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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第32話:【救助者受付開始】姫を救う者、胸板を示せ

 塔の正面を走る縦一文字の亀裂が、ゆっくりと左右へ広がっていく。石壁が内側へ沈み、黒い鉄と金色の縁取りが姿を現す。


 王冠。白い羽根。絡み合う鎖。


 巨大な両開きの扉が、塔の正面へ完成した。


「本当に出したわね」


 操が呟く。


「言っただろ」


「塔の行動を理解しているみたいで、少し気味が悪いわ」


「俺だって理解したくない!」


 だが、もうわかってしまう。この塔は、入口を出すだけでは満足しない。絶対に何か余計な演出を入れてくる。


 扉の中央にある王冠の紋章が金色に輝き、続けて石壁に刻まれた古代文字が一文字ずつ光を帯びる。


 その意味が、頭の中へ直接流れ込んできた。


 ――姫を救いたくば、塔へ入れ。


「始まった」


「何が?」


「塔の演説だ。今から全員にも聞かせる」


「どうして断言できるの?」


「こいつは絶対に喋る」


 次の瞬間。


 ゴォン。


 鐘の音が広場を震わせた。低く荘厳な声が、どこからともなく響く。


 ――姫を救いたくば。


 ――塔へ入れ。


「ほら喋った!」


「嬉しそうに言わないで」


「嬉しくない!」


 予想が的中したことが、これほど腹立たしい相手も珍しい。


 塔の上では、窓から顔を出していた姉貴が、こちらへ大きく手を振った。


「玲司ー!」


「何だ!」


「入口ができたよー!」


「見ればわかる!」


「すごく大きい!」


「感想を言うな!」


「部屋の扉も開いたよー!」


「出るな!」


「廊下がある!」


「だから出るな!」


「赤い絨毯もあるよ!」


「内装を確認するな!」


「見るだけならいいでしょ!」


「階段には絶対に近づくなよ!」


「わかった!」


 返事が早い。前回までなら、それだけで不安になった。


 だが、姉貴は窓際から動いていない。紅茶もスコーンも口にせず、俺たちを待っている。


 少なくとも今回は、指示を守る気があるらしい。


>入口きた


>塔くん演出待ちだった


>王道イベント始まった


>弟スタッフの予想が全部当たる


>筋肉同士で通じ合ってる


「一緒にするな!」


「玲司」


 操が俺を見る。


「何と一緒にされたの?」


「塔」


「どの部分を?」


「筋肉」


 操は白亜の巨塔を見上げ、次に俺の胸元を見る。


「厚さは、あなたの方が上ね」


「比較するな!」


「高さは塔の圧勝だけれど」


「張り合ってない!」


 巨大な両開きの扉が、重々しく開き始めた。


 ゴゴゴゴゴゴゴ。


 数メートルはある扉が左右へ動き、開いた隙間の向こうには真っ暗な空間が広がっている。


 だが、奥から順番に金色の灯りが一つずつ点いていく。


 手前。その奥。さらに奥。


 長い石造りの通路が、暗闇の中へ続いていた。床には赤い絨毯。壁には王冠と羽根の紋章。天井には、無駄に豪華なシャンデリア。


「歓迎する気満々だな」


「罠の可能性もあるわ」


「罠でも歓迎準備だけは完璧だ」


 姉貴を捕らえ、紅茶とスコーンを用意し、救助者のために入口を開け、通路へ照明まで点ける。


 こいつは、俺たちが来ることを本当に楽しみにしていた。


「案内板まで出しそうだな」


「さすがに、そこまでは――」


 操が言い終える前に、扉の脇から小さな石柱が、ゴゴゴと音を立ててせり上がった。


 石柱の上へ、金色の矢印と文字が浮かび上がる。


 ――受付はこちら。


「出た!」


「本当に出したわね」


「救助に受付があるのか!」


 予約制なのか。整理券でも配るつもりか。


>受付www


>救助に受付あるのか


>塔くん接客業


