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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 白洲りつ


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25/102

第25話:【開かずの会議室】捕らわれのプリンセス、社内設備におもてなしされる

 ステラライブ事務所には、開かずの会議室がある。


 ……という怪談を聞いたのは、その日の昼過ぎだった。


「ねえ玲司、聞いて聞いて」


 昼休憩中。俺が第三会議室の隅で、昨日持ち上がった安全啓発教材の資料を修正していると、姉貴――星宮ハルカこと黒瀬遥香が、楽しそうな顔で近づいてきた。


 手にはスマホ。嫌な予感がする。


「聞きたくない」


「今回は玲司の尊厳、あんまり関係ないよ」


「あんまり?」


 ゼロではないらしい。


 姉貴はスマホ画面を俺へ向けた。


【設備管理より】


【第四会議室の魔力ロックが誤作動しています。現在、原因を調査中です。関係者以外は近づかないでください】


「第四会議室?」


「うん」


「関係者以外は近づくな?」


「うん」


 俺はゆっくりと姉貴を見る。


「近づくなよ」


「もう近づいた」


「なぜだ」


「配信用の資料を取りに行こうとしたら、いつの間にか第四会議室の前に着いてて」


 俺の表情が固まる。ただの方向音痴ではない。


 姉貴の特殊職業。


【捕らわれのプリンセス(ヒーロー見ぃつけた♡)】


 危険イベントへ吸い寄せられる。あるいは、危険イベントの方から姉貴へ寄ってくる。


「それで?」


「ドアが開いたから入った」


「なぜだ!」


「だって、事務所の会議室だよ?」


「お前の職業は、事務所内だから休むような良心的な能力じゃないだろ!」


「あー」


「今理解するな。入る前に理解しろ」


 姉貴は悪びれもせず続けた。


「中に入ったら、ドアが閉まって出られなくなった」


「現在進行形か?」


「うん」


 俺は固まった。目の前にいる姉貴を見る。どう見ても目の前にいる。


「お前、ここにいるだろ」


「これはアバター」


「は?」


 姉貴が自分の頬を指で押す。指先が、輪郭を構成する光の粒子へ沈んだ。社内連絡用の簡易アバター。本体ではない。


「本体は?」


「第四会議室」


「今すぐ言え!」


「今、言ってるじゃん」


「閉じ込められてから何分だ!」


「十五分くらい。紅茶が出てきたから、ちょっと様子を見てた」


「様子を見るな!」


 俺はノートPCを閉じ、机の上の資料を放り出す。


 昨日、静かな会議室で誰にも邪魔されず資料を直したいと思った。翌日、静かな会議室そのものが姉貴を捕獲した。


 俺の願いを斜め方向に叶えるな。


「玲司、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。椅子もふかふかだし」


「閉じ込められてる本人が言うな!」


「天蓋付きのソファもあるよ」


「会議室だぞ!?」


 俺は第三会議室を飛び出した。姉貴のアバターが、投影ドローンに追従されながら後ろをついてくる。


「身体に異常は?」


「ちょっと眠いくらい」


「それが異常かもしれないだろ!」


「でも昼食後だし」


「判断しづらい!」


 廊下の先から、チーフマネージャーが走ってきた。


「黒瀬くん! 大変だ!」


「知ってます。姉貴が第四会議室に捕まりました」


「なぜ、もう知ってるの!?」


「本人がアバターで報告してきました」


 チーフが、ふわふわ浮いている姉貴を見る。


「閉じ込められながらリモート接続できるの?」


「通信回線は生きています。あと紅茶二杯目です」


「どういう状況?」


「俺が聞きたいです」


 俺たちは第四会議室へ急ぐ。


 廊下の突き当たりには、設備管理のスタッフを中心に数人が集まっていた。魔力認証端末が赤く点滅し、扉は固く閉ざされている。


 ドアの表面には、薄い金色の装飾紋様が浮かんでいた。蔓草。王冠。小さな塔。


 なぜ、事務所の会議室が王宮化している。


「システムからの解除命令を受け付けません」


 設備管理のスタッフが青ざめた顔で言う。


