第42話:【強制発動】傷つきし剣士の涙に応え――本人の前で言うな
「見るな!」
黄金の光が、スタッフジャンパーの隙間から漏れ出す。操は封印鎖に縛られたまま、目を見開いた。
「玲司、その光……」
「見るな!」
「でも」
「絶対に見るな!」
【演出モードを強制起動します】
「今は演出してる場合じゃない!」
二本の剣を構えていたエリオットが、操の首元から切っ先を引き、静かに一歩下がった。同時に、操を縛っていた封印鎖の光が弱まり、魔力の吸収も止まる。
「正式な救助者候補を確認いたしました」
エリオットが剣を下げる。
「名乗りが終了するまで、救助者審査を一時停止いたします」
「待ってくれるのか」
「救助者の名乗りを妨害することは、試練の公平性に反します」
「そこだけ公平にするな!」
だが、助かった。操へ向けられていた剣は下がり、封印鎖も停止している。少なくとも、名乗りが終わるまでは危険が進行しない。
それでも、迷うつもりはなかった。エリオットが一歩でも動けば、その場で変身する。操の安全と俺の正体など、比べるまでもない。ただ、救助を遅らせずに守れる秘密なら、守っておきたい。スタジオ脇の暗幕まで、わずか三歩。一秒もかからない。
「誰も来るな!」
俺は暗幕へ向かって走った。
「黒瀬くん!?」
防護壁の向こうから、チーフの声が飛んでくる。
「何も言わないでください!」
「わかった。僕は何も見ていない」
チーフが静かに目を閉じた。最初から何かを察していた人間の反応だった。
「ただし、安全記録は残します」
「一番残してほしくない部分だけ残すな!」
「公的な事故記録です!」
協会監視員から即答された。味方がいない。
俺は厚手の暗幕を引っ掴み、内側へ飛び込んだ。
「絶対に来るな!」
「玲司!」
「操も見るな!」
「どうやって? そっちから光が漏れてるわよ」
「目を閉じろ!」
「エリオットから目を離せないわ」
「正論で追い詰めるな! エリオットが動いたら呼べ! その場で出る!」
「わかったわ」
変身は、すでに始まっている。暗幕までの三歩で、救助までの時間は一秒も変わらない。それでも危険が再開すれば、隠すことなど即座に諦める。
直後、黄金の光が弾けた。脚から黒銀のスーツが形成され、鍛えた身体の線を一切隠す気のないまま、腰、腹、胸、肩へ広がっていく。目元にはサングラス型のバイザー、両手には黒銀のグローブ、胸元には無駄に力強く輝く紋章。
【変身完了】
(完了するな)
【危険対象:五月雨操】
【負傷を確認】
【魔力枯渇寸前】
【勇敢な剣士と認定】
(余計な認定をするな)
【専用救助口上を生成しました】
(生成するなァァァァ!)
俺は両手で口を押さえた。
「んんんんん!」
今回こそ言わせない。よりによって操本人の前で専用口上など、絶対に駄目だ。
だが身体が勝手に動く。右手が腰へ。左腕が天へ。背筋が伸び、胸を張り、顎が上がる。暗幕の中で完成する、完璧なヒーローポーズ。誰にも見えていないはずなのに、一切妥協しない。無駄に真面目な能力だった。
〝――助けを呼ぶ声があるなら〟
低く、無駄に甘い声が響いた。暗幕の外が静かになる。
最悪だ。
〝闇を裂き、光を纏いて〟
(文章を盛るな)
〝囚われし姫と〟
(姉貴だけで終われ)
〝傷つきし剣士の涙に応え〟
「泣いてないわ」
暗幕の外から、操の冷静な訂正が飛んできた。
「俺に言うな!」
普段の声で返してしまった。終わった。
一瞬の沈黙。
「……玲司?」
「違う!」
「何が?」
「全部だ!」
何が違うのか、自分でもわからない。だが、認めるわけにはいかない。
「今の声――」
「能力の演出だ!」
「私、まだ声のことだとは言ってないけど」
「先回りしただけだ!」
「随分と具体的な先回りね」
「戦闘中だぞ! 集中しろ!」
「暗幕の中で名乗っている人に言われたくないわ」
能力は俺の尊厳など一切気にしなかった。
〝悪しき試練を打ち砕くため――〟
黄金の光が膨れ上がる。暗幕が内側から吹き飛んだ。
バサァァァッ!
