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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第40話:【万全の安全対策】確認するなァァァァ!

午後三時八分。ステラライブ事務所、第六スタジオ。予定より八分遅れで、収録前の最終確認が行われていた。


 スタジオには、やけに教育番組らしい背景セットが組まれている。ホワイトボード。魔力濃度計の模型。初心者探索者向けのヘルメット。


【ダンジョンは許可を取って安全に!】


 そう書かれたフリップ。その隣には、なぜかティーセット。


「おい」


 俺はスタッフジャンパーのジッパーを顎まで上げ、セットの端を指差した。


「安全確認で八分遅れた収録現場に、なぜティーセットがある」


「姫様の休憩用でございます」


 答えたのは、身長五十センチほどの紅茶騎士セバスティアンだった。銀の鎧。小さな兜。銀のトレイ。ステラライブのスタジオに紅茶騎士が立っている時点で、安全啓発以前に現実感が壊れている。


「今日は護衛として来たんだろ」


「護衛とおもてなしは両立可能でございます」


「危険時は紅茶より先に逃げろ」


「まず心を落ち着かせることも重要です」


「安全な場所へ逃げてから落ち着け」


 セバスは当然のように、スタッフパスを首から下げていた。身体に対して大きすぎるパスが、鎧の前面をほとんど覆っている。


【臨時スタッフ:セバスちゃん】


「誰が発行した」


「私だよー」


 姉貴――星宮ハルカこと黒瀬遥香が、収録用の衣装で手を振った。清楚な白いジャケット姿。一見すれば、非常にまともである。


 一見すれば。


「姉貴。協会でも扱いが決まっていない謎の執事へ、勝手にスタッフパスを発行するな」


「でも、セバスちゃんもお仕事するんだよ?」


「何の仕事だ」


「護衛と紅茶」


「二つ目がいらない!」


「緊張を和らげることも、立派な安全管理でございます」


「ティータイムへ入る前に危険から離れろ!」


 スタジオ奥の設備区画から、操が戻ってきた。黒い探索者ジャケット。腰には剣。手には協会の検査端末。以前のような高速撮影カメラは持っていない。今日は正式な護衛と安全監督として来ている。


