第10話:【ネット大炎上】クズの釈明配信と、姉のせいにはさせない無職仮
※リメイク版として第1話から投稿中です。
赤城レオンの釈明配信は、開始三秒で駄目だった。
『まず最初に言わせてください。今回の件で、僕だけが一方的に責められている状況に、正直かなり困惑しています』
ステラライブ本社、第三会議室。大型モニターに映った赤城レオンは、神妙な顔でそう言った。会議室の空気が、わずかに凍る。
俺、黒瀬玲司は、会議室の端の椅子に座ったまま、静かに目を閉じた。
開始三秒で、すでに駄目だった。困惑しているのはこっちだ。
一昨日、姉貴を置いて逃げた男が、なぜ被害者側の空気をまとっているのか。俺の胃が、早くもヒーロー見参しかけている。
「玲司、顔が怖いよ」
隣の姉貴が、小声で言った。
「怖い顔にもなる」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってる顔だよ」
「危機管理の顔だ」
「怒ってる時、人はそれを怒ってる顔って言うんだよ」
「姉貴は黙って座ってろ」
「はい」
姉貴は素直に座り直した。珍しい。
だが、俺は知っている。さっきまで「ここにいてね」と言っていた女だ。怖くないわけがない。
俺はもう一度、モニターを睨んだ。
頼むから。これ以上、姉貴を傷つけるようなことだけは言うな。
会議室には、チーフマネージャー、安全管理担当、広報担当、法務担当、そして社長まで集まっていた。大人たちが多い。空気が重い。その中に、短期スタッフとして座らされている俺。
胃が痛い。胃にも労働基準法を適用してほしい。
モニターの中で、赤城レオンは一度目を伏せた。そして、ようやく頭を下げる。
『この度は、一昨日の星宮ハルカさんとのダンジョン配信において、視聴者の皆様、関係者の皆様、そして星宮ハルカさんに多大なるご心配をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます』
最初の謝罪は、まともだった。少なくとも、言葉だけは。
姉貴がほっと息を吐き、チーフマネージャーもほんの少しだけ表情を緩める。俺は緩めなかった。
謝罪配信で一番大事なのは、最初の一文ではない。その後だ。
赤城レオンが顔を上げた。
『今回、低層エリアで想定外の大型魔獣、クリスタル・クラブが出現しました。これは通常ではありえないことであり、僕としても予測できない事態でした』
「そこまでは事実だな」
俺は小さく呟いた。チーフマネージャーがこちらを見る。
「黒瀬くん?」
「続きで変なことを言うと思います」
「決めつけないでください」
「決めつけではなく予測です」
赤城レオンは続けた。
『僕は咄嗟にハルカさんへ動かないよう指示を出しました。ですが、現場は混乱しており、意思疎通が難しい状況でした』
俺の眉が動いた。会議室の空気も少し変わる。姉貴が小さく首を傾げた。
「意思疎通……?」
赤城レオンは視線を少し落とした。
『また、戦闘中に足場が崩れ、支柱が破損しました。僕自身も能力を使って回避するのが精一杯で、救助行動に移る前に謎の探索者が介入した、というのが実際の状況です』
コメント欄が一気に荒れた。
>救助行動に移る前?
>いや、一人で逃げてたよね
>支柱が破損しました、じゃなくてお前が折ったんだろ
>ハルカちゃんのせいにしてる?
>レオンさん、ちゃんと話して
俺はテーブルの下で拳を握った。
まだ決定打ではない。だが、匂う。言い訳の匂いがする。
赤城レオンは、さらに続けた。
『一部では、僕が星宮ハルカさんを置いて逃げたという切り抜きが拡散されています。しかし、あの場では視界が遮られ、彼女の正確な位置を確認できない状況でした。僕はまず自分が安全な位置に移動し、そこから状況を立て直そうとしていました』
「はい、アウト」
俺は言った。会議室の数人がこちらを見る。チーフマネージャーが眉をひそめた。
「黒瀬くん、まだ配信中です」
「配信中だからアウトです」
「どういう意味ですか」
「視界が遮られて位置が確認できなかったなら、案内役としてまず自分の位置取りが間違っています。自分が安全な位置に移動してから状況を立て直す? 同行初心者を前に置いた時点で、立て直すも何もありません」
安全管理担当が、真剣な顔でメモを取り始めた。俺は続ける。
「しかも一昨日の映像では、赤城レオンはハルカさんの位置を見ています。少なくとも一度は視線を向けている。見えていなかったは通りません」
姉貴が俺を見る。
「玲司、よく見てるね」
「危機管理だ」
「うん」
「シスコンではない」
「何も言ってないよ」
言う前に防いだだけだ。危機管理である。
赤城レオンの配信は、さらに悪い方向へ進んでいた。
