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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第34話:【フル名乗り】限界オタク幼馴染の前で公開処刑

【強制発動条件を満たしました】


「待て」


 反射的に胸元を押さえる。


 嫌な予感ではない。確信だった。姉貴の恐怖を確認したシステムが、次に行うことなど一つしかない。


【固有能力《ヒーロー見参》】


【強制発動を開始します】


「ここではやめろ!」


 胸元から金色の光が漏れ始めた。肩、腕、腰。押さえ込んでいた魔力が、細かな粒子となって全身から溢れ出す。


「玲司」


 操が剣を構えたまま振り返った。


「それが、さっきから抑えていたもの?」


「……そうだ」


「このまま発動すると困るのね」


「ああ」


 操は俺の胸元へ一度だけ視線を向けた。何の能力なのか。なぜ隠しているのか。今ここで聞くことではないと判断したらしい。


「あと、どれくらい抑えられる?」


「数秒」


「わかった」


 操は即座に剣を振るった。


 俺と配信用ドローンの間へ垂れ下がっていた豪華な赤い幕。その吊り具だけを切断する。


 分厚い布が、音を立てて落下した。


「何を――」


「これで配信ドローンから玲司は見えないわ」


 操は巨大番人を見据えたまま、階段脇の木製扉を示す。


「右の物置へ。ここは私が止める」


「一人で大丈夫か?」


「長くは無理。でも、あなたが戻るまでは持たせる」


「……助かる」


「急いで」


 巨大番人が、姉貴のいる上階へ向けてティーポット型の槌を振り上げた。槌の注ぎ口へ紅茶色の魔力が集まり、姉貴を囲む王冠型の魔法陣も呼応して輝きを増す。


「玲司……!」


 姉貴の声が震えた。


 迷っている時間はない。


「操、上を頼む!」


「任せて!」


 俺は物置へ走った。その背後で操が踏み込み、巨大番人の兜へ魔力斬撃を叩き込む。


「こちらを見なさい!」


 甲高い金属音が響き、巨大番人の顔が操へ向いた。


 俺は木製扉を開けて中へ飛び込み、即座に閉める。


「狭い!」


 本当に物置だった。壁際には箒、モップ、バケツ。棚には、ティーカップを磨くためらしい布が大量に積まれている。


「別ルートなんてないじゃないか!」


【変身開始】


「演出カット!」


【不可】


「発光を抑えろ!」


【不可】


「無音!」


【不可】


「せめてポーズなし!」


【努力します】


「努力ではなく結果を出せ!」


 視界が黄金に染まった。


 脚から黒銀のスーツが形成されていく。足首から首元まで一切の隙間なく身体を覆い、胸板も腹筋も太腿も容赦なく形を拾う。


 いつもの精神攻撃用ヒーロースーツだ。


「何度見ても最悪だ……」


 最後に、黒いサングラス型バイザーが目元へ装着された。


【変身完了】


 黒瀬玲司から、正体不明の黒銀ヒーローへ。


 変身そのものは隠せた。


 だが、扉の向こうには、見参未遂ニキの動きを研究してきた五月雨操がいる。名乗りキャンセル時の喉仏、踏み込み時の足首、着地時の胸郭。そんな部分を真顔で分析していた女の目の前へ、今から本物として出なければならない。


「死ぬ」


【生命反応は正常です】


「社会的にだ!」


 ピコン。


【ヒーロー見参ビジネス連携】


【緊急案件候補を検出しました】


「今じゃない!」


【『安全第一、爽快一杯』発言時、報酬三百万円】


「案件を持ち込むな!」


【塔内部の紅茶で代用可能です】


「企業へ無断で代用するな!」


 扉の向こうから、ドォンッと巨大な衝撃音が響いた。物置の壁が揺れ、天井から埃が落ちてくる。


「くっ……!」


 操の声。


「操ちゃん!」


 姉貴の悲鳴。


 もう時間がない。


 俺は扉へ手を伸ばし、止まった。


 普通に扉から出れば、この物置へ入った黒瀬玲司と、出てきた黒銀ヒーローが完全につながってしまう。


「別ルート……」


 物置の石壁を見る。向こう側は、螺旋階段の上部へつながっているはずだ。


【構造物の破壊は推奨されません】


「お前が言うな!」


 正面から殴れば、破片が操や配信用ドローンへ飛ぶ可能性がある。なら、衝撃を抑え、破片をすべて上へ流す。


「安全第一」


 小さく呟く。


「物理で」


 床を蹴り、肩から石壁へ突っ込んだ。


 ドゴォォォォンッ!


