第39話:【業務です】俺の黒歴史を公的機関が分析しています
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姉貴と操、セバスが第三会議室を出ていく。
向かう先は第六スタジオ前の待機スペース。安全走査が終わるまで、姉貴をスタジオへ入れないためだ。
室内に残ったのは俺と御影さん、それから非公開確認の対象外であるチーフマネージャーだけになった。
「チーフマネージャーさんも、席を外していただけますか」
「わかりました」
チーフは立ち上がりざま、俺を一度だけ振り返った。
「黒瀬くん。安全確認が終わるまで、収録は始めないから」
「お願いします」
「必ず守るよ」
最後の一人が退室し、第三会議室の扉が閉まる。御影さんが壁の防音術式を起動すると、淡い光が室内を包み、廊下の音が完全に遮断された。
「では」
一拍置いて。
「黒瀬レイさん」
「その呼び方をされると、急に逃げたくなります」
「業務です」
「その一言で全部済ませるの、やめませんか」
「便利ですので」
「認めた!」
御影さんは、合同聞き取りでは出さなかった資料を取り出した。表紙には、見覚えのある文字が大きく記されている。
【登録能力『ヒーロー見参』異常発動報告】
「公文書に能力名を大きく書かないでください」
「登録名称です」
「高校時代の俺を殴りたい」
「命名したのは能力側だと聞いています」
「なら能力を殴りたい」
「無形です」
「知ってます!」
御影さんが資料を開く。
「昨日、登録能力『ヒーロー見参』は、本人の意思に反して強制発動した」
「はい」
「変身だけではなく、名乗り、ポーズ、発言、退出時の救助姿勢まで強制された」
「全部です」
「『抽出完了』も?」
「聞かないでください」
「『我がレディ』も?」
「確認しないでください!」
「記録上、必要です」
「俺の人生には不要です!」
御影さんは淡々と項目へ印をつけていく。タブレットには昨日の塔内部で撮影された映像が映っていて、画面の中の黒銀ヒーロー――つまり俺――は、右手首を左手で掴み、左腕を脇へ挟み込み、さらに右手を喉元へ伸ばして、必死に発声を止めようとしていた。
御影さんが映像を一時停止する。
「抵抗動作を確認」
「そこは確認しなくていいです」
「右腕、左腕、発声器官の順に、強制された動きを封じようとしています」
「公的な記録へ詳しく書かないでください」
「能力干渉を証明する重要な動作です」
「俺の必死な名乗りキャンセルが証拠資料になってる!」
「映像が鮮明で助かります」
「俺は一切助かってません!」
御影さんが映像を少し進める。画面の中の俺は、姉貴の声を聞いた直後、強制的に姿勢を正されていた。
「能力の強制力は、塔の術式が加わる前より強かった?」
「比較になりません」
「通常は抵抗できる?」
「名乗りなら、途中で止められます」
「昨日は?」
「姉貴が俺を見て安心した瞬間、無理になりました」
「救助対象からの信頼が、強制力を上昇させた」
「たぶん」
「感謝された場合は?」
「さらに悪化しました」
「特殊な能力ですね」
「他人事みたいに言わないでください」
「他人ですので」
「担当者でしょう!」
御影さんは資料の別項目へ視線を落とした。
「塔の術式は、能力を新しく作り出したわけではない」
「はい」
「もともと能力に存在した演出や救助動作を、塔側が増幅した」
「だと思います」
「では、今後同様の施設へ接触した場合、再び強制力が増す可能性がある」
「嫌な結論を出さないでください」
「必要な危険評価です」
「業務ですか」
「業務です」
「先に言われた!」
御影さんはタブレットを伏せ、次の資料へ移った。
「一般共有版の報告書では、黒瀬玲司さんと黒銀ヒーローは、別の関係者として記録します」
「別人扱いですか」
「はい」
「閲覧制限付きの記録では?」
「黒銀ヒーローの正体が黒瀬レイさんであることを記載します」
「誰が見られるんですか」
