間話①:【非デート】幼馴染と二人で剣を買いに行くだけなのに、全員が勘違いしている
あの騒動から数日。
ようやく日常が戻ってきた――そう思っていたのは、俺だけだったらしい。
「玲司。今日、空いてる?」
昼前、黒瀬家のリビング。
コーヒー片手にくつろいでいた俺へ、操が唐突に切り出した。
「内容による」
「買い物」
「一人で行け」
「剣を買い替えるの」
「何時に出る?」
「切り替え早いわね」
「最初からそう言え」
服や日用品なら好きに行けばいい。だが探索者の武器となれば話は別だ。
先日の戦闘後、操の剣は念のため点検へ回されていた。完全に使えないわけではないが、長期使用の消耗に加え、エリオットとの一戦でかなり負荷がかかったらしい。整備担当の結論は単純だった。
次の本格戦闘へ入る前に、更新推奨。
Aランク探索者の命を預ける装備だ。まだ使えるからと引っ張る理由はない。
「でも、操ちゃん。本当に身体は大丈夫?」
ソファの姉貴が心配そうに聞く。
「問題ありません。今日は探索にも入りませんから」
「無茶したら駄目だよ?」
「ハルカさんに言われると複雑ね」
「どういう意味!?」
「最近一番捕まってる人間だからだろ」
「私から捕まりに行ってないもん!」
事実だ。
姉貴は危険へ近づいていない。危険の方から姉貴へ寄ってくる。もっと悪い。
「それより、操」
「何?」
「今日は護衛装備じゃないんだな」
言ってから気づいた。休みなんだから当然だ。
操はいつもの探索者用装備ではなく、街へ出るための私服姿だった。派手ではない。だが、いつもより少しだけきちんとしている。
珍しいな、と思った。それだけだ。
「買い物へ行くのに探索装備で行く必要はないでしょう」
「まあ、そうだな」
「何?」
「何もない」
「そう」
操はそれ以上追及しなかった。
俺は自分の格好へ視線を落とす。部屋着だった。
「……着替えてくる」
「そのままでも私は構わないけど」
「俺が構う」
立ち上がった瞬間、姉貴の視線を感じた。
「何だ」
「何も言ってないよ?」
「なら、その顔をやめろ」
「どんな顔?」
「弟を面白がってる顔」
「いつもの顔だね」
「否定しろ」
無視して自室へ向かう。
クローゼットを開け、適当にシャツを取る。……皺がある。戻す。隣を取る。これは近所へ出る時の格好だ、さすがに街中は部屋着感が強い。戻す。
「……何やってんだ、俺」
結局、普段あまり着ない綺麗めのシャツとパンツを選んだ。別に理由はない。街へ出るのだから、最低限まともな格好をするだけだ。
本当に、それだけだ。
リビングへ戻る。最初に反応したのは姉貴だった。
「あれ?」
「何だ」
「着替えたんだ」
「外へ出るんだから普通だろ」
「へえ」
「その『へえ』は何だ」
「別に?」
「腹立つな」
操の視線がこちらへ向く。一度だけ、上から下へ動いた。
「……何だ」
「別に」
「今日それ流行ってるのか?」
「何が?」
「別に」
今度は操がわずかに笑った。何なんだ。
コンコン。
玄関のチャイムが鳴る。時計を見ると、協会から派遣される代理護衛の到着予定時刻ぴったりだった。
俺が扉を開ける。
「よお」
見慣れた男が片手を上げていた。
「……木村?」
「何だよ、その嫌そうな顔」
「いや。代理が来るとは聞いてたが」
「俺じゃ不満か?」
「逆だ。助かった」
「じゃあ最初の顔は何だ」
「Sランクが来るとは思わないだろ」
木村颯太。現役のSランク探索者。俺の能力が変わった後、色々と面倒なことになっていた時期に、何かと面倒を見てくれた人だ。数少ない、気を使わず話せる年上でもある。
本人に言うと確実に調子へ乗るので、兄貴分とは絶対に呼ばない。
「協会も随分本気だな」
「最近のお前の姉ちゃん周り、事件の引きが強すぎんだよ」
「本人に言うなよ」
「聞こえてるよ!」
リビングから姉貴の声が飛んできた。
「ほら」
「お前が言ったんだろ」
