間話②:【鈍感】「また付き合って」と言われたので、研ぎ直しだと思った
実戦じゃない。相手もいない。ただ新しい剣の重さと感覚を確かめているだけだ。
それでも、操の動きは洗練されていた。高校時代から何度も見てきた。前へ出る足。刃を返す手首。重心を落とす位置。何年経っても、根っこの部分はそう変わらない。
「……良さそうだな」
呟いた直後、操が剣を止めた。こちらを見る。
ガラス越しなのに、目が合った。
小さく頷く。
何だ。聞こえてないだろ。
試用スペースから出てきた操は、剣を片手に戻ってきた。
「どうだった?」
「かなりいいわ」
「重さは?」
「問題ない。今までより少しだけ重心が手元に近いけど、その分切り返しやすい」
「受け流した後は?」
「安定する」
「なら悪くないな」
「悪くない、ね」
「何だ」
「玲司が選んだ割には評価が低いと思って」
「俺が売るわけじゃない」
「でも、これを見つけた時は『これだな』って言ってたでしょう」
「聞いてたのか」
「聞こえたわ」
そうだったのか。
操はもう一度剣を眺める。
「これにする」
「即決か?」
「必要な確認はしたもの」
「他にも見ていいだろ」
「玲司は?」
「俺?」
「これより私に合いそうなもの、あると思う?」
改めて店内を見る。少なくとも、ここまで見た範囲ではない。
「……ないな」
「なら決まり」
早い。
「値段は見たのか」
「まだ」
「先に見ろ」
操が値札を確認する。
止まった。
「どうした」
「ちょっと高いわね」
「だから言っただろ、武器の値段上がってるって」
「買えないわけじゃないけど」
「命を預ける物だぞ」
「わかってる」
「ならケチるところじゃない」
操が俺を見た。
「そういうところ、昔から変わらないわね」
「何が」
「装備のお金には甘い」
「必要経費だ」
「高校の時も、私が防具を一段階安いものにしようとしたら止めたでしょう」
「覚えてない」
「三十分説教された」
「それはお前が悪い」
「覚えてるじゃない」
「内容を聞いたら俺なら言いそうだと思っただけだ」
「便利ね、その言い訳」
操が笑う。
そこへ、少し離れた場所で見ていた店員が近づいてきた。
「試用はいかがでしたか」
「これをお願いします」
「ありがとうございます」
店員は剣を確認しながら、俺と操を交互に見た。
「かなり相性が良さそうですね。以前の装備も、お連れの方と一緒に選ばれたんですか?」
「いえ」
操が答える。
「前の剣は自分で選びました」
「そうなんですね。ずいぶん詳しくアドバイスされていたので、てっきり」
嫌な予感がする。
「お二人、同じパーティなんですか?」
「昔は」
声が重なった。一瞬、互いを見る。操が先に続けた。
「高校時代に同じパーティでした」
「今は組んでません」
俺も補足する。
「今は、ね」
店員が何気なく頷いた。
「長く一緒に活動されていたんですね。道理で戦い方までよくご存じだと思いました」
「まあ」
当然だ。同じ現場で背中を預けていたんだから。
――そう思ったのだが。
「今は、か」
隣から小さな声がした。
「何?」
「何でもない」
「何だよ」
「何でもないって言ったでしょう」
操は店員へ支払いの手続きを頼み、そのままカウンターへ向かってしまった。
俺は取り残された。
……何だったんだ。
*
武器の購入と初期調整が終わる頃には、昼を大きく回っていた。
「腹減ったな」
「ハルカさんが言ってたでしょう」
「余計な情報を伝えやがって」
「昼食を取ってないこと?」
「俺が昼を食ってないからよろしく、って子どもじゃないんだぞ」
「心配なんでしょう」
「過保護なんだよ」
「玲司が言う?」
「俺は違う」
「そう」
「何だ、その顔」
「別に」
「今日は本当にそれ多いな」
装備店を出る。操は購入した剣を専用ケースへ収め、肩へ掛けていた。街中では抜くこともないし、ケースだけなら探索者が武器を持ち歩いていても珍しくない。
「何食う?」
「何でも」
「一番困る答えだな」
「玲司が決めて」
「俺が?」
「付き合ってもらったし」
「別に飯くらい――」
言いかけて、操の服が再び目に入った。
朝から思っていたが、やはり普段より少しだけ綺麗な格好をしている。探索装備でもない。動きやすさ優先でもない。街中に馴染む程度に、きちんとしている。
「……何?」
「いや」
「今、見たでしょう」
「見てない」
「見てたわ」
「服がいつもと違うと思っただけだ」
