第44話:【相棒未満】俺が崩して、操が斬る
【救助猶予:残り五十九秒】
「時間を数えるな。焦るだろ」
「救助現場では、残された時間の把握も重要です」
エリオットが二本の剣を振り下ろした。
「知ってる!」
右の剣は俺の首。左の剣は操。右腕で一撃目を弾き、そのまま左側へ身体を滑り込ませる。
白銀の剣が、黒銀の胸へ叩き込まれた。
ギィンッ!
重い衝撃が胸骨まで響く。スーツが剣先を止めた。身体は無事だ。
精神的には、密着スーツの胸元へ剣を突き立てられている現状が、まったく無事ではない。
「救助者殿。胸部による防御は――」
「採点するな!」
「胸郭の安定性、九十八点でございます」
セバスが追加した。
「お前も黙ってろ!」
戦闘中に二人の試練官から胸を採点されている。地獄だった。
だが、剣は止めた。エリオットの左腕も、俺の目の前にある。
胸へ当たった剣を左手でつかむ。
「捕まえた」
エリオットが剣を引こうとする。離さない。
右手で鎧の腕をつかみ、力任せに引き寄せた。
「力による拘束ですか」
「救助者に捕まったと思え」
「私は救助対象ではございません」
「知ってる!」
エリオットの右剣が、俺の脇腹へ向かう。避けない。
右脚を上げ、膝で剣の腹を受け止めた。
金属音。衝撃。足元の床がひび割れる。
「ヒーローさん!」
「五月雨、剣を取れ!」
操の剣は、本人から十メートルほど離れた、エリオットの背後へ転がっている。操自身は三本の封印鎖に縛られたままだ。
簡単に言えば、取れる状態ではない。
「無茶を言わないで」
「お前ならできる」
「便利な言葉ね!」
操が右腕へ絡んだ鎖を引く。びくともしない。封印鎖から青白い光が強まり、操の魔力を吸い上げていく。
【救助猶予:残り五十一秒】
姉貴の檻の下では、転送術式が少しずつ完成へ近づいている。
「ヒーローさん! 私はまだ大丈夫だから!」
「大丈夫な人間の椅子は転送されない!」
「断った紅茶まで一緒に転送されそう!」
「放っておけ!」
「こぼれたら床が滑るでしょ!」
「今の問題はそこじゃない!」
姉貴は檻に閉じ込められ、深層へ転送されかけている。それでも、床の安全を気にしていた。安全啓発動画の成果が出ている。出る場面が最悪だった。
「救助者殿」
エリオットの全身から魔力が噴き上がる。
「離していただきます」
「断る」
白銀の鎧から、青い衝撃波が放たれた。至近距離。回避不能。
俺はエリオットをつかんだまま、両脚を床へ固定した。衝撃波を正面から受ける。黒銀のスーツが震え、床が砕ける。身体が後方へ押される。
一歩。二歩。三歩。だが、手は離さない。
「ヒーローさん!」
「三秒だ!」
「まだ剣がない!」
「今から送る!」
俺はエリオットの腕をつかんだまま、剣が転がっている方向へ踏み込んだ。身体ごと、エリオットを大きく回転させる。
「正義を阻む悪しき騎士よ――」
口が勝手に動き始めた。
(今はやめろ!)
