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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第41話:【姫君救出】憧れているだけでは意味がない

ピコン。


【姫君役へ登録します】


「勝手に登録するな!」


「私、何もしてないよ!?」


「知ってる!」


 姉貴の足元へ、青白い光が集まり始める。


「収録中止!」


 チーフの声が飛んだ。


「全スタッフ、退避! 安全記録以外の撮影を停止してください!」


 スタジオへ警報が鳴り響く。協会の監視員が、操作卓と外部通路の緊急停止装置を同時に押し込んだ。


「停止信号、送信!」


「反応ありません!」


「主電源は!?」


「遮断されたままです!」


「魔力供給もゼロ!」


 それでも、無慈悲な機械音は止まらなかった。


 ピコン。


【姫君救出訓練を開始します】


「開始するなァァァ!」


「ハルカさん、こちらへ!」


 操が姉貴の腕を取り、設備から引き離そうとする。反対側では、セバスが銀のトレイを放り出し、小さな身体で姉貴の腰へしがみついた。


「姫様、お下がりください!」


「下がりたいけど、足が動かない!」


 姉貴の靴が、床へ縫いつけられたように動かない。


「全員、安全線の外へ!」


 チーフの指示で、スタッフたちがスタジオ外へ退避していく。撮影区域を囲む透明な防護壁が下り、内側に残ったのは俺、操、セバス、そして姉貴だけだ。


「玲司!」


「設備の外部から魔力が流れ込んでる!」


 俺は、床へ伸びる術式を目で追う。設備本体の魔力ではない。遮断された供給路を迂回し、外部から細い魔力経路が制御系へ直接差し込まれている。塔の魔力に似せた、不自然なほど整った魔力だ。


「昨日と同じだ!」


「塔を起動した外部術式?」


「ああ! 設備の制御系へ直接つながってる!」


 昨日の塔は消えた。だが、塔を起動させた何者かは、まだ終わっていない。


「接続を切れる?」


「時間をくれ!」


「稼ぐわ!」


 操が姉貴の前へ立ち、剣を抜く。


 その直後、模擬通路セットの扉が、ギギギ、と重々しい音を立てて開いた。中から青白い光が漏れ出し、さっきまで撮影用セットだった空間が救助試練の舞台へ塗り替えられていく。模造石の壁、装飾だけだった床の紋様、天井の魔力灯。そのすべてから、濃い魔力が立ち上っていた。


「撮影用の壁から魔力が出てるんだけど!?」


「実況してる場合か!」


「怖い時ほど声を出すのが大事って、さっき撮ったから!」


「安全啓発を実践するな!」


 隣で、セバスの小さな身体が震えた。


「この気配は……」


「セバス?」


 いつもの穏やかな雰囲気が消えている。兜の奥から、緊張した視線が模擬通路の奥へ向けられていた。


「知ってるのか」


「はい」


 セバスは腰の小剣へ手を掛ける。


「上位試練官でございます」


「強いのか」


「私では、足止めにもなりません」


 短い答えだった。昨日の塔で試練官を務めていたセバスが、足止めにもならないと断言する相手。その意味を考えるまでもない。


 模擬通路の奥から、甲冑の足音が響いた。カツン。カツン。カツン。一歩ずつ、ゆっくりと。


 青白い光の中から現れたのは、人間大の騎士だった。白銀の鎧。青いマント。腰には細身の剣。兜の奥で、冷たい光が揺れている。セバスより大きい。少なくともAランク上位級、救助者への対策まで含めれば、それ以上に厄介だ。


