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ドラゴンと山暮らし  ~休日は異世界でキャンプライフ~  作者: EDA
第16話 砂漠の里

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07 祝いの料理

「し、しつれーしますのです! おのみものをおもちしましたのです!」


 と、見知らぬコメコ族の女性陣が、大きな壺や土器のカップなどを手にやってきた。そしてそのひとりが、咲弥におずおずと語りかけてくる。


「チ、チコからこちらのうつわをつかうようにともうしつけられたのです。サクヤさまのおにもつにかってにさわってしまい、ふかくふかくおわびをもうしあげるのです」


 彼女が抱えているのは、咲弥や陽菜のマグカップとケルベロスが愛用している銀の深皿、そしてゴーレムに錬成してもらったギューの深皿といった品々であった。


「わざわざ運んでくれたんだから、謝る必要なんてないよぉ。どうもありがとうねぇ」


 咲弥が心からの笑顔を返すと、そちらの娘さんも「はいなのです!」と瞳を輝かせた。

 いっぽう行商人は、ケルベロスたちの前に置かれた銀の深皿に視線を定めている。


「そちらの皿は、実に見事な細工です。さぞかし希少な品であるのでしょう」


「うむ。我が玉座に座っていた時代に、とある王国から献上された品である」


 その由来については、咲弥も十日前にしっかりと聞き及んでいる。しかしべつだん、言葉を重ねる必要性は感じなかった。


「そ、それではおのみものをおくばりするのです! ちちもにゅーしゅもとくべつじたてですので、おきにめしましたらさいわいなのです!」


 長老と陽菜と行商人、そして長老の玄孫やしゃごであるらしい幼子はキャメットの乳を所望して、それ以外の面々には乳酒が配られる。ただし、乳も乳酒も色合いが黒ずんでおり、バニラのような甘い香りを漂わせていた。


「そ、そちらにはぎょーしょーにんさまからちょーだいした、くろいおまめとあまいかおりがするこながつかわれているのです! わたしたちにとってもはじめてのこころみなのですけれど、とてもおいしーおいしーなのです!」


 すべての面々に乳と乳酒が配られると、長老の孫たる髭の男性が笑顔で土器のカップを掲げた。


「それではあらためて、そぼたるちょーろーのちょーめいをおいわいするのです! ながきのせいをいきたちょーろーにさちあれなのです!」


 咲弥も笑顔でマグカップを掲げてから、特別仕立ての乳酒を口にした。

 すると、乳酒のヨーグルトっぽい味わいに優しい甘さが加えられている。あの『夜のしずく』という黒い豆が、細かく挽かれた状態で添加されているのだ。そこには咲弥が知る黒豆や小豆に似た香ばしさも感じられて、なかなかの味わいであった。


 そしてこの甘い香りは、もちろん百里香である。乳はともかく、酸味のある乳酒にただ百里香を加えても、これほどマッチすることはないだろう。『夜のしずく』の甘やかさが、香りと味を調和させているのだ。


 陽菜が「甘くておいしいねー」と笑いかけると、ルウは凛々しい面持ちで「はい」と応じつつ、ふさふさの尻尾をぱたぱたと振る。咲弥とおそろいのマグカップに乳酒を注いでもらったドラゴンも満足げな眼差しで、ギューもご機嫌の様子で「ぎゅう」と鳴いていた。


「お、おまたせしましたのです! おいわいのりょーりをおもちしましたのです!」


 と、次にはアトルとチコが両手にどっさりと荷物を抱えて戻ってきた。

 アトルが運んできたのは大皿にのせられた料理で、チコが運んできたのは取り分け用の食器類である。こちらの集落では余剰の食器も覚束ないという話であったので、カップと同様に自前の食器を使う手はずになっていた。


 よって、アトルが掲げているのも、かつて咲弥たちが自作した木造りの大皿となる。咲弥と陽菜とドラゴンにはコッヘルの蓋、ケルベロスたちには銀の平皿、ギューは先刻と同様の深皿であった。


「あ、あの、サクヤさま。ぎょーしょーにんさまにもおさらをおかしいただけますのです?」


 チコがもじもじしながら問いかけてきたので、咲弥は「もちろんだよぉ」と快諾した。

 そうして行商人に差し出されたのは、楕円形をしたメスティンの蓋である。行商人はまた目を細めて、そちらの品を矯めつ眇めつした。


「こちらの金属は、まったく見慣れない加工がされているようです。複数の金属を混ぜ合わせた上で鋳造しているのでしょうが……私はこれほどに軽量の金属というものもかつて目にした覚えがありません」


