第30話:【外見レポート終了】入口前の姉、塔のお迎えで連行される
ジャラリ。
姉貴の胸元へ装着された白い羽根飾りが、淡い金色の光を放った。続いて塔型モニュメントの頂上では、王冠の紋章が眩しく輝き、石壁へ刻まれた古い模様を金色の光が駆け巡る。
完全起動。羽根飾りが姉貴へ取り付いてから、一秒も経っていない。
「ほらああああああああ!」
俺の絶叫が広場へ響いた。
「何!?」
「だから塔は危険だと言っただろ!」
「私、近づいてないよ!」
「知ってる!」
「触ってもないよ!」
「見てた!」
「じゃあ私、悪くないよね!?」
「今回はな!」
「今回はって何!?」
姉貴は指示を守っていた。塔へ近づかず、安全導線からも外れていない。それなのに、塔の方から部品を飛ばして起動した。
「待ってたな!」
「玲司?」
「『捕らわれのプリンセスまだかな』って待ち構えてた!」
「塔に感情を持たせないで!」
「向こうから来たんだから確信犯だ!」
安全祈願モニュメント。聞いてあきれる。祈願していたのは安全ではなく、姫の到着だ。
次の瞬間、石壁から何本もの光が飛び出し、空中で金色の鎖へ変わった。
「姉貴、動くな!」
「動いてないよ!」
「胸の羽根を外せ!」
「わかった!」
姉貴が羽根飾りを引っ張る。
「あれ?」
「どうした!」
「外れない!」
「もっと強く引け!」
「引いてる! 留め具が固いの!」
「服じゃない! 魔力で固定されてる!」
金色の留め具が、衣装そのものと魔力的に一体化していた。
「玲司、取って!」
「今行く!」
踏み出した瞬間、光の鎖が姉貴の周囲を高速で旋回した。手首、腰、足元。傷一つつけず、逃げ道だけを塞いでいく。
「仕事が丁寧すぎる!」
「褒めてるの?」
「怒ってる!」
配信用ドローンも無駄に仕事が早い。一機が塔、一機が姉貴、もう一機が鎖を下から見上げる角度へ回り込んだ。
映画か。
>起動早すぎwww
>向こうから羽根を送り込んできたぞ
>捕らわれのプリンセス専用装置じゃん
>入口前なのに捕まったw
>笑ってる場合じゃない!
そうだ。五万人も見ているなら、一人くらい解除方法を書け。
「えっと……」
姉貴が鎖の中で目をぱちぱちさせる。
「これって」
「捕まってる」
「まだダンジョンの外だよ?」
「塔がお前を捕まえに来たんだよ!」
「今日は安全啓発配信なんだけど」
「最高の教材になってる!」
姉貴は配信用ドローンへ笑顔を向けた。
「みんなー! どうやら『捕らわれのプリンセス』が発動したみたいです!」
「実況するな!」
>本人解説たすかる
>職業が仕事してる
>操さん動いた!
>見参未遂ニキ案件では?
