第17話:【尊厳より証拠】人工魔力チップの解析と、無職仮を探す査察犬
※リメイク版として第1話から投稿中です。
画面に表示された製造番号を見て、俺は目を細めた。
「……お前らか」
ギャグで済む時間は、そこで終わった。
――と、格好良く締めたものの。
画面に表示されているのは、英数字が四十桁ほど並んだ製造シグナルである。これだけでは、誰が仕込んだのかまでは分からない。
現実は小説のように親切ではない。犯人の名前が赤字で表示されたりはしない。
椅子へ座り直し、ノートPCへ製造シグナルを入力する。
照合作業、開始。
地味だ。非常に地味だ。だが、地味でいい。黒銀スーツにもならない。名乗らない。ポーズも取らない。レディも出ない。
最高である。世の中の問題は、全部机の上で解決してほしい。
探索者として使っていた解析ツールを起動する。Aランク探索者・黒瀬レイの正式な個人端末ではない。昔組んだ古いサブ環境だ。
協会が一般登録者へ公開している製品データ。魔力機器メーカーの保守記録。合法的に参照できる情報だけをつなぎ合わせる。
違法ではない。限りなく黒に近い灰色でもない。たぶん白。今夜は白ということにしておく。
魔力製品には、製造元を示す固有の波形が残る。人間で言えば指紋だ。
製造シグナル。製造番号。出荷時期。販売代理店。保守契約。再販履歴。その全てを追えば、購入者へたどり着ける可能性がある。
可能性があるだけだ。
普通なら途中で名義を変える。別会社を挟む。廃棄済みとして記録を切る。本気で悪用するなら、そのくらいはする。
「頼むから、犯人が雑でいてくれ」
犯罪者へ向ける願いとして正しいかは知らない。だが、証拠を追う側としては切実だった。
検索。最初に表示されたのは製造元。
【東都魔導機器株式会社】
大手だ。研究機関や協会向けに、訓練用の魔力誘導装置を製造している。製品自体は違法ではない。包丁が悪くないのと同じだ。
問題は使い方。そして、誰が使ったか。
俺は出荷番号を照合する。
【製品区分:訓練用魔獣行動誘導端末】
【危険度区分:管理指定Ⅱ類】
【使用目的:模擬討伐・避難訓練】
「避難訓練ね」
実際には、避難訓練どころか避難する原因を作っている。使用方法が逆だ。安全装置で人を殺しかけるな。
販売履歴を開く。該当製造ロット、百二十八台。
「多いな」
一台ずつ追っていたら朝になる。いや、もう十分深夜だ。睡眠時間が先に死ぬ。
絞り込み条件を追加する。関東圏。過去一年以内。法人購入。探索・配信・芸能関連。
百二十八件が三十一件へ減る。まだ多い。新宿周辺で保守登録、九件。再販履歴あり、四件。直近三か月以内に動作確認、二件。
「二択」
ようやく人間が処理できる数になった。
一件目、探索者養成学校。用途は訓練用ダンジョンでの避難演習。使用日誌も残っているし、今回の時間帯にも校内設備へ接続された記録がある。
白。
二件目、法人名義。
購入企業の詳細は非公開。代理店を一社挟んでいる。保守記録も一部欠損。
「お前だろ」
怪しさが自己紹介している。登録番号を開くと、画面上部にSNSの通知が出た。
【おすすめ:達者でなレディ汎用画像まとめ・第二弾】
閉じる。登録番号を照合。
【購入区分:法人企画用】
もう一つ通知。
【急上昇:見参未遂ニキの別れ際ボイス集】
閉じる。照合を続ける。
【納入先:東京都内・映像企画関連施設】
【アンケート:黒銀ヒーローに言われたい別れの言葉】
「解析より先に俺の精神を壊すな」
閉じる。
なぜ通知は俺が集中した瞬間だけ来るのか。スマホも能力も、俺の邪魔をする時だけ連携がいい。
俺はSNSの通知を切った。これで静かになる。完璧だ。
三秒後。今度はPCのブラウザへおすすめ記事が出た。
【検証:黒銀スーツは一回目より密着度が増したのか】
「お前もか」
安全地帯などなかった。
俺は広告表示を閉じ、照合作業へ戻る。
代理店名、東央メディアソリューションズ。取引先は数百社。ここから先は、公開情報だけでは厳しい。
だが、魔力機器には保守契約が必要だ。高出力装置なら、定期点検記録が必ず残る。
保守番号を抽出する。
契約先企業、伏せ字。担当部署、伏せ字。点検場所、東京都新宿区。そして、点検担当者の所属コード。
「……待てよ」
この所属コード。見覚えがある。
昨夜、赤城レオンの釈明配信について調べた時、スポンサー契約資料の隅に同じ系列番号があった。
保存していた公開資料を開く。ライジング・プロモーション。赤城レオンの所属事務所。その企画制作関連の外注企業一覧。
その中に。
【東央メディアソリューションズ】
あった。
「一つ」
まだ確定ではない。取引先が同じというだけだ。それだけで犯人扱いすれば、こちらが負ける。
俺はさらに追う。