『それと、支柱を僕が破壊したという指摘がありますが、あれは魔獣の攻撃を受け流そうとした結果です。あの場で僕が剣を振らなければ、星宮ハルカさんの方へ攻撃が向かっていた可能性もあります』
「嘘だな」
今度は、会議室全体が俺を見た。俺はモニターを指差す。
「一昨日の映像、ありますか。赤城レオンの剣筋がわかる角度」
「あります」
安全管理担当がすぐに別モニターへ映像を出した。
一昨日の事故映像。結晶壁。クリスタル・クラブ。赤城レオンの大剣。横薙ぎ。
俺は立ち上がり、映像の一部を指で示した。
「ここです。魔獣の脚はこの位置。剣筋はこっち。最初から脚を捉えていない。焦って振った大振りが、支柱に当たっただけです」
「……黒瀬くん」
チーフマネージャーが、ゆっくり俺を見る。
「はい」
「なぜ一度見ただけの映像で、そこまで剣筋を読めるんですか?」
まずい。
「動体視力がいいので」
「どのくらい?」
「健康診断で褒められるくらいです」
「健康診断は剣筋を分析しません」
「最近の医療は進歩してます」
「進歩の方向がおかしいです」
姉貴がじっと俺を見る。
やめろ。その目はやめろ。一昨日から育ち続けている野生の勘に、これ以上餌を与えるな。
赤城レオンは、深刻そうな顔で締めに入った。
『結果として、星宮ハルカさんが危険な状況に置かれたことは事実です。その点については、僕の案内に至らない部分がありました。申し訳ありませんでした』
再び頭を下げる。だが、その謝罪は軽かった。少なくとも俺にはそう見えた。なぜなら、赤城レオンは最後まで言わなかったからだ。
自分が危険な旧通路へ誘導したこと。自分が同行者を前に出したこと。自分が支柱を折ったこと。自分だけが速度上昇で離脱したこと。
そこを、言わなかった。
コメント欄は完全に炎上していた。
>謝ってるようで謝ってない
>位置が見えなかったは無理がある
>案内役なら同行者を先に逃がせよ
>支柱の件、説明になってない
>レオンさん好きだったけど、これはきつい
>まずハルカちゃんに直接謝れ
姉貴は黙って画面を見ていた。いつもの軽い表情ではない。配信者としてではなく、一昨日そこにいた本人として、少しだけ唇を結んでいる。
「ハルカさん」
チーフマネージャーが声をかける。
「大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です」
姉貴は笑った。いつもの星宮ハルカの笑い方に近かった。
だが、俺にはわかる。あれは大丈夫な顔ではない。一昨日の事故を、自分のせいにされかけた。少なくとも、そう受け取れる言葉を聞いた。そんな顔だ。
俺の胃痛が、さらに暴れた。もはやヒーローより先に、胃痛が見参しそうだった。
「……チーフさん」
俺は声を低くして言った。
「はい」
「あの配信、ステラライブとして黙って受け流すんですか」
会議室が静まり返った。法務担当が眼鏡を上げる。広報担当が資料をめくる。
チーフマネージャーは少しだけ目を伏せ、それから言った。
「黙って受け流すつもりはありません。ただ、感情的な反論は避けます。事実確認を行ったうえで、必要な対応をします」
「なら、映像とルートを検証してください」
「検証?」
「一昨日のルート。赤城レオンが推奨ルートを外れた場所。魔力濃度の変化。支柱の位置。魔獣出現時の立ち位置。全部です」
安全管理担当が頷く。
「それは必要です」
俺は続ける。
「あと、再発防止策も。配信者が案内役の判断で推奨ルートを外れないこと。同行者を魔獣との間に置かないこと。支柱や魔力結晶を攻撃対象の背後に入れないこと。撤退判断はコメント欄ではなく現場責任者が行うこと」
「黒瀬くん」
チーフマネージャーが、俺をまじまじと見た。
「あなた、本当に安全補助スタッフ初日ですよね?」
「短期です」
「短期かどうかを聞いたわけではありません」
「姉貴が心配だったので、資料を見ました」
「資料を見ただけでそこまで言えますか?」
「俺は努力家なので」
姉貴が小さく呟いた。
「身体だけじゃなくて、安全管理も仕上がってる……」
「変な言い方をするな」
配信が終わったあと、ネットはさらに燃えた。赤城レオンの釈明配信は、火消しではなく油だった。しかも高級な油。よく燃える。
掲示板には、すぐにスレが立った。
*
【赤城レオン】釈明配信、謝罪してるようでしてない件【ヒーロー見参ニキに謝れ】
1:名無しの探索者
見たやついる?
2:名無しの星の子
見た。信じられない。
3:名無しの探索者
「まず自分が安全な位置に移動し、そこから状況を立て直そうとしていました」
これ、案内役が言っていい台詞か?
4:名無しの探索者
初心者置いて自分だけ安全圏に行った宣言で草。いや草じゃない。
5:名無しの星の子
ハルカちゃんの位置が見えなかったって言ってたけど、普通に一回見てるよね?
