第27話:【一家に一台】救助所作六十五点の無職(仮)と、安全なダンジョン企画から逃げられない弟
【悲報】星宮ハルカ、事務所の会議室に捕らわれる【なお紅茶付き】
1:名無しの星の子
昨日のハルカちゃん雑談配信見たやついる?
「今日、会議室に閉じ込められちゃって〜」って笑い話みたいに言ってたけど、内容が普通に意味不明で草。
2:名無しの星の子
見た。
第四会議室に入ったらドアが閉まる
↓
中が王宮サロン化
↓
天蓋付きソファ
↓
メイドスライムが紅茶を出す
↓
ハルカちゃん、普通にくつろぐ
何?
3:名無しの星の子
捕らわれてるのに待遇良すぎるだろwww
4:名無しの星の子
捕らわれのプリンセスっていうより、招待されたプリンセスでは?
5:名無しの星の子
問題は、ハルカちゃんが「紅茶を飲み終わるまで出なくてもいいかなー」みたいなテンションだったこと。
6:名無しの星の子
危機感ゼロで草。
7:名無しの星の子
これ、例の特殊職業の影響? 捕らわれのプリンセス、ガチで発動してない?
8:名無しの星の子
で、誰が助けたん?
9:名無しの星の子
弟スタッフらしい。
10:名無しの星の子
また弟スタッフwww
11:名無しの星の子
無職仮の弟、会議室の魔力ロックまで解除できるの?
12:名無しの星の子
無職とは?
13:名無しの星の子
ハルカちゃんいわく、「弟が来てくれたから安心した」らしい。姉弟てぇてぇ。
14:名無しの星の子
あと五月雨操さんが、救助所作六十五点って採点したの笑った。
15:名無しの星の子
救助所作って何?
16:名無しの星の子
「助けを呼ぶ声があるなら、紅茶を置いて逃げろ」
17:名無しの星の子
草。
「草じゃない」
いや、笑えるのはわかっている。俺以外には。
ステラライブ事務所、第三会議室。
俺、黒瀬玲司は、スマホに表示された掲示板まとめを見ながら深くため息をついた。
昨日、姉貴が第四会議室に捕らわれた。本来なら、社内で発生した小規模な魔力異常として処理されるはずだった。
……いや。会議室が王宮サロン化し、メイドスライムが紅茶を出していた時点で、小規模という言葉には無理がある。
それでも、掲示板で専用スレッドが立つ必要はなかった。
「なぜ雑談配信で話した」
俺は、向かい側の椅子へ座る姉貴を睨んだ。
星宮ハルカこと黒瀬遥香は、新作チョコレートを食べながら、まったく反省した様子もなく笑っている。
「だって、星の子たちが心配してくれたから」
「そこで『会議室に捕まった』と答えるな」
「でも、本当に捕まったし」
「本当に捕まったなら、なおさら危機感を持て」
「でも、危険な扉に入らないように気をつけてね、ってちゃんと伝えたよ?」
「その注意喚起に何分使った」
「一分くらい?」
「紅茶の話は」
「十五分」
「安全啓発が紅茶に負けてる!」
「メイドスライムちゃんが淹れてくれた紅茶、本当においしかったんだよ?」
「味の詳細を補足するな」
姉貴は悪びれもせず笑う。
「みんな楽しそうだったよ?」
「俺は楽しくない」
俺はスマホへ視線を戻した。掲示板は、まだ勢いよく伸びている。
【捕らわれのプリンセス姉さん】
【紅茶付き幽閉】
【弟スタッフ有能】
【職業・鍵開け】
【一家に一台、弟スタッフ】
【救助所作六十五点】
【見参未遂ニキ待機】
新しい地獄の単語が増えていた。
特に、救助所作六十五点。人命救助へ採点制度を持ち込むな。
しかも六十五点。高くもなく、低すぎもしない。通知表なら、親へ見せる前に少しだけ言い訳を考える数字だった。
「おかしいだろ」
「何が?」
「俺はちゃんと助けた」
「うん」
「姉貴も無事だった」
「うん」
「なのに六十五点」
「でも、評判いいよ?」
「どこが」
「『危険な時はすぐ助けを呼ぼう』って」
「それはいい」
「『怪しい空間で出された食べ物は、安全確認してから食べよう』って」
「それもいい」
「『弟スタッフを常備しろ』って」
「俺は防災グッズじゃない」
「『一家に一台、弟スタッフ』って」