 そちらのメスティンは、アルミ製である。咲弥はアルミニウム合金の詳細など存じあげないが、合金というからにはそれなり以上の加工が施されているはずであった。


「其方であれば、魔法の術式でいくらでも解析できるのではなかろうかな?」


 ドラゴンが穏やかに声をあげると、行商人は「いえ」とメスティンの蓋を卓に置いた。


「厚意でお貸しくださった品に解析の術式を施すなど非礼の極みでありますし、行商人たる身で金属の加工法などを詮索しても甲斐はありませんでしょう。……祝いの食事の場をお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。どうぞ、食事をお進めください」


「はいなのです! りょーりをとりわけますのです!」


 アトルとチコが二人がかりで、それぞれの皿に料理を取り分けてくれた。

 あの立派なかまどで仕上げられたのが、こちらの料理であるのだろう。さまざまな具材がバターのごとき乳脂で焼きあげられており、さらには乾酪もどっさりと使われていた。


 具材はおおよそ、七首山の畑の収穫である。ただし乾物には仕上げられておらず、『黄昏の花弁』もマンドラゴラモドキも巨大キノコもフレッシュなまま使われている。『ジャック・オーの憤激』だけは例外で、こちらは乾物をすりおろしたものを混ぜ込んでいるらしく、ところどころに赤い色彩が散っていた。


 それ以外で使われているのは、黄白色の豆類と『大地の卵』と『精霊の寝床』だ。『大地の卵』は炒り卵に仕上げられているため、チャンプルーのような趣になっている。そこに、細かく砕かれた豆と春菊の乾物のごとき『精霊の寝床』のパウダーがまぶされて、いっそうの彩りを添えていた。


 そしてその中で見慣れないのは、肉類である。

 デザートリザードの肉もふんだんに使われていたが、それ以外にもモツと思しき部位が散見された。


「これって、モツだよねぇ? 集落では、デザートリザードのモツも食用にされてるのかなぁ?」


「はいなのです! でもでもデザートリザードのぞーもつはすなにつけてもすぐにいたんでしまうので、なかなかおやまにまではもっていけないのです! こちらのぞーもつはきょうのしゅーかくなので、とてもしんせんなのです!」


「おー、それじゃあ集落でしか味わえない特別な料理だねぇ。これだけでも、足を運んだ甲斐があったなぁ」


 しかし、こちらの集落に存在する調味料は塩のみであるので、過度な期待は禁物であろう。

 咲弥はそのように自分を律しながら、「いただきまぁす」と料理を口に運び――そして、仰天することになった。


「これはこれは……すごく深みのある味だねぇ。いったい何の味なんだろう?」


「こちらはデザートリザードの臓物からしみでた脂肪分の旨みであるかと思われます。デザートリザードはきわめて淡白な肉質でありますが、臓物には豊かな脂肪分が存在するのです」


 そのように答えたのは、行商人であった。


「ああ、そっかぁ。キミのところでも、デザートリザードを狩ってるって……」


 と、行商人のほうを振り返った咲弥は、思わず呆気に取られてしまう。

 そして、隣の陽菜が昂揚した様子で耳打ちしてきた。


「さくやおねえちゃん。このひと、すごくかっこいいね」


 行商人は食事を口にするために、口もとの布を下にずらしていたのだ。

 そこからあらわにされたのは、ちょっと類を見ないほどに端麗な顔立ちであった。

 鼻は高く、口もとは引き締まっており、頬はなめらかなラインを描いている。睫毛の長い切れ長の目と相まって、とても凛々しいのに中性的な優美さも備わっており、咲弥たちの世界ではなかなかお目にかかれないほどの美形であった。


(……だけどまあ、あたしは面食いじゃないからなぁ)


 なおかつ咲弥は、友人から枯れ専とからかわれるほど年長の殿方に魅力を感じる気質なのである。ものすごく正直に言ってしまうと、こちらの行商人よりもテクトリのほうが魅力を感じるぐらいであった。


(そんでもって、ドラゴンくんはテクトリさんでもかなわないぐらい渋くてダンディだからなぁ)