「我が熱き魂の――」
「黙って押さえて!」
操に切られた。
「はい!」
反射的に答えてしまった。今、俺は黒銀ヒーローの声で、操に叱られた。しかも、能力まで黙った。
初めて役に立ったぞ、操。
回転の勢いを保ったまま、踵で床の剣を蹴る。剣が石床を滑り、封印鎖に縛られた操の手元へ向かう。
だが、エリオットが右脚を上げた。剣を踏みつけるつもりだ。
「させるか!」
つかんでいた左腕を引く。エリオットの体勢が崩れ、足先が剣の横へ落ちた。
操の剣は止まらない。そのまま操の左手へ届く。
「取った!」
「右肩だ!」
エリオットの胸部紋章から右肩へ向かっている、わずかに白い魔力線。外部強化術式。姉貴の転送。操の封印。エリオットの強化。すべてが、あそこを通っている。
「見えてる!」
操が剣を振り上げた。右腕へ巻きついた封印鎖を斬る。一本。続けて左足。二本。最後に腰。三本。
鎖が青い光となって弾けた。
操が立ち上がる。だが、その身体が大きく揺れた。
「無理するな!」
「今さら言うの?」
「倒れない範囲で無理しろ!」
「無茶な注文ね!」
【救助猶予:残り四十二秒】
エリオットの兜の奥で、青い光が強くなる。
「見事な連携です」
「まだ終わってない」
「では」
エリオットが剣を手放した。俺がつかんでいた白銀の剣が、光へ変わって消える。空いた両手が、俺の腕をつかんだ。
「こちらの拘束も解除いたしましょう」
「何――」
投げられた。身体が宙へ浮く。
エリオットは俺を操の方向へは投げず、姉貴の檻とも反対の壁へ放り投げた。俺と二人の救助対象を引き離すつもりだ。
正しい判断だ。だから困る。
「ヒーローさん!」
「問題ない!」
空中で身体を捻り、壁へ両足をつけた。そのまま強く蹴り返す。黒銀の身体が、再びエリオットへ飛んだ。
今度は拳を構えない。両腕を広げる。
エリオットが二本の剣を再生成した。右剣が胸。左剣が腹。避ければ、距離を詰められない。
「危険です、救助者殿」
「知るか!」
二本の剣が黒銀のスーツへ叩き込まれた。胸。脇腹。衝撃に視界が揺れる。だが、剣は身体を貫いていない。
俺は左右の脇を締め、二本の剣を身体と腕で固定する。
「あれは筋肉じゃない」
操の声が聞こえた。
「思想よ」
「今その評価をするな!」
「証明されたと思って」
「戦闘中だぞ!」
「だからでしょう?」
操の声には、わずかに笑いが混じっていた。少しだけ余裕が戻ったらしい。なら、任せられる。
「三秒止める!」
「充分!」
「一!」
エリオットの右肩へ流れる、白い魔力線を確認する。直接術式核を殴れば、姉貴の転送陣と操の封印へ負荷が逃げる。壊す場所は核ではない。外部から入り込んだ術式と、エリオット本来の術式が混ざっている接続点。
「二!」
俺は二本の剣を身体で挟んだまま、右拳を引いた。
「救助者殿」
「何だ!」
「その構えは、技の予備動作でしょうか」
「違う!」
能力が反応する。
【状況対応演出を生成します】
(生成するな)
【必殺技演出へ移行】
(いらない!)
「三!」
「――安全第一」
口が勝手に動いた。少し成長したかもしれない。
「物理だァァァァ!」
成長していなかった。
拳を叩き込む。狙いはエリオットの右肩。白銀の鎧が大きくへこみ、その奥で白い魔力線が集中していた接続部が、拳の衝撃で砕ける。
バキィィィン!
白い光が弾けた。エリオットの全身を覆っていた青白い魔力が、一瞬だけ消える。姉貴の檻の転送術式が止まり、操を縛っていた残りの鎖も緩む。
「今だ、五月雨!」
「ええ!」
操が床を蹴った。速い。だが、いつもの最短距離を突く踏み込みとは違う。一歩目は右。二歩目は左。三歩目で深く身体を沈める。細かな雨粒が地面を打つような、途切れない足運び。
エリオットが剣を引き抜こうとする。俺は離さない。
「救助者殿」
「まだ三秒だ!」
「すでに四秒経過しております」
「誤差だ!」
【救助猶予:残り二十八秒】
壊した接続部から、白い魔力線が露出している。右肩から胸部紋章へ、外部術式の残滓が白い筋となって白銀の鎧を走っていた。