「二度目の魔力走査、完了したわ」


 操が端末を掲げる。


「撮影区域、控室、衣装、搬入口は異常なし。訓練設備の主電源と魔力供給も遮断済み。起動キーは協会の監視員が保管している」


「緊急停止装置は?」


「二か所とも動作確認済み。異常値を一つでも検知したら、説明より先に撤退する」


「頼む」


「任せて」


 昨日、姉貴が実際に強制転移させられたばかりだ。念を入れすぎるくらいで、ちょうどいい。俺は姉貴を見る。


「一人で離れない。知らないものへ触らない。呼ばれても近づかない」


「わかってるよ」


「紅茶が置いてあっても?」


「セバスちゃんに確認する!」


「よし」


「玲司、保護者みたい」


「昨日捕まった本人が言うな!」


 チーフマネージャーが、乾いた笑いを漏らした。


「安全確認も終わったことですし、打ち合わせを始めましょう」


「その前に、黒銀ヒーローの映像利用条件を確認してください」


 チーフが大型モニターへ仮編集映像を表示する。


「使用するのは、口上の最初の一節と救助場面のみ。『我がレディ』『抽出完了』、胸部の拡大映像は使わない」


「公開前に、本人へ最終確認」


「必ず行うよ」


 操が端末を操作した。


「専門用語は『安定した救助姿勢』で統一するわ」


「お前が止める側に回るとは」


「協会監修の教材に、非公式名称は使えないもの」


「その判断を一生維持してくれ」


 セバスが小さなメモ帳を開く。


「では、救助者殿の右肩に残された三点分の改善事項を、巻末資料として――」


「全国へ提出するな!」


「後進の育成に役立つかと」


「俺の羞恥を後世へ継承するな!」


 打ち合わせが始まり、チーフが進行表を読み上げる。


「本日の動画は三部構成です。第一部、ダンジョンへ入る前の許可と装備確認」


「良いですね」


「第二部、危険を感じた場合の撤退判断」


「重要です」


「第三部、助けを呼ぶことの大切さ」


「非常に良い構成です」


 まともだ。驚くほどまともだ。


「第三部では、協会提供の救助映像を使用します」


「条件は守っていますよね?」


「もちろん」


 映像が流れた。


〝――助けを呼ぶ声があるなら!〟


 黒銀ヒーローが現れ、そのまま巨大番人の槌を片手で受け止める。口上の続きはない。我がレディもない。抽出完了もない。黒歴史が八割ほど削られている。


「……これなら、まだ」


「本人の最終許可は必要だけれどね」


「絶対に忘れないでください」


「忘れないよ」


 姉貴が俺の隣へ来たので、反射的に一歩下がった。


「何で離れるの?」


「昨日の今日だ。安全距離を取る」


「私は危険物?」


「塔から理想のプリンセス認定を受けた人間は要警戒よ」


 操が俺と姉貴の間へ入る。


「操ちゃんまで!」


 少なくとも今日に限っては、俺の尊厳より姉貴の安全が優先されている。それなら味方だ。たぶん。


 収録が始まった。カメラが回ると、姉貴の雰囲気が変わる。黒瀬家でスコーンを頬張っていた干物姉は消え、ステラライブ所属の人気配信者、星宮ハルカになる。柔らかな笑顔、聞き取りやすい声、初心者にもわかりやすい説明。


「皆さん、ダンジョンと聞くと少しワクワクするかもしれません。でも、許可なく入るのは絶対に駄目です」


 姉貴はカメラへまっすぐ語りかける。


「入る前には、必ず許可と装備を確認してください。危ないと思ったら無理に進まず、すぐに引き返しましょう」


 文句のつけようがない。この危機管理意識を、できれば私生活でも維持してほしい。


「怖い時や、自分だけでは対処できない時は、必ず助けを呼んでください。助けを呼ぶことは、恥ずかしいことではありません」


 完璧だ。このまま終われ。


「実際に私も、危険な場面で声を上げたことで助けてもらえました。その時の映像がこちらです」


 大型モニターへ、仮編集映像が映し出された。


〝――助けを呼ぶ声があるなら!〟


 画面の中で、黒銀ヒーローが番人の槌を受け止める。本日二度目の再生だ。


【助けを呼ぶ声が届いた例】


 そこはいい。


【救助者は周囲への二次被害も防いでいる】


 それもいい。


【安定した救助姿勢により、被救助者の揺れを軽減】


「……」


 胸郭サスペンションではない。条件は守られている。耐えろ。これなら、まだ教育映像の範囲だ。


 その下へ、小さな補足が表示された。


【技術監修:セバスティアン】


「待て!」


 収録が止まった。


「何でお前が監修してるんだ!」


「救助姿勢に関する所見を、編集担当の方へ提出いたしました」


「いつの間に!」


「映像内には、改善事項を記載しておりません」


「別資料にあるのか!?」


「全四ページでございます」


「破棄しろ!」


 チーフが慌てて編集担当を見る。


「技術監修の表記は、協会確認後にしましょう」


「確認前提で残すな!」


 操が資料へ目を落とす。


「内容自体は正確ね」


「読むな!」


「右肩の緊張と、三十七段目の重心移動について――」


「お前まで戻ってくるな!」


 操は資料を閉じた。


「教材には使用しないわ」


「最初からそうしてくれ!」


 収録は再開された。次は、操の解説パートだ。若手筆頭のAランク探索者として、落ち着いた声で説明する。


「ダンジョン内では、案内役や護衛がいても油断してはいけません」


 実績に裏打ちされた説得力。


「魔力濃度の変化、空間の歪み、不自然な音や設備表示。同行者の反応にも注意してください」


 簡潔でわかりやすい。しかも今日は、一度も胸郭と言わなかった。


「成長したな」


「初心者向けに表現を調整しただけよ」


「普段から続けてくれ」


 セバスにも、なぜか出番が用意されていた。姉貴が「子供にもわかりやすいかも」と言い、チーフが「協会にも参考人として確認されていますし、安全な内容なら」と許可し、セバスが「姫様のお役に立てるのであれば」と乗った。止める者は俺だけで、つまり止まらなかった。