「ランク審査課の一部、救助案件の統括責任者。必要が生じた場合の協会幹部です」
「犬飼査察官は?」
「すでに知っています」
「知ってましたね!」
犬飼査察官。正体を暴こうとする敵だと思っていたら、最初から全部知ったうえで、俺の陰キャ演技に付き合っていた男だ。俺の人生には、思い出したくない人間が多すぎる。
「五月雨操さんへ、協会から開示する予定はありません」
「助かります」
「本人からも、正体の調査を目的とした依頼は出ていません」
「そうなんですか」
「今回の報告書にも、黒銀ヒーローの個人情報を推測する必要はないと明記されています」
「……操が?」
「はい」
御影さんが資料の一部をこちらへ向けた。
【必要なのは救助能力と塔の術式干渉の解析であり、個人の特定ではない】
「あれだけ疑ってるのに……」
「何か?」
「いえ」
操は自分から境界線を引いてくれたらしい。俺が正体を隠している限り、無理に暴くつもりはない。ありがたい。配信終了後の業務報告まで諦めたとは思えないが。
「まともだ」
「普段はまともではないのですか」
「胸の話になると、少し」
「報告書にも、胸部に関する記載が多かったですね」
「そこは読まなくていい!」
「専門的な分析でした」
「公的機関から評価するな!」
御影さんが資料を閉じる。
「もう一つ、重要な確認があります」
「何ですか」
「塔の起動者が、星宮さんだけでなく、あなたの存在も認識していた可能性についてです」
空気が変わった。
「俺を?」
「塔は起動後、星宮さんの特殊職業を現場で読み取ったと考えられます」
「はい」
「あなたの能力も、塔が現場で認識した可能性が高い」
「なら、起動者は関係ないのでは」
「その可能性もあります」
御影さんは、机の上へ昨日の周辺記録を置いた。
「ですが、起動した塔型モニュメントは、星宮さんの配信ルート上にありました」
「……」
「さらに、モニュメントが封印塔として起動したのは、あなたが現場へ到着した後です」
「偶然でしょう」
「かもしれません」
「俺が来ることは、ステラライブの内部しか知らなかった」
「ですので、情報流出の可能性も含めて調査します」
「原因は姉貴だけではない……?」
「起動者が星宮さんを主な対象とし、あなたが救助へ入ることまで見込んでいた可能性は捨てません」
誰かが姉貴を塔へ取り込み、俺が救助へ入ることまで予測していた。考えたくはない。だが、出来すぎている。
「現時点では、あくまで推測です」
御影さんが言う。
「不必要に混乱する必要はありません」
「でも、安全管理は徹底してください」
「はい」
「どっちなんですか」
「警戒と混乱は別です」
「正論で殴られた」
「星宮さんの護衛体制は強化します。黒瀬さんも、単独で異常な魔力反応を追わないでください」
「俺も?」
「あなたは、姉を狙う事件となると単独で動く傾向があります」
「そんなことは」
「過去の行動記録を読み上げますか」
「やめてください」
「では、最初の単独突入事例から――」
「本当にやめてください!」
御影さんは資料を伏せた。
「異常があれば、まず協会へ連絡してください」
「善処します」
「約束してください」
「セバスと同じことを言われた」
「二人とも、善処で逃げるからです」
「……連絡します」
「お願いします」
御影さんが最後の資料を取り出す。表紙には、またしても見覚えのある文字。
【安全啓発教材候補】
「まだ諦めてなかったんですか」
「以前の面談でお伝えしたとおりです」
「候補のままで終わらせてください」
「今回の件で、教材としての価値がさらに高まりました」
「俺の黒歴史の価値を上げるな!」
「危険時に助けを呼ぶこと」
「はい」
「救助者が周囲への二次被害を防ぐこと」
「はい」
「被救助者を安定した姿勢で搬送すること」
「……はい」
「すべて、一つの映像へ収まっています」
「フル口上と我がレディも入ってます!」
「そこは編集できます」
「全部編集で消してください」