「家電にするな」
姉貴はケラケラと笑う。
この女、俺がどれだけ胃を痛めているか理解したうえで楽しんでいる。
正体を知った姉は強い。強すぎる。
変身の秘密。名乗りの強制。レディ発言。喉仏ミュート。俺の弱点を全部握っている。
なのに本人は、捕らわれのプリンセスとして順調に弱点を増やしていた。
姉弟で何をしているんだ。
コンコン。
第三会議室の扉がノックされる。
「失礼します」
チーフマネージャーが資料を抱えて入室し、その後ろから五月雨操も姿を見せた。
「失礼するわ」
若手筆頭のAランク探索者。クールでストイック。そして昨日、俺へ六十五点を付けた張本人である。
操は掲示板を一瞥すると、小さく息をついた。
「社内チャットだけならまだしも、掲示板にまで六十五点が広がっているわね」
「お前のせいだろ」
「私が書いたのは社内チャットだけよ」
「火種を置いた自覚を持て」
「事実を書いただけ」
「採点された側の気持ちも考えろ」
操は少しだけ肩をすくめた。
「でも、悪い評価ではないわ」
「六十五点で?」
「最低限は十分に満たしているもの」
「最低限で人命は助かる」
「ええ。ただ、もっと良くできる」
「また七十点を目指せって言うのか」
「そう」
「次を前提にするな」
姉貴が笑いながら手を挙げた。
「操ちゃん、見参未遂ニキなら――」
「昨日も同じことを聞かれたわ」
操が遮る。
「今は比べない。何点でもない」
「えー」
「ハルカさん」
操の声が、少しだけ静かになった。
「昨日、あの部屋を開けたのは玲司です。黒銀ヒーローではありません」
「……」
「だから、玲司の六十五点」
黒銀ヒーローと比べているわけではない。昨日、変身もせずに姉貴を助けた俺を見て、その結果へ点を付けた。
そう言われると、六十五点への不満だけでは済まなくなる。
「その言い方だと、少し嬉しいのが腹立つ」
「なら、次は胸を張って七十点を取りなさい」
「だから救助に通知表を持ち込むな」
操の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
俺は咳払いをする。
「とにかく。今回の件でわかったのは、姉貴の特殊職業がネットでも話題になり始めたってことだ」
「捕らわれのプリンセス姉さん」
姉貴が嬉しそうに言う。
「喜ぶな」
「かわいくない?」
「かわいくない。危険だ」
「紅茶付きだよ?」
「待遇を付け足すな」
操は腕を組んで頷いた。
「その点には同意するわ」
「まともな意見が来た」
「今回は事務所内で発生した、おもてなし型の小規模異界だったから良かった」
「ああ」
「でも、屋外やダンジョン周辺で発生した場合、救助難度は一気に上がる」
会議室の空気が少しだけ引き締まる。
「封鎖空間が深くなれば、別の異界へ転送される可能性もある」
「そんなに危険なんですか?」
チーフが静かに尋ねた。操は頷く。
「特殊職業の効果は、まだ完全には判明していません。ただ、名称と初回イベントから考えれば、捕縛や幽閉に関する異常を引き寄せる可能性は高いです」
「だから」
俺は姉貴を指差した。
「今後は不用意に扉へ入るな」
「うん」
「怪しい部屋へ近づくな」
「うん」
「怪しい塔へ近づくな」
「うん」
「怪しい檻へ入るな」
「うん」
「怪しい光へ手を伸ばすな」
「うん」
「知らない声に呼ばれても返事をするな」
「うん」
「紅茶が出ても飲むな」
「それは場合による」
「場合によるな!」
「でも、メイドスライムちゃんの紅茶は安全だったよ?」
「結果論で警戒心を捨てるな」
姉貴は頬を膨らませた。
操が真面目な表情で続ける。
「もう一つ、気になることがあるわ」
「何だ」
「視聴者が面白がって、危険な状況を期待するようになる可能性」
「ああ……」
「『ハルカさんが捕まれば、見参未遂ニキが来る』と思う人は、これから増えるでしょうね」
「最悪だ」
「悪意があれば、それを利用する人間も出るかもしれない」
俺は表情を引き締めた。
「姉貴を囮にするような真似か」
「ええ」
