隣では、操がタブレットを立てて録画設定を確認している。テーブルの向こうではセバスが紅茶を注ぎ、その横へ一枚の紙をそっと滑らせた。


【ヒーロー名乗り所作・総合評価表】


「捨てろ」


「まだ何も申しておりませんが」


「紙が喋ってる」


「本日は新たなる赤き英雄候補の門出。公正に評価いたします」


「海斗は英雄候補じゃない」


「では、赤き救助者候補として」


「言い換えても駄目だ」


 他人のお披露目配信を見るだけなのに、なぜ俺が公開処刑される時と同じ布陣が完成しているんだ。


【配信開始まで 00:00:10】


 テレビの待機画面では炎の映像が燃えている。コメントの流れはもう速い。


>待機

>新ヒーロー楽しみ

>Aランクらしいぞ

>赤は王道

>シャインレッド、名前つよい

>黒銀のライバル枠?


「評判いいね」


「まだ一言も喋ってないからな」


「成功を願ってあげなさいよ」


「願ってる」


「ソファの端を掴みながら?」


 手を離した。


「待機姿勢だ」


「何に対する?」


「事故」


「起きる前提なのね」


 操まで乗ってくるな。


【配信開始】


 画面が切り替わる。明るいスタジオの中央に、赤で統一されたステージ。背後で炎の映像が立ち上がり、司会者が声を張った。


『お待たせしました! 本日、新たなヒーローが誕生します!』


>きたああああ

>演出ガチ

>金かかってる

>能力楽しみ


『Aランク探索者として数々の現場で活躍! 炎と鍛え抜かれた肉体で人々を守る、新時代の熱血ヒーロー!』


「紹介の時点で微妙に違うな」


「鍛え抜かれた肉体は合ってるよ?」


「そこじゃない」


 炎。筋肉。Aランク。赤。切り取ればたしかに前衛型の王道ヒーローだ。実際のあいつは、後ろが見えなくなると途端に落ち着かなくなる後衛だが。


『その名も――シャインレッド!』


 派手な音とともに、ステージ奥から海斗が現れた。


「おおー! 海斗くん格好いい!」


 姉貴が素直に声を上げる。悔しいが、俺も同じ感想だった。明るい髪。人のよさがそのまま出た笑顔。赤い衣装と照明の下に立つと、無駄に王道感がある。黒い服で黙っていると圧が出るどこかの誰かとは、方向性が根本的に違う。


 誰とは言わない。


>爽やかすぎる

>思ったより王道

>赤似合うな

>黒銀よりだいぶ明るい

>黒は夜中に助けに来そう

>赤は昼に来そう

>わかるの草


「黒だって昼に出るぞ」


「玲司、誰と戦ってるの?」


「一般論だ」


 衣装も、俺の《ヒーロー見参》が勝手に生成してくる代物とは違う。赤地に黒と金のライン。身体には沿っているが、そこまで容赦なく密着してはいない。ちゃんと服を着ていると視認できる。それだけで俺より人権がある。