「映像がなくなります」
「それが理想です!」
御影さんが、再びタブレットへ昨日の映像を表示する。黒銀ヒーロー、つまり俺が、金色の光を背負って人生最大の公開処刑を受けている。
「本日の収録では、仮素材として使用します」
「許可してません」
「公開前に、黒瀬レイさん本人の許可を取ります」
「今、本人が拒否しています」
「まずは編集案をご確認ください」
「作った後に断りづらくする作戦ですか」
「教材制作では一般的な工程です」
「俺には圧力に見えます!」
「使用条件を提示してください」
「条件?」
「正体につながる部分は使用しない」
「当然です」
「我がレディは絶対に使わない」
「わかりました」
「抽出完了も」
「戦闘教材として有用ですが」
「使わない」
「わかりました」
「フル口上は?」
「最低限」
「使用しないという選択肢は?」
「登場の経緯がわからなくなります」
「突然出てくる黒い人でいいでしょう」
「不審者に見えます」
「口上を言っても不審者です!」
「最初の一節までで調整します」
「『助けを呼ぶ声があるなら』まで?」
「はい」
「その後は切る」
「検討します」
「切る!」
「……編集担当へ伝えます」
「胸郭サスペンションは禁止」
「何ですか、それは」
「知らないなら、そのまま忘れてください」
「五月雨さんの資料に記載がありました」
「読むな!」
御影さんの目が、わずかに細くなる。
「救助時の衝撃分散を説明するには、有用な表現では?」
「御影さんまで染まるな!」
「では、『安定した救助姿勢』」
「それでお願いします」
「鍛錬された胸部による――」
「前半だけでいい!」
「まだ最後まで言っていません」
「言わせたら負ける気がしました!」
御影さんが、ようやく資料をまとめる。
「公開前に、必ず黒瀬レイさんへ映像を確認してもらいます」
「勝手に公開しない」
「はい」
「俺が拒否した箇所は消す」
「安全啓発上、必要性が高い場合は協議します」
「消す!」
「協議します」
「公的機関が強い!」
「業務です」
「万能の言葉にするな!」
壁を包んでいた淡い光が消え、防音術式が解除される。
「非公開確認は以上です」
「終わった……」
「本日の収録条件も、先ほど確認した内容を厳守してください」
「設備は俺も確認します。異常があれば即中止。撮れ高も捨てる」
「星宮さんが続けられると言っても?」
「撤退させる」
「合格です」
「まだ審査されるのか!」
*
第三会議室を出る。廊下では姉貴、操、チーフ、そして銀色の小さな鎧へ着替えたセバスが待っていた。
「何で鎧に戻ってるんだ」
「護衛任務でございますので」
「切り替えが早い」
「安全管理は装備からでございます」
「そこは正しいのが腹立つ!」
操が資料ケースを閉じる。
「第六スタジオの一次走査は異常なし。これから二次走査に立ち会うわ」
「頼む」
「緊急停止装置も確認する」
「姉貴」
「一人でどこかに行かない!」
「知らないものへ触らない」
「触らない!」
「呼ばれても近づかない」
「近づかない!」
「紅茶が置いてあっても?」
「セバスちゃんに確認する!」
「よし」
「玲司、保護者みたい」
「昨日捕まった本人が言うな!」
チーフが苦笑した。
「予定外の設備起動も、追加撮影もしない。約束するよ」
「お願いします」
「昨日の今日で、同じ失敗はしない」
その答えは真剣だった。
安全走査。護衛二名。協会職員の監視。予定外の設備起動は禁止。異常があれば、収録は即時中止。これだけ確認すれば、さすがに何も起こらないはずだ。
何も。起こらないでほしい。
「では本日は、ダンジョン初心者向け安全啓発動画の収録です!」
チーフの声とともに、俺たちは第六スタジオへ向かって歩き始めた。
事件の聞き取りに来たはずだった。協会へ正体を確認される覚悟もしていた。だが気づけば俺は、とっくに正体を知っている公的機関の監修で、人生最大の黒歴史を初心者向け教材へ加工する収録へ向かっていた。




