第46話:【正体発覚】幼馴染なんだから、わかるわよ
【全救助対象の搬送を完了】
【救助演出を終了します】
よし。ようやく終わった。
【変身解除まで十秒】
「解除まで公開する気か!」
操を安全確認用の椅子へ下ろした直後、俺は床を蹴った。
「誰も暗幕へ近づくな!」
「また暗幕に入るんだね」
「姉貴は黙ってろ!」
大道具の暗幕へ飛び込む。
背後で黄金の光が膨れ上がった。
【変身解除】
黒銀のスーツが光へ変わり、身体から消えていく。バイザー。グローブ。胸元の無駄に力強い紋章。すべてが消え、元の服装へ戻った。
【救助活動、お疲れさまでした】
「二度と活動させるな」
誰にも聞こえないよう、小さく吐き捨てる。
暗幕の隙間から外を確認した。姉貴は安全確認用の椅子へ座っている。操も隣の椅子へ身体を預けていた。エリオットは片膝をついたまま。セバスは姉貴のそば。防護壁の向こうには、チーフと協会監視員。
全員の視線が暗幕へ集まっている。
「見るなと言っただろ!」
「もう解除は終わったの?」
「姉貴!」
スタッフジャンパーの襟を直しながら、暗幕の外へ出る。
操がこちらを見た。俺。暗幕。消えた黒銀ヒーロー。順番に確認するような視線だった。
「何だ」
「別に」
「その目は別にじゃないだろ」
「今は、そういうことにしておくわ」
「何をだ!」
操は答えず、わずかに口元を緩めた。非常に嫌な予感がする。
だが、先に確認すべきことがある。
俺は設備の制御系へ入り込んでいた魔力経路を追った。外部から接続されていた術式は、すでに消えている。
「やっぱり切られてるな」
「発信側から?」
椅子に座った操が尋ねる。
「ああ。右肩の接続点を壊した直後、向こうから経路を切った」
「設備の自動処理ではないのね」
「反応が早すぎる。それに、俺が経路を剥がすたび、接続先を変えていた」
設備の外にいる何者かが、今この瞬間まで俺たちの動きを見ていた。昨日の封印塔も、同じだった可能性がある。
「中心に置かれているのは姉貴だ」
「私?」
姉貴が自分を指す。
「捕らわれのプリンセスを試練へ組み込み、救出のために黒銀ヒーローが現れることまで織り込んでいた可能性が高い」
「ヒーローさんまで?」
「外部術式は、攻略に合わせてエリオットを強化した。簡単に突破させる気はなかったんだろう」
「気に入りませんね」
セバスが低い声で言った。銀色の小剣を握ったまま、消えた魔力経路を睨んでいる。
「姫様を危険な試練へ組み込みながら、自らは姿も見せず観察していたと」
「観察だけなら、まだいい」
「玲司?」
「姉貴の職業が、どこまで試練を引き寄せるのか。その救出へ黒銀ヒーローがどう動くのか。何かを確かめていた可能性がある」
目的まではわからない。だが、偶然ではない。何者かが意図して塔を起動し、今度は協会監修の設備まで動かした。
「それは」
背後から静かな声が響いた。片膝をついたエリオットが、白銀の剣を床へ立てたまま、こちらを見ている。
「私の本来の役割ではございません」
「まだいたのか」
「試練の終了処理が残っております」
「終了処理より先に、姉貴を拉致したことを謝れ」
「礼節をもって保護したまででございます」
「その言い換えはもういい!」
エリオットは胸部紋章へ刻まれた亀裂を見下ろした。
「本来の試練は、救助者候補の判断と連携を確認するものでございます」
「二人を同時に危険へ晒す必要があるのか」
「救助の現場は、必ずしも理想的ではございません」
「だからといって、人為的に最悪の状況を作るな!」
「ごもっともでございます」
素直に認めるなら、最初からやるな。
エリオットは操へ静かに頭を下げた。
「剣士殿は単独で私の胸甲へ刃を届かせ、正式な救助者が動く時間を作られました」
次に、俺を見る。
「救助者殿は、外部から追加された強化術式を破壊されました」
「その救助者はもういないぞ」
「何のことでございましょう」
「お前までとぼけるな」
最後に、エリオットは俺と操を見渡す。
「そして、お二人の連携により、本来の試練術式は停止いたしました」
