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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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第28話:【安全なはず】安全啓発配信と、姉を待ち構える塔型モニュメント

 十分後。


 俺は、参加者欄に自分の名前が追加された企画書を見つめていた。


【新設・渋谷第三ダンジョン外見レポート配信】


・出演:星宮ハルカ


・探索者監修、護衛:五月雨操


・安全監修補助:黒瀬玲司


「なぜだ」


「玲司が参加してくれることになったから」


 姉貴が当然のように答える。


「俺の意思決定はどこへ行った」


「第三会議室を出たよ」


「勝手に退室させるな」


 操が企画書へ目を落とした。


「護衛は私と協会職員。玲司は安全導線と初動確認。妥当な配置ね」


「妥当にするな」


 チーフマネージャーが申し訳なさそうに笑う。


「黒瀬くんの現場判断、本当に頼りになるから」


「褒めながら逃げ道を塞がないでください」


「時給も上げるよ」


「金で危機感を買収するな」


「交通費全額支給」


「当然です」


「お弁当付き」


「何弁当ですか」


 姉貴が吹き出した。


「玲司、揺らいだ?」


「揺らいでない」


「種類を聞いたよ?」


「食事内容は労働環境だ」


「炭酸飲料三百万円の時と同じ顔だった」


「経済と栄養は重要だ」


「じゃあ参加だね」


「話を進めるな」


 俺は企画書を閉じた。


「……本当に現地へ行く必要があるのか」


「あるよ」


 姉貴が、少しだけ真面目な顔になる。


「企画をやる理由は、さっき話したとおり」


「聞いた」


「でも、玲司に来てほしい理由は別」


「何だ」


「危ないものを見つけるのが、一番得意だから」


「特技みたいに言うな」


「それに」


 姉貴は少しだけ笑った。


「私が何かやらかしそうになったら、絶対に止めてくれるでしょ」


「最初からやらかす前提か」


「努力はする」


「信用できない」


「でも、玲司がいた方が安心」


「……」


 その一言は、ずるい。


 捕らわれのプリンセス。危険を引き寄せる可能性がある特殊職業。その本人が、俺がいれば安心だと言う。


 断る理由を探す方が難しかった。


「……入口の外までだ」


「やった!」


「内部には入るな」


「うん!」


「管理区域からも出るな」


「うん!」


「協会職員の指示には従え」


「うん!」


「あと」


 俺はため息をつく。


「俺から離れるな」


 姉貴は少しだけ目を丸くした。それから、嬉しそうに笑う。


「うん」


 ……言い方を間違えた気がする。


 操がこちらを見る。


「過保護ね」


「危機管理だ」


「そういうことにしておくわ」


「便利に使うな」


 俺はホワイトボードの前へ立ち、マーカーのキャップを外した。


「何するの?」


「昨日から言い続けている禁止事項を、正式に文章へする」


 大きく書く。


【星宮ハルカ禁止事項】


「私専用?」


「全部お前専用だ」


 その下へ、箇条書きを並べていく。


・ダンジョン内部へ入らない


・管理区域から出ない


・怪しい扉、塔、檻、霧、穴、光へ近づかない


・現地で聞こえた声に返事をしない


・知らない相手から食べ物や飲み物を受け取らない


 姉貴がじっと眺める。


「紅茶って書いてない」


「範囲を広げただけだ」


「マカロンも?」


「駄目」


「スコーンは?」


「駄目」


「クッキーは?」


「全部駄目だ」


「厳しいなあ」


「前日に異界でお茶会してきた人間への対応としては、まだ甘い方だ」


 姉貴は「むぅ」と頬を膨らませた。


 その横から、操がマーカーを取る。


「一つ追加するわ」


 さらさらと書き足した。


