第29話:【フラグ回収開始】拾ってないのに装備される白い羽根
渋谷第三ダンジョン、入口前広場。
「みんなー! 星宮ハルカの新ダンジョン外見レポートへようこそー!」
姉貴――星宮ハルカこと黒瀬遥香の明るい声が、配信用ドローンを通じて広場へ響いた。
今日の企画では、ダンジョン内部へ入らない。入口周辺の安全設備。協会職員による入域管理。魔力異常を感じた際の通報方法。それらを現場から伝える、安全啓発を目的とした外見レポートだ。
つまり、危険はない。
……はずだった。
「玲司、顔が死んでるよ」
「『安全なはず』という言葉を信じられなくなっただけだ」
俺はスタッフジャンパーのジッパーを顎まで引き上げながら、広場の端を見た。昨日から警戒していた封印塔型モニュメントが、朝の光の中に立っている。
写真よりも、実物の方がはるかに怪しい。石造りの塔。錆びた鎖。王冠型の紋章。
安全を祈願する形ではない。どう見ても、プリンセスを閉じ込める側の建造物だった。
誰が設計した。開設記念に建てるものではないだろう。
配信導線からは外した。周囲には立入防止用のポールを置き、姉貴との距離は二十メートル以上。協会による再測定も、今朝の携帯測定器による確認も、結果は同じだった。
【魔力反応なし】
【術式反応なし】
【安全上の問題なし】
安全確認を重ねるほど、逆に信用できなくなってきた。
俺が知っている限り、本物の異常は測定器に映らない場所から始まる。
「玲司、さっきから塔を見つめてるけど、どうしたの?」
「近づくな」
「まだ何もしてないよ」
「する前に言ってる」
「心配性だなあ」
「自分の職業名を思い出せ」
「捕らわれのプリンセス?」
「そうだ」
姉貴は配信用ドローンへ笑顔を向けた。
「というわけで、今日は少しだけ上品な星空案内人風のジャケットにしてみました!」
「昨日はプリンセス風と言ってただろ」
「衣装さんと相談して、名前を変えたの」
「名前だけ変えるな」
白を基調としたジャケットの襟元と袖口には金色の刺繍。胸元には青い宝石風の飾り。肩には、妙に王族らしい装飾。
「普通のジャケットだよ?」
「普通のジャケットには金の刺繍と宝石は付かない」
「宝石じゃなくてプラスチック」
「素材の問題ではない」
「清楚でしょ?」
「塔への誘引効果がありそうだ」
「塔は動かないよ」
「お前を動かす可能性がある」
「ホラーみたいに言わないで」
コメント欄が流れていく。
>ハルカちゃん今日もかわいい!
>星空案内人という名のプリンセス
>今日は捕まらないでね
>後ろの塔と絵面が完成してる
>顎までジッパー上げた弟スタッフが塔を睨んでる
俺は配信用ドローンの死角へ一歩下がった。
「映すな」
「映ってないよ。たぶん」
「たぶんを付けるな」
少し離れた場所では、五月雨操が広場の状況を確認していた。腰には愛用の剣。視線は人の流れと退避経路を追い、死角を一つずつ潰している。
その手には、業務用の高速撮影カメラが握られていた。
「操。そのカメラは何だ」
「現場記録用よ」
「高速撮影である必要は?」
「魔力異常の細かな変化を確認できる」
「ほかには?」
「救助者が現れた場合、重心移動や身体操作も――」
「本音が出たな」
「八割は仕事よ」
「二割も趣味を混ぜるな」
カメラケースには、油性ペンで大きく書かれていた。
【見参未遂ニキ専用】
「姉貴。油性ペンを貸したか」
「うん」
「貸すな」
「誰のカメラかわからなくなるでしょ?」
「名前じゃなくて用途が書かれてるんだよ!」
「現場記録用よ」
操が無言でケースを裏返した。
「裏返しても消えないからな」
「気のせいよ」
「便利に使うな、その言葉」
コメント欄にも操の姿が映り込んだらしい。
>あ、操さんだ
>護衛が豪華すぎる
>弟スタッフと普通に喋ってる?