 そんな思いを込めて微笑みかけると、ドラゴンはさっぱり事情もわきまえていない様子で小首を傾げる。その間に、美麗なる面立ちをした行商人は滔々と言いつのった。


「……なおかつ、細かく挽かれた『ジャック・オーの憤激』の辛みと『精霊の寝床』の苦みが、調味料のごとき役割を果たしているかと思われます。さらにはキャメットの乳脂と乾酪の風味があわさることで、これほどに華やかな味わいになっているのでしょう。お手持ちの食材でこれほどの料理を仕上げられる手腕に、感服いたします」


「と、とんでもないのです。でもでもきっと、サクヤさまやトシゾウさまからならいおぼえたしゅわんが、おおきなやくめをはたしているのです!」


「そ、そうなのです! ふだんはひものにしあげるばかりなので、なかなかかつよーできないのですけれど……おいわいのひには、こうしてりっぱなりょーりをつくれるようになったのです!」


 と、アトルとチコが咲弥に明るい眼差しを向けてくる。

 咲弥は「そっかぁ」と笑顔を返した。


「二人はもう一年以上も、キャンプを楽しんでたんだもんねぇ。そこで学んだものを、集落のみんなにも伝えてたってわけかぁ」


「はいなのです! だからみんな、サクヤさまにもトシゾウさまにもかんしゃいっぱいいっぱいなのです」


「わたしも、そのひとりなのです……」と、同じものを食していた長老もゆったりと声をあげた。


「みなさまのおかげで、わたしたちはとてもゆたかなくらしをてにいれることができたのです……そして、トシゾウさまにはおれいをいうこともできなかったので……サクヤさまには、ぜひともおめにかかりたかったのです……」


「あたしはただ、アトルくんたちとキャンプを楽しんでただけだよぉ」


 咲弥が心を込めて笑顔を返すと、長老も顔を皺くちゃにして笑ってくれた。


「アトルたちは、いつもしあわせそうにおやまのことをかたっているのです……それだけでも、みなさまにはかんしゃいっぱいいっぱいなのです……どうかこれからも、アトルとチコをよろしくおねがいしますのです……」


「うん。これからも、末永くよろしくねぇ」


 アトルたちのほうに笑顔を転じると、そちらはあどけなく笑いながら涙目になってしまっていた。


「……こいつもうめーことはうめーけど、ちっとばっかり量が足りねーなー」


 と、ケイがひかえめに不満をこぼすと、チコは目もとをぬぐいながら大慌てでそちらに向きなおった。


「も、ものたりなくて、もうしわけないのです。おかわりは、ぜんいんがひとさらをたべたあとときめられているのです」


「だったらよー、他のもんは食えねーのかー?」


 と、ケイは期待に満ちた眼差しを咲弥に向けてくる。

 咲弥は「あはは」と笑ってから、皿に残されていた分を口の中にかきこんだ。


「それじゃあ、あたしたちもそろそろ配膳を始めようかぁ。どうせだったら、この料理が残ってるうちに、一緒に食べてほしいもんねぇ」


「ではでは、ぼくたちもおてつだいするのです!」


 というわけで、咲弥たちも早々に祝いの料理をふるまうことにした。

 長老と行商人をその場に残して、全員で移動する。食いしん坊であるキャンプメンバーは、いちはやく自分の分をたいらげていたのだ。広場では、まだ住民の面々が祝いの料理に舌鼓を打っているさなかであった。


「あ、集落長さん。こっちもぼちぼち料理を配らせていただくねぇ」


「しょーちしましたのです! おてすうをおかけしますが、どーぞよろしくおねがいしますのです!」


 集落長は広場の中央あたりで、余所の集落の参席者たちと歓談していた。

 こちらに気づいた余所の集落の面々は、まだちょっと怖々とした面持ちである。しかし、おなかがふくれて人心地がついたのか――あるいは、ドラゴンたちの立ち居振る舞いに多少は警戒心を解いたのか、もうぷるぷると震えたりはしなかった。


「じゃ、ドラゴンくん、よろしくねぇ」


 巨大石鍋のもとに辿り着いたならば、ドラゴンが宙を舞って蓋を開帳してくれる。

 そこからあふれかえった魅惑的な香りに、人々が新たな歓声を張り上げた。


 タマネギとニンニクと異界の食材をたっぷり使った、特製スープである。とろりとしたスープにはトマトと唐辛子を掛け合わせたかのような『ジャック・オーの憤激』の赤みが広がっているので、イタリア風のトマトスープさながらであった。