「結論は?」
「救助者審査、合格でございます」
「受験した覚えがない!」
「名乗り、判断、戦闘技術、連携。すべて基準を満たしております」
「名乗りを審査項目へ入れるな!」
操が椅子へ座ったまま、小さく息を吐いた。
「合格なら、悪くないでしょう」
「お前は受験を受け入れるな!」
「連携は百点だったもの」
「そこだけは否定しない」
「素直ね」
「戦闘結果の話だ!」
エリオットの兜の奥で、青い光が揺れた。
「ただし、外部から追加された強化術式については、私の管理外でした」
「誰が追加したか、わからないのか」
「私には、命令の発信者を識別する権限がございません」
「役に立たないな」
「申し訳ございません」
また素直に謝られた。言いづらい。
「ですが、外部命令には旧式の試練管理権限が使用されておりました」
「旧式?」
セバスが反応した。
「王城試練術式に用いられていた管理者権限でございますか」
「そのとおりです」
エリオットが頷く。
「現在では使用されていないはずの権限です」
操の表情が険しくなる。
「その権限を持っているなら、封印塔とこの設備の仕組みを知っている」
「ああ」
偶然見つけた設備を、適当に動かしたわけではない。古い試練術式を知り、外部から起動させ、状況に合わせて強化できる。相手は、俺たちが考えていたより深く封印塔の仕組みへ関わっている。
「以上が、私から提供可能な情報でございます」
エリオットが剣を胸の前へ掲げた。
「姫君救出試練は、これにて終了いたしました」
「二度と始めるなよ」
「正式な起動命令があれば、再び職務を果たします」
「命令を受けても断れ!」
「試練官ですので」
「融通が利かない!」
「よく言われます」
エリオットの身体が、青白い光へ変わり始める。白銀の鎧が細かな粒子へほどけていく。
「セバスティアン」
「はっ」
「姫君へのおもてなしを」
姿が薄れていく。
「怠らぬように」
「承知いたしました」
「最後に業務を引き継ぐな!」
俺の叫びを聞きながら、エリオットは光の粒となった。白銀の鎧も、二本の剣も、上位試練官エリオットという存在そのものも、跡形もなく完全に消滅した。
同時に、模擬通路から魔力が抜けていく。城のように変化していた壁は、ただの撮影用セットへ戻った。残されたのは、剣で傷ついた床、砕けた模造石、大量の魔力残滓。
安全啓発動画の収録現場とは思えない惨状だった。
「安全啓発とは、何だったんだ」
防護壁の向こうから、チーフがマイクで答える。
『僕も今、それを考えてる』
「答えは出ましたか」
『安全設備も、信用しすぎてはいけない』
「身をもって教えすぎです!」
防護壁が上がる。協会監視員二名が、検査端末を持って駆け込んできた。
「全員、その場から動かないでください!」
「星宮さん、体調は?」
「私は大丈夫です!」
「本人の申告より計測結果を優先します!」
「今日、何度も言われてる!」
「昨日囚われ、本日も囚われた方の自己判断は信用できません!」
「正論が強い!」
姉貴が大人しく検査端末を向けられる。もう一人の監視員は、操のもとへ駆け寄った。
「五月雨さん、負傷箇所を確認します」
「腹部に一度。肩を封印鎖が掠めました」
「魔力残量は、平常時の三十八パーセントです」
「まだ三分の一以上あるわ」
「半分以下です」
「戦闘後なら普通よ」
「上位試練官と戦った直後の普通を、一般基準にしないでください」
「今日は正論しかいないの?」
「黒瀬さんも検査します」
「俺は攻撃を受けてません」
「外部術式へ直接接触しています」
「触っただけです」
「その結果、床が割れています」
「床が弱かった」
「協会監修の衝撃分散床です」
「……検査をお願いします」
正論には勝てない。
「本日の収録は、これで終了します」
チーフが、きっぱりと告げた。
「追加撮影も、撮り直しもありません。第六スタジオは協会の調査が終了するまで封鎖します」
「当然です」
「姫君救出訓練用モデルも返却します」