保守点検日。初回配信の二週間前。
利用申請番号。企画案件コード。公開されている広告企画の管理番号と照合する。
一件、不自然に欠番になっている案件があった。前後の案件は赤城レオン関連。欠番だけ内容非公開。
「二つ」
俺は姿勢を正す。
次に出荷先の受領担当コード。企業の公開採用資料。過去のプレスリリース。外注先の実績紹介。
拾って、つなげて、また拾う。
カタカタカタ。
深夜の自室に、キーボードの音だけが響く。
こういう作業は嫌いではない。戦闘と違って、相手は急に殴ってこない。結晶板も落ちてこないし、配信ドローンも追ってこない。
ただし、SNS通知は殴ってくる。
【メール着信:木村颯太】
「今度はお前か」
嫌な予感しかしない。
だが、木村は元探索者仲間だ。時々、本当に役立つ情報も送ってくる。
百回に一回くらい。
俺はメールを開いた。
『達者でな、レディ』
閉じた。役立たない方の九十九回だった。
すぐに追撃が来る。
『間違えた』
『元気? 見参未遂ニキ』
俺は返信欄を開いた。
『二度と送るな』
既読。
『了解、喉仏ミュートニキ』
俺はスマホを伏せた。
木村。いつか必ず、合法の範囲で報復する。具体的には、あいつが新人時代に協会受付へ提出した恥ずかしい自己紹介文を朗読する。
合法かどうかは微妙だ。あとで調べる。
俺は作業へ戻った。
購入時の承認番号。保守契約。担当部署コード。点検場所。点と点を並べる。
最後に、赤城レオン担当チームが公開した企画予算書の一部と照合した。
魔力演出機材費。金額。購入時期。代理店。
全部一致する。
画面に企業名が浮かび上がった。
【ライジング・プロモーション】
続けて。
【企画開発部】
さらに。
【赤城レオン担当マネジメントチーム】
俺の指が止まった。
静かだった。さっきまで邪魔をしていた通知も、なぜか今だけ来ない。
「……ビンゴ」
声が低くなる。無職仮の声ではない。短期スタッフの声でもない。
ダンジョンの最前線で、危険な依頼を潰してきたAランク探索者。黒瀬レイの声だった。
人工魔力誘導核は、ライジング・プロモーションが購入した可能性が極めて高い。しかも、赤城レオン担当チームの企画費から支出されている。
偶然ではない。無関係でもない。
だが、まだ足りない。
購入した事実だけでは、ダンジョンへ仕込んだ証明にはならない。企画演出のために買った。盗難された。横流しされた。言い訳はいくらでもできる。
感情で殴れば、相手は被害者になれる。
証拠で殴れば、相手は言い訳しかできない。
「なら、言い訳も潰す」
記録を保存する。製造シグナル。出荷履歴。購入部署。保守契約。点検場所。企画予算。
改ざん防止のタイムスタンプを付ける。複製。暗号化。別媒体へ保存。一つ消されても、残りが生きるようにする。
怒りはある。当然だ。姉貴を二度も危険へ晒した。その上、赤城レオンは釈明配信で自分を英雄として語った。
だが、怒りは今使わない。
怒りは燃料。ハンドルではない。
感情に運転させれば、事故を起こす。相手へ逃げ道を与える。
だから、冷静に、淡々と。相手が自分で掘った穴の場所を、証拠付きで教えてやる。そして、自分の足で落ちてもらう。
安全第一。社会的にも物理である。
「姉貴を巻き込んだ代金は、高くつくぞ」
口にしてから、自分で少し引いた。
怖い。今のは普通に怖い。無職仮が言う台詞ではない。完全に裏社会へ片足を突っ込んだ人間だった。
いけない。俺は善良な短期スタッフだ。明日の朝、高級コーヒーを持ってチーフへ口裏合わせを頼みに行く予定の。
善良か? かなり不安になってきた。
俺は気を取り直し、提出資料を作り始める。
資料は三種類。証拠を時系列で並べた一次資料。ステラライブのスタッフにも理解できる説明版。そして、探索者協会へ提出できる専門資料。
赤城レオンの発言。実際の配信映像。危険ルート。支柱破壊。逃走方向。再検証配信の出現座標。人工魔力誘導核の波形。購入履歴。
言い切れること。推測に留めること。まだ表へ出さないこと。全部を分ける。
こういう時、専門家は専門用語を並べたがる。だが、読む側が理解できなければ、証拠は紙くずだ。
文章を削る。図を入れる。時系列を一本にする。危険度を三段階に分ける。赤城レオンの発言と映像を横に並べる。
『自分が安全な位置に移動し、そこから状況を立て直そうとしていました』
実際の映像。速度上昇〈アクセル〉で全力離脱。
「これは説明不要だな」
映像が強すぎる。俺が何も書かなくても、本人が自分で反論している。
俺はその項目へ、
【発言と行動に不一致あり】
とだけ記載した。
優しい。俺は優しい。
本音では【嘘。以上】と書きたいところを耐えた。社会人として成長している。
たぶん。