 石壁が砕ける。破片は魔力で上方へ押し流し、姉貴にも操にも配信用ドローンにも届かない角度で、天井付近へ散らした。


 黒煙の中から、俺は塔の内部へ飛び出す。


「……え?」


 下から、操の声が聞こえた。


 巨大番人の進路を塞ぎながら、一瞬だけ動きを止めて俺を見上げている。


 操は、俺が入った物置の扉へ視線を向けた。


 やめろ。見るな。考えるな。


 だが、すぐに巨大番人へ意識を戻した。


 物置へ入った俺と、別の壁から現れた黒銀ヒーロー。普通なら不自然だ。


 だが、ここは空間まで歪む塔である。隠し通路か転移だと思っておけ。


 俺は崩れた壁を蹴った。


 黒銀の残像が、螺旋階段を飛び越えて上階へ走る。


 その瞬間、右手が勝手に腰へ向かった。


「させるか!」


 左手で右手首を掴む。すると今度は、左腕が天井へ向かって伸び始めた。


「お前もか!」


 右脇で左腕を挟み、動きを封じる。自由になった右手で喉仏を押さえた。


【名乗り演出を開始します】


「開始するな!」


 喉が勝手に開く。声帯が無駄に美しく整えられ、腹の底から、あの声がせり上がってきた。


「止まれ……!」


 今までと同じだ。名乗りを途中で止め、姉貴だけを助ける。


 できる。そう思った。


 だが、檻の中の姉貴がこちらを見た。


 黒銀の姿を認めた瞬間、恐怖に強張っていた顔が、わずかに緩む。


「ヒーローさん……!」


【救助対象からの絶対的信頼を確認】


【名乗り演出の強制力を最大化します】


「余計な確認をするな!」


 喉仏を押さえていた手が、強制的に外された。


 胸が開く。背筋が伸びる。配信用ドローンが、なぜか完璧な撮影位置へ移動した。


 下では操が巨大番人の進路を塞ぎながら、一瞬だけ俺を見上げている。


「本物……」


「今は敵を見ろ!」


「っ、わかってる!」


 操は槌を剣で逸らし、すぐ探索者の顔へ戻った。


 だが、見参未遂ニキ本人が目の前で名乗ろうとしている。その事実だけは、どうしても無視できないらしい。


「本当に、最後まで……?」


「期待するな!」


「期待ではなく、状況確認よ!」


「顔が期待してる!」


「少しだけ期待したわ」


「認めるな!」


 右手が腰へ。左手が天へ。身体が勝手に、完璧な姿勢を取った。


 黒銀のスーツが塔の金色の光を反射し、巨大な王冠型の魔法陣が、ちょうど背後へ重なる。


 配信映え、百点。俺の尊厳、零点。


 無駄にエコーの効いた低い声が、塔全体へ響き始めた。


〝助けを呼ぶ声があるなら〟


(やめろ……!)


〝闇を裂き、光を纏いて〟


(止まれ!)


(そこで止まれ!)


 操は巨大番人を警戒したまま、明らかに呼吸を止めていた。


〝囚われし姫の涙に応え〟


(姫って言うな!)


(実の姉だ!)


(勝手に設定を盛るな!)


>来たああああああ!!


>フル口上!?


>見参未遂ニキが止めてない!


>声良すぎる


>操さん固まってる


>胸郭まで輝いてる


〝悪しき檻を打ち砕くため〟


(頼む……)


(誰か俺を止めてくれ……)


 巨大番人までもが、槌を止めていた。


 待つな。敵まで待つな。演出を尊重するな。


 俺の口は、最後の一節を力強く叫んだ。


〝――ヒーロー見参ッ!!〟


 塔全体へ、名乗りが反響する。


 ヒーロー見参。


 ヒーロー見参。


 ヒーロー見参。


(反響するな……)


(一回で十分だ……)


>言い切ったああああ!!


>未遂卒業www


>フル見参ニキ爆誕


>かっこよすぎる


>本人だけ死にそう


>保存した


 操が一度、大きく息を吸った。


「……完璧」


「感想を言うな!」


「ごめんなさい。今は忘れるわ」


「今は、を付けるな!」


 それでも操は小型記録端末へ手を伸ばさず、剣を構えて巨大番人へ向き直った。


 その瞬間、巨大番人が再び槌を振り上げる。


 姉貴の檻へ一直線。


「遅い!」


 俺は床を蹴った。


 ドォンッ!


