第11話:【ガチ検証】ステラライブの再検証配信と、死角に逃げたい短期スタッフ
※リメイク版として第1話から投稿中です。
「何が決まったんですか?」
俺は恐る恐る聞いた。聞きたくない。だが、聞かずに済ませられる雰囲気でもなかった。
社長は、大型モニターに映った事故検証資料を指差した。
「明日、現地で再検証を行います」
「明日?」
「はい」
「現地で?」
「新宿第四ダンジョンです」
知っていた。さっきから資料にそう書いてある。だが、認めたくなかった。
「黒瀬くんの資料をもとに、事故が起きたルートと推奨ルートの違いを確認します」
「資料だけ渡します」
「現地で説明できる方が必要です」
「協会の立会人にお願いします」
「この資料を作った本人が一番適任です」
「本人という言葉を軽々しく使わないでください」
「……どういう意味ですか?」
「こちらの話です」
本人。嫌な言葉だった。
俺は事故現場にいた本人で、謎の黒銀ヒーロー本人で、今は何も知らない短期スタッフ本人を演じている。
本人が多すぎる。俺の人生は、本人確認だけで崩壊しそうだった。
「そもそも、再検証とは具体的に何をするんですか」
俺は慎重に聞いた。社長に任せていると、また知らないうちに雇用形態まで変えられかねない。先に確認しておく必要がある。
「協会の立会人を入れ、現地で先日のルートを確認します」
チーフマネージャーが資料を開いた。
「推奨ルートと実際に通ったルートの比較。魔力濃度の変化。支柱の位置。魔獣出現時の三者の位置関係。黒瀬くんが資料で指摘した内容に、現地との齟齬がないかを確認します」
「確認だけですね?」
「はい」
「配信はしませんね?」
チーフマネージャーと広報担当が顔を見合わせた。嫌な間だった。
「公式記録として公開する予定です」
「配信じゃないですか」
「生放送ではあります」
「完全に配信じゃないですか」
「再検証ルート確認配信です」
「名前まで決まってる!」
俺は胃を押さえた。今、胃がまた見参しかけた。
「待ってください。先日のダンジョン配信で事故が起きたんですよね?」
「はい」
「その検証のために、またダンジョン配信をするんですか?」
「危険エリアには入りません」
安全管理担当が答える。
「協会の立会人を配置し、安全管理スタッフも増員します。魔力濃度の事前測定、退避ルートの確認、配信ドローンの飛行範囲制限も行います」
「だけ、という言葉は使わないんですね」
「黒瀬くんが信用してくれないので」
「学習が早くて助かります」
「それで」
俺は資料の端を指で叩いた。
「姉貴も行くんですか?」
「もちろん星宮さんにも参加してもらいます」
「待ってください」
「何か?」
「先日事故に遭った人間を、翌日に同じダンジョンへ連れていくんですか?」
少し離れた席に座っていた姉貴が、すぐに抗議した。
「私、そこまで事故らないよ!」
会議室の全員が黙った。姉貴はしょんぼりした。
「……先日のは事故りました」
「それだけじゃないだろ」
「玲司!」
「駅でも迷う」
「それは今関係ない!」
「関係ある。ルート確認の重要性だ」
「弟が正論で姉を刺してくる!」
チーフマネージャーが苦笑した。
「星宮さん本人からも、現地検証への参加希望が出ています」
「姉貴が?」
俺は姉貴を見る。姉貴は、さっきまでのふざけた表情を引っ込めていた。少しだけ緊張している。
だが、「ここにいてね」と言った時とは違う。怯えたまま立ち止まっている顔ではなかった。
「玲司」
「何だよ」
「私、行きたい」
姉貴は俺をまっすぐ見ていた。
「この前のことを、怖かったままで終わらせたくない」
「……」
「星の子たちにも、ちゃんと説明したい。危なかったことも、次からどうすればいいのかも」
「無理して戻る必要はないだろ」
「無理はしないよ」
姉貴は少しだけ笑った。
「だって、今度は玲司が安全だって確認した道を歩くんでしょ?」
やめろ。そんなふうに信頼するな。俺の逃げ道が、綺麗に塞がれていく。
「……俺が行くとは言ってない」
「来てくれないの?」
卑怯だ。その言い方は卑怯だ。
しかも今回は、ただ怖いから頼っているわけではない。姉貴なりに前へ進もうとしている。そんな顔をされたら、断れる弟がいたら見てみたい。
いや、俺はシスコンではない。これは安全補助スタッフとしての業務判断である。たぶん。
俺は深く息を吐いた。
「行くだけだ」
姉貴の顔が明るくなる。
「うん」
「裏方としてだ」
「うん」
「絶対に配信には映らない」
「努力はするね」
「なぜ姉貴側の努力になる」
「配信ドローンって、仕事熱心だから」
「今すぐ解雇しろ」
チーフマネージャーが微笑んだ。
「では黒瀬くんには、現地安全補助スタッフとして同行していただきます」
「配信ドローンの死角にいます」
「不自然にならない範囲でお願いします」
「最大限努力します」
「不安な努力ですね」
俺はもう一度、大型モニターに映った資料を見た。
再検証配信。ステラライブとしては、事実確認と安全対策のためのまともな対応だ。
赤城レオンの釈明に感情的に反論するのではなく、映像と現地情報を使って何が起きたのかを示す。今後、同じ事故を起こさないための安全対策も説明する。
必要なことだ。理解はできる。
だが、俺からすれば完全な二次災害だった。
姉貴がまたダンジョンへ行く。俺も同行する。配信ドローンが飛ぶ。ネットでは黒銀ヒーローの正体探しが続いている。そして俺の固有能力は、救助対象の危機に過剰反応する。
条件がそろいすぎている。そろいすぎていて怖い。
「……絶対に何も起こすなよ」
俺は小さく呟いた。
「何がですか?」