>来るな、でも来い
最後の一行を毎回書くな。
五月雨操が、高速撮影カメラを固定台へ置き、姉貴と塔の間へ滑り込んだ。
「ハルカさん、痛みは?」
「ないよ。ちょっと動きにくいくらい」
「呼吸や痺れは?」
「大丈夫」
「すぐに外す」
操が剣を抜き、鎖へ狙いを定める。
「鎖を切る」
「待て!」
俺は剣の前へ腕を出した。
「ただの拘束じゃない。転移術式だ」
塔、鎖、羽根、姉貴、足元の魔法陣。すべてが一つの術式としてつながっている。
「切断すると?」
「転移座標まで崩れる。姉貴だけ、座標の外へ弾き出されるかもしれない」
操はすぐに剣を下ろした。
「解除できる?」
「やってみる」
「私は外からの干渉を止める。玲司は集中して」
「頼む」
それだけで役割分担は終わった。
その時、姉貴の足元へ金色の魔法陣が広がる。王冠、白い羽根、幾重もの鎖。
どう見てもプリンセス専用だった。
「わあ、きれい」
「お前を捕まえるためだけに凝ってるんだよ!」
姉貴の身体が、ふわりと浮く。
「浮いた!」
「今は被救助者だ!」
「配信者でもあるよ!」
「兼任するな!」
鎖は姉貴を傷つけず、揺らさず、空中で支えている。丁寧すぎて、逆に意図がはっきりしていた。この術式は、姉貴を無傷のまま塔へ運ぶことしか考えていない。
「玲司、結構安定してるよ」
「乗り心地を報告するな!」
「星四つくらい」
「誘拐犯に高評価をつけるな!」
>プリンセス専用リフト
>乗り心地星四つw
>残り一つは弟スタッフ
>おもてなし精神あるな
おもてなしではない。誘拐だ。
「姉貴! 今から羽根と鎖の接続を緩める!」
「わかった!」
「緩んだら羽根を引き剥がして、遠くへ投げろ!」
「頑張る!」
「紅茶が出ても飲むな!」
「絶対に飲まないよ!」
「スコーンも食べるな!」
「まだ出てないよ!?」
「絶対に出る!」
俺は鎖へ右手を伸ばし、指先から細く魔力を流した。術式全体を壊さず、接続だけを一瞬詰まらせる。
「玲司」
操が塔を警戒したまま言う。
「右側の鎖だけ、光の戻りが遅い」
「見えるのか?」
「ほかと動きが違う」
右側へ意識を集中する。確かに、循環がわずかに遅い。
「助かる」
「後で貸し一つ」
「カメラの記録を消したら返す」
「それは別件よ」
「なら借りてない」
右側の鎖、白い羽根の留め具。魔力が一瞬だけ細くなる継ぎ目。
見つけた。
「姉貴、準備しろ!」
「いつでもいいよ!」
「操!」
「やって」
俺は魔力を押し込んだ。
カチリ。
鎖が一瞬だけ緩む。
「今だ!」
「えいっ!」
姉貴が羽根飾りを引き剥がし、広場の反対側へ投げた。
鎖と魔法陣が薄れ、身体が地面へ下がり始める。
「やった!」
成功だ。
そう思った。
白い羽根が地面へ落ちる直前。
ひらり。
風もないのに止まった。
「……おい」
羽根が向きを変え、姉貴へ戻ってくる。
「戻るなあああああ!」
白い羽根は胸元の飾りへ再び装着された。
カチリ。
金色の光がジャケット全体へ走り、刺繍と宝石が輝く。
プリンセス衣装、完成。
「完成するな!」
「玲司、さっきよりかわいくなった」
「感想を言うな!」
「操ちゃん、どう?」
「似合っています」
「操!」
「事実は事実よ。ただし、接続は復旧した。さっきより循環が速い」
「そっちを先に言え!」
解除を検知した術式が、即座に接続を組み直したらしい。
「自動で修正するな!」
>プリンセスフォーム完成
>変身バンクみたいで草
>仕事のできる誘拐犯
>操さん即答で似合うって言ったw
俺は塔を睨みつける。
「満足したか!」
頂上の王冠が、一度だけ強く点滅した。
「返事をするな!」
姉貴の胸元で、白い羽根が眩しく輝く。
【捕らわれのプリンセス条件達成】
「達成するな!」
「玲司、何か聞こえた?」
「俺の頭へ直接入ってきた!」
操が俺の横へ寄る。
「術式からの音声?」
「俺の魔力へ反応してるらしい」
「玲司の能力に、術式を解析する性質があるの?」
「そんなところだ」
「今はそれで納得しておく」
「助かる」
「事件が終わったら詳しく聞くわ」
「終わっても忘れろ」