 白銀の騎士は姉貴を見ると、優雅に片膝をついた。


「見つけました、姫君」


「見つけなくていい!」


 騎士がこちらを一瞥する。その視線だけで、背筋へ冷たいものが走った。


「我が名はエリオット」


 白銀の騎士は静かに名乗る。


「姫君救出試練を司る上位試練官」


「設備へ戻れ。主電源は切れてるぞ」


「試練の開始に、人の定めた電源は必要ございません」


「現代設備を完全否定するな!」


「姫君は、正式な救助者が迎えに来るまで、我が城にてお預かりいたします」


「預かるな!」


「玲司!」


 姉貴の足元の光が、一気に強くなる。


「ハルカさん、こっちへ!」


「足が……動かない!」


「術式を切る!」


 俺は青白い魔法陣へ手を伸ばす。だが、エリオットが腰の剣を抜き、その切っ先で床を軽く叩いた。


 カン。澄んだ音が一度だけ響く。次の瞬間、俺と姉貴の間へ、青い結界が立ち上がった。


「邪魔だ!」


 拳を叩き込む。結界へ亀裂が走る。一撃で壊せる。だが、壊すまでの一瞬が致命的に長い。


 操が姉貴を引き、セバスも踏ん張る。それでも姉貴の身体は、少しずつ模擬通路の奥へ引かれていく。


「玲司!」


「今、壊す!」


 もう一度、結界へ拳を叩き込んだ。青い壁が砕け散る。だが、遅かった。姉貴の身体が、青白い光に包まれる。


「操!」


「離さない!」


 操は姉貴の腕をつかんだまま、床へ剣を突き立てた。それでも三人まとめて、少しずつ光の中へ引かれていく。


「このままでは、五月雨殿まで転移対象になります!」


「構わない!」


「試練外の者が同時に入れば、姫様がさらに深層へ移されます!」


「何よ、その迷惑な安全機能!」


「救助試練の公平性を保つためでございます!」


「拉致して公平を語るな!」


 エリオットが剣を振るう。青い衝撃が床を走り、操とセバスの手を姉貴から弾き離した。


「ハルカさん!」


 姉貴の身体が、模擬通路の奥へ引き込まれていく。


「姉貴!」


 消える直前、姉貴はまだ赤いランプが点灯していた安全記録用カメラへ顔を向けた。


「み、みんなー! 安全啓発動画の収録中だけど、また捕まりましたー!」


「安全記録へ配信者対応するな!」


 姉貴の姿が、青白い光の中へ消えた。


 スタジオが静まり返る。防護壁の向こうでは、チーフと協会監視員が停止装置を操作し続けている。セバスは小さな剣を構えたまま震え、操は奥歯を噛み締めてエリオットを睨んでいた。


 エリオットは立ち上がると、模擬通路の入口へ立ち、細身の剣を正面へ構えた。


「姫君は、我が城にて保護いたしました」


「保護じゃなくて拉致だろ」


 俺は低く言った。


「救助を望む者は、試練を突破なさい」


「礼儀正しく誘拐するな」


「礼節ある捕縛でございます」


「最悪の言い換えだな!」


 言葉遣いを整えても、危険度は一切下がらない。


「エリオット卿!」


 セバスが叫ぶ。


「姫様は、すでに救助者殿の庇護下にございます!」


 エリオットは静かにセバスを見る。


「ならば」


 冷たい声だった。


「その救助者に、改めて資格を示していただきましょう」


「示さなくていい!」


 胸の奥が熱を帯びる。姉貴が捕まった。助けを呼ぶ声が上がった。《ヒーロー見参》が動こうとしている。


 だが、まだ強制発動条件は満たしていない。姉貴は隔離されたが、現時点で直接命を奪われる状況ではない。先に外部接続を断てる可能性がある。


「玲司」


 操が俺を呼ぶ。


「何だ」


「外部術式を探して」


 操はエリオットから視線を外さない。


「こいつは私が止める」


「一人でやる気か」


「救助試練へ挑戦できるのは、一人ずつなんでしょう?」


「そのとおりでございます」


 エリオットが答える。


「挑戦中に別の救助者が介入した場合、姫君は一階層深く移送されます」


「どこまで面倒なんだよ!」


「公平な試練ですので」


「拉致被害者を人質にした時点で公平じゃない!」


 操が剣を構えた。


「私が正面を引き受ける。その間に、転送先と外部接続を特定して」


 俺を下がらせるためではない。俺の能力を知らないからでもない。操は、俺にしかできない役割を任せている。


「……わかった」


「ハルカさんは、私が取り返す」


 操の横顔は本気だった。見参完遂ニキ限界オタクの顔ではない。若手筆頭のAランク探索者、五月雨操の顔だ。


「私は、ハルカさんの友人で」


 剣先を上げる。


「今日の護衛よ」


 セバスが操を見上げた。


「探索者殿」


「何?」


「エリオット卿は、救助者の行動を読むことに特化しております」


「見ればわかるわ」


「私より、はるかに強い」


「そう」


「それでも、行かれるのですか」


「ええ」


 操は一切迷わなかった。


「昨日の救助を見て、思ったの」


 剣先が、わずかに上がる。


「憧れているだけでは、誰も守れないって」


 操はエリオットを見据えた。


「だから、今度は私が助ける」


 その言葉に、俺は一瞬息を止めた。能力に背中を押されているわけではない。強制演出もない。口上もない。操は自分で決めて、格上の相手へ踏み込もうとしている。


「勇敢な探索者殿」


 エリオットが優雅に剣を構えた。


「貴女が姫君を迎えに参られるのですね」


「迎えに行くんじゃない」


 操の声は冷たい。


「取り返しに行くの」


「力強いお言葉です」


 エリオットが剣先を下げる。


「では、試練を開始いたしましょう」


 次の瞬間、操が消えた。そう見えるほどの速度で床を蹴り、音より先にエリオットの懐へ入る。


 キィンッ!