・見参未遂ニキらしき人物を見ても、追いかけない


「誰向けだ」


「ハルカさんと、私」


「自覚はあるんだな」


「護衛は冷静でなければならないもの」


「研究対象を見つけた時の自分を信用していないだけだろ」


 操は少しだけ視線を逸らした。


「……否定はしないわ」


「否定しろ」


 俺は操へ向き直る。


「明日は護衛用の装備だけにしろ」


「もちろん」


「高速撮影機材は置いてこい」


「異常発生時の記録に必要よ」


「見参未遂ニキが出た時の記録だろ」


「異常発生時の記録よ」


「言い換えても同じだ」


 チーフが苦笑する。


「五月雨さんも楽しみにしているんですね」


「違います」


 一拍置いてから、操は真顔で続けた。


「護衛を最優先します」


「今の間が信用できない」


 姉貴が楽しそうに笑う。


「玲司も動きやすい服で来てね」


「それは構わない」


「走れる靴も」


「安全第一だからな」


「操ちゃんも安心だって」


 操が頷く。


「現場で身体の動きを確認できるもの」


「護衛へ集中しろ」


「もちろん、そのつもりよ」


 信用度は五分五分だった。


 会議の最後。俺はホワイトボードを指差した。


「復唱」


 姉貴が姿勢を正す。


「ダンジョンへ勝手に入りません」


「はい」


「管理区域から出ません」


「はい」


「怪しい物には近づきません」


「はい」


「知らない相手から食べ物をもらいません」


「はい」


「以上」


「紅茶は?」


「その中に含まれてる」


「ちぇー」


「舌打ちするな」


 姉貴は肩をすくめて笑った。


「ちゃんと守るよ」


「本当だな」


「今回は、安全な配信にする」


 その言葉だけは、迷いがなかった。だから俺も、それ以上は何も言わなかった。


       *


 その日の夜。俺は自室で、渋谷第三ダンジョンの資料を確認していた。


 所在地。周辺地図。管理区域。入域ゲート。緊急避難路。魔力濃度。


 新設された低危険度ダンジョン。入口前広場は一般開放。内部への立ち入りは、探索者ライセンスと事前許可が必要。協会職員が常駐し、配信エリアも入口から十分離れている。


 資料だけ見れば、安全だ。本来なら。


「……本来なら、な」


 ページをめくる。入口前広場の案内図。管理棟。休憩所。記念撮影スペース。


 その隅に、一枚の写真が載っていた。


「何だ、これ」


 写真を拡大する。


 古びた封印塔を模した石造りのモニュメント。高さは五メートルほど。小さな窓。錆びた鎖。人一人が通れそうな扉。


 そして、頂上には王冠型の紋章。


「嫌な予感しかしない」


 説明文を読む。


【旧時代の封印塔を模した安全祈願モニュメント】


【渋谷第三ダンジョン開設記念として設置】


【現在、魔力反応なし】


「……その一文が、一番信用できない」


 探索者になって七年。


【現在、異常なし】


【安全確認済み】


【封印状態は安定】


【無害な展示物】


 そう書かれた場所ほど、後から事故が起きる。


「よりによって、塔か」


 安全祈願なら、鳥居でも銅像でもいい。なぜ封印塔。しかも王冠付き。


 写真をさらに拡大する。扉には、蔓草と鎖を組み合わせた紋様。その中心に、小さな王冠。


「……第四会議室と似てないか?」


 昨日、姉貴を閉じ込めた扉にも、よく似た紋様が浮かんでいた。


 偶然。……そう思えた試しがない。


 頭の中で、未来予想図が完成する。


 姉貴が塔を見つける。


「かわいい!」


 近づく。写真を撮る。紋章へ触る。扉が開く。吸い込まれる。メイドスライムが紅茶を運んでくる。俺が頭を抱える。


「見える。見えすぎる」


 スマホが震えた。姉貴からだ。


『明日の衣装、プリンセスっぽいジャケットでもいい?』


『絶対にやめろ』


 一秒後。


『王冠の髪飾りは?』


『もっとやめろ』


『小さいやつ』


『大きさの問題じゃない』


『じゃあティアラ』


