第36話:【見参完遂ニキ】俺の黒歴史がトレンドを独占している
翌朝。
目を覚ました瞬間、俺は昨日の出来事がすべて夢だった可能性に賭けた。
封印塔。捕らわれのプリンセス。巨大紅茶番人。強制フル口上。我がレディ。強制お姫様抱っこ。
全部、疲労が見せた悪夢。そうであってほしい。
俺はベッドの上で、ゆっくりとスマートフォンへ手を伸ばした。
画面をつける。
通知、九百九十九件以上。
「…………」
そっと画面を伏せた。
夢ではない。現実だ。しかも、俺が寝ている間にも成長し続けたタイプの現実。
最悪である。
もう一度、恐る恐る画面を開く。
最初に目へ入ったのは、姉貴からのメッセージだった。
『玲司、おはよう!』
『昨日は助けてくれてありがとう!』
『ヒーローさんにも伝えておいてね!』
「誰が伝えるんだよ」
俺だ。
だが、姉貴は俺が黒銀ヒーローだと知っている。知っているのに、こういう他人行儀な茶番をわざわざメッセージで送ってくる。
絶対に楽しんでいる。
続けて、画像が一枚送られてきた。
昨日、俺が姉貴をお姫様抱っこし、消滅する塔から出てきた瞬間だった。黒銀スーツ姿の俺。腕の中で頬を赤らめる姉貴。背後では、剣を構えた操が周囲を警戒している。
画面下には、巨大な文字。
【見参完遂ニキ、我がレディを救出】
「タイトルをつけるな!」
さらにメッセージが届く。
『待ち受けにしたよ!』
『今すぐ消せ』
『家族写真みたいでいいのに』
『どこがだ!』
『じゃあロック画面だけにするね』
『全部消せ!』
返信が途切れた。
嫌な予感がする。
数秒後、姉貴のアイコン画像が昨日のお姫様抱っこへ変わった。
「公にするなァァァァ!」
俺の絶叫が朝の部屋へ響いた。
壁の向こうから、ゴンと音がする。隣人らしき何かが壁を叩いたらしい。
「すみません」
小声で謝り、改めて現実と向き合う。
動画サイト。ニュース。SNS。
どれを開いても、昨日の俺がいた。
急上昇動画、一位。
【完全版】見参未遂ニキ、ついにフル口上を完遂
二位。
【耐久一時間】待たせたな、我がレディ
三位。
【専門家解説】黒銀ヒーローの衝撃分散
「専門家を呼ぶな。耐久にもするな!」
一時間も同じ台詞を視聴者へ浴びせ続けるな。
急上昇ワードもひどい。
見参完遂ニキ。我がレディ。抽出完了。胸で受けた。生活感のある胸板。
「後半は俺じゃないだろ!」
いや、俺由来ではある。だが、生活感のある胸板と評したのは姉貴だ。操も便乗した。
俺は被害者である。
トレンドを開く。
>本人が死ぬほど嫌そうなの込みで完成されてる
完成させるな。
>抽出完了の後に肩を落とすところ好き
細かく見るな。
>見参未遂ニキ、見参完遂ニキへ進化
進化ではない。俺の社会的生命の退化だ。
投稿を下へ送ると、一枚の画像で指が止まった。
巨大番人の魔力弾を胸で受けた瞬間へ、赤い矢印が大量に書き込まれている。
【胸部で一次緩衝】
【腹部と背部へ分散】
【足裏から塔の外周へ排出】
投稿者、五月雨操。
「朝から何を公開してるんだ!」
投稿文も長い。
『周囲へ被害を漏らさず、塔の外周へ衝撃を逃がしています。極めて高度な魔力制御です』
その後も、延々と技術的な説明が続いている。
レポートか。論文か。
いや。限界オタクの怪文書だ。
>操さんの公式解説助かる
>Aランク探索者のお墨付き
>安全第一(物理)って本当に技術だったんだ
「誰がお墨付きを求めた!」
現役Aランク探索者が詳細な分析を公開した結果、俺が胸で魔力弾を受けた場面は、半ば公式の技術資料になりつつあった。
スマートフォンが震える。
操から電話。
出たくない。だが、無視すると家まで来る。
