第47話:2章完結【相棒成立】今度は、あなたも助けを呼んで
医務室へ向かう廊下は、やけに長かった。
俺の秘密を守る。操は、それだけのことを、水を一杯もらうような調子で言い切った。黒銀ヒーローの映像を全部保存し、考察ノートを十四冊まで積み上げた女の台詞とは思えない軽さだった。
これで話は終わり――のはずが、そうはならない。
「それと、もう一つ聞きたいことがあるわ」
「まだあるのか」
「どうして、能力が変わってから私と組まなかったの」
肩を貸しているせいで逃げられない。歩みは遅いくせに、腕の圧だけは一人前だ。
「お互い、活動場所が変わったからだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
「玲司」
「その呼び方で圧をかけるな」
「昔のあんたなら、私が聞く前に言い訳を三つは並べていたわ」
「成長した」
「言い訳を諦める方向に?」
「合理的になったんだ」
「なら、合理的に答えて」
塞がれた。昔からこいつはこうだ。普段は他人の事情へ一歩も踏み込まないくせに、聞くと決めた時だけは、答えるまで絶対に引かない。
「……見られたくなかった」
「何を?」
「全部だ」
能力名。変身。黒銀の密着スーツ。強制される名乗り。勝手に動く身体。意味を疑う決め台詞。誰にも見られたくないが、昔の俺を知っている人間には、輪をかけて見られたくなかった。
「高校の時のお前は、俺が普通に戦うところしか知らない」
「ええ」
「能力が変わってからは、普通じゃなくなった」
「普通ではないわね」
「即答するな」
「黄金の光と名乗りは、かなり特徴的だもの」
「傷口を正確に刺してくるな!」
操の口元が、わずかに緩んだ。
「つまり、格好が恥ずかしいから私と組まなかったのね」
「それだけじゃない」
「他には?」
「俺の能力は、救助対象に反応する」
誰かが危険に落ちて助けを求めれば、俺の意思とは無関係に発動する。組んだ相手は、俺の演出にも試練にも巻き込まれる。
「巻き込みたくなかった」
「今日、たっぷり巻き込まれたけれど」
「今日の話はするな」
「しかも、何も知らないまま」
「……悪かった」
言ってから、しまったと思った。操が目を丸くしている。
「玲司が謝った」
「そこに驚くな!」
「珍しいもの」
「悪いと思えば謝る!」
「もう一度聞いてもいい?」
「調子に乗るな」
操は楽しそうに笑い、それからすっと真顔へ戻した。
「でも玲司。あなたが隠したことで、私は巻き込まれずに済んだ?」
答えは今日の結果が出している。操は何も知らないままエリオットと戦い、俺が黒銀ヒーローとして現れた後も、互いに正体を探りながら指示を交わした。
それでも勝てた。ただ、相手がもう一段強ければ。誤魔化しに使ったあの一瞬が、そのまま操の致命傷になっていた可能性はある。
「……いや」
「でしょう」
「結果論だ」
「次は?」
短い問いだった。だが、軽く流していい内容じゃない。外部術式を操る誰かは、まだ捕まっていない。
「最初から話す」
「全部?」
「必要な範囲だ」
「台詞の一覧も?」
「必要ない!」
「お姫様抱っこの発動条件は?」
「絶対に教えない!」
「専用口上の生成条件は?」
「研究材料にするな!」
「重要な戦術情報でしょう」
「俺の尊厳にしか影響しない!」
「今日、私の戦意には大きく影響したわ」
「下がったのか」
「少し上がった」
「なぜだ!」
この女の思考回路だけは、高校の頃から解析できたためしがない。解析したくもない。
「次に一緒に戦う時」
操の声から、からかいが抜けた。
「私の前では、無理に別人のふりをしないで」
「変身したまま玲司として喋れと?」
「できる範囲でいいわ」
「ほとんどできない」
「今日はずいぶん喋っていたけれど」
「事故だ!」
「叱られて『はい』と答えていたわ」
「忘れろ!」
「幼馴染とも言っていたわね」
「今すぐ忘れろ!」
「無理ね」
即答だった。
「正体を知らないふりをして戦えば、連携が遅れる。今日以上の相手なら、その遅れが命取りよ」
反論の余地がない。俺が黒銀になるたび、操へ能力を隠し、別人として指示を出す。あれを続けるのは、単純に危険だ。
「わかった」
「素直ね」
「安全上の判断だ」
「そういうことにしておくわ」
「その言い方、便利に使いすぎだろ」
「それと」
「まだ条件が増えるのか?」
「今度、玲司が一人では無理だと思った時」
肩に回された腕へ、少しだけ力がこもった。
「あなたも、助けを呼んで」
「俺は救助する側だ」
「救助する側は、助けを求めてはいけないの?」
言葉に詰まった。今日、操は限界まで戦って、最後は自分の口で助けを求めた。あれは弱さじゃない。全員で生きて帰るための正しい判断だ――と、他ならぬ俺が言った。
なら、俺だけが例外だなんて理屈は通らない。
「その時が来たらな」
「遅い」
「来る前に呼ぶ必要はないだろ」
「玲司の『無理』は、普通の人より三段階くらい先にあるもの」
「勝手に基準を作るな」
「高校から変わっていないわ」
「お前も人のことは言えないだろ」
「今日、私は呼んだでしょう」
「……そうだな」
「だから次は玲司の番」
「順番制なのか」
「公平でしょう」
「自分を公平な試練官だと思うな」
「名乗りの採点はしないわ」
「そこじゃない!」
操が小さく笑い、その振動が肩へ伝わってくる。
「笑うな。傷に響くぞ」
「玲司が面白いことを言うから」
「俺は常に真剣だ」
「それが面白いのよ」
「最悪だ」
最悪だと言いながら、肩の力は抜けていた。