>予約なしでも入れますか


>見参未遂ニキは遅刻です


「参加したくて参加するんじゃない!」


 反射的に叫んだ、その直後。


 ピコン。


 嫌な電子音が、頭の中へ響く。


【救助イベントへの移行を確認】


「確認するな」


【救助対象の現在位置を捕捉しました】


【対象の生命反応は安定しています】


 それは助かる。姉貴の命に危険がないことだけは、今のところ確からしい。


【塔内部への進入経路を確認】


「言われなくても行く」


【《ヒーロー見参》、発動待機を継続します】


「継続するな!」


 胸元から滲みかけた黒銀の魔力を、無理やり押し戻す。姉貴が捕らわれたことで、システム側は完全に救助イベントだと認識している。


 塔の演出と、俺の能力の趣味が噛み合いすぎている。


 最悪だ。


「また、さっきの魔力反応?」


 操が周囲に聞こえない声量で尋ねる。


「ああ。塔に引っ張られてる」


「暴走しそう?」


「まだ抑えられる」


「無理になったら言って」


「わかった」


 操はそれ以上追及しなかった。今は、俺の魔力が塔の術式へ反応しているとわかれば十分。そう判断したらしい。


「ハルカさん」


 操が塔の窓を見上げる。


「これから中へ入ります。私たちが着くまで、部屋から出ず、何にも触れないでください」


「わかった!」


「紅茶とスコーンは?」


「そのままだよ!」


「本当だな!」


「玲司に褒めてもらったから、ちゃんと我慢してる!」


「褒められないと待てないのか!」


「でも、紅茶が冷めちゃいそう」


「冷ましとけ!」


「スコーンも固くなるよ?」


「誘拐先の食品管理を心配するな!」


「はーい」


 姉貴は楽しそうに手を振った。


 この状況で、あれだけ普段どおりなのは、ある意味では助かる。不安で動けなくなるより、ずっといい。


 だが、姉貴が平気そうだからといって、塔が安全だと決まったわけではない。


 俺は携帯測定器を取り出し、開かれた扉の奥へ向けた。魔力の流れ、空間の歪み、攻撃術式の兆候を確認する。


 入口付近に、直接攻撃する反応はない。ただし、十メートルほど先に強い魔力の層が一枚ある。


「操。十メートル先に何かある」


「結界?」


「壁に近い。侵入を拒むというより、通過者を調べる術式だ」


「認証か、検査?」


「たぶんな」


「何を調べるの?」


「そこまではわからない」


「攻撃性は?」


「今のところない」


「なら、進みながら確認するしかないわね」


「ああ」


 操は腰の剣と、協会支給の小型記録端末を確認した。大型の高速撮影カメラは、広場の固定台へ残している。


「ちゃんと置いてきたんだな」


「救助へ不要な大型機材は持ち込まないわ」


「最初からその理性を発揮しろ」


「塔全体の記録も必要よ」


「まだ録画はしてるのか」


「事故原因の調査に必要でしょう」


「レンズは俺を中心にしてないな?」


「今は救助を優先している」


「今は、を付けるな」


>大型カメラ置いていった


>ちゃんと護衛モードだ


>でも記録端末は持ってる


>この二人、普通に突入する気だ


 最後のコメントを見て、俺は口を閉じた。


 危ない。これ以上、目立つ行動は避けなければならない。


 姉貴を助ける。だが、探索者としての実力も、黒銀ヒーローの能力も、できる限り隠す。


 難易度が高い。


 姉貴を助けるだけなら、壁を殴り、階段を駆け上がり、担いで帰ればいい。それができないから面倒なのだ。


 俺と操は、塔の入口へ近づいた。


 一歩。二歩。


 巨大な扉が、俺たちを歓迎するように、さらに大きく開く。


「開きすぎだ!」


「入りやすくしてくれたのでは?」


「歓迎するな!」


 扉の上から、白い羽根がひらひらと降ってきた。


 一本。二本。三本。


 俺たちの進路へ、花道のように敷き詰められていく。


「花びら代わりに羽根を撒くな!」