 操の剣と白銀の剣がぶつかり、澄んだ金属音がスタジオへ響く。操は止まらない。一撃目を弾かれた瞬間には、すでに二撃目へ移っている。左右から斬撃を重ね、足元を払い、エリオットを少しずつ模擬通路の入口から引き離していく。


「うまい……」


 エリオットが入口を守る番人なら、正面から倒す必要はない。入口からずらせば、その隙に俺が試練の構造や転送先を解析できる。操は最初から、俺が動ける空間を作ろうとしていた。


 俺も床へ手を当て、外部から流れ込む魔力を追う。細く、深く、設備の術式へ幾重にも偽装されている。誰かが意図的に、追跡を難しくしている。


「玲司!」


「まだ時間が必要だ!」


「十分稼ぐ!」


 エリオットの手甲から、青い封印鎖が伸びる。操は身を捻ってかわし、鎖の根元へ小刀を投げた。小刀が接続部へ突き刺さり、青い光が一瞬だけ乱れる。


「そこ!」


 操の剣が、エリオットの左手甲を斬った。初めて、白銀の騎士の動きが止まる。


 セバスが息を呑んだ。


「封印鎖の起点を、初見で……!」


「すごいのか」


「上位試練官の封印術は、救助者の動きを読むことに特化しております。初見で崩すなど、普通は不可能です」


「操は普通じゃない」


 昔から知っている。努力を努力として見せないまま、誰よりも積み重ねてきた女だ。今も、それだけは変わらない。


「見事です、探索者殿」


 エリオットが静かに告げる。


「褒める余裕があるなら、ハルカさんを返しなさい」


「姫君は試練の中心におられますゆえ、それはできません」


「なら、あなたを退かす」


 操の剣筋が変わった。鋭い突きから、相手の動きを封じる広い斬撃へ。同時に、エリオットの周囲へ散っていた小刀が光る。操は戦闘中、床へ見えないほど小さな魔力杭を打ち込んでいた。


「開け!」


 簡易拘束陣が起動し、エリオットの動きを一瞬だけ止める。操は、その隙に入口へ走った。姉貴のいる模擬通路まで、あと一歩。


「素晴らしい工夫です」


 背後から、エリオットの声が響く。


「ただし、姫君救出試練において、救助者が通る道には必ず審査がございます」


 拘束陣が青い光とともに砕けた。操の足元へ魔法陣が浮かび、横へ跳んだ彼女を追尾する。床から伸びた封印鎖が足首へ絡みついた。


 操が剣を振り下ろし、鎖を半ばまで断ち切る。その瞬間、エリオットが間合いを詰めた。白銀の剣が操の剣を大きく弾き、返した柄が腹部を正確に打ち抜く。


「がっ……!」


 操の身体が吹き飛び、魔力吸収材の壁へ叩きつけられた。


「操!」


 反射的に駆け出そうとする。だが、操は片手を上げて俺を制した。


「来ないで……!」


「でも!」


「今、あなたが入ったら、ハルカさんが深層へ移される!」


 足が止まる。


 操は壁へ手をつき、ゆっくりと立ち上がった。口元には、わずかに血が滲んでいる。それでも目は死んでいない。剣を拾い直し、もう一度構える。


「まだ、終わってない」


 エリオットは静かに頷いた。


「その意志、敬意に値します」


「敬意があるなら、道を開けなさい」


「敬意があるからこそ、試練を続けます」


「面倒な騎士ね」


「よく言われます」


 二人の剣が再びぶつかる。操は押されながらも、剣筋、足運び、呼吸を一合ごとに変え、エリオットの癖を探り続けていた。


 ただ、相手が悪い。救助対象へ向かう動き、誰かを庇うために踏み込む角度、姉貴へ近づこうとする意識。エリオットは、そのすべてを読んで封じるために存在している。操が真剣に誰かを助けようとするほど、絡め取られていく。残酷な設計だった。