能力が変わってから、知られたら今までと同じ関係ではいられないと思っていた。姉貴は、知った後も姉貴のままだった。操も、正体を知って操のままだ。変わったことがあるとすれば、俺がもう一人で誤魔化し続けなくていい、それだけだった。
「がっかりしなかったのか」
気づいたら、口から出ていた。
「何に?」
「憧れてた黒銀ヒーローの中身が、知ってる人間だったことに」
「どうして、がっかりするの」
「いや、だって中身が俺だぞ」
「玲司」
言葉を遮られた。
「映像の中でしていたことは、全部あなたがしたことでしょう」
「能力の補正はある」
「判断までは補正されない」
「……」
「誰を先に守るか。どこへ逃がすか。何を壊せば全員で帰れるか」
腕に、また少し力が入る。
「それを決めていたのは、玲司よ」
「だが、名乗りは」
「強制なのね」
「技名も」
「それも強制」
「お姫様抱っこも」
「安全だったわ」
「感想は聞いてない!」
操がまた笑って、それからふっと視線を前へ流した。
「むしろ納得したの。映像を見て格好いいと思っていた判断が、昔から知っている玲司の判断だったって、わかったから」
「……」
「知らない誰かだったわけじゃなかった。それだけよ」
足が止まりかけた。支えている以上、止まるわけにはいかない。
「今、そういうことを言うな」
「どうして」
「反応に困る」
「褒められると耳が赤くなるものね」
「見るな」
「昔からよ」
「観察をやめろ!」
負傷して、魔力残量は三十八パーセントで、それでも人をからかう余力だけは満タンらしい。
「それに」
「まだあるのか」
「ずっと憧れていた人が、昔から隣にいたんだもの」
その頬が、わずかに赤い。
「少し、嬉しかった」
「……そうか」
「ええ」
廊下が妙に静かだった。肩を貸しているだけなのに、戦闘中よりよほど距離が近く感じる。俺は視線を前へ戻した。医務室の扉は、まだ少し先だ。
「玲司」
「何だ」
「助けを呼ぶ声があるなら、来てくれるんでしょう」
「能力が勝手に反応する」
「能力がなければ?」
「行く」
答えてから気づいた。操が、わずかに目を細める。
「即答するのね」
「危険ならな」
「私でも?」
「お前は姉貴の護衛だろ。倒れられたら困る」
「そういうことにしておくわ」
「他に理由はない!」
「では」
操はまっすぐ前を見た。
「玲司が助けを呼んだら、私も行く」
「俺は呼ばない」
「呼ぶの」
「決定事項にするな」
「一人では無理な時は?」
「一人で何とかする」
「今日、私に何と言った?」
返す言葉がなかった。戦えるかどうかじゃない、一人で勝てるかどうかだ。俺が操へ、そう言った。
「……必要なら呼ぶ」
「声が小さい」
「必要なら呼ぶ!」
「よろしい」
「なんでお前が偉そうなんだ!」
「その時は、すぐ行くわ」
「間に合うのか」
「間に合わせる」
迷いのない声だった。
「……本当に来るのか」
冗談半分で、もう一度聞いてみる。
「もちろん」
短い。それで十分だった。
「それと」
「まだあるのか」
「今日の剣、どうだった」
「剣?」
「エリオットを斬った技よ」
「五月雨一閃か」
操の足が、わずかに止まりかけた。
「覚えていたのね」
「あれだけ大声で言われたらな」
「感想は?」
「悪くなかった」
「それだけ?」
「かなり強かった」
「それだけ?」
「外さないとは思ってた」
「……そう」
返事は短い。ただ、耳が赤かった。
「お前も褒められると赤くなるんだな」
「気のせいよ」
「顔に出てるぞ」
「魔力切れの影響ね」
「便利だな、魔力切れ」
「玲司の耳も、変身解除の影響でしょう」
「そうだ」
「認めるのね」
「今だけだ」
操が笑う。俺も、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
高校を卒業してから、操が一人で磨いた剣と、俺が一人で覚えた術式解析。今日、それが初めて噛み合った。俺が崩し、操が斬る。どちらか片方では間に合わなかった。二人だったから、姉貴も操も助けられた。
「玲司」
「今度は何だ」
「次も、合わせるわよ」
昨日までなら、正式なパーティじゃないと訂正していた。相棒でもない、一時的な役割分担だと。
「ああ」
今日は、言い直さなかった。
操が少しだけ目を細める。
「やっと認めた」
「戦闘上の役割分担をな」
「そういうことにしておくわ」
「その言葉を便利に使うな!」
「相棒――」
「その先を言うな!」
「残念」
「残念そうな顔をするな!」
医務室の扉を開けた瞬間、中にいた協会職員が勢いよく立ち上がった。
「五月雨さん、遅いです!」
「すみません。一分で終わる予定だったんですが」
「十分以上経ってます!」
「玲司の否定が長くて」
「俺のせいにするな!」
「黒瀬さんも診察します!」
「俺は無傷です!」
「外部術式へ直接接触していますよね!? 高出力の魔力経路を素手で破壊した記録も残っています!」
「そこまで記録してるのか!」
「安全記録です!」
「今すぐ消せ!」
「お姫様抱っこの映像も保存されています!」
「そこだけは本当に消せェェェェ!」
扉が閉まり、騒がしい声が廊下の向こうへ遠ざかっていく。
その頃。
誰にも認識されないシステム上で、一つの通知が静かに表示されていた。
【シークレットシステムメッセージ】
【五月雨操が称号を獲得しました】
【称号:ヒーロー見ぃつけた♡】
本人も、俺も、まだ知らない。
ただ、それぞれ一人で歩いてきた二人が、今日また同じ道の上に立った。それだけは確かだった。
(第二章・完)
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