作業開始から二十分。一次資料完成。
二十八分。ステラライブ向け説明版完成。
三十七分。協会提出版の骨組み完成。
「よし」
速い。自分でも引くくらい速い。探索者として面倒な報告書を大量に処理してきた経験が、今ここで輝いている。黒銀スーツより、こっちの方がよほど有用だ。
能力も書類作成を手伝え。
【資料作成シークエンスを開始します】
などと言われたら、それはそれで腹が立つが。
その時、スマホが震えた。木村からだった。
「また異名ならブロックするぞ」
本文を開く。
『レイ。真面目な話』
珍しい。木村が自分から真面目と宣言する時は、本当に真面目なことが多い。残りは悪質な前振りだ。
続きが表示される。
『お前を探してる奴がいる』
俺の指が止まった。
『探索者協会本部の査察部。犬飼猛』
犬飼。知っている名前だ。
以前、黒瀬レイとして協会案件に出ていた時、何度か現場で顔を合わせた。元は現場寄りの探索者。今は協会査察部。
未登録能力者。能力犯罪。違法な魔力機器。そういうものを追う部署だ。
秘密だらけの俺にとって、天敵である。
木村から次の文面が届く。
『昼間の戦闘痕跡を見たらしい』
『破片を外へ飛ばさず、内部だけを崩した戦い方』
『あれを見て、未登録能力者ではなく、表立った活動記録の少ない現役高位探索者の戦闘癖だと言ってる』
一度、文章が途切れる。嫌な予感がした。
『Aランク相当の探索者の戦闘癖だと言ってる』
呼吸が止まった。
能力ではない。黒銀スーツでもない。名乗りでもない。
俺の戦い方だ。
誰も巻き込まない。破片を飛ばさない。敵を倒す前に、退路を作る。
七年間、黒瀬レイとして積み重ねた癖。それを見抜かれた。
「……面倒なところを見てるな」
犬飼らしい。あの男は派手なものへ食いつかない。
残った痕跡。選ばれた手段。本人が隠しきれない習慣。そこを見る。
木村から追撃。
『気をつけろ』
『犬飼、明日の朝一でステラライブへ行くらしい』
明日の朝。俺はステラライブへ出社する。
チーフへ口裏合わせを頼むため。告発資料を渡すため。
そして、犬飼も来る。
「最悪だ」
家庭内の嘘を守るために出社したら、協会査察部に正体を暴かれる可能性がある。
人生とは。なぜ問題が一件ずつ来ないのか。どうして毎回、団体予約で押し寄せるのか。
俺は返信を打つ。
『情報は確かか』
すぐ既読。
『確かだ』
『あと犬飼、黒銀ヒーローがステラライブ関係者だと見てる』
そこまで来ている。まずい。
だが、逃げるわけにはいかない。ライジングの証拠を渡す必要がある。姉貴を守るためだ。
シスコンではない。業務判断である。
返信がもう一件届く。
『あとネットでお前、職業・筋肉って呼ばれてるぞ』
俺はスマホを握り潰しかけた。
今、必要か? その情報。緊張感を返せ。
『その名前を二度と送るな』
既読。
『了解、達者でなレディ』
俺はスマホを伏せた。
木村。やはり精神的には敵である。
机の上を見る。
ライジング・プロモーションへつながる解析結果。完成した一次資料。作成途中の協会提出版。高級コーヒー用の豆。明日着るスタッフジャンパー。
並びがひどい。企業犯罪の証拠と口裏合わせの賄賂が、同じ机に並んでいる。
コーヒーは賄賂ではない。感謝の品だ。
たぶん。
俺は資料を保存した。
明日の優先順位。
一つ、チーフへ口裏合わせを依頼。二つ、ステラライブへ証拠資料を提出。三つ、犬飼の追及を回避。四つ、姉貴に喉を見せない。五つ、達者でなレディを検索しない。
最後が一番難しい気がする。
検索してはいけない。絶対に検索してはいけない。そう思うほど、人間は検索したくなる。
俺はスマホを遠くへ置いた。物理的な距離は大事だ。
危機管理です。
ノートPCの画面には、
【ライジング・プロモーション】
その文字が表示されている。
そして、伏せたスマホの向こうには、明日、俺を探しに来る犬飼猛から逃げられない現実がある。
証拠を出せば、黒瀬レイの痕跡が増える。証拠を隠せば、姉貴が危険になる。
選択肢など、最初からなかった。
「……やるしかないか」
俺は高級コーヒー豆の袋を手に取った。
まずは家庭内の安全確保。次に企業犯罪。最後に査察部。
順番がおかしい。だが、どれも失敗できない。
その時、スマホが最後に一度だけ震えた。
木村から。
『犬飼、もうお前の顔写真を持ってるらしいぞ』
俺の手から、コーヒー豆の袋が落ちた。
明日の朝。俺は、俺を探している男へ、自分から会いに行かなければならなくなった。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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