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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第31話:【事故物件レビュー】家賃ゼロ、紅茶付き、退去不可

 姉貴の姿が金色の波紋へ沈み、塔の壁の向こうへ完全に消えた。


「…………」


 入口前広場から音が消えた。スタッフも協会職員も、避難を始めていた観光客も、誰一人として言葉を発さない。


 俺は、姉貴が消えた石壁を見つめた。金色の波紋も、白い羽根も、光の鎖も残っていない。最初から何も起きていなかったように、古びた塔型モニュメントが立っているだけだ。


 仕事を終えたから、知らないふりをしている。


「戻せ」


 返事はない。


「今すぐ姉貴を戻せ。さっきまで、あんなに活き活きしてただろ」


 頂上の王冠も光らない。


「プリンセスを捕まえた途端に黙秘するな!」


 広場に俺の声だけが響いた。塔は答えない。


 ただし、配信画面のコメント欄だけは異常な速度で流れ続けていた。


>本当に連れていかれた


>ハルカちゃん!?


>塔くん返事しろ


>弟スタッフ固まってる


>見参未遂ニキ来い。でも来るな


 毎回、なぜ最後はそれになる。


「玲司」


 隣から操の声がした。俺は塔から目を離さずに答える。


「何だ」


「ハルカさんの反応は?」


「塔の中に残ってる」


 答えた瞬間、近くにいたスタッフがこちらを見た。配信用ドローンの一機も、わずかに俺へ向きを変える。


 しまった。


 世間的な俺は、星宮ハルカの弟。ステラライブへ突然現れた、胸板の厚い安全監修補助スタッフである。塔の内部にいる人間の魔力を感知できる一般スタッフは、たぶん一般的ではない。


 だが、操は動じなかった。


「さっき術式へ接続した時の、残留経路ね」


「ああ。それを追ってる」


「反応は?」


「弱まってない。少なくとも、姉貴は無事だ」


「わかった」


 操はそれ以上説明を加えなかった。さっき俺が転移術式へ触れたことを利用し、自然に話を合わせてくれたらしい。


 助かる。


>残留経路?