木村が笑いながら靴を脱ぐ。リビングへ入ったところで、操が立ち上がった。目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「……木村颯太さん」
「ん?」
「Sランク探索者の木村颯太さんですよね」
「そういうそっちは、五月雨操だろ」
「はい」
「操、知り合いだったのか?」
「知らないわ」
「俺も初対面だ」
名乗り合ってもいないのに、名前も階級もすらすら出てくる。知らない同士にしては、随分と息が合っていた。
「会話が成立してるじゃないか」
俺が言うと、木村がむっとした顔になる。
「お前、Sランクを何だと思ってるんだ。同業なら名前くらい知ってるだろ。こっちも若手のAランク剣士くらい把握してる」
木村は続けて、当然だろうと言わんばかりに付け足した。
「若手筆頭って呼ばれてるぞ」
俺がそう茶化すと、操の目つきが変わった。
「それ、本人の前で言う必要ある?」
「……ない」
素直に認めた。
「なら言うな」
操が俺たちを交互に見る。
「玲司と木村さん、随分親しいのね」
「まあな」
「こいつがまだ――」
「木村」
「何だよ」
「余計なこと言うなよ」
「まだ何も言ってねえだろ」
「今から言おうとした」
「勘だけは昔からいいんだよな、お前」
「帰れ」
「今から俺が護衛するんだよ!」
「二分で解任したくなった」
「Sランクを雑に解任すんな」
姉貴が声を上げて笑った。
「玲司が年下みたいになってる」
「実際、俺の方が年上だからな」
「姉貴、面白がるな」
「だって新鮮なんだもん。玲司が人に世話焼かれてる」
「昔の話だ」
「今でも割と世話焼いてるけどな」
「木村」
「はいはい」
操が何も言わず俺を見る。
「何だよ」
「別に」
「またそれか」
どうも今日は、この言葉と相性が悪い。
「それで、今日は俺がここにいりゃいいんだろ?」
「ああ。セバスもいる」
「お任せください」
いつの間にかテーブルの上にいた銀色の小型騎士が、木村へ優雅に一礼した。木村が止まる。
「……玲司」
「聞くな」
「俺まだ何も聞いてない」
「そのまま受け入れろ」
「Sランクでも初見は無理あるぞ、これ」
「そのうち慣れる」
「慣れたくねえなあ……」
気持ちはわかる。
「姫様の警護は、このセバスティアンが万全を期して――」
「今日は木村と二人で頼む」
「承知しております」
「若干声が沈んだな」
「そのようなことは」
あるだろ。
だがこれで、姉貴の護衛は万全だ。Sランク探索者の木村。セバス。これ以上を求めたら、家の周りに協会支部でも建てるしかない。
「じゃあ、行きましょう」
操がバッグを手に取る。
「ああ」
財布とスマホを確認していると、木村の視線に気づいた。
「……何だ」
「玲司」
「何だよ」
「お前、今日なんかちゃんとしてね?」
「普段からちゃんとしてる」
「服」
「街へ出るんだから普通だろ」
「へえ」
木村の視線が俺から操へ移り、また戻ってくる。
「ふーん」
「その顔やめろ」
「俺、何も言ってねえぞ」
「顔が言ってる」
姉貴が勢いよく手を挙げた。
「私も同じこと思った!」
「参加するな!」
「二人とも楽しんできてね」
「装備を買いに行くだけだ」
「はいはい」
「操ちゃん、玲司まだお昼食べてないから!」
「了解しました」
「操まで了解するな!」
「昼は必要でしょう」
「そういう話じゃない!」
玄関へ向かう。操が隣を歩く。後ろから木村の声が飛んできた。
「こっちは任せろ。ごゆっくり」
「剣を買うだけだ!」
「行くわよ、玲司」
操が先に玄関を出る。俺も追いかけた。
扉を閉める直前まで、姉貴と木村の笑い声が聞こえていた。
……絶対に勘違いしてる。
*
探索者向けの大型装備店は、一般的なスポーツ用品店とは雰囲気がまるで違う。防具、結界器具、携帯照明、救急用品。壁際には用途別の武器が並び、奥には試用スペースまで用意されている。
価格も一般的ではない。入口近くの値札を見て、俺は無言で視線を逸らした。
「高くなったな」
「前に来たの、いつ?」
「自分の装備をまとめて更新した時だから、しばらく前だ」
「玲司は剣を使わないでしょう」