>衣装かっこいい

>ちゃんとヒーロースーツしてる

>でも黒よりは密着してないな

>比較対象の黒がおかしいだけ定期

>黒銀は服というか第二の皮膚


「誰のスーツが第二の皮膚だ」


「黒銀ヒーローの話だよ?」


「知ってる」


「じゃあなんで怒ったの?」


「一般論だ」


「二回目ね」


 操が淡々と口を挟んだ。


「事実として、黒銀の方が身体のラインは綺麗に出るわ」


「比較検証をするな」


「保存映像を並べれば一目瞭然よ」


「資料を出すな!」


 セバスも採点表へペンを走らせている。


「赤き救助者候補、外形八十九点。胸郭も十分でございます」


「俺と比べるな」


「黒銀装束と比べますと、胸郭の主張は控えめかと」


「比べるなと言っただろ!」


 画面の海斗は爽やかに手を振っている。黙っていれば完璧だ。明るい。似合っている。何より、名乗ること自体を恥ずかしがっていない。最後の一点で、俺とは決定的に違う。


 あとは台本さえ読めれば文句なしだった。


『ではシャインレッド! 最初のご挨拶をお願いします!』


 来た。海斗が深く息を吸う。


『燃え上がる勇気!』


「よし」


『闇を照らす赤き光!』


「いける」


「玲司が一番真剣ね」


「黙って見ろ」


 海斗が右腕を掲げる。頼むから、余計なことを考えるな。


『シャインレッド――ここに、参勤交代!』


「江戸へ行くなァ!」


 自分の絶叫が、黒瀬家のリビングに響き渡った。


 数秒、誰も喋らなかった。一番驚いていたのは俺だ。普段なら「江戸へ行くな」で済む。だが昨日ジムで一度成功させて、本番前に電話まで受けて、そこで余計な一言まで返した。全部込みで本心が出た。


 画面の中の海斗も、決めポーズのまま石になっている。


>???

>参勤交代?