安全管理担当が聞き返す。
「ダンジョンです」
「そうですね」
「配信ドローンもです」
「はい?」
「俺を映すな」
「黒瀬くん?」
「俺は映りません」
「配信方針としても、裏方スタッフを積極的に映す予定はありませんが」
「絶対に映りません」
俺は資料の最後に、新しい項目を追加した。
【裏方スタッフの映り込み防止】
安全管理担当が、それを見て首を傾げる。
「重要ですか?」
「最重要です」
「安全項目ですか?」
「俺の精神の安全項目です」
姉貴が笑った。チーフマネージャーも少し笑った。俺は笑えなかった。
なぜなら、俺は知っている。ダンジョンでは、こういう願いほど叶わない。そういう世界だ。
そして数時間後。ステラライブ公式アカウントから、告知が出た。
【星宮ハルカ ダンジョン配信事故に関する再検証ルート確認配信のお知らせ】
【協会立会いのもと、安全管理体制を強化して実施します】
【目的:事故原因の検証と、今後の再発防止】
ネットはまた燃えた。今度は、赤城レオンの釈明配信とは違う意味で。
*
【速報】ステラライブ、赤城レオン釈明配信を受けてガチ検証配信を決定
1:名無しの星の子
来た。
2:名無しの探索者
ステラライブ、対応早いな。
3:名無しの星の子
この前のルート、支柱位置、魔力濃度、事故原因まで確認するらしい。
4:名無しの探索者
思ったよりガチだった。
5:名無しの星の子
ただ、またハルカちゃんがダンジョンに行くの怖い。
6:名無しの探索者
協会立会い、安全スタッフ増員、危険エリアには入らない。これ以上ないくらい固めてる。
7:名無しの星の子
今度こそ何も起きないで。
8:名無しの探索者
ヒーロー見参ニキは?
9:名無しの星の子
出るな。
10:名無しの探索者
でも見たい。
11:名無しの星の子
見たいけど出るな。
12:名無しの探索者
全視聴者が矛盾してる。
13:名無しの星の子
ハルカちゃんが無事ならそれでいい。
14:名無しの探索者
それだけは全員一致。
*
俺はそのスレを見て、静かにスマホを伏せた。
「見るな」
自室ではない。まだ会議室だ。それでも、言わずにはいられなかった。
見るな。黒銀ヒーローを期待するな。
次に見参する時は、誰かが危ない時だ。そんな状況、来ない方がいいに決まっている。
なのに、ネットの海はもう次の見参を待っている。俺の尊厳と危機管理は、今日も反比例していた。
チーフマネージャーが資料をまとめながら言った。
「黒瀬くん、明日の段取りですが」
「はい」
「午前中に現地入り。協会立会人とルート確認。午後に公式記録配信を行います」
「配信ドローンの位置は?」
「三機です」
「多い」
「死角をなくすためです」
「俺の死角がなくなる」
「黒瀬くんを撮るためのものではありません」
「信用できません」
「スタッフジャンパーも用意します。帽子とマスクも」
「完璧です」
「ただし、不審にならない範囲でお願いします」
「不審になる予定はありません」
姉貴が横から口を挟む。
「玲司、カメラから逃げる時の動きが速すぎるから、逆に目立つよ」
「逃げない」
「本当に?」
「逃げない。避けるだけだ」
「同じだよ」
俺は無視した。
明日の目標は三つ。
一つ、姉貴を安全に帰す。二つ、再検証を無事に終わらせる。三つ、絶対に配信に映らない。
特に三つ目が重要だ。俺の人生のために。俺の精神のために。俺のパーカーの限界のために。
だが、心のどこかではわかっていた。
こういう時ほど、ダンジョンは余計なことをする。配信ドローンは余計な角度で仕事をする。姉貴は余計なところで勘を働かせる。そして俺の固有能力は、余計な名乗りを始める。
「……頼むから、明日は何も起きるなよ」
俺は資料を閉じながら、そう呟いた。姉貴が隣で微笑む。
「大丈夫だよ。今度は玲司もいるし」
「その安心の仕方が一番怖い」
「えー?」
「俺を安全装置みたいに扱うな」
「じゃあ、身体だけ仕上がった安全装置」
「悪口と信頼を混ぜるな」
会議室に、少しだけ笑いが起きた。俺もほんの少しだけ息を吐く。
赤城レオンの釈明配信は、最悪だった。ステラライブの再検証は、必要だった。そして俺にとっては、間違いなく二次災害だった。
俺は端末を開き、明日歩くルートをもう一度確認した。
魔力濃度、低。地形、安定。魔獣出現率、ほぼゼロ。退避ルート、三本。崩落危険箇所、なし。東側旧通路とは十分な距離がある。念のため、協会の最新データとも照合済み。
どこをどう見ても安全だった。安全すぎて、ダンジョンというより散歩道に近い。
俺はこのルートに、心の中で名前をつけた。
百パーセント安全なピクニックルート。
我ながら完璧だった。
「よし」
俺は端末を閉じた。
「このルートなら、何も起きません」
会議室が静かになる。姉貴が首を傾げた。
「玲司」
「何だ」
「今の、ものすごくフラグっぽくない?」
「フラグではない」
「本当に?」
「魔力濃度も地形も確認した。協会のデータとも一致してる。魔獣の反応もない。退避ルートも三本ある」
「うん」
「百パーセント安全だ」
言った瞬間、なぜか背中に冷たいものが走った。
「……今のはフラグじゃない」
「二回言うと、もっとフラグっぽいよ」
「黙れ」
翌日。
俺が選んだ百パーセント安全なルートで。
絶対に出るはずのない魔獣が、出た。
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毎日7:10と19:40の2話更新です。
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