俺は覚悟を決め、通話ボタンを押した。
「何だ」
『おはよう、玲司』
「投稿を消せ」
『何の話?』
「全部だ!」
『無理よ』
「なぜだ!」
『すでに協会の事故解析資料として共有されているから』
「どこまで共有した!」
『救助動作と衝撃制御に関する部分だけよ』
「それが全部だ!」
『個人的な保存分なら、クラウド三か所と外付け記憶媒体二つにもあるけれど』
「災害対策するな!」
『貴重な記録だもの』
「冒頭に三千文字も胸部の説明が必要か!?」
『最も特徴的な部分だから』
「特徴にするな!」
電話の向こうで、操が小さく息を吐く。
『それより、今日時間はある?』
「ない」
『まだ何も言っていないわ』
「お前が俺を呼ぶ時は、大体ろくでもない」
『昨日の配信映像を、一緒に確認してほしいの』
「絶対に嫌だ」
『塔の術式と、黒銀ヒーローの能力干渉について確認したいだけよ』
「一人でやれ」
『もう五周した』
「十分だろ!」
『玲司は、塔の内部で術式の流れを一番正確に把握していたでしょう』
「……」
『あなたの意見が必要なの』
以前なら、なぜ短期スタッフの俺に聞く、とごまかせた。
だが操は、俺が現役探索者であり、塔の術式を解析できることまで知っている。今さら、ただのスタッフでは押し通せない。
「何を確認したい」
『黒銀ヒーローの名乗り前動作よ』
「結局そこか!」
『最後まで聞いて。フル口上の直前、何度も自分の腕と喉を押さえていたでしょう』
「癖だろ」
『その後、塔の魔力と同調するように発光が強くなった。本人の意思ではなく、塔か能力に動かされていた可能性がある』
鋭い。
俺の正体へ踏み込む質問は避けながら、能力の恥ずかしい仕様へは着実に近づいている。
『玲司も、能力が勝手に反応していると言っていたでしょう。黒銀ヒーローにも同じ強制力が働いたと思う?』
「可能性は高い。塔は救助イベントを完成させることに異常なほど執着していた」
『なら、本人が名乗りを嫌がっていたように見えたのも』
「本当に嫌だったんだろ」
『そう……』
「なぜ少し嬉しそうなんだ」
『理由がわかって、筋が通ったと思っただけよ』
「筋が通って喜ぶな」
『本人が嫌がっているなら、個人的な切り抜き投稿は整理するわ』
「本当か?」
『技術資料と保存分は残すけれど』
「結局残すのか!」
『今後、同様の強制演出が発生した際の対策に必要でしょう』
「名乗りの対策に災害級の保存体制を敷くな!」
『それに、フル口上自体はものすごく格好よかったから』
「やっぱり限界オタクじゃないか!」
『否定はしないわ』
少しは成長した。だが、根本は何も変わっていない。
『それと、昨日の塔について協会から連絡が来た』
操の声が真面目な調子へ変わり、俺もベッドの上で姿勢を正した。
「何て?」
『塔は完全に消滅した。でも、残留魔力が協会の把握している異常空間とは違うらしいわ』
「どう違う?」
『既知の異常空間は、周囲の魔力を取り込みながら形成される。でも、昨日の塔は逆だった』
「外部から魔力を供給されていた?」
『その可能性が高いそうよ』
笑い話では済まない。
捕らわれのプリンセス。姉貴を救助対象として認識し、俺たちを救助者として招き入れた封印塔。
あれが自然発生ではなかったとしたら、誰かが外から起動させた可能性がある。
『出現前から、周辺の魔力記録に不自然な揺れも残っていた』
「起動信号か」
『協会もそう見ている』
「発信元は?」
『まだ不明。ただ、塔の外部から魔力を受け取っていた形跡があるそうよ』
姉貴が狙われた。そう考えるには、まだ材料が足りない。
だが、塔は姉貴の特殊職業を正確に認識し、配信衣装に合わせた肖像まで用意していた。