『名称を変えても駄目だ』


 返信が止まる。


 ……と思ったら。今度は操からメッセージが届いた。


『封印塔の資料を見た?』


 やっぱり見つけたか。


『見た』


『嫌な予感しかしないわ』


『同感だ。第四会議室の紋様と似てる』


『協会へ再測定を依頼する』


『俺からもチーフへ、配信導線から外すように送る』


『それでも中止にはしないの?』


 少し考えてから、返信する。


『再検査で異常が出れば中止だ』


『出なかった場合は?』


『それでも姉貴は近づけない』


『了解。現地では私も塔側へ立つわ』


『研究対象より先に護衛を優先しろ』


『当然よ』


 一拍置いて。


『高速撮影機材は?』


『置いてこい』


『異常記録用よ』


『置いてこい』


 返信は、そこで止まった。


 操が協会へ再測定を依頼し、俺はチーフへ、配信導線から塔を外すよう連絡した。


 できる対策は、先にしておく。危険が起きてから動くより、危険が起きないようにする方がいい。


 それが安全管理だ。


 十分後。協会から、操を通じて再検査の結果が届いた。


【魔力反応なし】


【術式反応なし】


【安全上の問題なし】


「……その一文が、一番信用できない」


 結果は変わらなかった。


 チーフからも、塔へ近づかないよう配信導線を変更したと返信が来る。


 これで、普通なら十分だ。


 普通なら。


 俺はもう一度、封印塔の写真を見つめた。


 王冠。塔。蔓草。鎖。捕らわれのプリンセス。


 ……条件が揃いすぎている。偶然で済ませるには、嫌な材料が多すぎた。


 念のため、現地へ持っていく荷物を最初から確認し直す。


 魔力測定器。応急処置キット。簡易結界札。工具。予備のスタッフジャンパー。


 そして、着替え一式。


 現場で泥や魔力残滓を浴びることは珍しくない。探索者なら、普通の備えだ。


 変身とは関係ない。断じてない。


 そう自分へ言い聞かせなければならない時点で、嫌な予感は十分すぎるほどしていた。


「頼むから、考えすぎで終わってくれ」


 そう呟いた瞬間、脳内へ聞き慣れた電子音が響いた。


 ピコン。


【捕らわれのプリンセス関連イベントの発生確率が上昇しています】


「知ってる」


【訪問予定地周辺に、封印・塔・幽閉系オブジェクトを確認しました】


「俺の考えていることまで読むな」


【特殊職業《捕らわれのプリンセス》との演出連携を確認】


「確認するな」


【推奨救助演出:塔の姫を救出し、華麗に脱出】


「あいつと同じ発想をするな!」


【推奨台詞:待たせたな、レディ】


「絶対に言わない」


【救助対象の安全を最優先します】


「そこだけは最初から守れ」


 表示が消える。俺はベッドへ倒れ込んだ。


 もう嫌だ。


 姉貴はプリンセス風衣装を着たがる。操は封印塔を警戒しつつ、撮影機材を持ち込もうとしている。システムは、勝手にイベントを成立させようとしている。


 そして、俺だけが、その全部を止める役だ。


「……明日は、本当に何も起きるなよ」


 資料へ最後に目を落とす。


 配信場所は入口前広場。管理区域の外へは出ない。協会職員も常駐。操もいる。俺も同行する。協会による再測定も済んだ。配信導線から塔も外した。


 できることは、全部やった。普通なら、安全そのものだ。


 だが、姉貴とダンジョンと「安全です」が並んだ時点で、経験上、その言葉はフラグになる。


 俺は資料を閉じ、照明を消した。


       *


 その頃。渋谷第三ダンジョン入口前広場。


 夜風だけが吹き抜ける、静かな広場の片隅。旧時代の封印塔を模して造られた、安全祈願モニュメント。


 その頂上で、王冠型の紋章が、誰にも気づかれないまま、一度だけ淡く光った。

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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