「空間自体が固定されています。無理に開けた場合、内部への影響が判断できません」


 その判断は正しい。内部には姉貴がいる。空間異常ごと扉を壊せば、何が起きるかわからない。


『玲司ー』


 扉の内側から声がした。


『中からも音は通るみたい』


「今、開ける方法を探してる!」


『急がなくていいよ。スコーンも来たから』


「紅茶会を続けるな!」


 そこへ、黒に近い紺色の探索者ジャケットを着た人影が近づいてきた。


 五月雨操である。


「ハルカさんが閉じ込められたと聞いたわ」


「情報が早いな」


「本人から連絡が来たの」


 操がスマホを見せる。


『操ちゃん、なんか会議室に捕まった!』


『でも紅茶おいしい!』


「危機感が死んでる」


 操は扉へ近づき、金色の紋様へ手をかざした。


「ただの魔力ロックじゃないわね」


「ああ。会議室ごと薄く切り離されてる」


 操がこちらを見る。驚きではなく、確認する目だった。


「やっぱり、あんたにもそう見えるのね」


「……雰囲気だ」


「誤魔化し方が雑。でも判断は合ってる」


「採点するな」


「助かるわ。説明の手間が省ける」


「俺を何だと思ってる」


「Aランク探索者」


 その言い方には、疑いよりも信頼があった。


 俺が何かを隠していることくらい、操は勘づいている。だが今は、姉貴の救助が先だ。それをこいつはわかっている。


「玲司、無茶はしないで。でも、見えているなら言って」


「命令か」


「共有よ。一人で抱え込むなって、昨日言ったでしょう」


「もう使うのか、その話」


「使えるものは使うわ」


 操は扉と床の境目を確認する。


「小規模な捕縛領域ね」


「内部ごと開くと、空間がずれる」


「ええ。だから壊さない。外側だけ緩める」


「俺に振るな」


「あんた、Aランクでしょう」


「一応、登録上はな」


「一応で今の解析はできないでしょう」


「今はそこを掘るな」


「わかってる。今は使う」


 ひどい言い方なのに、不思議と嫌ではなかった。


『玲司ー。中、王宮のサロンみたい』


「会議室の概念を捨てるな」


『メイドみたいなスライムが紅茶を注いでくれるの』


「魔獣を給仕に使うな!」


 操が真剣な顔で頷く。


「対象の警戒心を下げる捕縛型かもしれない。快適だからといって、安全とは限らないわ」


『操ちゃんもいるの?』


「ええ。体調に異常はない?」


『うん! 紅茶二杯目!』


「本当に無事そうね」


 操の表情が少し緩み、すぐに探索者の顔へ戻る。


「おそらく、ハルカさんの特殊職業に反応したのでしょうね」


「やっぱりプリンセスか……」


『名前かわいいよねー』


「かわいくない!」


 操が装飾紋様へ端末を向ける。


「捕縛領域の核は内部。たぶん、部屋の中の演出物のどれか。ただ、核を壊す必要はないわ。条件が外れれば、領域と一緒に消えるはず」


「条件は?」


「二つあるわ。今、内側から外へ向かう魔力がほとんど出ていない。だから一つ目は、内部の対象が明確に救助を望むこと」


「もう一つは、外側から封鎖を緩めることか」


「そこまで同じ見立てなら、組めるわね」


「組む前提で話すな」


「一人でやるより早い」


「それは否定しない」


「なら決まり」


 昔からこうだった。こちらが迷っている間に、当然のように隣へ立つ。


 それが面倒で、それが少しだけ楽だった。


「説得は、あんたがやりなさい」


「なぜ俺だ」


「ハルカさんが本気で外に出たいと思うとしたら、あんたが心配している時でしょう」


「そんなことは」


『あるよー』


「内側から肯定するな!」


 本人は会議室の中。アバターだけが俺の肩で楽しそうに頷いている。


 ややこしい。


「姉貴! 助けてほしいか!」


『うーん……』


「迷うな!」


『出たい気持ちはあるんだけど、紅茶がまだ残ってて』


「紅茶を捨てろ!」


『メイドスライムちゃんも泣きそうな顔で見てるし』


「魔獣に情を移すな!」


 操が冷静に言う。


「完全には救助を望んでいないわね」


「プリンセス本人がくつろいでいるせいで、条件を満たせないのか?」


「おそらく」


「最悪の人質だな!」


 姉貴は一応出たい。ただし、紅茶を捨ててまで出たいわけではない。


