第43話:【救助者審査】弱点じゃない。前提だ
エリオットが二本の剣を構えた。
「救助者審査、第一項目」
白銀の剣先が、ゆっくりと俺へ向けられる。
「戦闘技術、状況判断、姫君への配慮を確認いたします」
「俺は受験を申し込んでない!」
「姫君を救う者には、相応の資格が必要です」
「人を助けるのに資格はいらん!」
床を蹴る。黒銀の残像を残し、エリオットとの距離を一気に詰めた。
右拳を胸部へ。エリオットの左剣が、正確に俺の進路へ置かれる。
速い。いや、俺が殴るより先に動いたわけではない。読まれている。
拳と剣が衝突した。
ギィンッ!
重い衝撃が腕へ返ってくる。エリオットは力で押し返さず、剣を斜めに滑らせた。俺の拳が外側へ流され、同時に右剣が走る。
首ではない。俺が姉貴の檻へ向かう進路を、先回りして塞ぐ一撃だ。
身体を反らして刃をかわし、後方へ跳ぶ。着地地点へ、青い魔法陣が浮かび上がった。
「足元!」
封印鎖に縛られた操が叫ぶ。
「三重封印! 中心を踏まないで!」
魔法陣の外周を見る。三つの術式が重なる直前、魔力線の接続点へ踵を落とした。床が砕け、術式の流れが乱れ、封印陣が光の粒となって消える。
エリオットの兜の奥で、青い光が揺れる。
「術式ではなく、接続点を踏み抜きましたか」
「壊せれば同じだ」
「通常、見ただけでは判別できません」
「見えたから踏んだ」
「理不尽な回答です」
「お前にだけは言われたくない!」
左右から剣が迫る。右は実体。左は魔力で作られた斬撃。さらに床の下を、封印鎖が走っている。
「左の剣が囮!」
操が叫んだ。
「鎖は二拍遅れ!」
「了解!」
右剣を左腕で弾く。魔力刃は身体を傾けて避ける。
一拍。まだ来ない。二拍。床を突き破り、青い鎖が噴き出した。
伸びてきた鎖をつかみ、そのまま強く引く。鎖の先につながったエリオットの左腕が、わずかに前へ引かれた。
「そこだ!」
懐へ入り、右拳を振り抜く。
ドンッ!
白銀の胸甲へ拳が叩き込まれ、エリオットの身体が後方へ滑る。だが、倒れない。青いマントが大きく広がり、拳の衝撃を背後へ逃がしている。
「真正面からの突破。力強く、迷いがありません」
「評価はいらん!」
「ただし、攻撃の直前に姫君を確認しました」
「だから何だ」
「意識が一瞬、逸れています」
「救助対象が檻の中にいるんだ。確認するだろ」
「その優しさは、戦闘において隙となります」
「大きなお世話だ!」
エリオットが右剣を振るう。狙いは俺ではない。姉貴の檻だ。
「ヒーローさん!」
青い魔力刃が飛ぶ。反射的に進路へ入り、拳で魔力刃を砕いた。
その瞬間、背後から封印鎖が伸び、俺の右腕へ絡みつく。
「救助者は、救助対象を優先する」
エリオットの声が背後から響いた。
「ゆえに、行動が読みやすい」
右腕を封じた鎖が肩へ伸び、二本目が左足へ向かう。
「右腕の鎖は囮!」
操が叫んだ。
「本命はハルカさんの檻!」
見る。三本目の鎖が床を這い、姉貴の檻へ伸びていた。下部の術式へ接続されれば、転送が再起動する。
俺は右腕の鎖を無視した。左足へ伸びる鎖を踏み砕き、そのまま姉貴へ向かう三本目を拳で叩き潰す。
右腕の封印が強くなる。さらに一本。今度は首へ。
避ければ、後ろにいる操へ当たる。俺は左手でつかんだ。青い鎖が手のひらへ食い込む。
「自分を優先して!」
操が叫ぶ。
「無理だ!」
「あなたまで封じられたら終わる!」
「二人を放置する方が終わりだ!」
右腕へ力を込める。封印鎖が軋んだ。単純な腕力で壊すものではない。魔力で構成された鎖だ。だが、構造は見えている。力の流れ。術式の接合部。何本もの魔力線が重なる場所。
そこだけを狙い、握り潰す。
パキン。
小さな亀裂が走った。
「救助者殿」
エリオットが剣を構える。
「救助対象を優先することは、尊い行いです」
「急に褒めるな」
「しかし、自らを危険へ晒す」
剣先が、俺へ向けられる。
「それは、救助者の明確な弱点です」
「違う」
封印鎖を握り直す。腕を引くと、青い鎖へ走った亀裂が一気に広がった。
「弱点じゃない」
鎖が砕ける。青白い光が弾け飛び、拘束されていた右腕が自由になった。
「前提だ」
スタジオが静まり返る。エリオットの剣が、わずかに下がった。操も、姉貴も、防護壁の向こうにいるチーフも、誰も言葉を発しない。
「守る相手を優先する」
俺は一歩前へ出た。
「危険なら、間に入る」
もう一歩。
「全員が帰れる道を、先に作る」
エリオットとの距離を詰める。
「それを捨てたら、救助者じゃない」
言い切った。今度は、能力に言わされたわけではない。俺自身の言葉だった。
エリオットは静かに俺を見つめている。操が、かすかに息を吐いた。
「……本当に」
「何だ」
「いえ」
操は、少しだけ笑った。
「ヒーローみたいなことを言うのね」
「違う」
「どこが?」
「探索者としての一般論だ」
「その格好で?」
「格好は関係ない!」
「そういうことにしておくわ」
「意味深に流すな!」