 石段が砕け、黒銀の身体が一瞬で上階へ届く。


 巨大なティーポット型の槌が振り下ろされた。俺は右手一本で受け止める。


 ガギィィィィン!


 衝撃が塔全体を震わせた。


 だが、姉貴の檻にも操にも配信用ドローンにも一切流さない。石片一つ飛ばさず、すべてを俺の身体で受け止める。


 安全第一。物理で。


>片手!?


>止めたあああ!!


>安全第一(物理)きた


>本当に物理だった


>映画始まった


 操が俺の足元と床へ視線を走らせた。


「衝撃を足裏から塔の外周へ逃がしている……」


「実況するな!」


「解析よ。檻側への振動はほとんどない」


「今は姉貴を見ろ!」


「ハルカさんも、檻の術式も見ているわ」


「欲張るな!」


「護衛だから!」


 巨大番人が、さらに槌へ力を込める。


 だが、この程度なら問題ない。俺は右手へ力を込めた。


 バキッ。


 槌に亀裂が走る。


「姉貴に」


 さらに握る。


「二度と」


 亀裂が広がる。


「近づくな!」


 バギィィィン!


 ティーポット型の槌が粉々に砕け散った。紅茶色の魔力が霧となり、爽やかな香りが塔を満たす。


「最後まで紅茶か!」


 巨大番人は砕けた柄を捨て、全身から黒い魔力を噴き出した。


 同時に、姉貴を閉じ込める王冠型の魔法陣が強く輝き、檻がゆっくりと縮み始める。


「ヒーローさん!」


 姉貴が叫ぶ。


「大丈夫だ!」


「玲――」


 姉貴は慌てて口を押さえた。


 操の視線が、一瞬だけ姉貴へ向く。


「怖い時に、身近な家族の名前が出るのは不自然ではないわ」


 操が、配信用ドローンにも聞こえる声で言った。


「そ、そう!」


 姉貴が何度も頷く。


「玲司にも早く来てほしいと思ったの!」


「今は、どこかで別ルートを探しているのでしょう」


「ああ、そうだ!」


 俺も即座に乗った。


 操は姉貴の言い間違いを、配信上では自然に処理してくれた。


 物置へ入った俺。直後に現れた黒銀ヒーロー。姉貴が言いかけた名前。


 疑っていないはずがない。


 それでも今は姉貴の救助を優先し、配信へ余計な疑惑が残らないよう話を合わせてくれている。


 ありがたい。事件後が怖い。


 巨大番人が咆哮し、塔全体が震えた。


 どこからともなく、セバスティアンの渋い声が響く。


「救助者殿」


「今度は何だ!」


「姫様の正式封印まで」


 ゴォン。


 鐘が鳴る。


「残り三分でございます」


「時間制限まであるのか!」


「なお」


「まだあるのか!」


「救助成功時は、姫様を抱き上げた状態で塔から退出していただきます」


「その仕様を消せ!」


「塔の伝統でございます」


「滅びろ、その伝統!」


>姫抱っこ確定www


>塔わかってるな


>伝統なら仕方ない


>残り三分!?


>頑張れヒーロー!


 操が静かに剣を構えた。


 驚きも、推しを目の前にした興奮も、今はすべて押し込んでいる。若手筆頭のAランク探索者の顔だった。


「ヒーロー」


「何だ」


「私は檻の術式と小型騎士を引き受ける」


「ああ」


「巨大な方は任せる」


「了解」


 詳しい説明は必要なかった。


 俺が前へ出ると同時に、操は檻の術式へ意識を切り替える。高校時代から何度も繰り返した役割分担と同じだった。


 操がそれに気づいたかどうかは、今は考えないことにする。


「解除条件がわかったら知らせる」


「頼む」


「三分以内に終わらせるわよ」


「当然だ」


 巨大番人が、黒い魔力をまとって踏み込んでくる。


 俺は拳を握った。


 正式封印まで、残り三分。姉貴はまだ檻の中。巨大番人も倒れていない。


 そして、俺の社会的尊厳も、あと三分持つか怪しい。


「来い」


 黒銀のスーツが金色の光をまとい、巨大番人が咆哮する。


 塔の最終試練が、今、始まった。

お読みいただきありがとうございます!

毎日7:10と19:40の2話更新です。

続きもお楽しみに!

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