 なおかつ、『ジャック・オーの憤激』の食感はカボチャに似ているため、入念に煮込むといっそうのとろみが加えられる。巨大ベラで攪拌してみると、それこそシチューのごときもったりとした手応えであった。


 熾火にしていた焚火台に新たな薪を投入して、まずは温めなおしだ。

 その最中に味見をしてみると、申し分ない味わいが口内に広がった。大量に投じたコンソメと各種の具材の出汁があわさって、普段のキャンプの場で口にする料理と遜色ない出来栄えである。初めて手掛けた百四十人前の料理としては、胸を張っていいはずであった。


「あ、そうだ。ドラゴンくん、例のアレもよろしくねぇ」


 ドラゴンは「うむ」と応じつつ、尻尾で魔法陣を描く。そこから飛び出したのは、百三十名分の石の深皿だ。こちらもまた、使用を終えた後は大地に還す手はずであった。


「よーし、こんなもんかなぁ。アトルくん、みんなに伝えてもらえる?」


「しょーちしましたのです! いわいのりょーりがかんせーしましたので、みなさんとりにきていただきたいのです!」


 アトルが声を張り上げると、あちこちから小さな人影がきゃあきゃあと寄り集まってくる。やはり、一部の面々の髭や皺さえ考慮しなければ、幼稚園児に囲まれているような微笑ましさであった。


 アトルとチコが深皿を差し出し、咲弥と陽菜がレードルでスープを取り分けていく。最初にキャンプメンバーの分を仕上げたら、いよいよ住民たちの分だ。巨大石鍋を包囲したコメコ族の面々は、誰もが紫色の瞳を期待に輝かせていた。


「こちらは、ちょーろーさまとぎょーしょーにんさまにおねがいしますのです!」


「しょーちしましたのです! おまかせあれなのです!」


 最初の二杯を受け取った娘さんが、ぴゅーっと駆け去っていく。

 そののちに、その場の面々にも石皿が配られて――そして、さらなる歓声があふれかえることになった。


「おいしーおいしーなのですー。こんなおいしーにじるをくちにしたのは、はじめてなのですー」


「ほんとーなのですー。ゆめのようなあじわいなのですー」


 と、一部の面々は甘味を口にした際のチコのように、うっとりとした顔になっている。そうした反応は人それぞれであったが、誰もが喜びの思いをあらわにしていることに変わりはなかった。


「こ、これはおどろくべきあじわいなのです!」


 と、咲弥のすぐそばでスープをすすった髭の男性が、そんな声を張り上げた。

 その角には、赤い布がリボンのように巻かれている。余所の集落から訪れた、代表者のひとりである。その人物は咲弥の視線に気づくと、ぺこぺこと頭を下げた。


「ぶ、ぶしつけにおおきなこえをあげてしまって、きょーしゅくのかぎりなのです。いくえにもおわびをもうしあげるのです」


「いえいえ、お気になさらずぅ。お口に合ったんなら、何よりだよぉ」


「はいなのです。いぜんのおいわいでも、おやまのめぐみはくちにしていたのですけれど……きょうのいわいのりょーりは、どちらもぜっぴんであるのです」


 その人物はしみじみと息をついてから、アトルのほうに向きなおった。


「これもアトルとチコが、しりょくをつくしたけっかなのです。こちらのしゅーらくにりゅーおーさまがこーりんされたときいたときには、とてもしんぱいだったのですけれど……アトルとチコは、これほどのさいわいをしゅーらくにもたらしたのです」


「はいなのです! それもこれも、りゅーおーさまのおじひのおかげなのです!」


「そーなのです! そして、サクヤさまやトシゾウさまや、おやまでくらすすべてのかたがたのおかげなのです!」


 チコも元気に声を重ねると、その人物は「はいなのです」と微笑んだ。


「わたしたちはなんのくろーもおっていないのに、こうしてときにはよろこびをわかちあうことがかなうのです。すべてのかたがたに、かんしゃのおもいをささげたくおもうのです」


「今日はあたしも色んな人たちとご一緒できて、嬉しく思ってるよぉ。そんなに顔をあわせる機会はないかもしれないけど、これからもよろしくねぇ」


「はいなのです。おやまでくらすかたがたのあんそくと、すこやかなゆくすえをいのらせていただくのです」


 そう言って、その人物はあどけなく微笑んだ。

 それで咲弥は、ますます満たされた心地で配膳の作業に取り組むことがかなったのだった。

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