操の視線は、バイザーの奥を探るように俺へ向けられている。声。言葉遣い。戦い方。疑う材料は、増え続けている。
だが、操は俺の名前を呼ばなかった。今は戦闘中だ。余計な追及をしないだけなのか。それとも、本人が隠そうとしている以上、踏み込まないと決めたのか。
どちらにしても助かる。正体の話は、全部が終わってから誤魔化せばいい。全力で。
エリオットが二本の剣を胸の前へ掲げた。
「見事です、救助者殿」
「採点するなよ」
「心構えについては、審査基準を満たしました」
「珍しく点数を言わないな」
「ご希望であれば」
「言わなくていい!」
姉貴が檻の奥から手を上げた。
「私は百点だと思う!」
「身内票はいらん!」
「格好よかったよ!」
「今言うな!」
操も俺を見つめている。
「私も――」
「お前まで言うな!」
「まだ何も言ってないわ」
「言う顔だった!」
「バイザー越しに?」
「雰囲気でわかる!」
「便利な一般論ね」
「戦闘中だぞ!」
エリオットが剣を構え直したことで、操の追及は止まった。助かった。根本的には、何も助かっていないが。
「救助者殿」
「今度は何だ」
「貴殿が、姫君と勇敢な剣士を守る意思は確認いたしました」
「なら二人とも返せ」
「しかし」
来た。絶対に面倒な続きが来る。
「意思だけでは、人を救えません」
「知ってる」
「力だけでも、救えません」
「それも知ってる」
「必要なのは」
エリオットの全身から、青白い魔力が噴き上がった。
「判断と、連携です」
模擬通路全体が揺れ、姉貴を閉じ込めた檻がさらに奥へ移動を始めた。
「ちょっと! 椅子ごと動いてる!」
「椅子から降りろ!」
「足元に、断った紅茶が置かれてるから危ない!」
「断ったのに置くな!」
「待遇の一部みたい!」
「拉致施設が待遇を充実させるな!」
操を縛る封印鎖にも、青い光が集まる。一本。二本。三本。新たな鎖が床から伸び、操の剣を遠くへ弾き飛ばした。
「っ……!」
「剣士!」
向かおうとした瞬間、姉貴の檻の下へ巨大な転送術式が展開される。どちらかへ向かえば、もう一方の拘束が進む。
エリオットは二本の剣を広げ、俺と二人の中央へ立った。
「最終審査です」
「勝手に最終まで進めるな」
「姫君の檻は、六十秒後に深層へ転送されます」
「止めろ!」
「勇敢な剣士の封印は、同時に魔力回路へ到達します」
「そっちも止めろ!」
「一方だけを救えば」
エリオットの兜の奥で、冷たい光が揺れた。
「もう一方を失います」
「最低の試験だな」
「救助の現場は、常に理想的ではございません」
否定はできない。現場では、助ける順番を決めなければならないことがある。誰を先に運ぶか。どの道を開けるか。何を諦めるか。判断を間違えれば、全員を失う。
だが、これは現場ではない。誰かが作った試練だ。なら、決められた選択肢へ従う必要はない。
「ヒーローさん!」
操が叫ぶ。
「ハルカさんを先に!」
「駄目!」
姉貴が即座に否定した。
「操ちゃんを助けて!」
「ハルカさん!」
「私は檻の中だから、今すぐは大丈夫!」
「六十秒後に深層へ送られるだろ!」
「でも操ちゃんは怪我してる!」
「二人とも黙れ!」
俺は叫んだ。姉貴と操が同時に口を閉じる。
「勝手に順番を決めるな」
姉貴の檻。操を縛る鎖。エリオット。床の術式。外部から入り込んでいる魔力経路。
見る。全部見る。
別々に動いているように見える。だが、完全に独立しているわけではない。姉貴の転送術式。操の封印鎖。エリオットの鎧。三つの術式へ、同じ場所から魔力が流れ込んでいる。
外部強化術式。エリオット本来の力ではない。
昨日の塔と同じだ。誰かが外部から試練を強化している。
「剣士!」
「何!」
「エリオットの胸の紋章から、右肩へ流れている魔力が見えるか!」
操が痛みに耐えながら、目を凝らす。
「……見える」
「本来の術式は青。外から入っている魔力は、わずかに白い」
「右肩の奥で混ざっているわ」
「そこを切り離せば、全部の出力が落ちる」
「でも、エリオットが守る」
「だから」
俺は拳を握った。
「俺が崩す」
操の目が、わずかに見開かれる。
「お前が斬れ」
「剣がないわ」
「取り戻せ」
「簡単に言うのね」
「できるだろ」
操は、遠くへ弾かれた自分の剣を見る。続いて俺を見た。口元へ、小さな笑みが浮かぶ。
「何秒?」
「三秒止める」
「十分」
迷いのない答えだった。
エリオットが二本の剣を構える。同時に、姉貴の檻の上へ数字が表示された。
【救助猶予:残り六十秒】
操の封印鎖が、さらに強く締まる。
エリオットが床を蹴った。二本の剣が、俺の胸元へ迫る。避ければ、操への攻撃へ変わる。受ければ、俺の動きが止まる。
なら、最初から答えは決まっている。
俺は一歩前へ出た。
一人で救うつもりはない。操が一人で戦う時間も、もう終わった。
今度は。
二人で勝つ。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