 セバスは小さな台の上へ立ち、カメラへ優雅に一礼する。


「皆様、紅茶騎士セバスティアンでございます」


 見た目だけは非常にかわいらしい。


「危険な場所では、まず心を落ち着かせ、温かな紅茶を――」


「先に逃げろ」


 撮り直し。


「危険を感じましたら、まず安全な場所へ避難しましょう。その後、温かな紅茶を一杯」


「それならいい」


「なお、姫様を救助する場合は、お姫様抱っこの角度にも――」


「そこはいらない!」


 スタジオは笑いに包まれた。俺だけが笑えなかった。


     *


 午後四時四十二分。予定されていた三部の収録は、一通り終了した。姉貴の進行、操の解説、セバスの妙なマスコット感。悔しいが、動画としてはかなり良い。黒銀ヒーローの映像も、俺が提示した条件の範囲へ収まっている。


「よし」


 俺は深く息を吐いた。


「これで終わりですね」


「予定していた三部の収録は終了です」


 チーフが笑顔で頷く。終わった。安全啓発動画の収録が。何事もなく。


「ただ」


「…………」


 チーフの言葉が続いた。終わっていなかった。


「協会の最終確認待ちになっていた補助カットが一つ残っています」


「補助カット?」


「危険時の撤退場面です」


 進行表の最下段には、こう書かれている。


【第二部補助映像:模擬通路からの退避実演】


「予定外の追加撮影ではありません」


「事前申請済み?」


「はい」


 壁際にいた協会監視員が答えた。


「設備の最終走査も完了しています。魔力異常はありません」


「設備は起動しません」


 チーフが補足する。


「電源も魔力供給も落としたまま、通路の壁と照明だけを使います。ハルカさんが出口へ向かう場面を撮影するだけです」


 監視員の首には、確かに起動キーが下がっている。協会監視員は二人、操とセバスもいる。安全条件だけを見れば、断る理由はない。だが。


「設備の正式名称は?」


 俺は聞いた。チーフが首を傾げる。


「正式名称?」


「型式と用途も確認すると、御影さんへ約束しました」


「資料を確認します」


 チーフがタブレットを操作する。


「小規模な城内通路型ダンジョンを再現した、初心者向け退避訓練設備です」


「城内通路型」


 嫌な単語だ。


「型式は?」


「KR―04」


「起動条件は?」


「操作卓からの手動起動のみ。現在は電源と魔力供給の両方が遮断されています」


「名称を読んでください」


「名称ですか?」


「正式名称を、一文字も省略せずに」


 チーフが画面をスクロールする。


「ええと……」


 その声が止まった。


「チーフ?」


「設備名称は……」


 チーフの顔から、笑顔が消える。


「姫君救出訓練用モデル、とあります」


 俺は天を仰いだ。終わった。完全に終わっている。捕らわれのプリンセスを連れて、姫君救出訓練用モデルへ入ろうとしている。設備を起動しなくても、名前の時点で駄目だ。それは訓練ではない。召喚儀式だ。


「中止!」


 俺は叫んだ。


「補助カットも中止です! 姉貴を設備から離してください!」


「賛成するわ」


 操が即座に姉貴の前へ出る。


「ハルカさん、出口側へ」


「う、うん」


 セバスも銀のトレイを置き、姉貴の反対側へ回った。


「姫様、私から離れぬようお願いいたします」


「監視員さん!」


「緊急停止装置を確認します!」


 協会監視員が操作卓へ走り、もう一人が首から下げた起動キーを握った。


「キーはここにあります! 主電源も遮断されたままです!」


「なら、何も起こらないはずです」


 チーフが言った。


「起動はしていません」


 ピコン。


 その無慈悲なほど軽い機械音が、スタジオの奥から響いた。


 全員の動きが止まる。誰も操作していない。主電源は切れている。魔力供給も遮断されている。起動キーは、協会監視員の首から下がったままだ。


 だが、模擬通路セットの入口に設置された表示板へ、淡い金色の文字が浮かび上がる。


【特殊職業を確認】


「確認するな!」


 その下へ、見慣れたくもない名称が表示された。


【捕らわれのプリンセス】


「確認するなァァァァ!」


お読みいただきありがとうございます!

毎日7:10と19:40の2話更新です。

続きもお楽しみに!

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