「救助道具と防具だ。消耗品もまとめて買う」
「いくら?」
「聞くな」
「気になる」
「聞いたら姉貴に言いそうだから嫌だ」
「言わないわ」
「黒銀ヒーローの戦闘映像を十三冊分分析した女を、俺はまだ全面的には信用してない」
「十四冊目に入ったわ」
「増やすな!」
近くの客がこちらを見る。声を落とした。
「ここで黒銀ヒーローを話題にするな」
「玲司から言ったのよ」
「原因はお前だ」
「正体を知った後の追補が必要だったから」
「何を追補するんだ」
「通常時との身体操作の差」
「忘れろ」
「無理」
「努力しろ」
「善処するわ」
「便利に使うな、その言葉」
操が少しだけ笑って、剣の売り場へ向かった。
棚には形状も長さも違う剣が並んでいる。操は一本を手に取り、重さを確かめるように軽く持ち上げた。
「これは?」
「なし」
「早いわね」
「握りが厚い。その握りだと切り返しが遅れる」
「一度も振ってないけど」
「見ればわかる」
「相変わらずね」
操は素直に戻し、隣の一本へ手を伸ばす。
「これは?」
「長い。今までの剣とほとんど変わらないけど、その分重心も前だ」
「踏み込みで合わせられる」
「平地ならな。狭い通路で邪魔になる」
操が黙った。俺を見る。
「何だ」
「本当に細かいところまで覚えてるのね」
「同じパーティだったんだから普通だろ」
「高校を卒業してから、何年経ってると思ってるの」
「戦い方の癖なんて、そう簡単には変わらない」
「……そう」
操は次の一本へ手を伸ばした。今度は何も聞かず、俺へ差し出してくる。
「持って」
「俺が?」
「さっきから見ればわかるんでしょう」
「便利に使うな」
文句を言いながら受け取る。悪くない。握りは細すぎず、操の手でも無理がない。重心もこれまでの剣に近い。
「これは候補だな」
「そう」
「ただ、少し軽い」
「速度は出るわ」
「お前は元から速い。軽さを足しても長所が伸びるだけだ」
「長所を伸ばすのは悪くないでしょう」
「受け流した後だ。重い攻撃を流した直後、次の一撃へ移る時に剣が浮くと思う」
操の表情が変わった。探索者の顔になる。
「……試してくる」
「ああ」
操が試用スペースへ向かう。その背中を見ながら、俺は昔を思い出していた。
高校時代。操が前を斬る。俺が中を走る。海斗が後ろを閉じる。誰か一人でも自分の役割を間違えれば、全員で帰れない。
だから仲間の動きは見る。操がどこまで踏み込むか。どの距離なら剣を振れるか。疲れた時、どちらの手から動きが崩れるか。知らなければ、横で動けない。
「玲司」
戻ってきた操に呼ばれ、思考を切る。
「何だ」
「今、昔のこと考えてた?」
「少しな」
「私も」
短く答えて、操は剣を棚へ戻した。
「悪くはないけど、玲司の言った通りだった」
「だろ」
「嬉しそうね」
「別に」
「今日それ流行ってるの?」
「お前が言ったんだろ」
操が小さく笑う。俺は別の棚へ視線を移した。
悪くない剣はある。だが、まだ一番合うとは思わない。もう少し今までの感覚に近くて、操の速さを殺さず、重い攻撃を受け流した後にも残るもの。
一本。
二本。
三本目で、手が止まった。
「……これだな」
手に取る。重さを確かめる。
たぶん、合う。
戻ってきた操が、俺の手元を見た。
「見つけた?」
「候補」
「私が選ぶ前に?」
「嫌なら戻せ」
操は俺から剣を受け取った。一度、握る。その目が、ほんの少しだけ細くなった。
「……悪くない」
「だろ」
「玲司」
「何だ」
「これ、試してくる」
「ああ」
操はそう言って、再び試用スペースへ向かった。
その足取りは、さっきより少しだけ軽かった。
――今日だけで、姉貴に木村まで勘違いしている。俺と操の関係は、いつからこんなに賑やかになったんだ。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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