>操さん、いつもより楽しそう
>なお弟スタッフは塔しか見ていない
「操。いつもより楽しそうだと言われてるぞ」
「護衛が険しい顔をしていたら、視聴者が不安になるでしょう」
「カメラケースの用途で言い合っていた説明にはなってない」
「必要な情報交換よ」
「耳が少し赤いぞ」
「気のせい」
操は何事もなかったように塔へ視線を戻した。
もっと警戒しろ。俺ではなく、塔を。
配信は予定通り進み始めた。
「今日はダンジョンの中へ入る企画ではありません!」
姉貴は大型の魔力濃度計を示した。
「数値に異常が出ても、自分で原因を確かめに行かないでください。近くの協会職員さんか、緊急連絡先へ知らせてください!」
前回とは違う。面白さより、安全を先に伝えている。そこだけは、きちんと反省していた。
>こういう企画大事
>ダンジョンって勝手に入れないんだな
>中へ入らないの安心
>でもプリンセスだから心配
そうだ。五万人全員で姉貴を監視してくれ。
俺は配信エリアの端に立ち、姉貴と塔の間を維持した。姉貴が右へ動けば、俺も右へ動く。左へ移れば、左側へ回る。塔へ身体を向ければ、その進路へ自然に入る。
七年やってきた仕事の中で、これが一番地味で、一番効く。危険と対象の間に、常に自分を置く。それだけだ。
何度か繰り返したところで、さすがに気づかれた。
「玲司、さっきから私の進路を塞いでない?」
「安全導線の確保だ」
「毎回、塔と私の間に入ってくるよね」
「偶然だ」
「五回連続だよ?」
「よくある偶然だ」
姉貴は少しだけ不満そうに頬を膨らませた。しかし、塔へ近づこうとはしない。
よし。前回の反省は、きちんと残っているらしい。
あとは、このまま管理ゲートまで移動して、通報設備の説明をして、配信を締める。それだけだ。
その時、操が俺たちの近くへやってきた。
「玲司」
「どうした」
「私も、あれは気になる」
さっきまでの軽口は消え、完全に探索者の顔になっていた。操は塔から視線を外さない。
「目立った魔力反応はない。でも、周囲の流れがわずかに歪んでいるわ」
「やっぱりか」
「通常なら、測定誤差として処理される範囲よ」
「通常なら、だな」
「ええ」
操は姉貴との距離を確認した。
「ハルカさんがいる以上、無視しない」
「本人の前で異常物質みたいに扱わないで。捕らわれのプリンセスです」
「名乗るな」
「ハルカさんは、モニュメントから二十メートル以上離れて」
「最初から二十メートル離れてるよ?」
「なら維持して」
「はーい」
姉貴は素直にその場で止まった。
操も警戒している。協会職員もいる。姉貴も指示を守っている。導線も距離も、事前に決めたとおりに機能していた。
今日こそ、本当に何も起きないかもしれない。
そう思った直後、配信ドローンの一機が、塔の全景を画面の端へ入れた。
>あの塔みたいなの何?
>安全祈願モニュメントらしい
>プリンセスと塔の組み合わせ良すぎる
>近くで見せてー
「やめろ」
思わず呟いた。
視聴者。五万人でフラグを立てるな。
姉貴がコメント欄を見て、塔の方へ顔を向けた。
「玲司、遠くから注意点だけ説明するのは?」
「しなくていい」
「近づかない方がいい理由も、ちゃんと伝えた方がいいと思うんだけど」
「理由は俺が説明する。怪しいから近づくな」
「説明が雑」
「安全啓発は覚えやすさが重要だ」
操も頷いた。
「ハルカさん、今回は玲司の指示に従いましょう」
「操ちゃんまで」
「見参未遂ニキが必要になるような事態は、起こさないのが一番よ」
俺は操を見る。
「お前がそれを言えるようになったとはな」
「私は護衛よ」
操は塔を見たまま答える。
「見たいものと、起こしていい事態は別」
「カメラケースの文字を消してから言え」
「記録用よ」
「その設定で押し切る気だな」
姉貴は配信用ドローンへ向き直った。
「安全確認のため、今日はモニュメントへ近づきません!」
>判断えらい
>弟スタッフの警戒が勝った
>近づかないなら安心
>次回は?
「次回もない」
「まだコメントを読んだだけだよ?」
ちょうどその時、協会の案内役がやってきた。
「星宮さん、次は管理ゲート脇の緊急通報設備をご案内します。こちらへどうぞ」
「はい!」
姉貴は明るく返事をして、塔とは反対方向へ歩き始めた。俺と操もすぐに続く。
モニュメントから離れた。姉貴は指示を守った。封印塔も反応しない。操の高速撮影カメラも無駄になる。
今日の配信は、ただの安全啓発企画として無事に終わる。
そう考えた俺は、やはり甘かった。
「ん?」
管理ゲートへ向かっていた姉貴が、突然足を止めた。
塔から二十メートル以上離れた、確認済みの安全導線。協会職員も、操も、俺も、数分前に異常がないことを確認した、その中央に。
小さな白い羽根飾りが落ちていた。
白い羽根。金色の留め具。王冠型の小さな装飾。
断言できる。数分前、ここを通った時には何もなかった。俺は歩く前に必ず足元を見る。七年やってきた癖だ。
どう見ても、塔型モニュメントから外れた装飾の一部だった。
全身に悪寒が走る。
落ちていたのではない。置かれたのでもない。今、そこへ現れた。
同時に、操の手からカメラが離れた。肩掛けの固定具へ任せ、右手を剣の柄へ置く。
さっきまでの限界オタクの気配が、一瞬で消えた。この切り替えの速さだけは、昔から信用できる。
「ハルカさん、動かないで」
姉貴は指示通り、その場で動きを止めた。
「これ、落とし物かな?」
「違う」
俺は羽根飾りを見据える。
姉貴は塔へ近づいていない。禁止事項も破っていない。触ろうともしていない。導線も距離も、全部こちらが決めたとおりだ。
こちらが正しく動いた。それでも起きた。
つまり、向こうから来たということだ。
白い羽根飾りが、風もないのにわずかに震えた。
「姉貴、下がれ!」
羽根飾りが地面から跳ね上がる。姉貴の白いジャケットへ向かって。まるで、最初からそこへ戻ることが決まっていたかのように。
金色の留め具が、胸元の青い飾りへ。
カチリと噛み合った。
その瞬間。
二十メートル離れた封印塔の内部から、重い鎖を引きずる音がした。
【魔力反応なし】
俺の端末は、まだそう表示していた。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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