6:名無しの探索者
見てる。見てから自分だけアクセルで下がってる。
7:名無しの星の子
しんどい。
8:名無しの探索者
支柱の件も剣筋が完全に支柱方向。
あれを受け流しと言うなら、俺の部屋の掃除もダンジョン攻略になる。
9:名無しの星の子
例えがわからん。
10:名無しの探索者
黒銀ヒーローが来なかったら普通に終わってたよな。
11:名無しの星の子
ヒーロー見参ニキ、本当にありがとう。
12:名無しの探索者
名乗りはダサいけど。
13:名無しの星の子
今それ言う?
14:名無しの探索者
名乗りはダサい。救助は本物。スーツはぴっちり。
15:名無しの星の子
最後の情報いる?
16:名無しの探索者
いる。
17:名無しの星の子
ステラライブ、ちゃんと確認してほしい。
誰が悪いとか以前に、次に同じことが起きないようにして。
18:名無しの探索者
それ。今は黒銀ヒーローの正体よりそっち。
19:名無しの探索者
正体も気になるけどな。
20:名無しの星の子
だから今じゃない。
*
「ネットもだいたい正しいな」
俺は会議室で、ノートPCを叩きながら呟いた。
赤城レオンの配信から一時間。会議室にはまだ重い空気が残っていた。
姉貴は少し離れた席で、スタッフから今後の対応について説明を受けている。さっきよりは顔色が戻っていた。それだけで、俺の胃痛も少しだけ落ち着く。
そこへ、社長が静かに口を開いた。
「黒瀬くん」
「はい」
「今の指摘、資料にできますか」
「できます」
即答した。そして、即答してから後悔した。
できる。できてしまう。なぜなら俺はAランク探索者で、一昨日の現場をこの目で見ている。赤城レオンの剣筋も、クリスタル・クラブの位置も、崩落した支柱も、姉貴が取り残された場所も。
全部、覚えている。
「……どのくらいで作れますか?」
社長が聞く。俺は時計を見た。現在、二十二時十二分。
「一時間あれば」
会議室が静まり返った。
「……一時間?」
チーフマネージャーが聞き返す。
「簡易版なら」
「簡易版」
「映像のフレーム解析。推奨ルートと実際の移動ルートの比較。魔力濃度の推移。三者の位置関係。支柱の位置と剣筋。崩落範囲」
「それを一時間で?」
「はい」
また会議室が静かになった。
まずい。加減を間違えた。
「……二時間?」
「時間の問題ではありません」
「三時間なら自然ですか?」
「そういう問題でもありません」
姉貴が、じーっと俺を見ている。
「玲司」
「何だ」
「あんた、本当に何者なの?」
「無職仮」
「無職仮の性能じゃないのよ」
俺は視線を逸らし、ノートPCを開いた。もう遅い。言ってしまった以上、作るしかない。
姉貴のためではない。危機管理だ。断じて、姉のために徹夜で事故検証資料を作る弟ではない。
俺はキーボードに指を置いた。
*
一時間後。
「できました」
俺はノートPCを社長の前へ差し出した。
社長が固まった。チーフマネージャーが固まった。安全管理担当は、途中から一言も喋らなくなった。
大型モニターには、俺が作成した資料が映し出されている。
【新宿第四ダンジョン配信事故・暫定検証資料】
・推奨ルート
・実際の移動ルート
・魔力濃度の変化
・危険箇所
・クリスタル・クラブ出現時の三者の位置
・赤城レオンの剣筋
・支柱破損
・崩落範囲
さらに。
【再発防止策】
・配信者が案内役の判断のみで推奨ルートを外れないこと
・同行者を魔獣との間に置かないこと
・攻撃対象の背後に支柱や魔力結晶を入れないこと
・撤退判断の権限を事前に明確化すること
・緊急時の避難導線を複数用意すること
俺は椅子にもたれかかった。
「簡易版です」
安全管理担当が、ゆっくり俺を見る。
「これが?」
「はい」
「簡易版?」
「はい」
「……」
「何ですか」
「黒瀬くん」
チーフマネージャーが、静かに資料を見ていた。
嫌な予感がした。ものすごく嫌な予感だった。
「この資料」
「はい」
「現地で説明できますか?」
俺は眉をひそめた。
「現地?」
「はい」
チーフマネージャーと社長が、顔を見合わせる。
そして、社長がにっこり笑った。
「決まりね」
待て。その台詞。前にも聞いた。そして前回、俺は短期安全補助スタッフにされた。
「何がですか?」
俺は恐る恐る聞いた。社長は答えなかった。
代わりに、チーフマネージャーが資料の一ページ目を指差す。
新宿第四ダンジョン。事故発生ルート。現地検証。
その三単語を見た瞬間、俺の危機察知能力が全力で警報を鳴らした。
そして俺は、翌日、自分が再びあのダンジョンへ連行されることを――この時はまだ、知らなかった。
お読みいただきありがとうございます!
次回は本日19:40更新予定です。
続きもお楽しみに!