>弟スタッフ、何者なんだ


>操さんと普通に専門会話してる


>胸筋レーダーじゃなかった


「最初から違う」


「玲司」


「何だ」


「視聴者に反論している場合?」


「現実逃避だ」


「正直ね」


 操は塔へ視線を戻した。


「完全に消失したわけではないのね」


「ああ。ただし、反応の広がり方がおかしい」


 高さ五メートル程度しかないモニュメントの内側から、外見とは釣り合わない広さの魔力反応が返ってくる。


「内部だけが広がっている?」


「塔そのものへ入ったというより、塔を入口にして別の空間へ移された感じだ」


「別空間が接続されているのね」


「おそらくな」


 また、周囲の視線が俺へ集まった。口を開くたび、ただのスタッフから遠ざかっている気がする。


>ただの筋肉じゃなかった


>筋肉に知性が宿っている


>安全監修補助の範囲が広すぎる


 ただの筋肉だと思われていたことにも、少し傷つく。


「外から解除できる?」


「危険だ。接続の仕組みがわからないまま外壁を壊せば、姉貴がいる空間まで巻き込む可能性がある」


「なら、中へ入る」


 操が迷わず剣の柄へ手を掛けた。


「入口がないぞ」


「作る?」


「壁を斬るな」


「まだ斬っていないわ」


「剣を握った」


「入口がなければ、開けるのが最短でしょう」


「ソロ探索者の解決方法が力強すぎる」


「前衛に言われたくない」


「今は外壁と内部空間のつながりがわからない。待て」


「何を?」


「こいつが入口を出す」


 俺は塔を睨んだ。


「羽根を送り込んで、衣装へ勝手に装着。鎖で拘束して、プリンセス衣装を完成させてから転移」


「ずいぶん段取りがいいわね」


「ここまで演出にこだわって、救助する側を中へ入れる方法だけ用意していないとは思えない」


「救助されるところまで含めて、一つの術式?」


「たぶん、こいつは最後までイベントをやりたがってる」


「塔に企画意図を持たせないで」


「持ってる!」


 その時。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 地面が揺れた。


「っ!」


 操が姿勢を低くすると、同時に俺の半歩後ろへ回り、広場全体へ視線を走らせた。


「正面は任せる。私は後方と避難経路を見る」


「頼む」


 それだけで役割分担は決まる。スタッフから悲鳴が上がり、避難中の観光客が一斉に足を止めた。


「立ち止まるな!」


 俺は塔を見たまま叫ぶ。


「全員、管理棟側へ下がれ! スタッフは一般人の誘導! 協会職員は塔の周囲を封鎖! ドローンは高度を上げろ!」


「了解!」


 チーフの声が飛び、スタッフと協会職員が即座に動き始める。俺と操は塔の正面へ残った。


>弟スタッフが指示出した


>協会職員まで従ってるぞ


>操さんとの連携が速い


>本当に何者なんだ


 揺れが強くなり、塔型モニュメントの表面へ無数の亀裂が走った。


「崩れる?」


「違う」


 亀裂の奥から金色の光が漏れている。古びた石の外装が、内側から押し広げられていた。


「広がるぞ!」


 次の瞬間。


 塔が、巨大化した。


「は?」


 高さ五メートル程度だったモニュメントが、石材を積み上げるように上へ伸びていく。


 十メートル。二十メートル。三十メートル。


 円形の外壁。細長い窓。いくつもの尖塔。白い羽根を模した装飾。壁面を這う黄金の鎖。頂上には巨大な王冠。


 安全祈願用の地味なモニュメントは、わずか数十秒で白亜の巨塔へ変貌した。


「……嘘でしょう」


 操が呟く。


「本物だった」


 観光用モニュメントではない。まるで、折り畳まれていた塔の本体が元の姿へ戻ったようだった。


 プリンセスが現れるまで、小さな姿で待ち構えていた。そうとしか思えない。


「待ってたな」


「玲司」


「絶対に待ってた!」


 塔の王冠が強く輝き、無数の白い羽根が空中を舞い始めた。


 そして、どこからともなく荘厳な音楽が流れ始める。


 パーン。


 パパパパーン。


「音楽を流すな!」


 さらに、塔の壁面から何枚もの旗が展開された。王冠、羽根、鎖。中央には、姫を描いた紋章。


 その髪には、姉貴の配信アバターと同じ星型の飾りが付いていた。


「本人を見てから作った速度じゃない!」


「少なくとも、事前にハルカさんの情報を得ていたようね」


「やっぱり待ってた!」


>本体出てきた


>今まで小さくなってたのか


>姫を捕まえてテンション上がってる


>ファンファーレ流すな


>ハルカちゃん専用デザインじゃん


 巨大化を終えた塔の中腹で。


 カタン。


 小さな音が鳴った。


 地上からおよそ三十メートル。一つの窓がゆっくりと開き、白いカーテンが風に揺れた。その奥から、人影が現れる。


 白い衣装。胸元には、例の羽根飾り。


「姉貴!」


 俺は反射的に叫んだ。


 窓から姿を見せた姉貴が広場を見下ろし、俺を見つけると、満面の笑顔で大きく手を振った。


「玲司ー!」


「無事か!」


「無事だよー!」


 肺の奥に残っていた息が、一気に抜けた。怪我はない。意識もある。声も普段どおり。


 姉貴は無事だ。


 ――無事だが。


「高いところから身を乗り出すな!」


「大丈夫ー!」


「何を根拠に言ってる!」


「見えない壁があるー!」


 姉貴が窓の外へ手を伸ばすと、途中で透明な壁に触れ、手のひらでぺたぺたと叩いた。


「本当に出られない!」


「嬉しそうに報告するな!」


「でも落ちないよ!」


「閉じ込められている時点で安全じゃない!」


 操が俺の隣へ並んだ。


「ハルカさん。敵や魔獣は?」


「いないよー!」


「体調に変化は?」


「元気!」


「危険そうな物は?」


「大きなベッド!」


「家具ではなく、危険物を聞いています」


「暖炉と本棚と、ソファもあるよ!」


「敵影なし。室内設備のみ」


 操が短く整理する。


「出入口は?」


「扉があるけど、開かない!」


「出入口は封鎖」


「ああ」


「玲司。ハルカさんの周囲は?」


「部屋全体に術式が走ってる。だが、姉貴へ直接危害を加える反応はない」


 未知の空間へ閉じ込められても、姉貴が確認するのは家具と内装。


 完全に物件の内覧だった。


>生きてた!