>江戸www

>初手江戸は草

>Aランク大名

>参勤交代レッド

>見た目爽やかなのに中身が江戸


 姉貴がゆっくりこちらを見た。操も見た。


「……俺のせいか?」


「少しは」


 操の即答。


「完全に刷り込んだね」


 姉貴の追撃。


「一回しか言ってない!」


「本番二十分前にね」


「タイミングは最悪だったわ」


「まさか本当に言うと思わないだろ!」


 画面の海斗が、ゆっくり顔を上げた。


『……今、オレなんて言いました?』


「聞くな、海斗」


>参勤交代です

>江戸へどうぞ

>道中お気をつけて

>赤い大名


『違います! 参上です! 参上! 参勤交代じゃありません!』


「そこまではいい」


『今日は江戸には行きません!』


「今日は?」


 俺と操の声が重なった。


『いや、今後も行きません!』


>今後もwww

>参勤交代予定を正式否定

>幕府との交渉決裂

>令和に残留決定


「もう黙れ海斗」


 届くわけがない。


『本当に違うんですって! 昨日も練習して、最後はちゃんと言えたんですよ!』


「俺を証人にするな」


「本当に言えてたの?」


「言えてた」


「じゃあ今日だけ?」


「……たぶん俺が悪い」


「認めた」


「うるさい」


 セバスがペンを走らせる。


「発声、九十五点。姿勢、九十二点。語彙、二十二点」


「国語だけ壊滅してるな」


「移動を伴う名乗りとしては斬新でございます」


「江戸まで移動させるな」


 画面では司会者が必死に軌道修正していた。


『えー、非常に親しみやすい一面が見えましたね!』


「絶対いま裏から使えと言われたぞ」


「私でも使うよ」


 姉貴が即答する。


「使うな」


「切り抜きのタイトルまで見えるもん。『爽やか新人ヒーロー、初登場三十秒で江戸へ』」


「爽やかを添えるな」


 そこで姉貴がスマートフォンを覗き込み、短く沈黙した。


「……もうある」


「早い!」


【新人ヒーロー、初手で参勤交代】


 投稿から一分と経っていない。


「ネットの海、仕事が早すぎるだろ」


「『参勤交代レッド』も増えてるわ」


「お前らまで観察対象にするな」


「玲司も見てるでしょう」


「俺は友人として心配してる」


「認めたね」


「今のは言葉の綾だ」


 スタジオでは、海斗がまだ立て直そうとしていた。


『すみません、今のは忘れてください!』


>無理

>保存済み

>もう切り抜かれてる

>歴史に刻まれた

>江戸から逃げるな


『だから江戸には行かないって!』


「拾うな!」


 額を押さえた。こいつはコメントを相手にすると駄目だ。全部拾い、全部返し、全部悪化させる。


『では改めまして! シャインレッドから、ヒーローとしての決意をお願いします!』


 海斗が大きく息を吐いた。


『はい! もう大丈夫です!』


「その宣言が怖い」


『台本を見るから駄目なんですよ。ここからは覚えてます!』


「もっと怖い」


 海斗がカンペを伏せる。


「玲司」


「言うな」


「嫌な予感がするわ」


「俺もだ」


 海斗が胸を張った。


『オレはこの炎で――』


 一瞬、本当に格好よかった。赤いスーツ。まっすぐ前を見る目。事務所が求めた王道ヒーローが、そこにいた。


『人を苦しめる悪を、必ず焼き芋にします!』


「記憶の方が駄目だった!」


>wwwww

>焼き芋www

>悪を焼き芋にするな

>参勤交代して焼き芋

>江戸の屋台かな

>爽やかな顔で何言ってんだ

>悪「ホクホクです」


 姉貴がソファへ崩れ落ちた。


「もう無理……!」


「笑いすぎだ」


「だって、あんなに格好いいのに……江戸行って、焼き芋……!」


「中身は昔からあれだ」


「ふふっ、変わってないんだね」


「成長してほしかった部分だけな」


 操へ視線を移す。


「お前も笑ってるだろ」


「記録中よ」


「肩が揺れてる」


「手ぶれ補正があるわ」


「そういう話じゃない」


 画面の海斗は完全に停止していた。司会者も声をかけられない。数秒後、海斗が遠い目をした。


『……今のは、台本のせいじゃないですね』


「認めるな。悲しくなる」


>潔いw

>本人も理解した

>見た目百点、国語二十点

>自爆型ヒーロー

>好感度だけ上がってる


 セバスが新しい項目を書き足す。


「親しみやすさ、百点」


「勝手に項目を増やすな」


「敵性存在を食糧へ転換できるのであれば、兵站上も極めて――」


「できない」


「残念でございます」


「本気で残念がるな」


 その間にもコメントは加速し、同時接続数は開始時よりはっきり伸びていた。画面端に流れた事務所公式の投稿まで、


【シャインレッド、皆様へ強烈な初印象をお届け中!】


 になっている。


「前向きに処理したな」


「配信者目線なら正解だよ」


 姉貴が笑いを収めながら言った。


「見た目もいいし、名前は一発で覚えられた。嫌われる事故じゃないから、むしろ伸びる」


「本人の尊厳は?」


「……」


「目を逸らすな」


「玲司が一番よくわかるでしょう」


 操の一言が刺さった。


「言うな」


 わかりすぎるほどわかる。救助より名乗りが切り抜かれ、安全判断よりスーツが検証され、命懸けの判断より「レディ」が伸びる。本人が一番忘れてほしい部分ほど、世間は丁寧に保存する。


 ただ、一つだけ違いがある。俺のスーツは能力が勝手に着せてくる。海斗の赤いスーツは、脱ごうと思えば脱げる普通の服だ。その一点だけは、心底羨ましい。


「……あとで飯でも奢るか」


「玲司?」


「何でもない」


 笑ったのは事実だ。参勤交代は耐えられなかったし、焼き芋も面白かった。だが、それと親友の尊厳が全国へ散っていくのを心配することは、まったく別の問題だ。


 司会者が、ようやく流れを切り替えた。


『さて! 親しみやすい一面は十分すぎるほど伝わったと思います!』


「言い方」


『ですが彼は――本物のAランク探索者です!』


 スタジオの照明が落ち、ステージ奥で実演用の設備が動き始める。海斗が一度目を閉じ、深く息を吸って、開いた。


 その瞬間、情けない顔が消えた。


「……あ」


 姉貴が小さく声を漏らす。


「雰囲気変わった」


「あれが本来の白鳥よ」


 俺にも見慣れた顔だ。ダンジョンへ入る前の白鳥海斗。味方の位置を確認し、退路を数え、全員を帰すために頭を切り替えた時の顔。ふざけていようが国語が死んでいようが、こいつはAランク探索者だ。そこを疑ったことは一度もない。


『それでは続いて――シャインレッドの能力実演です!』


 標的がせり上がる。炎を拳へ集中させる近接実演。指定された前衛位置。その背後には、スタッフとカメラ。


 俺は眉を寄せた。


「玲司?」


「……立たせる場所が違う」


 前口上なら、江戸へ行こうが芋を焼こうが笑って済む。


 ここから先は、そうはいかない。

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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