偶然で片づけるには、準備が良すぎる。
「姉貴の情報が事前に登録されていた可能性は?」
『協会も調べている。職業情報が外部へ漏れた形跡は、今のところないそうよ』
「なら、塔が現場で読み取ったか」
『それとも、別の方法で知っていたか』
「ああ」
操の声が、わずかに低くなる。
『玲司。塔の転移術式へ接続した時、外部の魔力を感じなかった?』
転移術式へ触れた時の感触を思い出す。
あの時は姉貴を引き戻すことに集中していた。だが、術式の外周には、塔本体と性質の違う細い経路が一本だけあった。
「塔の魔力とは違う経路があった」
『やっぱり』
「ただし、途中で切れていた。発信元までは追えない」
『それでも重要な証言よ』
「協会には?」
『現場スタッフから、塔の術式に外部接続の可能性があるという証言があった、とだけ伝えた』
「俺の能力については」
『詳しく話していない』
「なぜだ」
一瞬、電話の向こうが静かになった。
『隠したいのでしょう?』
「ああ」
『なら、私が勝手に明かすことではないわ』
「……」
『話したくなった時に、本人が話せばいい』
「協会相手でも隠すのか」
『現場で秘密を抱える探索者は珍しくないもの』
「……助かる」
『ただ、今日の聞き取りでは、塔の構造と外部経路について玲司本人から説明して』
「どこまで?」
『能力の名称や取得経緯までは必要ないわ』
「協会が追及したら?」
『事件解決に不要な個人情報だと、私からも伝える』
「そこまでしてくれるのか」
『昨日、一緒にハルカさんを助けたでしょう』
操は淡々と言った。
『少なくとも、あなたが危険人物ではないことは知っている』
「そうか」
『でも、無茶をして能力の反動で倒れるのはやめて』
「昨日は倒れてない」
『物置へ入る直前、かなり苦しそうだった』
「あれは別の意味で苦しかった」
『能力の反動ではないの?』
「社会的な反動だ」
『意味がわからないわ』
「わからなくていい」
むしろ、永遠にわからないままでいてほしい。
『今日、協会の担当者がステラライブへ来るそうよ』
「聞き取りか」
『ええ。ハルカさん、玲司、私。それから現場スタッフ全員が対象』
「時間は?」
『午後一時。第三会議室』
「また第三会議室か」
『第四会議室は使用禁止になったそうよ』
「先日、王宮になったからな」
『塔も消えたし、しばらくは普通の会議室でいられると思う』
「その言い方だと、将来また何か起きそうだろ」
『玲司がいるもの』
「俺を怪異の発生源にするな!」
『冗談よ』
「間が本気だったぞ!」
通話が切れる。
俺はスマートフォンをベッドへ置いた。
協会の確認。塔の残留魔力。外部から流れ込んだ可能性のある起動信号。
偶発的な施設事故なら、対策を立てればいい。だが、誰かの意図があるなら話は変わる。
姉貴が狙われた可能性がある。なら、俺も行くしかない。
その時、スマートフォンが短く震えた。
【探索者協会 緊急連絡】
【塔案件に関係したスタッフは、本日十三時までにステラライブ第三会議室へ集合してください】
「……全員呼び出しか」
短期スタッフとして現場にいた俺も対象だ。
逃げる理由はない。いや、逃げても操が捕まえに来る。それだけは確信できる。
俺は小さくため息をつき、スタッフジャンパーを羽織った。
「頼むから……今日は普通の日であってくれ」
そう願った。
この時の俺は。
塔と運命を共にしたはずの執事が、すでに我が家のリビングで紅茶を淹れているなどとは、夢にも思っていなかった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




