第33話:【悲報】胸郭は合格したのに姉の封印が始まりました
ゴォン。
審査開始を告げる鐘が鳴った。俺の胸元へ集中していた金色の光が消え、扉脇の石柱へ結果が浮かび上がる。
――外形審査。
――胸郭、規格値を超過。
――総合判定、合格。
「塔の規格なんて知らない!」
「高評価のようね」
隣で操が真顔で頷く。
「客観的に分析するな!」
「結果を読んだだけよ」
ゴォン。
左右の騎士像が、胸の前へ拳を当てた。
――外形審査を通過した救助者よ。
――塔へ入れ。
――第一の試練を開始する。
「今のが第一の試練じゃなかったのかよ!」
胸郭を測っただけ。しかも、試練ですらない。必要性のわからない身体測定を受けただけだった。
「玲司。行きましょう」
「ああ」
「外形審査合格者として、堂々と」
「その肩書きを二度と口にするな」
俺たちは巨大な扉をくぐり、その後ろを一機の配信用ドローンが追ってくる。
塔の内部は外見以上に広かった。円形の大広間。見上げても先の見えない天井。中央には、上へ続く巨大な螺旋階段。壁際には鎧や絵画、金色の装飾が並んでいる。
救助現場には、一つも必要ない。
俺は入口付近の床と壁へ視線を走らせた。退路、隠れた術式、崩落の可能性、姉貴のいる上階へ続く魔力経路。
見える範囲に、即時発動する罠はない。
「玲司」
「何だ」
「入った瞬間から、全部確認しているわね」
「癖だ」
「高校の頃から変わっていない」
「悪いか」
「いいえ」
操は俺の半歩後ろへ移動し、螺旋階段の上と左右の壁を警戒した。
「だから合わせやすいのよ」
「昔話は後にしろ」
「今のは現場評価よ」
「なおさら後でいい」
俺たちが入った直後、背後の扉が重い音を立てて閉まり始めた。
「救助者の退路を断つな!」
「外部回線は生きているわ」
操が小型端末を確認する。
「配信も切れていない。完全な隔離ではないようね」
「観客が必要なんだろ」
「試練を見せたい?」
「ああ。この塔、絶対に承認欲求が強い」
扉が閉じ切った時、螺旋階段の下から金属同士が触れ合う小さな足音が聞こえた。
カチャ。カチャ。
「姫様をお迎えに参られた、救助者殿でございますか」
声だけは、やたらと渋い。
暗がりから、小さな鎧騎士が現れた。身長は五十センチほど。銀色の兜に真紅のマント。腰には小さな剣。胸元には、紅茶のカップを模した紋章が刻まれている。
「また紅茶か」
小さな騎士は俺の前で立ち止まり、兜の奥から胸元を一瞥した。
「外形審査の結果に偽りなし」
「お前まで見るな」
操が小さな騎士を観察する。
「あなたが、この塔の管理者?」
「この紅茶騎士セバスティアンが、第一の試練を担当いたします」
「紅茶騎士?」
「姫様の安らぎと、紅茶を守る者でございます」
「姉貴を閉じ込めてる時点で守れてない!」
「外界の危険から隔離しております」
「余計なお世話だ!」
「なお、姫様には最高級の寝具、適温の暖炉、選別された茶葉をご用意しております」
「待遇の説明を足すな!」
「保護環境としては、かなり整っているようね」
「操まで評価するな!」
「事実を確認しただけよ」
「閉じ込められてる時点で減点百だ!」
セバスティアンが小さな剣を抜く。玩具のような大きさだが、刃には濃い魔力がまとわりついていた。