 何だ、このイベント。誘拐犯に懐き始めた人質より面倒だ。


「外側から緩める」


 俺は扉へ近づいた。


「姉貴の説得はその後だ」


「ええ。私が外周を押さえる。あんたはロックを見て」


「勝手に役割を決めるな」


「嫌なら別案を出しなさい」


「……そのままでいい」


「なら合わせるわ」


 操は声を落とした。周囲のスタッフには、ただ解除方針を相談しているようにしか見えないはずだ。


 俺は扉へ手を当て、魔力の流れを読む。


 封鎖空間はまだ浅い。普通の会議室に魔力異常が薄く重なり、建物の魔力ロックを巻き込んでいるだけだ。


 これなら、《ヒーロー見参》を使わなくても開けられる。


 たぶん。


 いや、絶対に使わない。


 事務所の廊下で黒銀スーツへ変身したら、今後出社できなくなる。しかも、ヒーロー見参ビジネス連携機能が仮起動している。


 下手をすれば、


〝閉じ込められたレディには、優雅なティータイムを――〟


 と、企業案件風の台詞まで混ざる。


 死ぬ。絶対に通常解除する。


「右上の王冠紋」


 操が小さく言った。


「そこは囮だ。触ると締まる。本命は塔の根元」


「蔓草は?」


「切ると内部が揺れる。残せ」


「了解」


 操が、俺の手元から少し離れた位置へ手をかざす。外周の揺れが、すっと静まった。


 やりやすい。腹が立つほど、やりやすい。こちらが何をしたいのか、説明しきる前に合わせてくる。


 俺は指先へごくわずかに魔力を通し、封鎖の糸を一本だけ逆方向へ押し返した。


 カチリ。


 認証端末の色が、赤から黄色へ変わる。


「反応が変わった!」


「ロック強度が低下しています!」


 チーフが驚いた顔で俺を見る。


「黒瀬くん、今、解除した?」


「たまたまです」


「たまたまで魔力ロックが?」


「事務所との相性が良いんです」


「すごい言い訳だね」


 外部の封鎖条件は緩んだ。最後は、姉貴が本気で出る意思を示すこと。


「姉貴! 出たいと言え」


『出たい』


「本気で」


『出たいです』


「気持ちが入ってない!」


『だって、紅茶が』


「紅茶から離れろ!」


『でも』


「姉貴!」


 少し強い声が出た。扉の向こうが静かになる。


「そこは普通の会議室じゃない。今は安全でも、このまま空間が深くなれば、どこへつながるかわからない」


『……うん』


「メイドスライムも、ずっと無害とは限らない」


『この子たちは良い子だよ』


「良い子でも、魔獣は魔獣だ」


『……』


「俺が心配してる。だから、本気で出たいと言え」


 少しの沈黙。


『紅茶はおいしいけど』


「そこは付けなくていい」


『玲司が心配してるから、出たいです』


 金色の紋様が薄くなり、空間が揺れた。


 効いた。


 なぜ俺の心配が解除条件へ強く作用したのかは、考えたくない。


「今なら開けられる」


 操が短く言う。


「外周だけ押さえろ」


「わかってる」


 俺は一瞬だけ、横目でその顔を見る。


 不必要な追及をせず、必要な場所だけを支える立ち位置。


 姉貴は、俺が助けたい人だ。操は、俺が一緒に助けに行ける人だ。その違いが、妙にはっきりした。


「玲司。失敗したら、私が引き戻す」


「縁起でもないことを言うな」


「成功する前提で、失敗した時の手を考えるのが探索者でしょう」


「……そうだな」


「だから、遠慮なくやりなさい」


「命令するな」


「相棒への指示よ」


「いつから相棒になった」


「今」


「勝手に決めるな」


「嫌?」


「……別に」


 操が、ほんの少しだけ笑った。


「なら、決まり」


 俺はドアノブを握った。


 あと一段階。魔力の流れを完全に逆転させれば、扉は開く。


 背後には設備管理のスタッフとチーフ。隣には、俺をAランク探索者として信頼している幼馴染がいる。


 隠しながら。でも、任せながら。


 この距離感は、かなり厄介だ。


 俺は息を整えた。


 そして、最後の封鎖条件へ指をかけた。

お読みいただきありがとうございます!


毎日7:10と19:40の2話更新です。


続きもお楽しみに!

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