黒い布が、無駄に劇的に舞い上がる。その中央から、黒銀のヒーローがスタジオへ姿を現した。俺だ。認めたくないが、完全に俺だ。
安全記録用カメラが自動旋回し、完璧な正面から俺を捉える。仕事熱心すぎる。今すぐレンズだけ眠れ。いや、事故記録だから壊すわけにもいかない。せめて曇れ。
右腕が天へ伸び、左拳が腰へ収まる。黄金の光を背負い、最後の一言がスタジオ全体へ響き渡った。
〝――ヒーロー見参ッ!〟
床が揺れた。照明が明滅した。黄金の光が、スタジオの天井まで立ち上る。
エリオットが二本の剣を下げ、初めて深く一礼した。
「正式な救助者の到着を確認いたしました」
「到着したくてしたんじゃない!」
セバスも、小さな身体で頭を下げている。
「お待ちしておりました、救助者殿」
「お前は最初から俺だとわかってただろ!」
「何のことでございましょう」
「急にとぼけるな!」
模擬通路の奥では、姉貴が檻の中から両手を叩いていた。
「ヒーローさん、格好いい!」
「拍手するな!」
「今回は暗幕から出てきたね!」
「登場演出の違いを楽しむな!」
「スコーンはないけど、椅子はあるよ!」
「待遇を報告するな!」
そして操は、封印鎖に縛られたまま、まっすぐ俺を見上げていた。憧れの黒銀ヒーローを見る目。その奥には、暗幕へ駆け込んだ俺と、今目の前にいる黒銀ヒーローを比べるような色が混じっている。
声。体格。立ち方。戦闘前に右拳を一度だけ握り直す癖。操が昔から知っているものと、重なる部分は多い。
多すぎる。
ただ、操は魔力を限界近くまで奪われている。呼吸も視界も、万全とは程遠い。暗幕の中で何が起きたのかを、直接見たわけでもない。俺の目元はバイザーに隠れ、声も能力によって変化している。状況証拠は揃っているが、疑いと確定は同じではない。俺が認めない限り、まだ逃げ道はある。
細い。針の穴より細いが。
「見参……完遂ニキ……」
「その名前で呼ぶな」
低く甘いヒーローボイスで答える。操の眉が、わずかに動いた。
「その言い方……」
「戦闘に集中しろ!」
「今のは少し似てたわね」
「誰にだ!」
「誰とは言ってないけど」
「探るな!」
俺はエリオットへ向き直った。これ以上操と話せば、余計な証拠を増やすだけだ。
「上位試練官とやら」
右拳を握る。
「悪いが、その剣士と姫を返してもらう」
能力が俺の言葉へ勝手に続きを足した。
〝――この黒銀の誓いにかけて〟
(誓うな! 何も誓うな!)
喉を押さえたい。だが、今は両手を空けておかなければ戦えない。能力の強制台詞へ抵抗すれば、身体の動きまで鈍る。つまり、言わされる。終わっている。
エリオットは二本の剣を胸の前へ掲げた。
「救助者殿。貴殿の名乗り、見事でした」
「評価するな」
「声量、九十八点」
「採点するな」
「姿勢、九十六点」
「細かいな!」
「左腕の天への伸び、九十九点」
「そこまで見るな!」
「ただし」
エリオットの兜の奥で、青い光がわずかに揺れた。
「名乗り直後の羞恥による肩の震え。減点二」
「本当にそこまで見るな!」
操が封印鎖に縛られたまま、小さく反応する。
「肩の震え……やっぱり減点対象なのね」
「お前は今それどころじゃないだろ!」
「重要な情報よ」
「重要じゃない!」
操は、ほんの少しだけ笑った。俺が黒瀬玲司だと確信した笑いではない。憧れていた黒銀ヒーローが、想像以上に羞恥へ弱いと知った笑いだ。
そういうことにしておく。今は。
エリオットが二本の剣を静かに開いた。
「姫君が求め、勇敢な剣士が助けを託し、貴殿がその声へ応えた」
「だから何だ」
「救助者審査を開始する条件は、すべて満たされました」
「こっちの同意だけ足りてないぞ」
「救援要請へ応じた時点で、同意は成立しております」
「悪質な利用規約みたいに言うな!」
「登録された救助者の魔力と、姫君の救援術式も完全に一致しております」
「勝手に照合するな!」
「よって、貴殿を正式な救助者候補として認定いたします」
「今から認定を拒否しても?」
「試練放棄と判断し、姫君を一階層深く移送します」
「選択肢がない!」
俺は操を縛る封印鎖と、エリオットの間へ立った。さっきまで、操が一人で守っていた場所だ。傷を負い、魔力を奪われ、それでも一歩も譲らなかった場所。
「少し休め」
「まだ戦えるわ」
「知ってる」
戦えないから下がれと言っているわけではない。
「今度は俺の番だ」
操が何かを言いかける。俺の背中と、横顔と、握った拳を見比べている。だが、問い詰める代わりに、短く息を吐いた。
「……任せるわ、ヒーローさん」
「ああ」
黒瀬玲司とは呼ばなかった。今は、それでいい。もう、操が一人で戦う時間は終わった。
俺は操の前へ、さらに一歩踏み出す。
〝待たせたな〟
(言うな)
俺の口が、勝手に続ける。
〝勇敢な剣士〟
(今それを本人の前で言うなァァァァ!)
操の肩が、びくりと震えた。
「……遅いわよ、ヒーローさん」
「悪かった」
エリオットが二本の剣を正面へ構える。
「それでは、救助者審査を開始いたします」
俺は黒銀の拳を握った。姉貴を助ける。操も助ける。正体の話は、全部が終わってから全力で誤魔化す。
今はただ、助けを呼ぶ声へ応えるだけだ。
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