「姫様を安全に連れ帰るには、勇気、判断力、誠実さ。そして救助作法が必要でございます」
「救助作法って何だよ」
「救助対象へ安心感を与え、安全に搬送するための行動では?」
操が真面目に補足する。
「塔側の説明を完成させるな」
「救助所作は安全性にも関わるわ」
「六十五点の話を持ち込むな!」
「まだ点数には触れていないけれど」
「顔に書いてある!」
セバスティアンは剣先を俺へ向けた。
「救助者殿が姫様のもとへ進むにふさわしいか、見極めましょう」
「俺は姉貴を迎えに来ただけだ」
「ならば、その器をお示しください」
「胸郭で十分見ただろ!」
その瞬間、セバスティアンの姿が消えた。
速い。
一瞬で足元へ潜り込み、小さな剣が俺の足首を狙う。俺は半歩だけ下がり、剣先が靴の先を掠めた。
最小限の回避。相手が来るとわかっていれば、一般人でも偶然避けられなくはない。
たぶん。
「玲司」
操の声が低くなる。
「配信を意識して、動きを抑えている?」
「視聴者が多すぎる」
「命に関わるほど隠す必要はないわ」
「わかってる」
「危険になったら、迷わず動いて」
「ああ」
それ以上、操は聞かなかった。俺が世間へ実力を隠している理由を追及するより、姉貴の救助を優先している。
セバスティアンは床へ剣を突き立て、その反動で階段の手すりへ飛び乗った。
「反応は十分。されど、所作が粗い」
「今は避けただけだろ!」
「姫様を迎える者ならば、回避にも安心感と優雅さが必要でございます」
「戦闘中に優雅さを求めるな!」
「右足を引いた際、上体がわずかに前へ傾きました」
「採点が細かい!」
「減点二点」
「勝手に引くな!」
「ただし、姫様と敵の間へ立つ位置取りは加点対象でございます」
「……」
言われて初めて気づいた。
俺は回避しながら、無意識に螺旋階段の上とセバスティアンの間へ身体を入れていた。姉貴のいる方向へ、攻撃を通さないために。
「救助者としては正しい判断ね」
「操まで採点するな」
「今のは褒めているのだけれど」
「それなら先に言え」
「減点を気にしていたの?」
「気にしてない!」
「姫様の記憶にある黒銀の救助者であれば、より華麗に対処したことでしょう」
「姉貴の記憶を勝手に審査基準へ使うな!」
操の目がわずかに鋭くなる。
「姫君の記憶を参照できるの?」
「強く残った印象のみでございます」
「操。聞き取り調査を始めるな」
「試練の構造を確認しているだけよ」
「目が研究者なんだよ!」
セバスティアンは淡々と続けた。
「姫様の記憶によれば、黒銀の救助者は、抱えられた際にも揺れがなく、声には安心感があり、動作に迷いがなかったとのこと」
「……」
それは、少しだけ嬉しい。
「その印象を基準として、救助作法を審査いたします」
「基準が高すぎる!」
「ハルカさんにとって、信頼できる救助者の基準なのでしょうね」
操はそれだけ言い、黒銀の救助者へ話を広げなかった。
助かる。
「私語はそこまででございます」
「お前が説明を始めたんだろ!」
セバスティアンが手すりを蹴った。銀色の弾丸のように飛び込み、小さな剣が胸、肩、腕へ軌道を変えながら迫る。
「くそっ!」
俺は手にしていたスタッフ用のファイルボードを構えた。
カンッ!
剣を受け流す。
>ファイルボードで剣を受けた!?
>このスタッフ何者?