「二度と借りないでください」
「絶対に借りない」
チーフの目は本気だった。一日で安全啓発動画の収録現場を事件現場へ変えられた男の目だ。
「それと、ハルカさん」
「はい」
「明日からの収録予定を、すべて見直します」
「普通の雑談配信も?」
「使用する椅子と机まで協会に確認してもらいます」
「椅子も!?」
「今日、椅子付きで捕まったでしょう」
「向こうで出してもらった椅子だよ?」
「椅子という単語を含むものは全部確認します」
「警戒範囲が広い!」
だが、昨日の今日で再び捕まった姉である。警戒しすぎるくらいで、ちょうどいい。
協会監視員が大型モニターへ御影さんとの通信を接続した。
『状況は確認しました』
「早いですね」
『安全記録用カメラと設備ログを共有しています』
「黒銀ヒーローの教材映像は?」
『現在は関係ありません』
「よかった」
『別件として編集作業は継続します』
「よくなかった!」
御影さんは俺の抗議を無視した。
『昨日の封印塔出現と、本日の訓練設備異常起動。この二件を、同一人物または同一組織による連続事案として扱います』
スタジオの空気が引き締まる。
『第六スタジオは封鎖。訓練設備は協会本部へ移送します。接続先については追跡班が残留魔力を解析中ですが、発信側から切断されているため、特定は困難でしょう』
「そうですか」
操の声へ、わずかな悔しさが混じる。
『五月雨さん』
「はい」
『本日の行動については、護衛任務として正式に記録します』
「守り切れませんでした」
『いいえ』
御影さんは即答した。
『転送を防げなかった責任は、外部術式を検知できなかった協会側にあります。あなたは単独で上位試練官を引きつけ、救助者が行動する時間を作りました』
「……」
『その後も黒銀ヒーローと連携し、星宮さんを無傷で生還させています』
操は少しだけ視線を下げた。
『護衛任務は、対象へ一切の危険を近づけないことだけではありません。異常発生時に、対象を生還させることも含まれます』
「正論で慰められてる」
俺は小さく呟いた。
『黒瀬さん』
「聞こえてたんですか」
『聞こえています』
「通信性能が良すぎる」
『あなたにも、外部術式の初期解析について正式な報告をお願いします』
「業務ですか」
『業務です』
「便利な言葉ですね」
『便利ですので』
「本当に万能になってる!」
通信が終了し、スタジオへようやく少しだけ緊張が抜けた。
「操ちゃん」
検査を終えた姉貴が、操の前へ立つ。
「本当にありがとう」
「護衛だから、当然よ」
「でも、すごく格好よかった!」
姉貴は身振りを交えて剣を振る真似をした。
「ヒーローさんがバキンって壊して、操ちゃんがキィンって!」
「説明が雑ね」
「でも、二人とも息ぴったりだったよ」
「そうね」
操は迷わず答えた。
「ヒーローさんが術式を崩し、私が斬る。かなり相性が良かったと思うわ」
「自分で言うのか」
「結果が証明しているもの」
「俺一人でも、外部術式の経路は見つけられた」
「その間にエリオットへ斬られていたでしょうね」
「避ける」
「術式を見ながら?」
「頑張る」
「曖昧ね」
「お前も一人なら、強化されたエリオットを突破できなかっただろ」
「そうね」
操はあっさり認める。
「だから、二人で勝った」
「……まあな」
「声が小さい」
「二人で勝った!」
「よろしい」
「何でお前が偉そうなんだ!」
姉貴が嬉しそうに俺たちを見る。
「相棒みたいだね」
「誰が相棒だ」
操は何かを言いかけたが、協会監視員が先に声をかけた。
「五月雨さん。魔力消耗が大きいため、医務室へ移動してください。お一人での歩行は認められません」
「歩けます」
「三十八パーセントです」
「……」
操が黙った。正論には、操も勝てない。
「ヒーローさんのお姫様抱っこは、もう解除されたからね」
姉貴が余計な補足をする。
「姉貴!」
「念のためだよ」
「誰に対する何の念だ!」
操が俺を見る。
「肩を貸して」
「素直だな」
「もう一度能力が反応する可能性を避けたいの」