俺の能力と黒銀ヒーローを結びつけたかはわからない。だが、俺が申告以上の力を隠していることには気づいたらしい。
それでも操は、今は聞かないと決めた。高校の頃から、この女はそういう順番を間違えない。
胸の奥で電子音が鳴る。
【救助対象がプリンセスイベントへ移行しました】
「勝手に移行するな!」
【《ヒーロー見参》、発動準備を開始――】
「お前も便乗するな!」
俺は胸元を押さえた。
姉貴が捕らわれ、救助条件が成立している。しかも周囲には、配信ドローン三機、協会職員、一般人、高速撮影カメラ。
隠す気のない包囲網だった。
「玲司」
操が静かに尋ねる。
「魔力が暴走しかけているの?」
「似たようなものだ」
「抑えられる?」
「今はな」
「無理になったら言って。周囲を離す」
「わかった」
操はそれ以上追及しなかった。
だが、光の鎖は輝きを増している。
「きゃっ!」
姉貴の身体が高く持ち上がり、塔へ向かって移動を始めた。
「姉貴!」
「玲司!」
【警告。救助対象の強制転移を検知】
【《ヒーロー見参》――】
「まだだ!」
今変身すれば、姉貴には届く。
だが、さっき流したのは術式を壊さないよう絞った微量の魔力だ。変身時に放出される魔力量とは比較にならない。
座標が固定される前に術式を壊せば、姉貴が追跡不能な場所へ弾き出されるかもしれない。
正体を隠すためではない。確実に追える場所へ送らせるため、今は発動を抑える。
「今、大きな魔力をぶつければ転移先がずれる?」
操が尋ねた。
「可能性がある」
「なら、まだ壊せない」
「ああ」
「座標が固定されるまで、玲司は経路を読んで。私はハルカさんの状態を見る」
「できるか?」
「やる」
それで十分だった。
俺と操は同時に地面を蹴る。進路を塞ぐ鎖を、俺が避け、操が剣の腹で逸らす。
「左!」
声に合わせて身体を沈め、そのまま姉貴へ腕を伸ばす。
「姉貴!」
「玲司!」
指先が触れかける。
だが、王冠が強く輝き、鎖が姉貴を引き上げた。俺の手が空を切る。
「ちょっと待って!」
姉貴が慌てたあと、なぜか配信用ドローンへ顔を向けた。
「みんなー! ちょっと塔の中を見てくるね!」
「旅行みたいに言うな!」
>行ってらっしゃいw
>行かせるなwww
>内部レポート始まった
>外見だけの予定では?
>来るな、でも来い
操が跳び上がり、姉貴へ手を伸ばす。
その瞬間、金色の障壁が広がった。
「操、触るな!」
操は剣の腹だけを障壁へ当て、衝撃を受ける前に身を引いた。
「物理干渉は遮断される。でも、転移経路は切れていない」
「座標は?」
「塔の内部。固定されている」
「なら追える」
姉貴の足が石壁へ触れると、金色の波紋が広がり、水面へ沈むように身体が塔の中へ消えていく。
「玲司!」
「姉貴!」
変身すれば届く。障壁も鎖も壊せる。
だが、今は壊してはいけない。
姉貴を助けるために、手を伸ばさない。
七年間、俺は間に合うことだけを考えて動いてきた。届く距離にいて、届かせない判断をしたのは初めてだった。
最悪の安全判断だ。それでも、これが正しい。
「経路を見失わないで」
「わかってる」
「ハルカさんの状態は私が見る」
「頼む」
姉貴の腰が。胸が。肩が。塔へ沈んでいく。
「玲司ー!」
姉貴が必死に手を伸ばした。俺も腕を伸ばす。
あと数センチ。それでも掴めない。
感情を優先すれば、俺の魔力が術式へ混ざり、姉貴を追跡不能な場所へ飛ばすかもしれない。
助けたいからこそ、掴んではいけない。
俺は歯を食いしばった。
最後に残った姉貴の顔が、配信用ドローンへ向く。
そして、満面の笑顔を作った。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「行くな!」
伸ばした俺の手の先で、姉貴の笑顔が金色の波紋へ沈んでいった。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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