「ハルカさんへ付いた物と同じ形ね」


 操は落ちてくる羽根を慎重に観察しながら、接触しないよう距離を取った。


「触るなよ」


「わかっているわ。術式の一部なら、接触を条件に別の効果が発動する可能性がある」


「そこまでわかってるなら安心だ」


「私まで捕まれば、護衛失格でしょう」


「二人目のプリンセスはやめろ」


「塔の判断基準は不明よ」


「不吉なことを言うな」


 塔の内部から、再び鐘の音が響いた。


 ゴォン。


 ――救助者よ。


 ――姫を救う資格を。


 ――その身に示せ。


「資格?」


 操が扉の奥を見据える。


「姉貴が言ってただろ。助けに来た人間を試すらしい」


「戦闘能力か、判断能力か」


「普通ならな」


 だが、この塔だ。


 プリンセスを捕らえるために、衣装、紅茶、スコーン、肖像入りの旗、ファンファーレ、受付案内。ここまで用意した塔が、普通の戦闘試験だけで済ませるとは思えない。


「嫌な予感がする」


「魔力に異常が?」


「塔の趣味に異常がある」


「それは最初からでしょう」


「否定できない」


 俺たちが扉の前へ立った。その瞬間、左右の床がゴゴゴゴゴと音を立てて盛り上がった。


「まだ何か出るのか!」


 石が積み上がり、二体の像を形作っていく。


 兜。鎧。太い首。異様に広い肩幅。分厚すぎる胸板。


 腕を組んだ、筋骨隆々の騎士像だった。


「…………」


 俺は黙った。操も黙った。


 二体の騎士像の目が、同時に金色へ輝く。


 ――塔へ入る者。


 ――姫を救う資格を示せ。


 騎士像は、俺の顔を見ていなかった。


 その視線は、完全に、俺の胸元へ向いている。


「おい」


 返事はない。


 騎士像の目から金色の光が照射され、俺の肩から胸、腕、腰、脚までをゆっくりと走査していく。


「何を測ってる!」


 扉脇の石柱へ、新たな文字が浮かび上がった。


 ――胸郭。


「そこから!?」


 次の文字。


 ――上腕。


「救助者の資格と関係あるか!?」


 さらに。


 ――肩幅。


 ――背筋。


 ――大腿部。


「全身を見るな!」


「身体能力を測定しているようね」


 操が騎士像と石柱を交互に確認する。


「救助対象を運搬できる筋力と、塔内部を突破する能力を調べているのかもしれない」


「理屈はわかる!」


「では、問題ないのでは?」


「胸郭から始める必要はないだろ!」


「呼吸機能と体幹の安定性に関係するわ」


「塔と同じ側へ立つな!」


「術式を分析しているだけよ」


「便利だな、その理屈!」


>胸郭www


>入場審査そこ!?


>救助者の資格=筋肉


>生活感サスペンションが審査されてる


>何百年もこの胸を待ってた


>塔くん本命こっちでは?


「俺を待つなあああああ!」


 塔の上から、姉貴の声が降ってきた。


「玲司ー!」


「何だ!」


「合格できそうー?」


「何の心配をしてる!」


「胸なら大丈夫だよー!」


「姉貴まで評価するな!」


「生活感サスペンションだもん!」


「その呼び名を配信で出すな!」


「救助時の安定性は高いと思うわ」


 操が真面目に付け加える。


「お前も審査へ参加するな!」


「事実を述べただけよ」


「塔の審査員になるな!」


 金色の走査光が、俺の胸元で止まった。


 二体の騎士像の目が、さらに強く輝く。


 ゴォン。


 塔全体へ、鐘の音が響き渡った。


 石柱に、一際大きな文字が浮かび上がる。


 ――審査を開始する。


「まだ始まってなかったのかよ!」


 俺の絶叫が、巨大な塔の内部へ吸い込まれていった。

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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