「一日に二回発動しない保証がないのが一番怖い!」
俺は操の右側へ立ち、背中へ左腕を回した。
「無理なら言え」
「大丈夫」
「本人の申告は信用しない」
「協会に染まったわね」
操が俺の肩へ腕を回す。身体が寄った。
「姉貴」
「何?」
「セバスと一緒にいろ。一人で控室へ行くな。設備に名前を呼ばれても返事をするな」
「わかってるよ」
セバスが姉貴の隣で胸を張った。
「姫様の護衛は、私にお任せください」
「次に捕まったら、お前も協会へ返却するぞ」
「全身全霊をもってお守りいたします」
「急に危機感が出たな」
俺は操へ肩を貸したまま、第六スタジオを出た。
*
医務室へ続く廊下には、俺と操の足音だけが響いていた。操の歩幅に合わせ、ゆっくり進む。
「痛むか」
「少し」
「腹か?」
「全身」
「それは少しじゃないだろ」
「明日には治るわ」
「明日は休め」
「護衛任務があれば?」
「休め」
「相棒の命令?」
「いつ相棒になった!」
操が小さく笑った。だが、すぐに足を止める。
「玲司」
「何だ」
「さっきのこと、聞いていい?」
「内容による」
「暗幕へ入ったあなたと、直後に現れた黒銀ヒーロー」
心臓が嫌な音を立てた。
「偶然だ」
「そういうことにしておくわ」
「なら聞くな!」
「暗幕から出てきた時は、まだ疑っていただけ」
操は俺の抗議を無視した。
「一緒に戦って、ほとんどわかった」
「何がだ」
「術式の読み方。相手を見ながら、周囲の人間が動ける場所を作る癖」
「Aランクなら普通だ」
「普通じゃないわ」
操の視線が、俺の横顔へ向けられる。
「最後に抱き上げられて、確信した」
「一般的な搬送方法だ」
「左肩から入り、右手を肩甲骨の下へ入れる。持ち上げる前に相手の呼吸を確認して、右手の指を一度開く」
「安全確認だ」
「高校の頃から同じ」
「偶然だ」
「声も?」
「能力による補正だ」
「言葉遣いも?」
「偶然だ」
「私に叱られて、反射的に『はい』と答えたことも?」
「……戦闘中だぞ」
「今は廊下よ」
「人違いだ」
操は否定しなかった。少しだけ嬉しそうに俺を見る。
「幼馴染なんだから、わかるわよ」
その一言で。針の穴ほど残っていた逃げ道が、完全に塞がった。
「何の話だ」
「黒銀ヒーローの話」
「人違いだ」
「そう」
操はあっさり頷いた。
「じゃあ、そういうことにしておくわ」
「本当に人違いだからな」
「ええ」
「声も違う」
「そうね」
「体格も違う」
「そういうことにしておくわ」
「便利に使うな!」
操が小さく笑った。
「安心して。誰にも言わない」
俺は操を見る。
「報告書にも書かないわ」
「……いいのか」
「本人が隠したがっていることを、勝手に公表する必要はないでしょう」
「お前、黒銀ヒーローの正体を知りたがってなかったか」
「知りたいとは思っていた。でも、見つけるためにあなたを調べたわけじゃない」
操の声が、少しだけ柔らかくなる。
「一緒に戦ったら、わかってしまっただけ」
「秘密にしている理由も、わかったのか」
「目立ちたくない」
「ああ」
「能力名を知られたくない」
「非常に重要だ」
「黒銀の密着スーツを見られたくない」
「なぜそこまでわかる」
「映像を見たもの」
「忘れろ」
「無理」
「努力しろ」
「善処するわ」
「御影さんの悪い部分だけ覚えるな!」
操はしばらく笑っていた。やがて、俺をまっすぐ見る。
「玲司が嫌がるなら、守る」
「本当に?」
「ええ」
「胸郭サスペンションという単語を使った女を信用しろと?」
「正確には、先に使った人が別にいるわ」
「詳細を説明するな!」
「でも、今は画面の向こうにいる知らないヒーローじゃない」
操の腕が、俺の肩へ置かれたまま、わずかに力を抜く。
「幼馴染の秘密くらい、守るわよ」
操はそれ以上、何も聞かなかった。俺も。
黒銀ヒーローだとは認めなかった。
それでも。
たぶん、これで十分だった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