「このままでは、削られます」


 セバスが震える声で言う。


「わかってる」


「外部経路は?」


「もう少しだ」


 術式の奥に、姉貴の転送先が見え始めている。だが、そこへ届く前に操がもたない。


 封印鎖が操の肩を掠め、動きが一瞬鈍る。そこへエリオットの剣が入る。操はギリギリで受け止めたが、足元の鎖が救助対象へ近づく方向だけを正確に塞いでいく。


「操ちゃん!」


 模擬通路の奥から、姉貴の声が響いた。


「もういいよ! 無理しないで!」


「無理じゃない!」


 操が叫ぶ。珍しく、声に強い感情が乗っていた。


「私は、あなたの護衛よ!」


「でも!」


「それに……!」


 操の剣が強く光る。魔力が一気に高まり、身体への負担を無視した加速が始まった。


「大切な人を守れない自分になんて、なりたくないのよ!」


 剣と身体を一本の線にした、真正面からの突撃。エリオットが初めて、明確な防御姿勢を取る。白銀の剣と操の剣が激突し、甲高い音がスタジオ全体へ響いた。


 操の切っ先が、エリオットの胸甲へ届く。一筋の傷が入った。だが、次の瞬間、その傷が青い光を放つ。


「なっ……!」


 操の剣が、傷口へ吸い込まれるように固定された。カウンター封印。エリオットは最初から、操の最大打点を待っていた。


「見事です、探索者殿」


 エリオットの声は本気だった。


「貴女の剣は、確かに私へ届きました」


「くっ……!」


 操が剣を引こうとする。だが抜けない。エリオットの左手から、青い封印鎖が至近距離で放たれた。


「操!」


 俺が動くより早く、操は剣を捨て、身を反らした。それでも完全には避けきれない。鎖が左腕へ絡みつき、その身体を床へ叩きつける。


「っ……!」


 操が膝をつく。エリオットは剣を返し、操の首元へ切っ先を突きつけた。


 静寂。


 操は荒く息を切らしている。服は乱れ、腕には青い封印鎖。剣はエリオットの胸甲へ固定されたままだ。それでも、操は負けを認めていない目でエリオットを睨んでいた。


「試練、ここまででございます」


 エリオットが静かに告げる。


「貴女は強い。ですが、姫君を迎える救助者としては、まだ足りません」


「……勝手に、決めないで」


 操は歯を食いしばった。


「私は、まだ……」


 立とうとする。だが、封印鎖が腕と脚を縛り、魔力を奪っている。動けない。それでも操は、立とうとしていた。


「操ちゃん!」


 姉貴の声が、模擬通路の奥から震えて響く。


「もういいから! お願い、無理しないで!」


 操は、少しだけ笑った。


「ごめん、ハルカさん」


「操ちゃん……」


「護衛なのに、守れなかった」


「そんなことない!」


「でも」


 操は苦しそうに顔を上げ、俺を見た。


「玲司」


「何だ」


「外部術式は?」


「転送先まではつかんだ」


「そう」


 操は、ほんの少しだけ安心したように息を吐いた。


「なら、お願い」


「操」


「助けて」


 かすれた声だった。だが、はっきりと俺へ届いた。


「ハルカさんを、助けて」


 さっきまで、初心者へ向けて語っていた言葉。助けを呼ぶことは、恥ずかしくない。操は今、それを自分で選んだ。


 その一言で、胸の奥の熱が一気に爆発した。


【救助対象:星宮ハルカ】

【危険対象:五月雨操】

【救援要請を確認】

【固有能力《ヒーロー見参》】

【強制発動条件を満たしました】


 姉貴は捕らわれている。操は倒れている。それでも最後まで、自分の役割を果たそうとした。もう十分だ。十分すぎる。


 俺は一歩、前へ踏み出す。セバスが俺を見る。エリオットも俺を見る。操が苦しそうに顔を上げた。


「玲司……?」


 模擬通路の奥から、姉貴の声が響く。


「玲司、来ちゃ駄目!」


 何が駄目なんだよ。行くに決まっている。


 姉貴が捕まっている。操が倒れている。助けを求める声がある。なら、正体がバレることなんて比べるまでもない。迷う理由など、どこにもなかった。


 身体の奥から、黄金の光が漏れ出す。


 操が目を見開いた。


「玲司、あなた……」

お読みいただきありがとうございます!

毎日7:10と19:40の2話更新です。

続きもお楽しみに!

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