操の剣が、わずかに揺れる。一度。二度。三度。深く斬るための攻撃ではない。剣先で白い経路へ触れ、流れる魔力を胸部紋章へ集めている。散っていた外部魔力が、細い一本道へ追い込まれていく。
操の剣筋は知っている。高校時代、何度も隣で見てきた。速く、正確で、迷いがない。
だが、今の構えは知らない。俺と組まなくなった後、こいつが一人で積み重ねてきた剣だ。
操が息を吸い、剣を腰へ引く。構えは静かだった。大声も、派手な光も、無駄なポーズもない。俺の能力に見習わせたい。
「――剣技」
操の姿が消えた。
「五月雨一閃」
音は、一度だけだった。
キン。
澄んだ金属音。操は、エリオットの背後へ立っていた。振り抜かれた剣先が、床へ向けられている。
何も起きない。一瞬、エリオットも動かなかった。
「……外した?」
姉貴が不安そうに呟く。
「外さない」
俺は答えた。
次の瞬間、エリオットの右肩から胸部紋章へ、一本の細い線が走った。俺が破壊した接続点。操が集めた外部魔力。すべてをつないだ線が、青白く光る。
そして、一直線に断たれた。
パキン。
小さな音だった。白銀の胸部紋章が、中央から二つに割れる。エリオットの剣が消え、青いマントが光へ変わる。操を拘束していた封印鎖が、一本残らず砕け散った。
姉貴の檻の扉も開く。
「開いた!」
「そこから動くな!」
「何で!?」
「安全確認が先だ!」
「もう助かったのに!」
「救助完了直後の事故が一番馬鹿らしいんだよ!」
姉貴は開いた檻の中で、大人しく座り直した。足元に置かれた紅茶からも、きちんと距離を取る。
そこは偉い。
エリオットが片膝をついた。割れた胸部紋章へ手を当て、ゆっくりと操を振り返る。
「見事な剣技です」
操は答えない。剣を下げたまま、静かにエリオットを見ている。
「露出した外部魔力を一か所へ誘導し、最後の一閃で術式核ごと切断する」
エリオットの兜の奥で、青い光が穏やかに揺れた。
「剣技、百点」
「……どうも」
「連携、百点」
エリオットが俺を見る。
「救助者殿による外部術式の破壊も、百点でございます」
「今回は素直に受け取っておく」
「ただし」
「まだあるのか」
「技名の声量、百二十点」
「俺の意思じゃない!」
「五月雨一閃の静かな宣言との対比も、実に見事でした」
「対比を作った覚えはない!」
セバスが小さく頷く。
「救助者殿は派手、五月雨殿は静。良き組み合わせかと」
「まとめるな!」
操が振り返る。顔色は悪い。それでも、わずかに笑っていた。
「外さなかったでしょう」
「知ってると言った」
「なら」
操が剣を鞘へ戻そうとする。だが、手元がずれた。剣先が鞘の口を外れる。
「大丈夫か」
「問題ないわ」
「あるだろ」
「少し魔力を使いすぎただけ」
操が一歩進む。右脚から力が抜けた。身体が傾く。
俺は反射的に駆け寄り、その身体を受け止めた。
「だから言っただろ!」
「倒れない範囲で無理をしろ、だったでしょう」
「範囲を越えてる!」
「勝ったから問題ないわ」
「問題しかない!」
操は俺の腕に身体を預けながら、小さく息を吐いた。
「でも」
「何だ」
「二人で勝ったわね」
「ああ」
それだけは、否定しない。俺一人では、外部術式を破壊できても、同時に姉貴と操を救うことはできなかった。操一人でも、エリオットの強化を突破できなかった。
二人だったから勝てた。
操は俺の腕の中から、バイザーの奥を見つめている。
「昔も、こんなふうに――」
操が何かを言いかけた。
その前に、脳内へ最悪の電子音が響いた。
ピコン。
【捕らわれのプリンセス:救出成功】
【姫君の歩行状態を確認】
【安全な搬送が必要です】
来た。姉貴のお姫様抱っこ。いつもの地獄だ。もう諦めるしかない。
【追加救助対象の状態を確認】
「待て」
【五月雨操】
「待て待て」
【魔力枯渇】
【右腕の感覚低下】
【自力歩行困難】
「少しふらついただけだ!」
「誰と話しているの?」
「五月雨は黙ってろ!」
【勇敢な剣士と認定】
「認定するな!」
【追加救助演出を開始します】
【勇敢な剣士の搬送】
「二人目は聞いてない!」
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