言ってから気づいた。何で俺は正直に答えた。
操が少し黙る。
「変?」
「いや」
「じゃあ何」
「似合ってると思う」
また口から出た。今日はどうした、俺。
別に変なことを言ったわけじゃない。似合っているから似合っていると言っただけだ。事実の確認だ。それ以上でも以下でもない。
「……そう」
操が前を向く。
「何だよ」
「何でもない」
「だからその返し――」
「玲司も」
「ん?」
「今日はいつもよりちゃんとしてる」
「街へ出るからだ」
「そう」
「何だ」
「別に」
「会話する気あるのか?」
操が笑った。それ以上は何も言わなかった。俺も聞かなかった。なぜか聞くと面倒な気がした。
「で、飯どうする」
「近くでいいわ」
「さっき何でもいいって言っただろ」
「近くの何でもいいところ」
「条件増えてるじゃねえか」
結局、装備店から少し離れた場所にあった普通の洋食店へ入った。休日の昼を過ぎているせいか、店内はそこまで混んでいない。案内されたのは二人掛けの席だった。
当然だ。二人で来たのだから。当然なのだが。
「こちらどうぞ」
店員がメニューを一冊ずつ置く。
「ごゆっくりどうぞ」
「……」
「玲司?」
「何でもない」
「今日それ流行ってるの?」
「うるさい」
席へ座る。操はメニューを開き、すぐにページをめくった。
「これにする」
「早いな」
「決めるのに時間をかける必要ある?」
「剣もそうだったな」
「あれは試したでしょう」
「俺が選んだやつを一回試して即決しただけだろ」
「十分よ」
「もっと比較しろ」
「玲司が一番合うと思ったんでしょう?」
「まあ」
「なら、それでいい」
操は平然と言った。
「私の戦い方を一番正確に見ている人間の意見だもの」
思わず黙った。
「……それ、本人が言うか?」
「何か変?」
「いや」
変ではない。高校時代から一緒に戦っていた。その頃の癖も知っている。最近また一緒に戦って、現在の動きも見た。理屈としては合っている。
合っているが。
「信用しすぎじゃないか?」
「今さら?」
「……」
「玲司だって、私が前にいる時は勝手に後ろを気にしなくなるでしょう」
「お前が抜かれるような敵なら、その時点で俺も警戒する」
「ほら」
「何が」
「同じよ」
操はメニューへ視線を戻した。
「昔から」
短い言葉だった。それ以上続ける必要がないくらい、俺たちの間では当たり前のことだった。
だから俺も、何も言わなかった。
*
昼食を終え、店を出る。
「ごちそうさま」
「別に奢ってないぞ」
「付き合ってくれたことに言ったの」
「ああ」
操が剣のケースを軽く持ち直す。
「いい買い物だったわ」
「実戦で使う前に、ちゃんと慣らせよ」
「わかってる」
「いきなり護衛中に使うなよ」
「わかってるって言ってるでしょう」
「確認だ」
「心配性」
「安全管理だ」
「それ、ハルカさん以外にも使うのね」
「当たり前だろ」
「そう」
また少し笑われた。
帰り道を並んで歩く。
事件は起きない。システムメッセージも出ない。姉貴は捕まらない。黒銀スーツにもならない。ただ武器を買って、飯を食って、家へ帰るだけ。
最近では珍しいくらい、普通の休日だった。
「玲司」
「何だ」
「今日はありがとう」
「もう聞いた」
「言ってないわ」
「飯食った後に言っただろ」
「あれは付き合ってくれたこと」
「同じだろ」
「違う」
何が違うのかわからない。
操は少し考えるように前を見たあと、俺へ顔を向けた。
「また付き合って」
「ああ」
返事をしてから聞く。
「次は研ぎ直しか?」
操が止まった。俺も数歩進んでから止まる。
「どうした」
「……そういうところよ」
「何が」
「何でもない」
「いや、今のは明らかに何かあるだろ」
「ないわ」
「あるだろ」
「帰るわよ」
「誤魔化すな」
操が先に歩き出す。
追いかけながら、俺は首を傾げた。何だったんだ。次も付き合えと言ったから、装備関係だと思うだろ普通。
「操」
「何?」
「研ぎ直しじゃないなら何だよ」
「自分で考えて」
「一番困るやつじゃねえか」
「たまには考えなさい」
「ヒント」
「ない」
「理不尽だろ」
操は振り返らなかった。
ただ、横から見えた口元が、少しだけ笑っていた。
結局、その答えは家へ着くまで教えてもらえなかった。
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