第24話:【本人確認】協会は最初から全部知っていた
昨日の夜。
スマホが震えた。送り主は、日本探索者協会。
嫌な予感しかしない。件名を見る。
【至急】新宿第四ダンジョン救助活動に関する面談のお願い
「終わった」
まだメールを開いていない。なのに終わった。
恐る恐る本文を開く。
『ご多忙のところ恐縮ですが――』
「嫌です」
一行目で拒否した。続きを読む。
『日時は明日午前十一時を予定しております』
「来月でお願いします」
さらに下を見る。
『※Aランク探索者に関する優先案件のため、ご協力をお願いいたします』
「任意とは」
協力。お願い。優先案件。どれも柔らかい言葉なのに、断れる空気が一切ない。
つまり、任意。ただし実質強制。
「それもう義務じゃないか……」
観念して返信する。
『承知しました』
送信。終わった。本当に終わった。
*
翌朝。目を覚ました瞬間、思い出す。
協会。
「帰りたい」
まだ布団から出てもいない。なのに、もう帰りたかった。
朝食を済ませ、帽子とマスク、それにサングラスを掛ける。鏡を見る。
「……不審者だな」
どう見ても職務質問コースだった。
だが、先日の俺より百万倍マシである。黄金の光を背負い、完璧なポーズで。
〝――ヒーロー見参ッ!!〟
「うわぁぁぁぁ!」
玄関で頭を抱える。思い出すな。忘れろ。俺。
「……行くか」
家を出る。
「帰りたい」
協会へ着く。
「帰りたい」
日本探索者協会本部。ダンジョン管理と探索者登録を行う公的機関。探索者の間では、単に協会と呼ばれている場所だ。
俺は巨大なガラス張りのビルを見上げた。
「今なら引き返せるんじゃ……」
スマホを見る。十時五十五分。あと五分。
……無理か。
ため息を吐き、自動ドアをくぐった。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ランク審査課に呼ばれました」
「お名前をお願いいたします」
「黒瀬レイです」
受付の女性は端末を見ると、にこりと笑った。
「お待ちしておりました」
「……はい」
その一言だけで胃が痛い。逃げ道はないらしい。
*
案内された応接室は、やたら立派だった。革張りのソファ。ガラステーブル。観葉植物。
そして、場違いな俺。完璧である。
コンコン。
「失礼します」
入ってきたのは、黒いスーツ姿の女性だった。きっちりまとめた黒髪。眼鏡。いつもの無表情。
日本探索者協会ランク審査課、御影千鶴。高校時代に探索者登録をして以来、ずっと俺の担当をしている人だ。
「お久しぶりです、黒瀬さん」
「御影さん」
「本日はお忙しいところありがとうございます」
「いえ……」
社交辞令である。俺は忙しくない。来たくなかっただけだ。
「それでは早速ですが」
一拍置いて、御影さんは真顔のまま言った。
「世間的には、黒銀ヒーローさんとお呼びした方がよろしいでしょうか」
「帰ります」
立ち上がる。
「まだ始まってません」
「十分です」
「お座りください」
「嫌です」
「業務です」
「その業務を中止してください!」
御影さんは何事もなかったかのように席へ座る。俺も諦めて腰を下ろした。
勝てない。この人には昔から勝てた試しがない。
「先日の救助活動、お疲れさまでした」
「不可抗力です」
「見事な救助でした」
「不可抗力です」
「こちらをご覧ください」
タブレットがこちらへ向く。配信映像だった。
そこには、黄金の光を背負い、完璧なポーズを決める俺。
〝――ヒーロー見参ッ!!〟
「消してください」
「公的記録です」
「サーバーごと」
「犯罪です」
「じゃあ俺を消してください」
「それも犯罪です」
御影さんは淡々と映像を止める。
「現在、協会では安全啓発教材の候補となっています」
「何の教材ですか!?」
「救助活動です」
「ヒーロー見参も入るんですか?」
「もちろんです」
「もちろんじゃない!」
御影さんはタブレットを閉じ、別の資料を表示した。
「続いて、犬飼査察官から提出された報告書です」
嫌な名前が出てきた。画面には大きく。
【見参未遂ニキに関する調査報告】
「公文書にニキを入れるな!」
御影さんは資料を一枚めくった。
「もっとも」
「もっとも?」
「今回の件で判明したわけではありません」
「……え?」
「協会としては、能力登録の時点で把握しております」
「何をです?」
「黒銀ヒーローの正体が、Aランク探索者・黒瀬レイさんであることを」
「…………」
数秒。思考が止まる。
「……ですよね」
「はい」
「ですよねぇぇぇぇ!!」
思わず天井を仰いだ。
Aランク探索者。能力登録済み。能力名は《ヒーロー見参》。
そんな人間が、黄金の光を背負って。
〝――ヒーロー見参ッ!!〟
と叫んだ。
……そりゃバレる。
「バレていないはずがないでしょう」
「認めます!」
「ありがとうございます」
「礼を言われる内容じゃない!」
「なお、ご安心ください」
「?」
「黒銀ヒーローに関するお問い合わせは、協会にも多数寄せられております」
「やっぱり来てるんだ……」
「ですが、探索者の個人情報ですので、お答えできない旨を一貫して回答しております。協会から正体を公表することはありません」
「そこを最初に言ってください!」
恐る恐る口を開く。
「……じゃあ犬飼査察官は何だったんです?」
「現地確認です」