「そんなことになれば、何をされるかわからない」
「そのとおり」
姉貴の笑顔が、少しだけ消えた。
「私が捕まれば、また助けに来てもらえるって思われるかもしれないんだ」
「面白半分で危険へ近づく人間も出る」
「……それは嫌だな」
姉貴は、自分が捕まることよりも、誰かが真似をして危険へ近づく可能性の方を嫌がった。
配信者として、そこだけは譲れないらしい。
「特殊職業のことを、もう配信では話さない方がいいのかな」
「隠せば解決するとも限らない」
操が答える。
「すでに映像も発言も残っているわ。曖昧に隠せば、逆に危険な検証を始める人が出る可能性もある」
「正しい情報を伝える必要がある、ということですね」
チーフが企画書をテーブルへ置いた。
「今回の件を、面白い事故だっただけで終わらせるわけにはいかない。ダンジョン周辺での注意点や、異常を見つけた時の通報方法も伝えておきたい」
「でも、危険な企画にはしたくないです」
姉貴が言う。
「もちろん。協会管理下の場所で、内部には入らない。異常があれば、その時点で中止する」
チーフは俺たちを順番に見る。
「危険なことをしなくても、ダンジョンに関する配信は成立すると示したいんだ」
「それなら、意味はあると思います」
操が頷く。
内容だけを聞けば、まともだった。安全な場所で、正しい情報を伝える。危険なことはしない。
非常に良い。
ただし、参加者に姉貴がいる。その時点で、すべての安全という言葉が急に信用できなくなる。
姉貴がパンと手を叩いた。
「じゃあ、次の企画はもっと安全にしよう!」
「当然だ」
「新ダンジョンの外見レポート!」
「中止しろ」
「まだ何も説明してない!」
「名前だけで危ない」
「内部には入らないよ」
「それでも危ない」
「入口前だけ」
「もっと危ない」
「どうして外の方が危ないの?」
「プリンセスは塔の外でもさらわれる」
操が真剣に頷く。
「それは一理あるわ」
「お前が真面目に肯定すると怖くなる」
姉貴は企画書を大型モニターへ映した。
【新設・渋谷第三ダンジョン外見レポート配信】
内容は、安全管理体制の紹介。入域許可の必要性。一般人への注意喚起。異常発生時の通報方法。
企画だけ見れば、安全啓発としては申し分ない。
姉貴が現地へ行く。操も同行する。そして、俺まで呼ぼうとしている。
何も起きない未来が見えない。
「操ちゃんが護衛で来てくれるよ」
姉貴が言う。
「私が現地の安全確認も担当するわ」
「見参未遂ニキを探すなよ」
「探さないわ」
「今、少し間があった」
「気のせいよ」
「高速撮影用カメラなんか持ってくるなよ」
操が一瞬だけ視線を逸らす。
「……戦闘資料として有用だから」
「持ってくる気だったのか」
「万が一に備えて」
「事故を前提にするな」
姉貴がこちらを見る。
「玲司も来てくれるよね?」
「行かない」
「えー」
「えー、じゃない」
「安全啓発監修スタッフとして必要だよ」
「台本なら事務所で確認する」
「現地じゃないと、わからないこともあるじゃん」
「わからなくていい」
「玲司」
姉貴が少しだけ真面目な顔になる。
嫌な予感がした。この顔で頼まれると、俺は弱い。
「どうして来たくないの?」
「姉貴とダンジョンと安全な企画が並んだ時点で、もう安全じゃないからだ」
姉貴は頬を膨らませた。操は企画書へ視線を落とす。チーフも、参加者一覧を確認していた。
【新設・渋谷第三ダンジョン外見レポート配信】
出演、星宮ハルカ。
探索者監修および護衛、五月雨操。
安全監修補助、調整中。
三人が、ほぼ同時に俺を見る。
「見るな」
誰も視線を逸らさない。
……なるほど。
この会議は、俺が参加するかどうかを相談する場ではない。俺を、どうやって現地へ連れていくかを確認する場だった。
救助所作は六十五点。危機察知能力は百点。
ただし、その危機から逃げられる確率は、最初からゼロだった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