>外見レポートから内見レポートへ


>設備が充実してる


>家賃いくらですか


>出口なしは事故物件


「事故物件どころじゃない!」


 所有者が塔。契約書なし。強制入居。退去不可。


 星一つでも多い。


「姉貴! 余計なものへ触ってないだろうな!」


「ベッドは見ただけ!」


「椅子は?」


「座ってない!」


「飲み物は?」


「あるけど飲んでない!」


「食べ物は?」


「スコーンもあるけど食べてない!」


「……本当か?」


「玲司に怒られると思ったから」


 成長している。最低条件ではあるが、第四会議室での姉貴を考えれば奇跡に近い。


「よく我慢した」


「玲司が褒めてくれた!」


「未知の空間で、未知の物を口にしないのは最低条件だ!」


「香りは会議室の紅茶より好きかも」


「香りのレビューもするな!」


 姉貴が窓の奥を指差す。


「でも、お部屋は広いし、家具もきれい。紅茶とスコーンも付いてるよ」


「物件レビューを続けるな」


「家賃もゼロだと思う」


「契約してないからな!」


「ただし、扉は開きません」


「致命的だ!」


「総合評価、星二つ」


「二つも付けるな!」


>家賃ゼロ


>紅茶付き


>退去不可


>事故物件レビュー始まった


>星二つは高すぎる


「姉貴、部屋の中に文字や紋章はあるか」


 俺が声の調子を落とすと、姉貴も表情を引き締めた。


「扉の上にあるよ」


「何て書いてある?」


「古い文字だから、全部は読めないけど……」


 姉貴が一度、窓の奥を振り返る。


「姫は塔の上で、迎えを待つ」


「迎え?」


「勇者……かな。それから、塔は助けに来た人を試す?」


「試練か」


「勇気と力を示した者に、道は開かれる……みたい」


「ほかには?」


「ごめん。そこから先はわからない」


「十分だ」


 この塔は、姉貴を捕らえるだけでは終わらない。プリンセスを捕らえ、救助者を呼び込み、試練を受けさせる。


 そこまで含めて、一つの術式なのだろう。


「待ってたな」


「今度は誰を?」


 操が訊く。


「俺たちだ」


「救助者が来ることまで、術式の条件に含まれているのね」


「ああ。なら、入口を出すはずだ」


「塔の気持ちはわからないけれど、構造上は同意するわ」


「ファンファーレまで鳴らした塔だぞ。絶対に扉を出すタイミングを計ってる」


 操が巨大な塔を見上げる。


「演出を優先する相手は苦手ね」


「高速撮影カメラを持ってきた人間が言うな」


「記録と演出は違うわ」


「ケースに書かれた用途は?」


「今は関係ない」


「便利だな、その一言」


 塔の上から、姉貴が手を振る。


「玲司ー!」


「何だ!」


「スコーン、持って帰ってもいいー?」


「まず本人が帰ってこい!」


 その瞬間。


 ゴン。


 塔の正面から重い音が響き、俺と操が同時に顔を向ける。


 さっきまで何もなかった石壁へ、縦一文字の亀裂が入っていた。


「玲司」


「ああ」


 俺は拳を握り、操は剣の柄へ手を掛けた。


 どちらから指示するまでもなく、俺が正面。操が半歩後ろで、左右と上方を警戒する。


 石壁の亀裂から、金色の光が漏れ出した。


「入口が来る」


「ええ」


「内部では俺が術式と姉貴を追う。操は周囲と退路」


「任せて」


 短い会話。それだけで、救出の役割は決まった。


 金色の亀裂が、ゆっくりと左右へ広がっていく。


 姫を捕らえた塔が、今度は救助者を迎えるために口を開く。


「……やっぱり待ってた」


お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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