>小さい騎士めちゃくちゃ速い
>操さんが驚いてない
>短期スタッフとは
「ただのファイルボードだ!」
「それで受けたことを驚かれているのよ」
「素材が良かった!」
「市販品でしょう」
「俺の使い方が良かった!」
「認めたわね」
「今のは忘れろ!」
セバスティアンはファイルボードを蹴り、空中で回転する。小さな剣へ、紅茶色の魔力が集まった。
「次は香り高き一撃でございます」
「攻撃に香りを求めるな!」
剣が振られ、紅茶色の魔力弾が螺旋を描いて飛んでくる。俺は身体を捻って避けた。
魔力弾が背後の壁へ当たり、湯気のような煙と爽やかな柑橘の香りが広がる。
「アールグレイね」
操が真顔で告げる。
「攻撃の種類を香りで判断するな!」
「毒性や幻覚作用はなさそう」
「香りが良いだけの攻撃でも十分おかしい!」
塔の上から、姉貴の声が響く。
「玲司ー! その匂い、部屋の紅茶と同じー!」
「実況しなくていい!」
「まだ飲んでないよー!」
「そのまま待ってろ!」
「玲司たちが来たら一緒に飲もうと思ってる!」
「救助後に検査してからだ!」
「じゃあ、冷めないように蓋しておくね!」
「今は紅茶の心配をするな!」
セバスティアンが数段上へ着地した。
「反応、勇気、判断力。いずれも十分」
「なら通せ!」
「誠実さは要審査」
「そこだけ急に厳しい!」
小さな剣へ、先ほどまでとは比べものにならない魔力が集まり始めた。
見た目は小さく、ふざけてもいる。だが、塔の番人としての力は本物だ。
操が剣へ手を掛けた。
「玲司。止められる?」
「ああ」
操は一秒だけ俺の目を見て、剣から手を離した。
「なら、私は上を警戒する」
「頼む」
操は俺の前へ出ない。俺の言葉を信じ、姉貴の周囲へ意識を向けた。
その直後。
ゴォン。
塔全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
姉貴の短い悲鳴。
「姉貴!」
遥か上方。姉貴がいた窓の周囲へ金色の光が集まり、太い格子となって窓を塞いだ。
「檻……」
さっきまで紅茶とスコーンが並んでいた部屋が暗転する。壁を金色の鎖が這い、扉が黒い石で塞がれた。天井から王冠型の魔法陣が降り、姉貴の両腕へ光の鎖が絡みつく。
「動くな!」
「動けないよ!」
今までの、衣装を整えるための鎖ではない。
完全な拘束。塔が、姉貴の本格的な封印を始めている。
セバスティアンも剣を下ろした。
「時間切れでございます」
「何?」
「制限時間内に救助作法を示せなかったため、姫様の正式封印へ移行します」
「制限時間なんて聞いてない!」
「規則は入口の石柱、その裏側へ記載しております」
「見える場所へ書け!」
「塔の決定でございます」
ゴォン。
さらに大きな鐘が鳴った。螺旋階段の上から、塔全体を揺らす足音が近づいてくる。
ドン。ドン。
三メートルを超える黒い全身鎧が、暗闇から降りてきた。肩には王冠、背には白い羽根。両手には、巨大な銀のティーポット型槌。
「ふざけた武器だな!」
見た目とは裏腹に、まとった魔力はセバスティアンとは桁が違う。
「上位番人」
操が剣を抜く。
「槌に、封印術式と同質の魔力が集まっている」
「姉貴の部屋へ打ち込むつもりか」
「おそらく、封印を完成させるための鍵ね」
「姉貴を守る塔じゃなかったのか!」
「塔にとっては、外界から永久に切り離すことが保護なのかもしれない」
「余計なお世話だ!」
巨大番人がティーポット型の槌を振り上げる。狙いは俺たちではない。姉貴の部屋を覆う王冠型の魔法陣だ。
「玲司」
操が俺の横へ並ぶ。
「セバスティアンは私が止める。大きい方をお願い」
「あれを俺に振るのか」
「正面から止められるのは、私より玲司でしょう」
「……」
「隠している場合ではないわ」
迷いのない目だった。
俺がどれだけの力を隠しているのか、今は追及しない。姉貴を助けるために必要な力として、俺を信じている。
「わかった」
「配信は?」
「後で考える」
「それでいいわ」
巨大番人が、槌を振り上げたまま階段を踏みしめる。
一段。また一段。
封印が完成するまで、時間はない。
「玲司……」
金色の檻の中で、姉貴の肩が小さく震えた。
「これ……さっきより、ちょっと怖いかも」
胸の奥で、何かが完全に切り替わった。
姉貴が笑わず、ごまかさず、俺へ助けを求めた。
だったら、隠す理由なんて、もうどこにもない。
ピコン。
【救助対象の明確な恐怖を確認】
【危険度:上昇】
【固有能力《ヒーロー見参》】
【強制発動条件を満たしました】
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