「何の?」
「内部照合では、あの時点ですでにほぼ確定していました。ただし、ご本人の反応を含めた最終的な照合と、正体を公表する意思があるかを見極める必要がありました」
「最初から全部知ってた?」
「はい」
「事務所まで来て?」
「はい」
「俺を観察して?」
「はい」
「全部知ってた?」
「はい」
御影さんは当然のように頷いた。
「見事な陰キャ演技でした」
「殺せ」
「公的機関ですのでできません」
「記憶だけでも消してくれ!」
「業務対象外です」
「役に立たないな、公的機関!」
「それに、犬飼査察官とは、以前からのお知り合いだったそうですね」
「……まあ」
「久しぶりに黒瀬さんと会えると、犬飼査察官はウキウキで出かけたのですが」
「ウキウキ?」
「帰ってきた時には、敵扱いされたとショボンとしていましたよ」
「…………」
思い返す。犬飼査察官の笑顔。俺を見る目。距離の詰め方。全部、正体を暴こうとする査察官の圧だと思っていた。
そもそも、会う前から木村に『犬飼が俺の顔写真を持っている』なんて余計な情報を寄越されていたせいで、俺の中では最初から敵認定済みだったのだ。
そのうえ、会ったあとには古い能力登録リストと過去ログまで調べていると聞かされた。好意的に解釈できる要素が、一つもなかった。
「……敵ではないです」
「では、味方として接しましたか?」
「…………」
「ただ、空気に飲まれて、途中からノリノリで敵役をこなしてしまったとも言っていました」
「ノリノリで敵役をこなした人間が、帰ってからショボンとするな!」
「その場では楽しかったそうです」
「なおさら被害者みたいな顔をするな!」
御影さんはタブレットをもう一度操作した。
「犬飼査察官の所感です」
画面には短く一文だけ表示される。
【本人は最後まで隠し通せていると思っている模様】
「落ち込んでた人間が書く報告か、これ!」
「業務と感情は別だそうです」
「そこだけ完璧に切り替えるな!」
「以上です」
「短い!」
「十分伝わるかと」
「伝わるな!」
御影さんは資料を閉じ、新しい封筒を机へ置いた。表紙には、大きくこう書かれている。
【Sランク探索者昇格審査対象認定通知】
「帰ります」
「まだ説明しておりません」
「タイトルだけで十分です!」
「業務です」
「その一言で全部済ませるのやめてください!」
御影さんは封筒を開く。
「今回を含む、これまでの救助実績により、Sランク昇格審査対象となりました」
「辞退します」
「まだ説明しておりません」
「聞く前から辞退します」
「正式な辞退は説明後となります」
「面倒くさい!」
「まず、Sランクになりますと」
「なりません」
「テレビ取材」
「嫌です」
「講演依頼」
「嫌です」
「ヒーローショー」
「絶対嫌です」
「人気が出ると思います」
「出なくていい!」
「協会としても惜しいですね」
「惜しむな!」
御影さんは通知書を閉じた。
「ご安心ください」
「何がです?」
「現時点では審査対象です」
少しだけ肩の力が抜ける。
「正式昇格ではありません」
「良かった……」
「ただし」
やっぱり来た。
「今後も同程度の救助実績が確認された場合、正式に昇格をご案内いたします」
「もう二度と助けません」
「無理ですね」
「何で言い切るんです!」
「先日の救助についても」
御影さんは静かに俺を見る。
「目立ちたかったから助けたわけではありませんよね」
「……はい」
「目の前で人が死にそうだった」
「はい」
「だから助けた」
「……はい」
否定できない。
あの場でも、ヒーローになりたかったわけじゃない。ただ、助けるしかなかった。
「協会が評価しているのは、そこです」
「……」
「目立ちたい人は大勢います」
一拍。
「ですが、目立ちたくないのに人を助ける人は、多くありません」
思わず黙り込む。
「昇格を急ぐつもりも、英雄に祭り上げるつもりもありません」
「そうなんですか」
「はい。通常のAランクでは対応できない案件が発生した際、正式に救助要請を出せるようにしておきたいだけです」
その言葉で、少しだけ気が楽になった。
俺を利用したいわけじゃない。また同じことが起きた時に備えたい。ただ、それだけなのだ。
「以上で面談は終了です」
「やっと終わった……」
長かった。精神的に。
「最後に正式な本人確認をお願いします」
「まだあるんですか」
「業務です」
御影さんが歩み寄る。
そして。
つん。
胸を軽く指で突いた。
「登録魔力反応と一致」
「胸で本人確認するな!」
「以上です」
「本当にそれで終わりなんですね……」
*
協会を出る。思わず大きく息を吐いた。
「生きて帰れた……」
精神的には満身創痍だ。それでも、一番大きな山は越えた。
そう思いながら家へ戻る。
マンションが見えてきた、その瞬間だった。
「れーーーーーーいじーーーーーーっ!!」
聞き慣れた声が空から降ってきた。反射的に見上げる。
四階のベランダ。姉貴が身を乗り出して、大きく手を振っていた。
「おーい! 早く上がってきてー!」
……嫌な予感しかしない。
「帰りたい」
今日だけで何回目か分からないその一言を呟きながら、俺は重い足取りで建物の中へ入っていった。
お読みいただきありがとうございます!
毎日7:10と19:40の2話更新です。
続きもお楽しみに!




